嫌味な奴に一泡を
「…ッ…ぅ…むむ…」
ふと頭に痛みを感じ、表情を歪めながらマーモンは瞳をゆっくりと開けた。
…あれ…僕確か風と一緒にヴェルデの研究所から帰ってきて…それで…。
「いッ」
ズキンと再び後頭部に痛みが走る。
触れてみると微かに腫れているのがわかった。
「…え、たんこぶ…なんでだ?」
どっかにぶつけたっけ?
でも、なにも覚えてないんだよな…。
なにも、覚え…。
そこまで思いかけるも、ふと気を失うまでの記憶が蘇ってきてマーモンはサァァァと顔を青ざめさせた。
そうだ、風に抱っこされてたら発情し始めて、それで…。
"触って?"
「あぁぁぁぁぁ…」
自分が風へとしてしまった行動に声を上げながら頭を抱えだす。
やばいやばいやばいやばい。
最後に覚えているのは風が僕を押し倒して上にいる光景。
え、まさか僕、風とやって…。
バッと上体を起して自分の身を確認する。
特に衣服の乱れはなく、身体に異常もない。
いや、でも…もしヤっていたとしてあいつなら何事もなかったかのようにするのは容易だ。
確認したいけど、風帰っちゃったかな…あいつの連絡先知らないし…。
「…どうしよう」
「どうかしましたか?」
「ッむぎゃ!」
「おっと」
ぽつりと呟くとそれに反応するかのように隣からぬっと風が顔を出してきてマーモンは驚きの声を上げ自分が寝かされていたベッドから落ちそうになり風はマーモンを受け止めた。
「き、君…帰ったんじゃ…」
「いえ、貴方が起きた時からそばにいましたよ?気付いていなさそうでしたが…
それに、頭を打って気を失っていましたので目が覚めるまではいようと思いまして」
「頭…だから痛かったのか」
「痛みや吐き気はありますか?
あるのならば医務室にでも…」
「いや、大丈夫だよ…ありがとう…えっと、聞きたいことがたくさんあるんだけど…」
「はい、なんで…あぁ」
気まずそうに口を閉じ、目をそらすと風はなにやら察したように苦笑をした。
「その様子だと、覚えているようですね」
「…まぁ…うん」
風はベッドへと腰掛けながら顔を伏せているマーモンの頭にそっと手を伸ばして優しく撫でた。
その手に驚きながらマーモンはおずおずと顔をあげると"ふふッ"と風は小さく吹き出した。
「安心してください、なにもしていませんよ」
「え?」
「まぁ、正しく言うと"未遂"ですが」
「み…ッ…い、いや…まぁ…こればかりは僕が悪いからなにも言えない…」
"なぜ未遂なのか"と問いただそうとするも、元は自分が蒔いた種の為にマーモンは強く言うことが出来ずに額に手を添えた。
「…よく手を出さなかったね」
「いや、手を出しかけたのですがその時貴方の頭がソファーの手すりに強打してしまい、それで気絶と
流石に気絶している相手を襲うような真似はしませんよ」
「…」
なら気絶しなければ今頃風と…。
「…君としては、僕としたかったかい?」
「え?」
突然のマーモンの問いかけに風は不思議そうにしており、マーモンは自分の言葉にハッとして慌て出した。
「いや、ごめん
手を出しかけたって言ってたからやっぱり、そういう事を僕としたいのかなって…単純に、気になって…」
自分で言っておいてだんだんと恥ずかしくなってきたのか声量が下がっていき、顔に熱が集まるのが分かる。
風は瞳を丸くしマーモンを見ている。
今更なにを聞いているんだ、僕は。
そんなの、今までのこいつの言動から分かりきっていたことだ。
それなのに、聞くなんて…。
呆れてるのか、風もなにも言わないし…。
「…ちょっと、トイレ」
沈黙が続く中、耐えきれなくなったマーモンはベッドから降りて逃げようと足を床へとつけようとした。
すると、風に腕を掴まれてしまう。
「風」
「そりゃ、したいですよ
愛する人を抱けるなんて、幸せなことですし」
「ッ…ちょっと」
腕を掴んでいる風の力が強くなり、痛みから表情を歪めると風が気付いたのか"すいません"とそっと手を離す。
「…ですが、貴方が私のことを好きではないのにそういう事をするのはやはり違いますからね
ちゃんと両思いになってからと決めています」
「…その割には、水族館の時といい今回といい、手を出す一歩手前までいってるじゃないか」
「じ、実際に事を起こしていませんので許していただけると…
私も男ですので、やはり無意識に行動や反応をしてしまうので…」
「…まぁ…同じ男だからわからなくもない
今回、僕もけっこうやばかったし」
「…え?」
「そもそも、この前初めてシャワー浴びさせてもらう時もそうだったから
その時は、まだ発情期か確信は持ててなかったから言わなかったけど」
「…ま、待ってください」
大胆な発言に頭の処理が追いつかず、風はマーモンの両肩をガシッと掴んだ。
「ム、なんだよ」
「そ、それは私に興奮していたということでしょうか?」
「嫌な言い方だな…君に興奮していたわけじゃない
君、僕の尻尾とか付け根に触れたりしていたろ?」
「まぁ…意図的ではありませんが…」
「猫って、尻尾の付け根のところが生殖器に繋がってるらしくて…
僕の場合、それで興奮して発情していたみたいなんだよね
だから、断じて君に興奮していたわけではない」
「そこまで断言しなくても」
「いや、断言しておかないと君が調子にのりそうだし
それで、今回の件に伴って前も言ったと思うけどここに来るのは控えてくれる?
またこんな事になったらお互いの為によくないし」
未だに肩を掴んでいる風の手をパシッと払い除け、マーモンはタンッとベッドの上から降りた。
「君だって、僕が毎回発情したら大変だろう?」
「し、しかし私が尻尾に触れなければ…」
「尻尾以外にも発情する条件はあるんだよ
まぁ、時期が時期だから仕方ない」
「ですが」
「それに」
寝室から出ようと扉に手をかけたマーモンの動きが止まり、少し顔を向ける。
「君との関係を、崩したくないし」
「!」
「それじゃ」
「待ってください!」
「ッ!」
扉を開けようとする手に風は自分の手を重ね、マーモンの動きを止めた。
「あのね、僕の話を」
「先に人の話を聞かなかったのはマーモンですよ」
「ムム…でももう話すことはないんだけど」
「私があるんです」
気まずそうに顔を逸らしながらマーモンは扉にかけてちた手をそっと下ろすと、それに合わせて風も手を離す。
「…貴方が私のことを思ってくれているように、私だって貴方のことを第一に考えているんです
このまま治験を続けるのであれば、あと約3日間…いつも通り私は貴方の元へと通ってお世話を続けます
シャワーや、先程の発情した際の対応も
…そして、もし治験をやめたいのであれば…」
そう言いながら風はポケットからプラスチックのケースを取り出して、その中にある錠剤をマーモンの手の平へと乗せた。
「これは?」
「薬の効果を無くすものです」
「なんで君がこんなものを…」
「ヴェルデにお願いをしていたのですよ
貴方が研究所で眠っている間に
なにかしらの副作用が出てきてしまった時用に作っておいてほしいと」
「…また余計なことを」
「ヴェルデの願いでもあります
もう研究結果的には満足のようですしね
きちんと報酬は支払うとの事ですので、この段階で終えてもいいそうです」
「…」
「…まぁ、そんなに急いで考えることもないですし、ゆっくりしてからでも」
ヒョイッ。
パクッ。
「?!」
「水、飲んでくる」
「ちょ、ちょっと…!」
特に考える素振りも見せずにそのまま薬を手に取ると躊躇せずマーモンは口の中へと薬を入れ、部屋からすたすたと出ていってしまう。
ぼーっとその光景を見ていた風だったがハッとすると慌ててマーモンの後を追う。
マーモンは冷蔵庫から水の入ったペットボトルを手にしてそのまま薬を流し込むように飲み出した。
「…はぁ」
「…躊躇せずに飲みましたね」
「そりゃ、これ以上やってもタダ働きになるのならやる価値なんてないよ」
一息ついたマーモンは口元を拭いながら言うとソファーへと腰掛けた。
「これ、完全に消えるのは時間がかかるか分かるかい?」
「細かな時間まではわかりません
ヴェルデも作ってすぐに渡してくれましたので
おそらく、半日から1日にかけてとは言っていました」
「まぁ、妥当な時間だろうね
消えたら消えたでヴェルデに見せに行くとしようかな
それで追加ギャラでももらおっと」
「めげないですねぇ」
「…さて、風」
「はい?」
マーモンに呼ばれ風は近寄ると、隣に座れというようにポンッと隣を叩くのを見て素直に隣へと腰掛けた。
「また君のお世話になってしまったからね、お礼、なにがいい?」
「お礼だなんてそんな…私はそういうつもりでしたわけでは」
「ただ単に君に借りを作りたくないだけさ」
「それに、私にとって貴方のお世話をする事自体ご褒美なわけですし」
「それはそれで金でも取ってやろうかな」
「ふふッ、ならばそれで手打ちということで」
「…まったく、無欲だね、君は」
少し呆れたような表情を浮かべながらマーモンは風の肩に寄りかかる。
「無欲だったら貴方のお世話なんてしませんよ
下心丸出しですし
今もこうして、貴方の隙を伺っています」
「それ聞くとなんか嫌だな」
「ふふ、でしょう?」
「ならこの借りを返すのはまた今度にしておくよ」
「えぇ、楽しみにしています…はっ」
「ムム、なんだよ」
「…いえ…」
口元に手を当てながら風はなにかに気付いたかのように声を漏らし、マーモンに顔を向けた。
「…それならば遊園地デートをお願いすればよかったな、と」
「もう時間切れだから聞かないよ」
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