嫌味な奴に一泡を
「ありがとう、風」
無事に体を洗う事を終えた2人は衣服を身に着けて部屋へと戻ってきた。
マーモンは少しぐったりとしたようにソファーへと座りながら風へと礼を言う。
「私は大丈夫ですよ、マーモンの方こそお疲れ様」
微笑みながら風は言うと冷蔵庫からレモネードを取りグラスへと注ぐと、"どうぞ"とマーモンへと差し出した。
「…睡眠の事を聞いていた時から薄々嫌な予感はしていたけどさ…そこまで真似なくても、ね」
「まぁ、良い部分のみ抽出することは難しかったのでしょう
良い点悪い点を把握して次に活かすのが治験ですし
それも承知の上で引き受けたのでしょう?」
「…うん、そうだね」
レモネードを受け取り、一口飲みながらススーッと風から視線を逸らした。
その視線に気づいたのか風はにっこりと微笑みながらマーモンへと距離を詰めていく。
「もしや、話をちゃんと聞かずに引き受けたのですか?」
「…聞いたよ」
「そうですか、それではヴェルデに確認するとしましょう」
「待って、嘘、後に任務あるからろくに聞かなかった」
スッと風がスマホを手に取り電話をかける素振りを見せるとマーモンは風の服を掴みながら静止した。
「素直でよろしい
しかしですね、マーモン
治験をするのはいいでしょう、未来の医療に貢献するという行為はとても褒められるものです
ですが、自分の体を使うのですからきちんと内容を把握するのは大前提
今回の場合は日常生活に少し(?)支障がある程度だからよかったものの、今後受けるものがこれ以上の物、ましてや身体に多大なる負担がかかるものがあるのかもしれないのですから
貴方はもう少し自分の身をですね…」
マーモンに向き直りくどくどと説教を始める風。
その話を"また始まった…"と少しうんざりしながらマーモンは聞く。
こいつ、説教始まると長いからな…適当に聞き流すに限る。
…それにしても…。
ふとシャワーの時の様子を思い出し、自分の言動を思い出したマーモンは顔を少し赤らめる。
いやあれは怖くて風にくっついてしまっただけで深い意味はない。
だけどなんだったんだろうか…やけに気持ちが高揚して、風を見てどきどきしちゃってたし…。
こういう事を言うのはなんだけど、性欲とか無に等しい僕があの時ムラついてしまった。
流石に以前の風みたいに勃つまでではなかったけど、あの時風が僕にお湯をかけなかったらどうなっていたかわからない。
普段そんなの感じない僕が、薬を飲んだ後に感じた、ということは…あまり考えたくはないけど…。
「マーモン、聞いていますか?」
「…え?」
考え込んでいると風が顔を覗き込んできて様子を伺ってきた。
「…あぁ、ごめん
聞いてるよ、ちゃんとね」
「…その割には、なにか考え込んでいたようですが」
「うん、ちょっとね…」
もしも僕の考えが正しければ、あまり風と一緒にいるのはよくないかも。
「もう、私は貴方の身を案じて言っているのですから」
「…」
「…マーモン?」
自分の言葉に反応を示さず、未だに考え込んでいるマーモンが心配になり風は再び名前を呼んだ。
「風」
「はい、なんでしょう?」
「…君に色々手伝ってもらってこんな事を言うのは悪いんだけど…」
マーモンは風に体を向き直して言いづらそうに口を開いた。
「…この治験が終わるまで…僕の所に来るの、やめてもらえる?」
「え、嫌です」
「?!」
まさか断られるとは思っておらず、マーモンは驚いた表情を風へと向ける。
風はいつものように柔らかな笑みを浮かべており、一度席を外すとマーモンの髪を乾かそうとドライヤーを洗面台から持ってきた。
「はい、乾かしますよ」
「ちょっと、僕の話を聞い」
「聞いてますよ」
「わッ」
ぽふっとマーモンの頭にタオルを被せ、なるべく猫耳に当たらないように配慮しながらタオル越しにドライヤーの温風を当て始める。
「マーモン、私は貴方の為でしたらなんでも喜んでやりますので遠慮なく頼ってください
貴方の為の行動でしたら私は喜んで身を捧げる思いですので」
「ムムム…」
「今回のシャワーは煩悩を押し殺しながら耐えられましたし、これからしばらくは私が貴方の身を隅から隅まで綺麗にしてあげますか
あ、ですがあまり密着しますと私も少し反応してしまいますのでそこは配慮していただけると助かります
嫌ではないんですよ?むしろ嬉しいですしね
しかし、流石の私も貴方の気持ちに反して手を出してしまうのはいけないことだと分かっていますので」
「…あのね、君が考えているよりももっと深刻な悩みを」
「私が貴方を襲ってしまうかもしれない事よりも深刻な事ですか?」
きょとんとした表情で言う風にマーモンは口を閉ざしてしまう。
「いや…ムム…そう言われると…それよりはまし、なのかな…?」
「ふふ、なら大丈夫ですよ
あまり考えすぎるのも貴方の悪いところですからね?」
「なにを知ったような口を」
「知っていますよ、貴方の事でしたら」
"終わりましたよ"とドライヤーの電源を落とした風は、元の位置に戻そうと洗面台へと向かって歩いていく。
その背中をマーモンはジッと見つめた後、"考えるのはとりあえずやめておこう"と小さく息を漏らした。
「それに、ヴェルデに頼まれ事をされていますし」
「…ヴェルデに?」
風は部屋に戻りながらヴェルデの名を口にし、マーモンは首を傾げた。
「ヴェルデが頼み事なんて珍しいじゃないか
というか、それと僕とどういう関係が?」
「なにやら明後日、ヴェルデに途中経過を伝えに行くらしいではないですか
それの付き添いを頼まれまして」
「ムム、そのくらい一人で行けるよ」
「昨日、いきなり睡魔に襲われてそのまま眠ってましたよね?
猫の特性上、睡眠時間が多くなってしまいますし、もし行き来の最中に眠ってしまった場合の対処としてです」
「…あぁ…確かにそれは一理あるね
昨日まさか眠ってそのまま朝になってるとは思わなかったし
そう考えるとヴェルデが君に頼んだのも妥当なわけか」
「ですね、そういうわけですので貴方の体を清める兼付き添いとして1週間よろしくお願いします」
嬉しそうに微笑みながら風はマーモンの隣へと腰掛ける。
…そういうことなら仕方がないか。
さっき僕が考えていた件についてはそのうちどうにかするとして。
「まぁ…よろしく頼むよ」
「はい、おまかせください
旦那として貴方のことを隅から隅までお世話致します」
「旦那って言うな」
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