不明瞭な気持ちで
「はい、終わりましたよ」
乾かし終えた風はドライヤーの電源を切りテーブルへと置いた。
マーモンは自分の髪へと触れ、乾いているのを確認すると"ありがと"と礼を言いながら体を向ける。
「はい、次君ね」
「えぇ、よろしくお願いします」
風が背中を向けるとマーモンは座った状態で乾かそうとするも、身長差により高さがあるせいか首をかしげた。
こいつ、僕と違って背高いな…仕方ない。
小さく息を漏らし、マーモンは立ち上げるとソファーの背もたれ部分へと回り込んだ。
「風、こっち向きでお願い
届かなくてやりづらいから」
「あぁ、すいません…
そこまで配慮できなくて」
「謝る必要ないでしょ
逆に腹立つからやめて」
「え?」
風の首にかけてあったタオルで優しく水分を拭き取っていく。
普段自分の髪以外乾かしたことないから新鮮だな…。
そもそも、僕が他人にこんな事すること自体初めてか。
まぁ、やってもらったからそのかわりにやっているだけだし、そんなに深い意味はない。
本当ならお金取ってもいいぐらいだし。
「風、ドライヤー取って」
「はい、どうぞ」
「ありが…ム?」
風に手を伸ばしてテーブルの上のドライヤーを取ってもらうと、風がにこにことしていることに気付く。
「なんでそんなに笑ってるのさ」
「いえ…なんだかやり取りが夫婦のようだな、と思いまして
貴方と結婚をしたらこのような幸せな会話が続くかと思うと頬が自然に緩んでしまいました」
「君さ、付き合ってもないのにまたそんな夢物語を…」
「夢物語で終わらせませんよ、私は」
冷静に伝えながらドライヤーの電源をオンにしようとすると、パシッと持っている手首を掴まれてしまい動きを止める。
風に顔を向けると真剣な表情で顔をジッと見つめていた。
「私は貴方を愛しているのですから」
「…僕にはその気がないと言っているじゃないか、何度もね」
「その割に、本日は私のことを意識してくださってるようで」
「それは…」
悪戯気な笑みを向けられながら言われ、マーモンはフッと顔を逸らしてしまう。
「こっち、向いてください」
「…なんだよ」
片手を頬へと伸ばされて優しく添えられると、マーモンは伏し目がちに顔を向けた。
それに満足した風はコツンと額と額を合わせる。
「髪、乾かさないと風邪引くよ」
「大丈夫です、体頑丈ですし
それよりもお話の続き、聞かせていただけませんか?
私のこと、意識しましたか?
貴方の心の中で、少し…ほんの少しだけでも」
「…意識した、のかは定かではないけれど」
風をジッと見つめ返した後、マーモンは微かに口を開いた。
「普段とは違う君にドキドキしてしまったのは間違いない、ほんの少しだけだど
いつもみたいに優しいけど意地悪だし、なんか違うし
だけど、勘違いしないでよ
このドキドキは別に恋愛感情ではなくて、普段と違うことに対してのドキドキだから
未知との遭遇?に出会った的なもの」
「…」
マーモンが言うと風は少しキョトンとした表情を浮かべた後、"ふふ"と小さく微笑んだ。
「おい、笑うなよ」
「すいません、つい…ですが、今はそれくらいでいいのです
ほんの少しでも貴方の心の中に私がいるだけで
本日の水族館デートはどうしでした?」
「ムムム…まぁ…楽しかったんじゃない?
歩いて疲れたけど、普段あぁいう場所に行かないし」
「それならば今度は遊園地とか如何ですか?
いい運動にもなりますし、ストレス発散にもなります」
「歩くの嫌って言ってるのによくもまぁ遊園地とか言えるね
それに、僕のストレスの原因は君なんだけど」
「わッ」
手に持っていたドライヤーの電源を入れ、冷たい風を風のおでこ目掛けて吹きかける。
珍しく驚いた声をあげる風にマーモンは"ぷくく"と笑いをこらえた。
「危ないではないですか」
「君がいつまでもしつこく話すからだろう?
でも、さっきのはいいもの見せてもらったよ
君が驚くのは普段見れないからね
それだけでも今日は良かったかも」
口元に小さく笑みを浮かべて告げると、風は"もう…"と嬉しそうに呟いて髪を乾かしやすいようにと前を向いた。
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