不明瞭な気持ちで
「…」
どうしてこうなってしまったのか。
マーモンはホテルのエレベーターに乗りながら事の成り行きを振り返った。
風に誘われて水族館に来たものはいいものの、まさかホテルに泊まることになるとは…。
幻術でサーッと逃げ帰ってもいいけど、しばらくは休暇時の幻術は控えるって決めてるし。
服、濡れてるのも嫌で着替えたいのも事実。
それに…。
マーモンは隣に立ち、部屋のある階にたどり着くのを待つ風を見た。
…まぁ、嵌められたにせよなんにせよ、今日は借りを返すつもりで来たんだ。
ただ部屋に泊まって、ご飯食べて、寝る。
それだけのことなんだから変に警戒をする必要は…。
"自分が着せたいと選んだ服=自分が相手に着せて脱がせたい服、だと"
"あぁ、早く貴方の事を…"
「…」
…こいつに限ってはないな。
コロネロに変な入れ知恵をされたからといって、行動するような奴ではない…と思いたい。
いやでも、ショー待ってる間ショートパンツに手入れてきた…あれがどんな意味なのか…察しはつくが…。
「フロントの方がバスタオルを貸してくれて良かったですね」
マーモンが考え事をしていると、風が苦笑を浮かべながら言う。
「…まぁ、びしょ濡れの状態で入っちゃったからね
ホテル側としても黙っていられなかったんでしょ」
「申し訳ないことをしてしまいましたね
あとでチップでも渡しておくことにします」
チンッ、と音が鳴り響きエレベーター特有の浮遊感が収まりゆっくりと扉が開かれる。
廊下は特に華美な装飾があるわけではないものの、高級感が漂っており、マーモンは少し驚いた。
「…ここって結構有名なところだったよね
よくこんな所、予約が出来たね」
「貴方とお泊りするのですからこの位当然ですよ」
「え、でも君そんなに手持ちなさそうだけど」
「私、あまりお金は使わない質ですので蓄えは結構あるんです」
「…君働いてるの?」
「え、わたし無職だと思われてたんですか?」
「毎度毎度僕のところに来てるからそうなのかと」
「ちゃんと働いてますよ、もう」
廊下をゆっくりと歩きながら風の意外な事を知る。
そういえば、こうやって風のことについて話すのは初めてだな…。
そう考えると、僕は風のことをなにも知らない。
普段何をしているのか、何処に住んでいるのか。
ただ、知っていることは…。
僕のことが好きという事、ただ1つ。
…まぁ、僕には関係のないことだから知る必要はないのだけれど。
「ここですね」
部屋へと辿り着いたのか、風は歩みを止めてある部屋の前へと立つ。
フロントで預かったカードキーを扉へとかざすとピッと言う音とガチャリと鍵が解錠された音が響く。
扉を開け少し歩くと部屋の全貌が確認でき、ダイニングキッチンに広々としたリビングがマーモンを出迎えた。
周りを見渡すと、部屋がいくつかあるのか扉が確認でき、窓は地域一帯を見渡せるほどの大きい。
「…ここまで広くなくてもよくないかい?」
あまりの広さに驚きながらも外の景色に目を引かれてゆっくりと窓へと近付いて軽く手を触れる。
もう夕方に差し掛かっており、綺麗な夕陽が目に焼き付いた。
「どうせなら貴方と素敵なひと時を過ごしたいではありませんか」
「ムムム、広すぎて落ち着かない」
「お気に召しませんでしたか?」
「そんなことはな」
後ろを振り返りながら返事をしようとすると、いつの間にか風が背後にいたらしく少し屈んで窓へトンッと手をつきマーモンの顔を覗き込んでいた。
あまりの近さにマーモンの言葉は止まり、ピシッと固まってしまう。
ち…か…ッ。
「ふふ、お気に召して頂けたようで何よりです」
マーモンが固まっているとその様子に満足したような笑みを浮かべ、チュッと頬にキスを落とされる。
それに再度驚くも、マーモンはバスタオルで顔を隠し窓へと再び顔を向けた。
…やばい、明らかにこの雰囲気は。
風の言動にタラリと一筋の汗が頬を伝う。
こいつ、いつもは大型犬のように尻尾振って健気な様子を醸し出してるけど今は明らかに違う。
例えるなら…飢えた狼が最適か。
瞳も少しギラついているし、それになにより普段しないような行動。
こんなにスキンシップ激しくない。
僕の許可なく触れ…いや、いつも勝手に触れてるな。
でもその比を有に超えている。
どうするべきか…。
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