頭の中では分かっているが


「おや、遅かったですね」

意を決してマーモンは裸になり、腰にタオルを巻いた状態で浴室へと入ると、湯船に浸かりながら風が身体を向けて声をかけてきた。

「…まぁ、少しね」

「…そんなに緊張しなくても、大丈夫ですよ?」

髪を上の方で結い、湯のせいか仄かに赤らんでいる風を見てマーモンがスッと視線をそらすと、風は困ったような笑みを浮かべながらマーモンへと手を伸ばす。

「別に緊張なんかしてないよ」

「ふふッ、ならいいですが…マーモン」

「ム」

名前を呼ばれ、視線を風へと戻すと手を伸ばしたまま口元に小さく笑みを浮かべていた。

「こちらに」

「…ムム…はぁ…」

しばらく風を見て葛藤した後に、マーモンは大きなため息をつきながら風の手を取り湯船へと身体を沈めていく。
それを確認した風は満足そうな笑みを浮かべながら背後からソッとマーモンの腹部へと手を回して優しく抱きしめる。
お風呂の温度と、風の体温のせいか…やたらと背中が熱く感じた。

「風、熱い、離れて」

「お風呂なんてそういうものでしょう?」

「そうだけど、君の体温が高いんだよ」

自分に伝わる体温を逃すかのように息を吐き出す。

「…ほんと…熱い…」

緊張していた身体の強張りが解れ、風へと身体を預けるようにもたれかかる。

「大丈夫ですか?」

「うん、まぁ…どうせ軽く汗流したかっただけだしそこまで長く浸かるわけじゃないからね…」

「髪、結いましょうか?湯船に浸かってますし」

ふとマーモンの髪が気になったのか背後から風の声と共に後ろ髪を手で掬われる感覚があった。
髪を持ち上げられ、少し熱さが和らいだ気がした。

「でも僕、ゴム持ってないよ?」

「安心してください、私予備で持ってますので」

少し身体を風へと向けると、風の手首にゴムがついておりマーモンは"なら、お願い"と再度前を向く。
"失礼しますね"と声をかけられ、慣れた手つきで髪が結われていく。

「人の髪結うの、慣れてるね」

「自分の髪を毎日結っていますし、それにイーピンと一緒にいた時にもやっていましたから」

「イーピン…あ、そうだ」

イーピンの名前が出てきて、マーモンは思い出したように声を漏らすと風へくるりと身体を向けた。

「こら、いきなり動いてはいけませんよ?
ちょうど終わったからよかったですが」

「あ、ごめん
沢田綱吉から伝言受け取ってたんだよ、君にね」

「私に、ですか?いったいなんでしょう」

「"イーピンも会いたがってるから、今度は風さんも一緒に連れてきて"ってさ」

「…そうですね…確かに封印が解かれて以来会っていませんし…一目会ってもいいかもしれませんね」

「…なんか、意外だね」

「なにがです?」

「君の事だから、自分の弟子のこと可愛がったり甘やかしたりしてるのかと思ってたから」

普段自分に接している風の様子からして過保護なのかと思っていたけれど、案外ドライ…というべきか。
そういう一面もあるようだ。

「…イーピンとは師匠と弟子の関係ですからね、そこはちゃんと一線引いています
いくら弟子とはいえ甘やかしたり可愛がったりすることはしませんよ
褒めるべきことは褒め、間違いがあれば正す…それが大事かと
それに会ったりはしていませんが、手紙で近況を聞いたりとかしていますし
遠くから見守れれば…あの子が充実した日々を送れていればそれで良いのです」

「ふぅん…そこはきちんとしているんだね」

「貴方も、ベルフェゴールに対してそういう思いはありませんか?」

「ベルに?」

ベルは僕にとっては、弟子とかではないし。
いや、教育係だから弟子…やっぱり違うな…昔からベルには振り回されっぱなしだ…精神的にも、物理的にも。

「…君の弟子みたいに可愛げがあったら、同じ思いをしていたかもしれないけどね
ベルはなんかもう…なんて言えばいいかな…同僚…っていう堅苦しいのとは違うな…弟みたいなもの?かな
手のかかる弟」

「…ふふ、それはそれで一種の愛情ともいえますよ?」

「愛情なんかじゃないさ、腐れ縁だよ
というか、さっきの君の発言を聞いて1つ言いたいことがあるんだけど」

「なんです?」

「…もしかしたら、君を不快にさせてしまうかもしれない」

「不快、とは…?」

「いや、僕が勝手に思っていることだからもしかしたら君は気にしないかもしれない
だけれど、念の為言っておきたかっただけ」

「…貴方の発言に不快感を感じた事は今までありませんのでなんとも言えませんが…なんでしょう?」

「君、さっきイーピンの事は"遠くから見守れれば"って言っていたよね?」

「えぇ、言いました」

「それ聞いて、ふと気になったんだけど
君、赤ん坊の時に僕がヴァリアーで今の名前…マーモンと名前を変えて行動をしていたこと、リボーンから聞いたんだろう?
おそらく、リング争奪戦後くらいに」

「…はい、そうですね」 

風の声量が少し小さくなり、ふと開いていた瞳が閉じられる。

「僕の存在も居場所も分かっていたとしたのなら、やっぱり尚更不思議に思うんだよね」 










「なんで、僕の存在がわかってすぐに…僕に会いに来なかったんだい?」











.
9/9ページ
スキ