甘いものには釣られない


「...よく言うよ、ほんと
この店のティラミス、けっこう人気で雑誌にまで取り上げられているところだ
それが、通りすがりで買える、なんてあるわけない」

「おや、ご存知でしたか」

マーモンの言葉にけろりと風は答える。

「マーモンの言う通り、かなりの人気店でしたね
私も早く並びに行ったとはいえ、それよりも早い方がいましたから本日買えるかひやひやしましたよ
あ、もしかしてティラミス苦手でした?」

「そういうわけじゃない、甘いもの大抵は食べられるし」

...って、そうじゃない。

マーモンは風のペースに飲まれそうになるのを察して顔横にぶんぶんと振り、再びティラミスへと目を向ける。

こいつ、毎回毎回僕んところに来る度に甘いものを持ってくる。
期間限定や数量限定のものとか、あと人気店のものまで。
こいつの場合、僕のとこに来る以外なにしてるか分からないけど、そういうものが買えるってことはなにもしてないんだろう。
僕としては、任務やなにやらで時間に追われてて自分で買いに行くこと出来なくて、しかも無料で食べれるからメリットしかない。
だけど...なんていうのかなぁ...。

「君、もしかして僕のこと甘いもので釣ろうとしてない?」

「はい?」

容器を手に取り、口の中へと入れるとほろ苦さの後に甘さがやってきて美味しさに頬が緩む。

「ムム、噂通り...美味しい」

「マーモン」

「ん...あぁ、話の続きね
さっきも言った通り、もし僕のことを甘いもので釣ろうとしてるなら無駄だからね」

マーモンはティラミスの味を噛み締めながら持っていたスプーンを軽く振る。

「確かに、僕は甘いものが好きだ
だからといって、それで僕の気持ちが君に向く、なんて考えない方が身のためだよ
まぁ、僕にとっては無料で食べられるからいいんだけどね」

「そんなつもりは3割程しかありませんよ」

マーモンの言葉を聞いた風はそう言いながら少し体を近付けてくる。
それを警戒するようにマーモンは後ずさった。

「...3割もある、の間違いだろう?」

「ふふ、その捉え方は人それぞれですから特に反論はしません」

風の手が自分へと伸びてきて、マーモンの口許を拭うような動作をした。

「ついてましたよ」

「んむ...君ね、僕に安易に触れないでよ
そのくらい自分で出来るんだから」

「それは失礼
食べている様子が可愛らしくて赤子のようでしたので」

「...」

微笑みながら言う様にマーモンは少しいらっとし、風に背中を向けた。

こいつのこういう無神経なところは本当に腹立つし嫌いだ。

黙々と残りを食べ終えると、テーブルの上へと苛つきを抑えるかのように少し乱暴に置いた。 

「ご馳走さま」

「御粗末様でした
気に入ったようであればまた買ってきましょうか」

「要らないよ、というか本当、甘いもの持ってくるの止めてほしいんだよね」

「止めませんよ、貴方の喜ぶ顔を見たいですし」

「その僕が止めろって言ってるんだけど?」

「そのわりには嬉しそうに、美味しそうに食べてるじゃないですか」

「ムム、まぁそりゃ美味しいし...任務で疲れた後に甘いものがあるのは嬉しいから...」

「ならばいいじゃないですか、私が好きでやっていることですし
それに、貴方はタダで食べれるのですからデメリットはないでしょう?
私は貴方の喜ぶ姿が見れ、貴方はタダで食べられる
これが俗に言う"win-winな関係"というやつです」

両手の人差し指と中指のみを立てて鋏の形を模しながら風は言う。

「...確かに君の言う通りだ
だけど、僕にとっては君の存在がデメリットなんだよね」

「それは、私の存在が貴方にとって悩ましいということですか?」

「なんだ、よく分かってるじゃないか
君のその言動が」

「それは喜ばしいことです」

「...は?」

「だって理由はどうあれ、貴方の心の中に私がいるというわけでしょう?
それだけでも、以前に比べて進歩しているということです」

「...」

嬉しそうな表情でポジティブな発言をする風にマーモンはぽかんと口を開けてしまう。

「おや、どうしました?」

「いや...無駄にポジティブで腹が立った」

「何事も前向きに考えないといいことはありませんよ?
あ、レモネードのお代わりいかがです?」

「...もらう」










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