とある科学者と術士の話
赤子の姿へと変わり、名前をバイパーからマーモンへと改名をした。
もう、あの頃の僕には戻れない。
バイパーはあの時、死んだ。
そう思うようになったら、少し時間はかかったが気持ちが軽くなったような気がした。
…しかし、呪いを解くことを放棄したわけではない。
元々僕に備わっていた能力、超能力と幻術。
どちらも全快とはいえないものの使えることが出来る。
…と、いうことはお金を集めることは出来るというわけだ。
生活をするにしろ、呪いを解く研究をするにしろ、お金は絶対に必要。
その為ならば…。
『…なんだってしてやる』
とはいえ、この赤子の姿では仕事の話を受け入れてもらえない。
その為、幻術で大人の、知らない誰かへと姿を変えて色々な仕事を請け負いながら資金集めに勤しんだ。
…勤しんだのはいいものの…。
『…つ…疲れた…』
隠れ家へと戻ってきたマーモンは己の姿の幻術を解いて赤子の姿へと戻すとばたんと玄関へと倒れ込んだ。
しばらく生活していて気付いてはいたけれど…体力まで赤子のものと同等になっているのは計算外。
あまり長時間…僕の場合、元々体力がないせい+幻術を常に使用している為にせいぜい3〜5時間が行動するのには限界。
それ以上動こうものならぷつりと意識が途切れてしまう、すなわち気絶。
『くそ…今から研究しないといけないのに…』
ずるずるとゾンビのように床を這いながら玄関からリビングへと移動をする。
日中は資金集め、夜は研究…。
元々研究等には興味がなく、疎い為に勉強をしながら四苦八苦をしている。
呪いを解くためには寝る間も惜しい…惜しいけれど。
このままだと、呪いを解く前に体に限界…が…。
『…すぴー…』
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そんな不健康極まりない生活をしばらく続けていた。
元々食事を取る量も少ないし、朝から晩まで働き詰め、研究のせいかだんだんと体力と精神、共に削られていっていった。
研究を進めていくもなにも分からない。
知識と資金だけは潤沢に溜まっていく。
…最後に食事を取ったのはいつだっけ。
ボーッとしながらベッドに横たわり天井を見上げる。
動こうにも体が言う事を聞かない。
それに、なんかもう疲れた。
どれだけお金を集めても、研究がそれに伴っていないのでは意味がない。
こんな事を相談できるような友人なんてものもいないし、そもそも伝もない。
知り合いの科学者なんて…。
…科学者…。
『…1人、いるな』
だけど、あいつはだめだ。
僕はもう、彼奴等と関わるつもりはない。
だからこそ、あの日姿を消したんだ。
…全てを捨ててまでも。
『…情報を集めて、他に使えそうな奴を探し』
トントンッ。
『…?』
不意に玄関から聞こえてくるノックをする音に、マーモンは玄関へと顔を向ける。
ここに人が来る…?
そんな事、今までなかったはずだ。
そもそも、僕の幻術でカモフラージュをしているからたどり着くことも困難…。
『同業者』
その3文字が頭を過り、マーモンはバッと勢いよく体を起こした。
いつの間にやら後をつけられていたのか…気付かなかったな。
最近、こんな状態だったし仕方がないと言えば仕方がないのかもね。
それならば、さっさと始末してまた新たな隠れ家を…。
『バイパー』
え…。
過去に自ら捨てた名前。
その名前を呼ばれたマーモンは、服の裾から微かに出ていた触手の動きを止めた。
なぜその名前を…それに、何処かで聞いたことのある声…。
『いるのは分かっている
この扉を壊されたくなければ素直に開けることだな』
『…』
この声に、この口調…。
昔とは少し違うが…間違いない。
マーモンは少し考えた後、ベッドから降りて玄関へと向かいドアノブに手を伸ばしてゆっくりと開けた。
『…久しぶりだな、バイパー』
そこには、気だるげそうな瞳をした緑色の髪の白衣姿の赤子がいた。
『…僕は会いたくなかったけどね…ヴェルデ』
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