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これはルフィ達と旅に出た青年、ユージンがまだ旅に慣れていない頃にやってきたとある島での出来事。
ユージンが白杖(ハクジャク)で地面をコツコツと叩く。
控えめなその音は、彼の遠慮がちで人の良い様が見えるようだった。
そんなユージンに周りは物珍しそうな視線を送る。
ユージンはその視線の“気配”を感じながらも足取りをゆるめることはない。
ユージンという青年は視力がかなり弱い人間である。
視界には白い靄がかかっており、物をよく見ようとするとどうしても顔をぐっとその物に近づけないといけない程だ。
そのため、周りから見られている状態であっても、誰に見られているのかは判断がつかない。
好奇な視線はいつものこと。それをユージンが気にすることはない。
しかし彼は、辺りを見渡すようにキョロキョロと首を動かしている。
街を文字通り“手探り”で歩んでいるユージン。彼は今まさに最大ともいえる難局に差しかかっていた。
「参ったなぁ……」
ユージンは歩きながら小さく肩を落とす。そして、端的に今の自分を表現した。
「まさか、“迷子”になるとは」
苦笑に近いため息が漏れた。
ほんのついさっきまで一緒にいたはずの緑頭の剣士、ゾロの気配は今や感じられない。
試しに名を呼んだが、やはり反応はなかった。
【迷子探しと吸血鬼】
「“ゾロと歩くときは注意しなさい!”と、ナミさんに言われたから気にはしてたんだけど……
広い道で迷うとは思わなかったな」
ユージンが今歩いている道を広い道だと知っているのは、さっきまで一緒だったゾロが、だだっ広い道だ、と言っていたからである。
そうなんだ、とユージンが言葉を返してから沈黙があったどうかわからないくらいのタイミングでゾロの気配が消えたのだ。
ユージンはゾロにもっと周りの状況を聞いていたらよかったと、今更ながら後悔していた。
だが、すぐに気持ちを切り替える。ユージンにはゾロが行きそうなところはなんとなくわかるからだ。
「たぶん、武器屋だよね」
ゾロは街につくと散歩がてらに武器屋にいくのをユージンは知っていた。
しかし、ユージンの記憶の限りでは、ゾロが“正しく”武器屋に行けたことはない。
実はこの時点で、出会えるか…という探す以前の問題も抱えていた。
「とりあえず、誰かに武器屋の場所を聞いてみよう」
話はそこからだ、とユージンは足を止め、辺りに気を配った。
さっきまで向けられていた両サイドからの視線は今は感じられない。
どうやら街の端っこまで来てしまったようだ、とユージンは思う。
「戻った方が、いいかな」
今来た道に背中を向けながらユージンは言った。その刹那、
「おい、テメェ!!いい加減にしろよ!!」
「え!!?」
突然の大声。ユージンはびくっと身体を震わせた。
しかしすかさず声が聞こえたと思われる方向に身体を向ける。
「こっちが下手に出りゃ、つけあがりやがって!!」
「有り金全部出しやがれって言ってんだ!聞こえてねェのか!!」
また上がる怒号。ユージン自身、辺りを見渡しても怒号を浴びされている気配を感じないことから、自分に向けられたものではなかったようだ。
他にもいくつか声が上がっていることから複数人いるようだった。
「(これは、誰かが野盗に襲われてるんじゃ…!!)」
ユージンは会話の感じからそう読み取り、息を飲む。ルフィやゾロならばすぐに飛び込むような場面かもしれない。
しかし、弱視のユージンにとっては話が別だ。誰が襲われていて、誰が襲っているのかわからない状態で助けに入るのは無謀だ。
人の声はそれほど遠くない。やり過ごそうか、と一時の躊躇がユージンの足を止め続ける。
「……」
ユージンは大きく深呼吸すると、白杖をしまう。そして声が聞こえる方へ歩き出した。
「……」
自分が行ったところでどうなるかは不明だ、だけど見過ごすのも嫌だ、そんな心理がユージンの足を動かしていた。
「?」
白い靄の中から“黒い影”がぼんやりと見えた。ユージンはその影にゆっくり近づく。
『なぜ我が主らに金をやらねばならぬのじゃ?』
「!」
若い男の声が聞こえた。しかしその言葉遣いは老人のようでもある。
そしてその声はこのぼんやり見える“黒い影”から発せられたと、ユージンは推測した。
つまりこの“黒い影”が今まさに野盗に襲われている人物なんだろう。
「(でも……)」
ユージンは首を傾げた。
人は緊張していたり、恐怖を感じる時には汗や、呼吸の乱れがあるものだ。
しかし、遠くない距離にいるその“黒い影”からは不安も恐怖も感じ取れない。
「ああ!!?」
「てめェみたいな怪しい奴が、金持ってても仕方ねェから使ってやるって言ってんだろうが!」
「ってかよ、そのフードいいかげんに取りやがれ!」
『ふむ…。主らは金を要求するだけでなく、我に“姿を晒せ”、そういうんじゃな?』
野盗らしい、なんとも道理の通らない言い分を耳にするユージン。
それに余裕の態度で答える“黒い影”…
「(なんだこれ……)」
ユージンは胸に違和感を覚える。言い知れない不安が押し寄せてきた。
「(……この“影”にこれ以上近づいては行けない気がする)」
ユージンは足を止めた。そしてその予感は、次の瞬間に訪れた。
『――――よかろう。だが、〝対価”は頂くぞ』
バサッと布の擦れる音がした。刹那――――“黒い影”が一変、光をもった“白い光”に変わる。
現れた光は揺れ方からして髪、柳のように長く白い髪のようだ。
「「「!!!」」」
周りでどよめきが起こる。そのどよめきは驚きと戸惑いの色をしていた。
ユージンもその気持ちはよくわかった。
なぜなら“黒い影”がフードを取った瞬間に、その影が持つ本来のオーラが放たれたからだ。
その威圧感は先程の非ではない。一瞬にして、“白い光”に心臓をにぎられた気分だった。
『…さて、我は主らに“今生の最期の願い”を叶えてやった。これで満足か?』
「「「……!!」」」
わめいていた野盗達はどよめくばかり。
もう、この場の主役は“白い光”が持っていたも同然だった。
『我はとある事情にて、姿を晒すことを避けておる。
故に、我の姿を見たものには何人であれ、消えてもらわなければならぬ』
「えっ!?」
ユージンは“白い光”が言い放った言葉に反応してしまうが、とっさに口を抑え、言葉を飲み込んだ。
“白い光”は続ける。
『“食事”は終えたばかりじゃが致し方あるまい。“あの子”には後で詫びるとしよう』
そう“白い光”が言ってまもなく、辺りから“人が消えた”。
「え……」
ユージンは混乱した。目の前で突然、数人の人間の気配が消えた。
それは姿がどうこうではなく、“存在”がまるごと切り取られたかのような喪失感だ。
「(な、何が……)」
ユージンはキョロキョロと辺りを見渡す。
しかし次の瞬間、目の前に手が突き出された。
「!!」
『主は、何をしておる』
視界に入って来たは白い手のひら。細くすらっとした指に長くとがった爪。
その手は自分の視界いっぱいに広がっており、相手の顔を見ることはできない。
『奴らの仲間ではあるまい、見物でもしておったのか?』
“白い光”が僕に問いかける。
それはあの野盗達に向けたものとはまた違う、静かな威圧を感じさせるものだ。
ユージンは自分の額に汗を感じる。絶対敵わない“獣”に襲わているような感覚になった。
「(“獣”……?)」
ユージンの思考はその言葉に囚われる。
人を“獣”と感じるなんておかしいと思ったからだ。
そして必死の思案の末、たどりついたのは、自分が感じていた違和感の正体だった。
「(そうか、この人からは“何も感じない”こと自体がおかしかったんだ。
本来、人ならばあるはずの“体臭”も…服の布の臭いすら……感じない。
―――――まるで、この人の周りから“匂い”が切り取られているかのように……。
こんなの、“獣”よりも恐ろしい)」
『どうした? 声が出せぬ訳ではあるまい』
「……」
“白い光”の言葉にユージンは、小さく口を開けた。
汗は頬を伝い、顎の先端まで行くと重力に従い顎から離れる。
ユージンは小さく開けた口でささやかな息をつくと、声を発した。
「あ、あなたは……――――“何(ナン)”ですか?」
『?』
“白い光”の手のひらを見つめながら、ユージンは精一杯の質問をぶつけた。
『……』
「……」
沈黙が走る。ユージンは奥歯をかみしめ、沈黙に耐え続ける。
その沈黙は数秒であったが、このときのユージンには何十分も経っているかのように感じられた。
『―――――それは、我の姿・形について問うておるのか?』
“白い光”から質問を返される。そこでユージンは失礼な質問をしてしまったと思い、慌てる。
「あ…い、いえ。僕は視力が弱いので、あなたの顔は一切見えていません。
今はあなたの手が僕の顔の前にあると分かる程度です」
ユージンの答えに“白い光”は不思議そうに言った。
『目が見えぬのに、なぜ我に“何者”ではなく“何(ナニ)”と問うた?』
「え?」
『主の“何”とは、まるで我の“存在自体”のことを問うておるように思えた。なぜ我の“存在”を問う?』
“白い光”の追及は止まらない。ユージンは息をのんだ。
「それは……その、あなたから何も感じないからです。人が発する体臭も、布の臭いも。
まるであなたの周りから、においが消されているように…。僕はそんな人にあったことがないから…それで……」
しどろもどろになりながらもユージンは言葉を紡ぐ。
少しの間をもって、白い手のひらが目の前から離れて行った。
「?」
突然離れた手。その先に広がる風景は相変わらずぼやけている。
『フッ、クククククク……ハハハハハハ!!!』
そんな中、耳に大きな笑い声が聞こえた。ユージンは首を傾げる。
「あの、何か僕、変なことを……」
『目が見えぬその体(テイ)で、我が“存在”に疑問を持つとはな。中々に面白い人間がいたものじゃ』
「?」
先程の威圧はどこに言ったのか、“白い影”は軽やかに笑って言った。
『小僧、主の勘は当たっておるぞ。我は“吸血鬼”じゃ。故に人が発する臭いというものはない』
「“吸血鬼”!!?」
思わぬ名詞にユージンは声を上げる。
一方の“吸血鬼”はそのリアクションをさらりと流し、ぶつぶつと呟いた。
『目が見えぬことを補うために、他の感覚が優れたのか。流石というか、人の進化には相も変わらず、驚かされるのォ』
一人で納得する吸血鬼に、ユージンは戸惑いを覚えつつ言葉をかける。
「あ…あの、本当に“吸血鬼”なんですか?」
『そうじゃ。信じられぬか?』
「いえ、そんなことは……」
『まぁ、主のような小僧が信じられぬのも無理はなかろう』
「すみません…」
ぐうっと肩を落とすユージン。“吸血鬼”は、構わぬ、と短い言葉をかけた。
『しかし、解せんな。主は何をしておったのじゃ?』
当然の質問をされる。ユージンは顔を赤めた。
「あ。いや、その……野盗に襲われていたあなたの手助けが出来ないかと…」
『! 我を助けるつもりじゃったと?』
「は、はい」
実際は助けもいらなかったけど……とユージンは心の中で呟く。
一方、目の前の“吸血鬼”は考え事をしているのか、動かない。ユージンはどうしたものかと思っていると、“吸血鬼”が声を発した。
『そうか、それは感謝せねばならぬな』
「え! いや、でも何も出来てませんし、もしかしたら邪魔をしたのかもと…」
『まぁ、邪魔でないと言えば嘘となるが』
「!……」
“吸血鬼”の言葉にユージンは素直にショックを受けた。“吸血鬼”のクスクスと笑う声が耳に届く。
『戯言じゃ。真に受けるな』
「あ……、そ、そうですか」
声のトーンが冗談に聞こえなかったユージンはふう、っと肩を落とした。
顔が見えないというのはこう言う時にも辛いのかもしれない。
『しかし、我が腹を空かしておったら主もあやつらと共に“喰らって”おるところじゃ』
「く。喰らう…!?って」
一瞬言葉の意味を理解出来なかったユージンは、“吸血鬼”の言葉をオウム返しする。
『? 言葉の通りじゃが?』
平然とした声色に、冷静さを取り戻したユージン。理解した言葉の意味に息をのむ。
「じゃあさっきの人達は……」
『? じゃがら“喰らった”というておるだろう』
「人を食べた…?」
ユージンの反応に、ああ、と“吸血鬼”の相槌が入る。
『そうじゃ。……我は“人間を主食とする”存在じゃ。故に人を喰らわねば我が死んでしまう』
「……」
『主らが、生物を狩り喰らうのと同意義じゃが……
まぁ、同種の者が喰われて平気でおれる者はおらぬであろう。主の抱く感情はわからぬものでもない』
なんとも言えない複雑な気持ちをこの“吸血鬼”は察したらしい。その感じがとても不思議な気がした。
「……なぜ、僕は食べなかったんですか?」
『我が“菜食主義者(ベジタリアン)”だからじゃ』
「へっ?」
ユージンの反応がおもしろいのか、“吸血鬼”は再びクスクスと笑っている。
『昔、“仲間”にそう言われたことがあってのォ。中々言い得て妙だった故、しばし話のネタにしておる。
要は我は腹が満たされればそれ以上の食事はせぬのだ。
先の奴らも我を放っておけば喰われずに済んだが、まぁ、食後の甘味と考えればよい程度の話じゃよ』
「……“仲間”」
ユージンは“吸血鬼”の“仲間”という言葉に反応した。
『フム…少しばかり話しすぎたようじゃ』
“吸血鬼”はぼそっと呟く。
「え? 今何か言いました?」
ユージンは聞き取れなかった言葉を聞き返した。“吸血鬼”は、何もいうておらぬよ、と言葉を返す。
『ところで、主は一人なのか?』
「!――――あ、そうだ!!」
ユージンはそこでやっとゾロのことを思い出した。
「一人じゃありません。僕も仲間と一緒にここに来たんですが、いつの間にかはぐれてしまって」
『はぐれた?』
「はい、港からこの道を歩いて来たのですが」
『……港からここまでは一本道じゃぞ。どうして迷える?』
「あ…それはその……」
ゾロがファンタジスタ級の方向音痴であるとは、ゾロに悪くて言えない。
『……。まぁ、よい。つまり主ではなく、連れがはぐれたのじゃな』
「はい、たぶんそうだと思います」
『面倒じゃな』
「あ、でももう船に戻ってるかもしれませんし」
ふと発したユージンの言葉に“吸血鬼”は意外な言葉を返した。
『主の仲間は薄情な人間なのか?』
「え? いえ、そんなことは……!!」
ユージンは慌てて言葉をつなぐ。
『ならば、目が見えぬ主を置いて帰るとは考えれまい』
「……あ、……」
ユージンはすっと胸に手を当てた。なんだか少し温かく感じる。
『して、そやつはどんな姿(ナリ)をしておるのじゃ?』
「!! 探してくれるですか?」
胸に手を当てていたユージンは“吸血鬼”の提案に驚きの声をあげる。
『……主だけでは探せぬであろう。そこらで野垂れ死にされても気分が悪い』
「フフ…!!」
『? なんじゃ』
「いえ、優しいなぁと思って」
『……フン』
“吸血鬼”が照れているように感じたユージンはニコッと笑顔になった。
『……探さぬのか?』
「! 探します!……あ、そうだ!」
『なんじゃ?』
“吸血鬼”の疑問の声に、ユージンはいいことを思いついたと言わんばかりに明るい声で言った。
「あなたの目を僕に貸していただけませんか?」
『? どういう意味じゃ??』
“吸血鬼”は尋ねる。
ユージンは自分が食べた悪魔の実“ジャックジャックの実”について、簡単に説明した。
『ほう…主の力は他者の“五感”を乗っ取るのか?』
「乗っ取るとはいいません。“借りる”が正しいです。なので、あなたに影響は出ません」
『ふむ。して、発動の条件は?』
「僕が相手を捉えるのが条件です。例えば相手を見続けるとか、相手のどこかに触れるとか…」
『……』
「お役に立てませんか?」
心配そうな声で問うユージン。
『いや、我が探すより手間が省ける、じゃが…』
“吸血鬼”は言葉を濁す。ユージンは首を傾げた。
『手を触れるか、まぁ…この際は仕方あるまいな。
――――小僧、念のため言うておくが、我の姿を視るでないぞ』
「? それはどういう意味ですか?」
『我は今、身を隠さなければならぬ存在。故に我の姿を見止めた者には消えてもらってる』
「!」
『主の能力が真(マコト)ならば、我の姿を視ることはないと思うが……。
まぁ好奇心が人を殺すということを肝に命じておるがいい』
「……は、はぁ」
『では、始めるぞ』
「は、はい! でも、始めるって……? どこを探すんですか?」
『島の全域じゃ』
「島の全域!!? それはさすがに時間が…」
『誰が歩いて探し回るというた』
呆れ気味の声が上がる。そして声に続いて、コツコツと地面を何か固いものが当たる音がした。
「?」
その音にふと気を取られていると、白い手が再びユージンの目の前に現れる。
「!!」
『ほれ、さっさと我の目をジャックせんか』
手を取れ、という意味なのだろうか。ユージンは恐る恐る“吸血鬼”の手を取る。
その手は白い肌が示す通り、雪のように冷たかった。
『できたか?』
「あ、はい。今します」
ユージンは急かされながら、“吸血鬼”の目をジャックする。
――――瞬間、広がった景色には丸い鏡が無数に浮かんでいた。
「うわぁ!!」
ユージンは身体を大きく震わす。思ってもみない光景に腰を抜かしそうになった。
『コラ、引っ張るな。一体何を驚いておるんじゃ?』
「驚くもなにも…何ですか、このたくさんの“鏡”は…」
『我の“能力”じゃ』
「! あなたも“悪魔の実”の能力者…」
視界が上下に動く。頷いたようだ。
『主と同様にな。
我の鏡をこの島のあらゆる場所に配置した。この中から、主の仲間を探す。
我が鏡ひとつひとつに目をやる間に見つけろ』
「は、はい!」
ジャックしている視線が、無数の鏡を流し見しながら左上にある鏡に視線を向けた。
ユージンはその視線に映った鏡の人物を見る。
「違います」
そう告げると、視線が右の鏡に移った。
目をやる間に探せ、と言った割りにユージンのテンポに合わせているように見える。
探すのに協力的なこともそうだが、この“吸血鬼”は案外お人好しなのかもしれない。
何度か違うと告げる。その度に次の鏡に視線が移っていく。
少し疲れが出てきたが、見ない訳にいかない。まったくゾロはどこに行ったのか…
「あ!」
とある鏡に移ったとき、緑の頭に3本刀の男の姿が見えた。
視線は動かない。ユージンの声に反応して止まってくれたようだ。
『奴か?』
「は、はい。彼です」
“吸血鬼”の静かな声に、少し大きめの声で返事を返した。
『こやつどこにおるんじゃ?』
「ん、ううん……」
さっぱりわからない。なんせ初めて見た景色だ。
『まぁ、よい。奴をこちらに連れてくるぞ』
「連れてくる…?」
ゾロの後ろ姿が映る鏡が、視界の前に引き寄せられる。
視界に白い手が現れた。その手はゾロが映る鏡を撫でるように動かす。
すると鏡は視界一杯に大きくなった。
『弐匣(ニッコウ)』
“吸血鬼”の声に呼応し、もう一枚大きな鏡が現れる。
その鏡にはうっすらと映るゾロの姿と、それを傍らで見ているユージンの姿が映っていた。
「!」
ユージンはその光景に違和感を覚えざる負えなかった。
今、ユージンの視覚は真正面に鏡を捉えている。つまり、視覚をジャックしている人物が鏡の前にいることを示す。
しかし、その姿はなく、細く身の丈程ある棒らしきものが地面から伸びていた。
背筋が凍るような気がした。
疑っていたわけではないが、半信半疑だった“吸血鬼”という存在を、今、このとき正確に認識したのだ。
『さて、これから奴をこちらへ連れてくるんじゃが、』
「連れてくるってどうやって……」
『簡単じゃ。主がこの鏡に手を入れこちらに奴を連れてくればよい』
「僕が、ですか……!?」
『そうじゃ。我には出来ぬからの』
「? 出来ない?どうしてですか??」
『……。主は先程から疑問ばかりじゃな』
「! す、すみません」
しゅんとするユージン。“吸血鬼”のため息が聞こえた。
『我の鏡は、“鏡に映るもの”しか行き来出来ぬ。そう言えば理解できるじゃろ』
「! そうか、あなたは姿が鏡に映らないから手を出すことができない」
『左様。まぁ、この“陽”がおる故、全く手を出せぬことはないが、我自身にはまったく意味のない能力(チカラ)と言えるじゃろな』
「せっかくの、能力なのに…」
『フン。我にとって能力なぞ、付属に過ぎん。無くとも支障はでぬ』
「……」
ここまできっぱりと言い切られると、妙に清々しく感じる。
しかしその言葉には確実な説得力をユージンは感じていた。
今はそうでもないが、野盗の前でフードを取ったあの瞬間の覇気は、
戦闘に関し非力な自分ですら、この“吸血鬼”の力がどれほど絶望的なのか、わかるものだったからだ。
『主の仲間も鏡の存在に気付いたようじゃな』
「え?」
思考を戻し、鏡に目をやるとゾロが鏡を覗くように見ていた。
再度ゾロだと確認。よかったと胸をなでおろす。しかし、ふと気づいた。
「でも、ゾロくんをこっちに連れて来たら、あなたの顔を見てしまうのでは……?」
『……その心配はいらぬ』
その言葉と共に視界が揺れる。目の前が先ほどよりも暗くなった。フードをかぶったようだ。
「?」
『我は主が仲間をこちらに連れてきた瞬間、この場から去るからのォ』
「ええ!!」
『? 何を驚く? 主は仲間を我に喰わせたいのか?』
「それは、違います!!ただ……」
『ただ、なんじゃ?』
“吸血鬼”は静かに問う。
「それじゃあ、ゾロとちゃんと会えた後、あなたにお礼を言えない。それが、嫌なんです」
『!』
“吸血鬼”の視線が、ユージンを映す。自分で見てもわかる程、ユージンは悲しい顔をしていた。
しばらくユージンと目を合わせていた視線は、上からおりてくる影によりなくなる。
“吸血鬼”は目を閉じたのだ。視界いっぱいに真っ暗な世界が広がる。
『人間と言うものは……やはり理解できぬ』
ため息と共に、囁くようなつぶやきが聞こえた。
その声は、なんとも言えない哀愁を感じさせる。
しばらくの沈黙の後、視界に光が現れた。
『ならば、先に言っておけ』
「!」
ユージンに目を向けたまま“吸血鬼”は言う。
『我の鏡は決してしくじりはせぬ。故に今、主から礼を受けても変わらぬ』
「……」
そう、自信満々に言い切った“吸血鬼“にユージンはぽかんとした。
しかし、思考がついてくると、次第に笑みがこぼれる。
「ははは…!!」
一際大きな笑い声が上げた。
視界が傾く。“吸血鬼”が首を傾げたのだろうか。
ユージンはそんなことを考えつつも、笑った。
「あなたはすごいですね。ひとつひとつの言葉が全て自信満々で」
『自信があるから言うておるまでじゃ』
当たり前に返す“吸血鬼”。ユージンはニコッと微笑んだ。
「仲間を見つけてくれて、ありがとうございました」
『……』
“吸血鬼”がユージンを見る。ほんの少し間をあけてから、苦笑するような声で言った。
『主は中々に度胸がある人間らしい』
「?」
“吸血鬼”はそう言い終わると、ユージンの手から自分の手を引く。
ユージンの視界は晴れたものから一変、ぼやけたものに変わった。
『鏡の位置はわかるな』
ユージンから少し離れたところから“吸血鬼”は言う。
ユージンは鏡の方へ身体を向けると頷いた。
『主の仲間は鏡の中央におる。主が右手を差し出せば、仲間の左腕を掴むことができるじゃろう』
「…もう、お別れなんですね?」
『左様じゃ。もうここには用はない』
「あの、最後にひとつ質問してもいいですか?」
『……いってみよ』
ゾロが映る鏡をぼんやりとした視界の端で捉えながら、“吸血鬼”に目を向ける。
「あなたの名前を教えてくれませんか?」
まだ、聞いていなかったからと、ユージンは言う。
『主は我に名を名乗れというのか…』
呆れたというような響きが返って来た。
「ダメですか?」
『……そうじゃな。自分の名を名乗らぬ人間に、我が名を口にするのは……』
「! あ!す、すいません…!!」
ユージンは思いっきり頭を下げた。
「僕は、ユージンです」
『……』
「あの…?」
ゆっくりと様子を窺うように顔を上げるユージン。
“吸血鬼”はユージンが顔を上げるのを見計らい言葉を発した。
『我の名を主が知る影響を考えておる』
「影響?」
『先も言うたが…。我は今の世に存在を知られてはいかぬ』
「!」
『故に我は、我を知った者をことごとく亡き者にしてきた』
今まで話していた声よりも一段と低いトーンで“吸血鬼”は語る。
ユージンはその語り口から、言葉の重みが胸にのしかかるように感じた。
『我の姿を見ておらぬ主であっても、我が生きていることを知り、
ましてや面識があるなどと言えば、我が存在を知る者からみれば脅威となりえる』
「なぜです?」
『我を前にして“生き残った”からじゃ』
「!」
『我の存在を知る者の多くは、我を“畏れ”の対象としている。そんな我から平然と逃れた者が居たらどうなる?』
「それは……」
英雄として崇めらるのか?それともこの“吸血鬼”の仲間として同じように“畏れ”られるのか?
『“我の経験”では、人間共はその者に“畏れ”の烙印を押し、阻害する』
「!」
『しかし、それでも“畏れ”への恐怖というものは止まらない。見ぬふりをしてもいつも傍らに“それ”がある故に、な。
そしてついに人間共は狂気に駆られ、大挙して“畏れ”の烙印を押された者を血祭りに上げるじゃろう』
「そんなひどいことを…」
『それが我を知ることの“対価”となりえるのじゃよ。主の仲間とてどう思うか』
「……」
『話が過ぎたな』
「大丈夫ですよ」
『?』
「僕の仲間は…ルフィくんやゾロくん達はそんなこと気にしません。
いや、それ以上にもし僕や仲間の誰かが危険にさらされたら必ず助けてくれるし、助けに行きます!!」
それは麦わらの一味と旅をしてきた経験値、そしてなにより、仲間を信じるユージンの気持ちから出た言葉だった。
「それに、僕を助けてくれたあなたの名前を聞かなかったらみんなに怒られます」
“吸血鬼”に助けられたと言ったらきっとルフィは気になるだろうし…とそんなことが頭を過る。
ユージンは仲間の好みがわかるというのがなんだか嬉しく感じていた。
『その“仲間”は信用に足るのか?』
「はい! あなたの“仲間”のように!」
『!!……』
“吸血鬼”の息遣いが止まったような気がした。人が驚いた時の反応に似ている。
しかし、それは一瞬でふっと静かな息遣いを感じた。
『……そうか』
「!?」
『我の“仲間”と同等か。ならば心配はあるまいな』
ユージンは驚いた。一瞬ではあるが、ぼやけた視界の中にあるにも関わらず、
少し離れた“吸血鬼”の口元が弧を描いたのがはっきりと見えたからだ。
『我が名はレニー・レニゲイド。“海賊王”ゴール・D・ロジャー率いるロジャー海賊団の元クルーじゃ』
「!!?か、“海賊王”!!」
『左様。奴は我の唯一無二の“仲間”といえる』
「……」
『クククク……』
再びぽかんとするユージン。レニーはいたずらが成功した子供のように無邪気に笑っていた。
『さて、そろそろ潮時じゃ。主の仲間が待ちくたびれておる』
「あ!」
また忘れかけていたゾロの存在を思い出し、鏡に顔を向ける。
『先と同じ、鏡の中央におる。主の右手で導いてやれ』
ユージンは恐る恐るではあるが、右手を鏡に伸ばした。
鏡が水の波紋のように揺れているのがなんとなくわかるが、
ユージン自身は何も触れた感覚はなかった。
「うわっ!!? 手?? どうなってんだ??」
ゾロの声が鏡越しに聞こえる。迷子になってそれほど時間は経っていないはずだが、
とても久々に聞いた気がした。
「ゾロくん。僕の手を取って。こっちに来るんだ」
「! その声はユージンか?」
ユージンの声がゾロに届く。そうだよ、とユージンは穏やかな声で答えた。
ゾロが自分の手を取ったのを感じたユージンは、ゾロを鏡へ導く。
ゾロの手、顔、そして身体があちらの鏡から目の前の鏡へ映って来る。
ユージンに手を引かれるままゾロが鏡から抜け出したその瞬間、ユージンは顔を掠める風を感じた。
「あれ? さっきの道じゃねェか」
ゾロが暢気な声をあげる。
「ゾロくん!」
「おお、ユージン。お前どこ行って…」
「目をジャックさせて!」
「あ?」
ゾロの返事も待たずつないだままの手から、ゾロの視界をジャックした。
「おい、ユージンどうしたんだ?」
「ゾロくん、辺りを見渡してくれるかい?」
「?」
ゾロは頭をかきながら、言われたように辺りを見渡す。
「何探してんだ?」
「“きゅ……あ、ひ“人”だよ」
「人?」
「そう、フードかぶった人」
「そんな奴どこにもいねェぞ?」
ゾロの視界から必死にレニーの姿を探した。しかし、姿も鏡も消えている。
「はぁ……」
ユージンはゾロの手を離した。ぼんやりとした景色が広がる。
「もう、行ってしまったのか…」
「ユージン。一体何があったんだ?」
ゾロが尋ねる。ユージンは落とした肩を深呼吸で持ち上げた。
「やっぱりもう一度、お礼を言いたかったんだ」
「? 誰に?」
「迷子になったゾロを見つけて、ここに連れてくるのを手伝ってくれたレニーさんに」
そう言って、ユージンは空を見上げる。
そして空に向かって頬笑み、感謝の言葉を小さく呟いた。
end
************
手つなぎシリーズ第1段!!
長ーくなりました…ここまで読んでくれてありがとうございます!
ユージンくんの人となりが合ってれば嬉しいですが…(^^;)
よかったらもらってやってください!
ユージンが白杖(ハクジャク)で地面をコツコツと叩く。
控えめなその音は、彼の遠慮がちで人の良い様が見えるようだった。
そんなユージンに周りは物珍しそうな視線を送る。
ユージンはその視線の“気配”を感じながらも足取りをゆるめることはない。
ユージンという青年は視力がかなり弱い人間である。
視界には白い靄がかかっており、物をよく見ようとするとどうしても顔をぐっとその物に近づけないといけない程だ。
そのため、周りから見られている状態であっても、誰に見られているのかは判断がつかない。
好奇な視線はいつものこと。それをユージンが気にすることはない。
しかし彼は、辺りを見渡すようにキョロキョロと首を動かしている。
街を文字通り“手探り”で歩んでいるユージン。彼は今まさに最大ともいえる難局に差しかかっていた。
「参ったなぁ……」
ユージンは歩きながら小さく肩を落とす。そして、端的に今の自分を表現した。
「まさか、“迷子”になるとは」
苦笑に近いため息が漏れた。
ほんのついさっきまで一緒にいたはずの緑頭の剣士、ゾロの気配は今や感じられない。
試しに名を呼んだが、やはり反応はなかった。
【迷子探しと吸血鬼】
「“ゾロと歩くときは注意しなさい!”と、ナミさんに言われたから気にはしてたんだけど……
広い道で迷うとは思わなかったな」
ユージンが今歩いている道を広い道だと知っているのは、さっきまで一緒だったゾロが、だだっ広い道だ、と言っていたからである。
そうなんだ、とユージンが言葉を返してから沈黙があったどうかわからないくらいのタイミングでゾロの気配が消えたのだ。
ユージンはゾロにもっと周りの状況を聞いていたらよかったと、今更ながら後悔していた。
だが、すぐに気持ちを切り替える。ユージンにはゾロが行きそうなところはなんとなくわかるからだ。
「たぶん、武器屋だよね」
ゾロは街につくと散歩がてらに武器屋にいくのをユージンは知っていた。
しかし、ユージンの記憶の限りでは、ゾロが“正しく”武器屋に行けたことはない。
実はこの時点で、出会えるか…という探す以前の問題も抱えていた。
「とりあえず、誰かに武器屋の場所を聞いてみよう」
話はそこからだ、とユージンは足を止め、辺りに気を配った。
さっきまで向けられていた両サイドからの視線は今は感じられない。
どうやら街の端っこまで来てしまったようだ、とユージンは思う。
「戻った方が、いいかな」
今来た道に背中を向けながらユージンは言った。その刹那、
「おい、テメェ!!いい加減にしろよ!!」
「え!!?」
突然の大声。ユージンはびくっと身体を震わせた。
しかしすかさず声が聞こえたと思われる方向に身体を向ける。
「こっちが下手に出りゃ、つけあがりやがって!!」
「有り金全部出しやがれって言ってんだ!聞こえてねェのか!!」
また上がる怒号。ユージン自身、辺りを見渡しても怒号を浴びされている気配を感じないことから、自分に向けられたものではなかったようだ。
他にもいくつか声が上がっていることから複数人いるようだった。
「(これは、誰かが野盗に襲われてるんじゃ…!!)」
ユージンは会話の感じからそう読み取り、息を飲む。ルフィやゾロならばすぐに飛び込むような場面かもしれない。
しかし、弱視のユージンにとっては話が別だ。誰が襲われていて、誰が襲っているのかわからない状態で助けに入るのは無謀だ。
人の声はそれほど遠くない。やり過ごそうか、と一時の躊躇がユージンの足を止め続ける。
「……」
ユージンは大きく深呼吸すると、白杖をしまう。そして声が聞こえる方へ歩き出した。
「……」
自分が行ったところでどうなるかは不明だ、だけど見過ごすのも嫌だ、そんな心理がユージンの足を動かしていた。
「?」
白い靄の中から“黒い影”がぼんやりと見えた。ユージンはその影にゆっくり近づく。
『なぜ我が主らに金をやらねばならぬのじゃ?』
「!」
若い男の声が聞こえた。しかしその言葉遣いは老人のようでもある。
そしてその声はこのぼんやり見える“黒い影”から発せられたと、ユージンは推測した。
つまりこの“黒い影”が今まさに野盗に襲われている人物なんだろう。
「(でも……)」
ユージンは首を傾げた。
人は緊張していたり、恐怖を感じる時には汗や、呼吸の乱れがあるものだ。
しかし、遠くない距離にいるその“黒い影”からは不安も恐怖も感じ取れない。
「ああ!!?」
「てめェみたいな怪しい奴が、金持ってても仕方ねェから使ってやるって言ってんだろうが!」
「ってかよ、そのフードいいかげんに取りやがれ!」
『ふむ…。主らは金を要求するだけでなく、我に“姿を晒せ”、そういうんじゃな?』
野盗らしい、なんとも道理の通らない言い分を耳にするユージン。
それに余裕の態度で答える“黒い影”…
「(なんだこれ……)」
ユージンは胸に違和感を覚える。言い知れない不安が押し寄せてきた。
「(……この“影”にこれ以上近づいては行けない気がする)」
ユージンは足を止めた。そしてその予感は、次の瞬間に訪れた。
『――――よかろう。だが、〝対価”は頂くぞ』
バサッと布の擦れる音がした。刹那――――“黒い影”が一変、光をもった“白い光”に変わる。
現れた光は揺れ方からして髪、柳のように長く白い髪のようだ。
「「「!!!」」」
周りでどよめきが起こる。そのどよめきは驚きと戸惑いの色をしていた。
ユージンもその気持ちはよくわかった。
なぜなら“黒い影”がフードを取った瞬間に、その影が持つ本来のオーラが放たれたからだ。
その威圧感は先程の非ではない。一瞬にして、“白い光”に心臓をにぎられた気分だった。
『…さて、我は主らに“今生の最期の願い”を叶えてやった。これで満足か?』
「「「……!!」」」
わめいていた野盗達はどよめくばかり。
もう、この場の主役は“白い光”が持っていたも同然だった。
『我はとある事情にて、姿を晒すことを避けておる。
故に、我の姿を見たものには何人であれ、消えてもらわなければならぬ』
「えっ!?」
ユージンは“白い光”が言い放った言葉に反応してしまうが、とっさに口を抑え、言葉を飲み込んだ。
“白い光”は続ける。
『“食事”は終えたばかりじゃが致し方あるまい。“あの子”には後で詫びるとしよう』
そう“白い光”が言ってまもなく、辺りから“人が消えた”。
「え……」
ユージンは混乱した。目の前で突然、数人の人間の気配が消えた。
それは姿がどうこうではなく、“存在”がまるごと切り取られたかのような喪失感だ。
「(な、何が……)」
ユージンはキョロキョロと辺りを見渡す。
しかし次の瞬間、目の前に手が突き出された。
「!!」
『主は、何をしておる』
視界に入って来たは白い手のひら。細くすらっとした指に長くとがった爪。
その手は自分の視界いっぱいに広がっており、相手の顔を見ることはできない。
『奴らの仲間ではあるまい、見物でもしておったのか?』
“白い光”が僕に問いかける。
それはあの野盗達に向けたものとはまた違う、静かな威圧を感じさせるものだ。
ユージンは自分の額に汗を感じる。絶対敵わない“獣”に襲わているような感覚になった。
「(“獣”……?)」
ユージンの思考はその言葉に囚われる。
人を“獣”と感じるなんておかしいと思ったからだ。
そして必死の思案の末、たどりついたのは、自分が感じていた違和感の正体だった。
「(そうか、この人からは“何も感じない”こと自体がおかしかったんだ。
本来、人ならばあるはずの“体臭”も…服の布の臭いすら……感じない。
―――――まるで、この人の周りから“匂い”が切り取られているかのように……。
こんなの、“獣”よりも恐ろしい)」
『どうした? 声が出せぬ訳ではあるまい』
「……」
“白い光”の言葉にユージンは、小さく口を開けた。
汗は頬を伝い、顎の先端まで行くと重力に従い顎から離れる。
ユージンは小さく開けた口でささやかな息をつくと、声を発した。
「あ、あなたは……――――“何(ナン)”ですか?」
『?』
“白い光”の手のひらを見つめながら、ユージンは精一杯の質問をぶつけた。
『……』
「……」
沈黙が走る。ユージンは奥歯をかみしめ、沈黙に耐え続ける。
その沈黙は数秒であったが、このときのユージンには何十分も経っているかのように感じられた。
『―――――それは、我の姿・形について問うておるのか?』
“白い光”から質問を返される。そこでユージンは失礼な質問をしてしまったと思い、慌てる。
「あ…い、いえ。僕は視力が弱いので、あなたの顔は一切見えていません。
今はあなたの手が僕の顔の前にあると分かる程度です」
ユージンの答えに“白い光”は不思議そうに言った。
『目が見えぬのに、なぜ我に“何者”ではなく“何(ナニ)”と問うた?』
「え?」
『主の“何”とは、まるで我の“存在自体”のことを問うておるように思えた。なぜ我の“存在”を問う?』
“白い光”の追及は止まらない。ユージンは息をのんだ。
「それは……その、あなたから何も感じないからです。人が発する体臭も、布の臭いも。
まるであなたの周りから、においが消されているように…。僕はそんな人にあったことがないから…それで……」
しどろもどろになりながらもユージンは言葉を紡ぐ。
少しの間をもって、白い手のひらが目の前から離れて行った。
「?」
突然離れた手。その先に広がる風景は相変わらずぼやけている。
『フッ、クククククク……ハハハハハハ!!!』
そんな中、耳に大きな笑い声が聞こえた。ユージンは首を傾げる。
「あの、何か僕、変なことを……」
『目が見えぬその体(テイ)で、我が“存在”に疑問を持つとはな。中々に面白い人間がいたものじゃ』
「?」
先程の威圧はどこに言ったのか、“白い影”は軽やかに笑って言った。
『小僧、主の勘は当たっておるぞ。我は“吸血鬼”じゃ。故に人が発する臭いというものはない』
「“吸血鬼”!!?」
思わぬ名詞にユージンは声を上げる。
一方の“吸血鬼”はそのリアクションをさらりと流し、ぶつぶつと呟いた。
『目が見えぬことを補うために、他の感覚が優れたのか。流石というか、人の進化には相も変わらず、驚かされるのォ』
一人で納得する吸血鬼に、ユージンは戸惑いを覚えつつ言葉をかける。
「あ…あの、本当に“吸血鬼”なんですか?」
『そうじゃ。信じられぬか?』
「いえ、そんなことは……」
『まぁ、主のような小僧が信じられぬのも無理はなかろう』
「すみません…」
ぐうっと肩を落とすユージン。“吸血鬼”は、構わぬ、と短い言葉をかけた。
『しかし、解せんな。主は何をしておったのじゃ?』
当然の質問をされる。ユージンは顔を赤めた。
「あ。いや、その……野盗に襲われていたあなたの手助けが出来ないかと…」
『! 我を助けるつもりじゃったと?』
「は、はい」
実際は助けもいらなかったけど……とユージンは心の中で呟く。
一方、目の前の“吸血鬼”は考え事をしているのか、動かない。ユージンはどうしたものかと思っていると、“吸血鬼”が声を発した。
『そうか、それは感謝せねばならぬな』
「え! いや、でも何も出来てませんし、もしかしたら邪魔をしたのかもと…」
『まぁ、邪魔でないと言えば嘘となるが』
「!……」
“吸血鬼”の言葉にユージンは素直にショックを受けた。“吸血鬼”のクスクスと笑う声が耳に届く。
『戯言じゃ。真に受けるな』
「あ……、そ、そうですか」
声のトーンが冗談に聞こえなかったユージンはふう、っと肩を落とした。
顔が見えないというのはこう言う時にも辛いのかもしれない。
『しかし、我が腹を空かしておったら主もあやつらと共に“喰らって”おるところじゃ』
「く。喰らう…!?って」
一瞬言葉の意味を理解出来なかったユージンは、“吸血鬼”の言葉をオウム返しする。
『? 言葉の通りじゃが?』
平然とした声色に、冷静さを取り戻したユージン。理解した言葉の意味に息をのむ。
「じゃあさっきの人達は……」
『? じゃがら“喰らった”というておるだろう』
「人を食べた…?」
ユージンの反応に、ああ、と“吸血鬼”の相槌が入る。
『そうじゃ。……我は“人間を主食とする”存在じゃ。故に人を喰らわねば我が死んでしまう』
「……」
『主らが、生物を狩り喰らうのと同意義じゃが……
まぁ、同種の者が喰われて平気でおれる者はおらぬであろう。主の抱く感情はわからぬものでもない』
なんとも言えない複雑な気持ちをこの“吸血鬼”は察したらしい。その感じがとても不思議な気がした。
「……なぜ、僕は食べなかったんですか?」
『我が“菜食主義者(ベジタリアン)”だからじゃ』
「へっ?」
ユージンの反応がおもしろいのか、“吸血鬼”は再びクスクスと笑っている。
『昔、“仲間”にそう言われたことがあってのォ。中々言い得て妙だった故、しばし話のネタにしておる。
要は我は腹が満たされればそれ以上の食事はせぬのだ。
先の奴らも我を放っておけば喰われずに済んだが、まぁ、食後の甘味と考えればよい程度の話じゃよ』
「……“仲間”」
ユージンは“吸血鬼”の“仲間”という言葉に反応した。
『フム…少しばかり話しすぎたようじゃ』
“吸血鬼”はぼそっと呟く。
「え? 今何か言いました?」
ユージンは聞き取れなかった言葉を聞き返した。“吸血鬼”は、何もいうておらぬよ、と言葉を返す。
『ところで、主は一人なのか?』
「!――――あ、そうだ!!」
ユージンはそこでやっとゾロのことを思い出した。
「一人じゃありません。僕も仲間と一緒にここに来たんですが、いつの間にかはぐれてしまって」
『はぐれた?』
「はい、港からこの道を歩いて来たのですが」
『……港からここまでは一本道じゃぞ。どうして迷える?』
「あ…それはその……」
ゾロがファンタジスタ級の方向音痴であるとは、ゾロに悪くて言えない。
『……。まぁ、よい。つまり主ではなく、連れがはぐれたのじゃな』
「はい、たぶんそうだと思います」
『面倒じゃな』
「あ、でももう船に戻ってるかもしれませんし」
ふと発したユージンの言葉に“吸血鬼”は意外な言葉を返した。
『主の仲間は薄情な人間なのか?』
「え? いえ、そんなことは……!!」
ユージンは慌てて言葉をつなぐ。
『ならば、目が見えぬ主を置いて帰るとは考えれまい』
「……あ、……」
ユージンはすっと胸に手を当てた。なんだか少し温かく感じる。
『して、そやつはどんな姿(ナリ)をしておるのじゃ?』
「!! 探してくれるですか?」
胸に手を当てていたユージンは“吸血鬼”の提案に驚きの声をあげる。
『……主だけでは探せぬであろう。そこらで野垂れ死にされても気分が悪い』
「フフ…!!」
『? なんじゃ』
「いえ、優しいなぁと思って」
『……フン』
“吸血鬼”が照れているように感じたユージンはニコッと笑顔になった。
『……探さぬのか?』
「! 探します!……あ、そうだ!」
『なんじゃ?』
“吸血鬼”の疑問の声に、ユージンはいいことを思いついたと言わんばかりに明るい声で言った。
「あなたの目を僕に貸していただけませんか?」
『? どういう意味じゃ??』
“吸血鬼”は尋ねる。
ユージンは自分が食べた悪魔の実“ジャックジャックの実”について、簡単に説明した。
『ほう…主の力は他者の“五感”を乗っ取るのか?』
「乗っ取るとはいいません。“借りる”が正しいです。なので、あなたに影響は出ません」
『ふむ。して、発動の条件は?』
「僕が相手を捉えるのが条件です。例えば相手を見続けるとか、相手のどこかに触れるとか…」
『……』
「お役に立てませんか?」
心配そうな声で問うユージン。
『いや、我が探すより手間が省ける、じゃが…』
“吸血鬼”は言葉を濁す。ユージンは首を傾げた。
『手を触れるか、まぁ…この際は仕方あるまいな。
――――小僧、念のため言うておくが、我の姿を視るでないぞ』
「? それはどういう意味ですか?」
『我は今、身を隠さなければならぬ存在。故に我の姿を見止めた者には消えてもらってる』
「!」
『主の能力が真(マコト)ならば、我の姿を視ることはないと思うが……。
まぁ好奇心が人を殺すということを肝に命じておるがいい』
「……は、はぁ」
『では、始めるぞ』
「は、はい! でも、始めるって……? どこを探すんですか?」
『島の全域じゃ』
「島の全域!!? それはさすがに時間が…」
『誰が歩いて探し回るというた』
呆れ気味の声が上がる。そして声に続いて、コツコツと地面を何か固いものが当たる音がした。
「?」
その音にふと気を取られていると、白い手が再びユージンの目の前に現れる。
「!!」
『ほれ、さっさと我の目をジャックせんか』
手を取れ、という意味なのだろうか。ユージンは恐る恐る“吸血鬼”の手を取る。
その手は白い肌が示す通り、雪のように冷たかった。
『できたか?』
「あ、はい。今します」
ユージンは急かされながら、“吸血鬼”の目をジャックする。
――――瞬間、広がった景色には丸い鏡が無数に浮かんでいた。
「うわぁ!!」
ユージンは身体を大きく震わす。思ってもみない光景に腰を抜かしそうになった。
『コラ、引っ張るな。一体何を驚いておるんじゃ?』
「驚くもなにも…何ですか、このたくさんの“鏡”は…」
『我の“能力”じゃ』
「! あなたも“悪魔の実”の能力者…」
視界が上下に動く。頷いたようだ。
『主と同様にな。
我の鏡をこの島のあらゆる場所に配置した。この中から、主の仲間を探す。
我が鏡ひとつひとつに目をやる間に見つけろ』
「は、はい!」
ジャックしている視線が、無数の鏡を流し見しながら左上にある鏡に視線を向けた。
ユージンはその視線に映った鏡の人物を見る。
「違います」
そう告げると、視線が右の鏡に移った。
目をやる間に探せ、と言った割りにユージンのテンポに合わせているように見える。
探すのに協力的なこともそうだが、この“吸血鬼”は案外お人好しなのかもしれない。
何度か違うと告げる。その度に次の鏡に視線が移っていく。
少し疲れが出てきたが、見ない訳にいかない。まったくゾロはどこに行ったのか…
「あ!」
とある鏡に移ったとき、緑の頭に3本刀の男の姿が見えた。
視線は動かない。ユージンの声に反応して止まってくれたようだ。
『奴か?』
「は、はい。彼です」
“吸血鬼”の静かな声に、少し大きめの声で返事を返した。
『こやつどこにおるんじゃ?』
「ん、ううん……」
さっぱりわからない。なんせ初めて見た景色だ。
『まぁ、よい。奴をこちらに連れてくるぞ』
「連れてくる…?」
ゾロの後ろ姿が映る鏡が、視界の前に引き寄せられる。
視界に白い手が現れた。その手はゾロが映る鏡を撫でるように動かす。
すると鏡は視界一杯に大きくなった。
『弐匣(ニッコウ)』
“吸血鬼”の声に呼応し、もう一枚大きな鏡が現れる。
その鏡にはうっすらと映るゾロの姿と、それを傍らで見ているユージンの姿が映っていた。
「!」
ユージンはその光景に違和感を覚えざる負えなかった。
今、ユージンの視覚は真正面に鏡を捉えている。つまり、視覚をジャックしている人物が鏡の前にいることを示す。
しかし、その姿はなく、細く身の丈程ある棒らしきものが地面から伸びていた。
背筋が凍るような気がした。
疑っていたわけではないが、半信半疑だった“吸血鬼”という存在を、今、このとき正確に認識したのだ。
『さて、これから奴をこちらへ連れてくるんじゃが、』
「連れてくるってどうやって……」
『簡単じゃ。主がこの鏡に手を入れこちらに奴を連れてくればよい』
「僕が、ですか……!?」
『そうじゃ。我には出来ぬからの』
「? 出来ない?どうしてですか??」
『……。主は先程から疑問ばかりじゃな』
「! す、すみません」
しゅんとするユージン。“吸血鬼”のため息が聞こえた。
『我の鏡は、“鏡に映るもの”しか行き来出来ぬ。そう言えば理解できるじゃろ』
「! そうか、あなたは姿が鏡に映らないから手を出すことができない」
『左様。まぁ、この“陽”がおる故、全く手を出せぬことはないが、我自身にはまったく意味のない能力(チカラ)と言えるじゃろな』
「せっかくの、能力なのに…」
『フン。我にとって能力なぞ、付属に過ぎん。無くとも支障はでぬ』
「……」
ここまできっぱりと言い切られると、妙に清々しく感じる。
しかしその言葉には確実な説得力をユージンは感じていた。
今はそうでもないが、野盗の前でフードを取ったあの瞬間の覇気は、
戦闘に関し非力な自分ですら、この“吸血鬼”の力がどれほど絶望的なのか、わかるものだったからだ。
『主の仲間も鏡の存在に気付いたようじゃな』
「え?」
思考を戻し、鏡に目をやるとゾロが鏡を覗くように見ていた。
再度ゾロだと確認。よかったと胸をなでおろす。しかし、ふと気づいた。
「でも、ゾロくんをこっちに連れて来たら、あなたの顔を見てしまうのでは……?」
『……その心配はいらぬ』
その言葉と共に視界が揺れる。目の前が先ほどよりも暗くなった。フードをかぶったようだ。
「?」
『我は主が仲間をこちらに連れてきた瞬間、この場から去るからのォ』
「ええ!!」
『? 何を驚く? 主は仲間を我に喰わせたいのか?』
「それは、違います!!ただ……」
『ただ、なんじゃ?』
“吸血鬼”は静かに問う。
「それじゃあ、ゾロとちゃんと会えた後、あなたにお礼を言えない。それが、嫌なんです」
『!』
“吸血鬼”の視線が、ユージンを映す。自分で見てもわかる程、ユージンは悲しい顔をしていた。
しばらくユージンと目を合わせていた視線は、上からおりてくる影によりなくなる。
“吸血鬼”は目を閉じたのだ。視界いっぱいに真っ暗な世界が広がる。
『人間と言うものは……やはり理解できぬ』
ため息と共に、囁くようなつぶやきが聞こえた。
その声は、なんとも言えない哀愁を感じさせる。
しばらくの沈黙の後、視界に光が現れた。
『ならば、先に言っておけ』
「!」
ユージンに目を向けたまま“吸血鬼”は言う。
『我の鏡は決してしくじりはせぬ。故に今、主から礼を受けても変わらぬ』
「……」
そう、自信満々に言い切った“吸血鬼“にユージンはぽかんとした。
しかし、思考がついてくると、次第に笑みがこぼれる。
「ははは…!!」
一際大きな笑い声が上げた。
視界が傾く。“吸血鬼”が首を傾げたのだろうか。
ユージンはそんなことを考えつつも、笑った。
「あなたはすごいですね。ひとつひとつの言葉が全て自信満々で」
『自信があるから言うておるまでじゃ』
当たり前に返す“吸血鬼”。ユージンはニコッと微笑んだ。
「仲間を見つけてくれて、ありがとうございました」
『……』
“吸血鬼”がユージンを見る。ほんの少し間をあけてから、苦笑するような声で言った。
『主は中々に度胸がある人間らしい』
「?」
“吸血鬼”はそう言い終わると、ユージンの手から自分の手を引く。
ユージンの視界は晴れたものから一変、ぼやけたものに変わった。
『鏡の位置はわかるな』
ユージンから少し離れたところから“吸血鬼”は言う。
ユージンは鏡の方へ身体を向けると頷いた。
『主の仲間は鏡の中央におる。主が右手を差し出せば、仲間の左腕を掴むことができるじゃろう』
「…もう、お別れなんですね?」
『左様じゃ。もうここには用はない』
「あの、最後にひとつ質問してもいいですか?」
『……いってみよ』
ゾロが映る鏡をぼんやりとした視界の端で捉えながら、“吸血鬼”に目を向ける。
「あなたの名前を教えてくれませんか?」
まだ、聞いていなかったからと、ユージンは言う。
『主は我に名を名乗れというのか…』
呆れたというような響きが返って来た。
「ダメですか?」
『……そうじゃな。自分の名を名乗らぬ人間に、我が名を口にするのは……』
「! あ!す、すいません…!!」
ユージンは思いっきり頭を下げた。
「僕は、ユージンです」
『……』
「あの…?」
ゆっくりと様子を窺うように顔を上げるユージン。
“吸血鬼”はユージンが顔を上げるのを見計らい言葉を発した。
『我の名を主が知る影響を考えておる』
「影響?」
『先も言うたが…。我は今の世に存在を知られてはいかぬ』
「!」
『故に我は、我を知った者をことごとく亡き者にしてきた』
今まで話していた声よりも一段と低いトーンで“吸血鬼”は語る。
ユージンはその語り口から、言葉の重みが胸にのしかかるように感じた。
『我の姿を見ておらぬ主であっても、我が生きていることを知り、
ましてや面識があるなどと言えば、我が存在を知る者からみれば脅威となりえる』
「なぜです?」
『我を前にして“生き残った”からじゃ』
「!」
『我の存在を知る者の多くは、我を“畏れ”の対象としている。そんな我から平然と逃れた者が居たらどうなる?』
「それは……」
英雄として崇めらるのか?それともこの“吸血鬼”の仲間として同じように“畏れ”られるのか?
『“我の経験”では、人間共はその者に“畏れ”の烙印を押し、阻害する』
「!」
『しかし、それでも“畏れ”への恐怖というものは止まらない。見ぬふりをしてもいつも傍らに“それ”がある故に、な。
そしてついに人間共は狂気に駆られ、大挙して“畏れ”の烙印を押された者を血祭りに上げるじゃろう』
「そんなひどいことを…」
『それが我を知ることの“対価”となりえるのじゃよ。主の仲間とてどう思うか』
「……」
『話が過ぎたな』
「大丈夫ですよ」
『?』
「僕の仲間は…ルフィくんやゾロくん達はそんなこと気にしません。
いや、それ以上にもし僕や仲間の誰かが危険にさらされたら必ず助けてくれるし、助けに行きます!!」
それは麦わらの一味と旅をしてきた経験値、そしてなにより、仲間を信じるユージンの気持ちから出た言葉だった。
「それに、僕を助けてくれたあなたの名前を聞かなかったらみんなに怒られます」
“吸血鬼”に助けられたと言ったらきっとルフィは気になるだろうし…とそんなことが頭を過る。
ユージンは仲間の好みがわかるというのがなんだか嬉しく感じていた。
『その“仲間”は信用に足るのか?』
「はい! あなたの“仲間”のように!」
『!!……』
“吸血鬼”の息遣いが止まったような気がした。人が驚いた時の反応に似ている。
しかし、それは一瞬でふっと静かな息遣いを感じた。
『……そうか』
「!?」
『我の“仲間”と同等か。ならば心配はあるまいな』
ユージンは驚いた。一瞬ではあるが、ぼやけた視界の中にあるにも関わらず、
少し離れた“吸血鬼”の口元が弧を描いたのがはっきりと見えたからだ。
『我が名はレニー・レニゲイド。“海賊王”ゴール・D・ロジャー率いるロジャー海賊団の元クルーじゃ』
「!!?か、“海賊王”!!」
『左様。奴は我の唯一無二の“仲間”といえる』
「……」
『クククク……』
再びぽかんとするユージン。レニーはいたずらが成功した子供のように無邪気に笑っていた。
『さて、そろそろ潮時じゃ。主の仲間が待ちくたびれておる』
「あ!」
また忘れかけていたゾロの存在を思い出し、鏡に顔を向ける。
『先と同じ、鏡の中央におる。主の右手で導いてやれ』
ユージンは恐る恐るではあるが、右手を鏡に伸ばした。
鏡が水の波紋のように揺れているのがなんとなくわかるが、
ユージン自身は何も触れた感覚はなかった。
「うわっ!!? 手?? どうなってんだ??」
ゾロの声が鏡越しに聞こえる。迷子になってそれほど時間は経っていないはずだが、
とても久々に聞いた気がした。
「ゾロくん。僕の手を取って。こっちに来るんだ」
「! その声はユージンか?」
ユージンの声がゾロに届く。そうだよ、とユージンは穏やかな声で答えた。
ゾロが自分の手を取ったのを感じたユージンは、ゾロを鏡へ導く。
ゾロの手、顔、そして身体があちらの鏡から目の前の鏡へ映って来る。
ユージンに手を引かれるままゾロが鏡から抜け出したその瞬間、ユージンは顔を掠める風を感じた。
「あれ? さっきの道じゃねェか」
ゾロが暢気な声をあげる。
「ゾロくん!」
「おお、ユージン。お前どこ行って…」
「目をジャックさせて!」
「あ?」
ゾロの返事も待たずつないだままの手から、ゾロの視界をジャックした。
「おい、ユージンどうしたんだ?」
「ゾロくん、辺りを見渡してくれるかい?」
「?」
ゾロは頭をかきながら、言われたように辺りを見渡す。
「何探してんだ?」
「“きゅ……あ、ひ“人”だよ」
「人?」
「そう、フードかぶった人」
「そんな奴どこにもいねェぞ?」
ゾロの視界から必死にレニーの姿を探した。しかし、姿も鏡も消えている。
「はぁ……」
ユージンはゾロの手を離した。ぼんやりとした景色が広がる。
「もう、行ってしまったのか…」
「ユージン。一体何があったんだ?」
ゾロが尋ねる。ユージンは落とした肩を深呼吸で持ち上げた。
「やっぱりもう一度、お礼を言いたかったんだ」
「? 誰に?」
「迷子になったゾロを見つけて、ここに連れてくるのを手伝ってくれたレニーさんに」
そう言って、ユージンは空を見上げる。
そして空に向かって頬笑み、感謝の言葉を小さく呟いた。
end
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手つなぎシリーズ第1段!!
長ーくなりました…ここまで読んでくれてありがとうございます!
ユージンくんの人となりが合ってれば嬉しいですが…(^^;)
よかったらもらってやってください!