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―――いいか!ウロウロして海軍に見つかんじゃねェぞ!
――アンタこそ、迷子にならないでよね!
「――…って言ったのに」
リックは大きくため息をついた。ここはシャボンティ諸島。
この巨大な島でリックは自身の相棒を見失っていた。
「待ち合わせ決めとくんだったわ」
闇雲に探すことはこの諸島では不可能だ。それは子どもでもわかる。
「やっぱりシャボンティパークかしら……」
『―――ェ』
「うーん……」
『ねェ、リッククン聞いてるかい?』
「え、ああ…ごめんなさい、―――って……!!!」
顔を上げたリックは文字通り固まった。
目の前にはくせの強い黒髪に少し目付きの悪い緑の目を持つ、青年が立っていた。
「(しまった……)」
リックは全身から血の気が引くような、絶望に襲われる。
なぜなら、目の前の青年は海軍将校。自分が知っている中でも強い部類に入る。
しかも彼の“上司”は“元上司”の同僚だ。
青年はそんなリックの心境に気づいていないのか、のんきな口調でいった。
『久しぶりだね』
【気まぐれな青い風】
「ああ!どこ行きやがったんだ!!あいつは」
不機嫌そうな声をあげるのは、目深にかぶった帽子の青年、シラトリ兄弟の兄、リョウだ。
相棒のリックとはぐれ、半日近く、それこそ闇雲に探し回っていた。
「たく……って」
リョウは、ある角を出たところで、相棒の姿を見つけた。
安心したのも束の間、相棒が誰かと話していることに気付いた。
「!!」
リョウは目を見張る。相棒、リックと話しているのは、男。しかも左足に“正義”の文字。
「海兵!!あいつ見つかったのか!」
そう思ったときには、リョウは駆け出していた。一直線に相棒の下へ。
死角からその海兵を蹴り飛ばして、リックを連れすぐに立ち去ればいい。
リョウはそんなイメージを描き、地面を蹴った。そして、空中から海兵に思い切り蹴りを……!
『ん?』
海兵がこちらを向いた。しかし、残念。もう完全に捉えた。悪いが、寝ててもらうぞ……!
カン
……?
「はァ?」
間抜けな声を出してしまった自覚はあった。 しかし、出さずにはいられなかったのも事実。
海兵に入れたはずの蹴りは、海兵と自分の間に現れた透明な“何か”に阻まれた上、“力”も相殺されたようだ。
急に動きを止められたリョウは自然の摂理、重力によって、そのまま地面に尻餅をついた。
「――~~っ。能力者か、」
「リョウ!アンタ何バカなことを」
「バカとはなんだバカとは!!おれは、お前が捕まったと思って」
「そんな簡単に捕まるわけないでしょ!」
「売られかけた奴がいうことか!!」
『あ、まぁ…二人とも落ち着いて?チョコでも食べるかい?』
海兵はケンカの仲裁にチョコを差し出す。しかし、二人に一斉に睨まれた。
「「だれのせいだ!!」」
『??あれ、僕のせいなのかい?』
仲裁に入った海兵は思わぬ反撃に、頭をわしわしとかいた。
リョウはリックの腕を引く。
(おい、リック)
(何?)
(コイツ何なんだ?)
(え?ああ、彼はいつもああなのよ)
(知り合いか?)
(え…、まぁ)
(?)
リックははぐらすように言葉を濁した。リョウは海兵を見上げる。
「……(ってことは、サカズキと関係のある奴ってことか)」
『キミがシラトリ兄弟の兄、リョウクンだね。初めまして』
リョウは眉をひそめた。海賊に見せる態度には見えない。
「…アンタ海兵なのか?」
『ん?そうだよ。僕はノティ・アルト。海軍本部中将をしている』
「んなっ!?お前が、あの“ゼロ”のアルト!!?」
『ああ、キミ達海賊にはそう呼ばれる』
アルトは、リョウに手を差し出す。しかし、リョウはその手を取らずに立ち上がった。
ちりを払った手をポケットにつっこみつつも、警戒の目を緩めない。
「……リックに何の用だ。サカズキに連れて来いとでも言われたのか?」
『ん…ああ、言われてるな。リッククンを見つけたらなるべく“無傷”で連れて来いって』
「!」
「ハッ、無傷とは言ってくれる…!!」
『いや…、それはたぶん僕の能力を見越しての指令だと思うけど』
「?」
そういうとアルトは二人に手を向けた。
『“牢(ラーゲル)“』
「「!!?」」
二人はピースに囲まれる。
「これはさっきの!」
『ね。これなら無傷だ』
「(ぬかった…、あいつが能力者だということはわかっていたのに…!!)」
「リョウ!!」
二人は一気に危機に陥った。反撃の余地すらない。
このままでは何も出来ないまま、リックが赤犬に引き渡される。二人に緊張が走った。
『……“退屈(モノトナス)”』
「「へ?」」
アルトの言葉と同時に、二人に組まれていたピースは消え去った。
「情けのつもりか…」
『いや、違うよ』
リョウの言葉を否定したアルトは後ろのポーチから板チョコを一枚取り出し封を切る。
そしてカプッと一口かじった。
『今日はクザンクンからの指令でリッククンを探していた。赤犬サンは関係ない』
「はぁ?なんだそりゃ。リックの件でサカズキが関係ねェってのは」
『?簡単な話だよ。僕の上司はクザンクンだ。彼の指令が最優先される。今回のクザンクンの指令内容からすると赤犬サンの指令は果たせない。だから、関係ないんだ』
「……」
「指令??クザン大将が探していた…?」
何の事かさっぱりわからないリックは首を傾げた。
アルトは一枚の紙を取り出し、リックに差し出した。
「?」
リックは紙を開く、リョウもその紙を覗きこむ。
「隠れ家…レストラン?」
「これが何なんだ??」
『キミとここで、ご飯を食べること(おまけ可)。―――これが、ひとつ目の指令』
「「……?」」
リックとリョウはお互いに顔を見合わせてから、アルトに目をやる。
アルトはそんな二人に表情を変えることなく、しかし明るい声で尋ねた。
『来てくれるかい?』
―――隠れ家レストラン“ハイドアンドシーク”
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると執事のように黒スーツを着こなした老齢の男性が深々と頭を下げていた。
アルトは手慣れたようにカードを老齢の男性に差し出す。
『クザンクンが予約してたと思うんだけど』
「ノティ中将。お伺いしております。こちらへ」
老齢の男性は丁寧にお辞儀から頭を上げると、3人を奥の部屋に導く。
奥の部屋はシンプルだが、品のあるソファとテーブルがおかれ、さらにその奥にはグランドピアノが鎮座していた。
「なんだ…この部屋」
『ここはクザンクンのプライベートルームだ』
「プライベートルームだァ…??」
『そう。大将にも必要なんだってさ』
「へェ…。意外にセンスがいいのね」
リックはポツリとつぶやいた。そしてハッと口をふさぐ。
「…あ!ごめんなさい。私なんてこと…」
『ん?ああ、気にしなくていいよ。僕もここに来て同じことを言ったからね』
「言ったって、大将の前でか…」
『?そうだけど?』
「ハハ、そりゃ気の毒なことで」
リョウはその時の状況をイメージし苦笑した。もちろん、言われた青キジの顔は想像できる。
『そっちに座って。もうすぐ食事が運ばれてくるから、話は食事が来てからにしよう』
「「……」」
『……』
アルトは動かない二人に、ため息をつく。
『キミ達を捕まえないのはさっきの行動で証明したつもりだ。だからついて来たんでしょ?』
「確かにな。だが、お前は何か仕込んでることは考えられるだろ?」
『ふむ。まぁ、心配しなくても、ここには監視の映像電伝虫も、盗聴電伝虫もない。
料理に何か盛るとか食事がまずくなることはしない。というかしようにもここの料理長が許さない』
「……」
アルトは一足先にソファに座ると、二人を見上げた。
『じゃあ、もうひとつキミ達に有力であろう条件を提示するよ』
「……条件?」
『そう』
アルトはリックに目を向ける。
『――ここなら赤犬サンには見つからない』
「「!?」」
『さっきもいったけど、ここはクザンクンのプライベートルームだ。赤犬サンはもとよりセンゴクサンすらここにクザンクンが出入りしていることは知らない』
「……センゴク元帥すら…」
「そんなところに入れるお前って何者だよ」
『?僕はクザンクンの部下だ。さっきも言ったけど』
「……(嘘ではなさそうだな)」
リョウはリックを見た。リックは静かに頷く。
二人は並んでソファに腰掛ける。全員が席をついてからまもなく料理が運ばれてきた。
「……って、お前、なんだそりゃ!!」
『ん?なんだい?』
「なんだい?、じゃねェ!!」
リョウは大声で怒鳴った。
目の前にいる男は、海軍本部の中でも上級将校、しかも“ゼロ”と呼ばれ、海賊におそれられている。
そんな男がリョウとリックの目の前で食べているのはイチゴ、チョコ、プリンが載った3種類のパフェだ。
アルトはリョウの反応に首を傾げた。
『?食べるかい?注文しようか?』
「いらん!!見てるだけで胃がもたれる…!!」
「フフ…!!」
リックは、肩を震わせ笑った。
「『?』」
「アルトは変わってないわね。出逢ったのはずっと前なのに」
『…そう?』
「見た目も、中身も私から見たら変わってない」
『ん~…。一応あのときはからは変わったと思ってたんだけど…』
「あん?なんだお前らそんな前から知り合いなのか」
「え、ああ。とある任務でね」
「なんだ?とある任務って?」
『それはまたの機会に、リッククンからでも聞いてくれ』
「ああ!?」
「フフッ。そうね」
「……っ。やりづれェ。じゃあ、話ってのはなんなんだ?」
『キミ達の旅の話を聞きたい』
「「はぁ??」」
アルトの突然の申し出に、二人は“?”を浮かべた。
『話せる範囲で構わない。もちろん場所も名前も伏せていい。あと、ここで話す海軍への行為も別に罪に問わない。ここで話された内容はクザンクンへの報告以外には使用しない』
「…その問いに何の意味があるの?」
『さあね。クザンクンからの指令なんだ』
「意味がわからん」
リョウは手を頭の後ろに回す。アルトは頷いた。
『同意する。けど、聞かないと指令が終わらない』
リックはアルトを細かく観察する。表情が変わらないアルトから感情を読むのは難しいが、嘘を言うタイプでないのは、とある任務で証明されている。
「……リョウ。少しだけなら」
「…勝手にしろ」
リョウは顔をそむけた。リックはそんなリョウにありがとう、というとアルトに旅の話を始めた。
それは自由を得たリックが見た。世界の話だった。
――――――
――――
「これくらいかしら」
話を終えたリックは言う。アルトは頷いた。
『ありがとう。繰り返すけど、これはクザンクンにだけ報告する、他言はしないからね』
「ええ。信用しているわ」
『感謝する。じゃあ、お礼だ』
「?」
そういうとアルトは立ち上がる。リックとリョウが見つめる中、アルトはグランドピアノの前に座った。
「アルト、あなたピアノが弾けるの?」
『それなりにね』
「発表会には興味ねェぞ」
『まぁ、これも指令の内だから聴いて行ってくれ。退屈はさせないから』
そういうとアルトは鍵盤に手を添えた。
~♪~~♪♪~♪~~♪♪♪~♪~
「「!!!」」
奏でられる音に二人は息をのんだ。その軽やかな音に聞き入ることしかできない。
まるで時が止まったかのように二人は音に耳を傾けていた。
~~♪.
最後の一音が奏でられ、演奏は止まる。
その音が消えた瞬間、時が動き出したかのように、周りの音が耳に入って来た。
『悪くはなかったと思うけど…』
「よかった!!」
『!』
「すごくよかったわ!!アルト!」
リックはとてもいい笑顔で、アルトの手を取り喜んだ。
「……信じられん。これが海兵の演奏か…」
リョウはソファにもたれかかり感嘆の息をはく。
『ありがとう。気に入ってもらえてよかった』
アルトはそういうとリックの手を離し、静かに言った。
『そろそろ、出ようか』
入って来た扉とは別の扉から出た店を出た3人。
「まるで迷路だな。この店」
『まぁね。でもセンゴクサン達を撒くならこれくらいしないと』
「確かに…」
アルトの言葉にリックが静かに同意する。アルトはリックに体を向けるとふっと息をついた。
『さて、最後の指令だ』
「!」
アルトはそう言うとリックの手を引く。引かれたリックはバランスを崩し前かがみになった。
そんなリックの耳元でアルトは何かを囁く。
『―――』
「え…」
「なっ!!てめェ!!」
リックは驚いたように目を見張る。一方のリョウは突然のアルトの行動に怒りがこみ上げる。
『はい、リョウクン』
「うお!!」
アルトはそんなリョウに、バランスが崩れたリックを渡した。リョウはリックを支える。
「なんだよ、お前!!」
『……キミの話を聞いた限りでは必要のない問いだろうけど』
「……」
「はぁ!?何言って」
リョウは眉をひそめ、言葉を続けようと口を開こうとする。
しかし、それはリックの大きな声に遮られた。
「楽しいわ!!」
「『!』」
「そう心から言える」
「リック……?」
リョウは自分の腕の中にいるリックの言葉に首を傾げる。
そんなリックはまっすぐアルトを見て、はっきりと言った。
「だから、今日はありがとう!アルト!!」
『!』
アルトは微かに目を見開いた。
「話が出来てよかった!クザン大将が貴方を寄こしてくれたことに感謝してる」
『……フッ、ハハハハハ…!!』
アルトは笑った。
「アルト…?」
「……(無愛想かと思っていたが、笑うんだな)」
初めての表情の変化に、アルトの笑顔にリックとリョウは目を点にした。
『ハハッ…――本当にキミには敵わない』
「?」
笑いを抑えたアルトは、元の無表情に戻る。
『本当はキミを引き戻せるなら戻すようにとも指令を受けていた』
「「!」」
『でも、僕はキミからその“自由(イマ)”を奪えない』
「!」
『とても、残念だ』
「……」
アルトはリョウに目を向ける。
『リョウクン。次はないと思ってね』
「!お前に言われるまでもない!!」
『そう。ならいい』
アルトはそういうと背を向け、手をひらひらと振った。
『じゃあね、リッククン。もう会わないことを願うよ』
「ええ。さようなら、アルト」
―――シャボンティ諸島、シャボンティパーク付近。
「―――で、結局あいつは何をしにきたんだ?」
「え?」
アルトと別れたリックとリョウは、シャボンティパークの近くのカフェにいた。
コーヒーを口にするリック。リョウは机に肘をつく。
「耳打ちされてただろ、あの海兵に。あん時に何言われたんだ?」
「何って……」
―――“自由(イマ)”は楽しい?
「……」
アルトの言葉を思い出し、リックの口元は静かに弧を描く。
クザンがアルトを寄こした思惑の全てを理解したわけではないが、
食事に誘ったり、ピアノを聞かせたり…あんな遠回りをして聞きたかったのは、その一言だったのだろう。
「(クザン大将も、アルトのおかげで親心が育ったということかしら…)」
「なんだよ」
「え?ん~…」
「あ?」
リックは考える素振りを見せたあと、人さし指を唇の前に立てた。
「ひ・み・つ」
「はぁ!?」
「フフッ!!」
「!!しゃべらせてやる!!」
しびれを切らしたリョウはリックに手を伸ばす。リックはそれを華麗に避けた。
「捕まえたら教えてあげるわ」
「!!上等だ!待て、コラ!!」
「やぁだよ♪」
リョウはリックを追いかける。逃げるリックはキラキラとした笑顔に口元をゆるませながら。
fin
――アンタこそ、迷子にならないでよね!
「――…って言ったのに」
リックは大きくため息をついた。ここはシャボンティ諸島。
この巨大な島でリックは自身の相棒を見失っていた。
「待ち合わせ決めとくんだったわ」
闇雲に探すことはこの諸島では不可能だ。それは子どもでもわかる。
「やっぱりシャボンティパークかしら……」
『―――ェ』
「うーん……」
『ねェ、リッククン聞いてるかい?』
「え、ああ…ごめんなさい、―――って……!!!」
顔を上げたリックは文字通り固まった。
目の前にはくせの強い黒髪に少し目付きの悪い緑の目を持つ、青年が立っていた。
「(しまった……)」
リックは全身から血の気が引くような、絶望に襲われる。
なぜなら、目の前の青年は海軍将校。自分が知っている中でも強い部類に入る。
しかも彼の“上司”は“元上司”の同僚だ。
青年はそんなリックの心境に気づいていないのか、のんきな口調でいった。
『久しぶりだね』
【気まぐれな青い風】
「ああ!どこ行きやがったんだ!!あいつは」
不機嫌そうな声をあげるのは、目深にかぶった帽子の青年、シラトリ兄弟の兄、リョウだ。
相棒のリックとはぐれ、半日近く、それこそ闇雲に探し回っていた。
「たく……って」
リョウは、ある角を出たところで、相棒の姿を見つけた。
安心したのも束の間、相棒が誰かと話していることに気付いた。
「!!」
リョウは目を見張る。相棒、リックと話しているのは、男。しかも左足に“正義”の文字。
「海兵!!あいつ見つかったのか!」
そう思ったときには、リョウは駆け出していた。一直線に相棒の下へ。
死角からその海兵を蹴り飛ばして、リックを連れすぐに立ち去ればいい。
リョウはそんなイメージを描き、地面を蹴った。そして、空中から海兵に思い切り蹴りを……!
『ん?』
海兵がこちらを向いた。しかし、残念。もう完全に捉えた。悪いが、寝ててもらうぞ……!
カン
……?
「はァ?」
間抜けな声を出してしまった自覚はあった。 しかし、出さずにはいられなかったのも事実。
海兵に入れたはずの蹴りは、海兵と自分の間に現れた透明な“何か”に阻まれた上、“力”も相殺されたようだ。
急に動きを止められたリョウは自然の摂理、重力によって、そのまま地面に尻餅をついた。
「――~~っ。能力者か、」
「リョウ!アンタ何バカなことを」
「バカとはなんだバカとは!!おれは、お前が捕まったと思って」
「そんな簡単に捕まるわけないでしょ!」
「売られかけた奴がいうことか!!」
『あ、まぁ…二人とも落ち着いて?チョコでも食べるかい?』
海兵はケンカの仲裁にチョコを差し出す。しかし、二人に一斉に睨まれた。
「「だれのせいだ!!」」
『??あれ、僕のせいなのかい?』
仲裁に入った海兵は思わぬ反撃に、頭をわしわしとかいた。
リョウはリックの腕を引く。
(おい、リック)
(何?)
(コイツ何なんだ?)
(え?ああ、彼はいつもああなのよ)
(知り合いか?)
(え…、まぁ)
(?)
リックははぐらすように言葉を濁した。リョウは海兵を見上げる。
「……(ってことは、サカズキと関係のある奴ってことか)」
『キミがシラトリ兄弟の兄、リョウクンだね。初めまして』
リョウは眉をひそめた。海賊に見せる態度には見えない。
「…アンタ海兵なのか?」
『ん?そうだよ。僕はノティ・アルト。海軍本部中将をしている』
「んなっ!?お前が、あの“ゼロ”のアルト!!?」
『ああ、キミ達海賊にはそう呼ばれる』
アルトは、リョウに手を差し出す。しかし、リョウはその手を取らずに立ち上がった。
ちりを払った手をポケットにつっこみつつも、警戒の目を緩めない。
「……リックに何の用だ。サカズキに連れて来いとでも言われたのか?」
『ん…ああ、言われてるな。リッククンを見つけたらなるべく“無傷”で連れて来いって』
「!」
「ハッ、無傷とは言ってくれる…!!」
『いや…、それはたぶん僕の能力を見越しての指令だと思うけど』
「?」
そういうとアルトは二人に手を向けた。
『“牢(ラーゲル)“』
「「!!?」」
二人はピースに囲まれる。
「これはさっきの!」
『ね。これなら無傷だ』
「(ぬかった…、あいつが能力者だということはわかっていたのに…!!)」
「リョウ!!」
二人は一気に危機に陥った。反撃の余地すらない。
このままでは何も出来ないまま、リックが赤犬に引き渡される。二人に緊張が走った。
『……“退屈(モノトナス)”』
「「へ?」」
アルトの言葉と同時に、二人に組まれていたピースは消え去った。
「情けのつもりか…」
『いや、違うよ』
リョウの言葉を否定したアルトは後ろのポーチから板チョコを一枚取り出し封を切る。
そしてカプッと一口かじった。
『今日はクザンクンからの指令でリッククンを探していた。赤犬サンは関係ない』
「はぁ?なんだそりゃ。リックの件でサカズキが関係ねェってのは」
『?簡単な話だよ。僕の上司はクザンクンだ。彼の指令が最優先される。今回のクザンクンの指令内容からすると赤犬サンの指令は果たせない。だから、関係ないんだ』
「……」
「指令??クザン大将が探していた…?」
何の事かさっぱりわからないリックは首を傾げた。
アルトは一枚の紙を取り出し、リックに差し出した。
「?」
リックは紙を開く、リョウもその紙を覗きこむ。
「隠れ家…レストラン?」
「これが何なんだ??」
『キミとここで、ご飯を食べること(おまけ可)。―――これが、ひとつ目の指令』
「「……?」」
リックとリョウはお互いに顔を見合わせてから、アルトに目をやる。
アルトはそんな二人に表情を変えることなく、しかし明るい声で尋ねた。
『来てくれるかい?』
―――隠れ家レストラン“ハイドアンドシーク”
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると執事のように黒スーツを着こなした老齢の男性が深々と頭を下げていた。
アルトは手慣れたようにカードを老齢の男性に差し出す。
『クザンクンが予約してたと思うんだけど』
「ノティ中将。お伺いしております。こちらへ」
老齢の男性は丁寧にお辞儀から頭を上げると、3人を奥の部屋に導く。
奥の部屋はシンプルだが、品のあるソファとテーブルがおかれ、さらにその奥にはグランドピアノが鎮座していた。
「なんだ…この部屋」
『ここはクザンクンのプライベートルームだ』
「プライベートルームだァ…??」
『そう。大将にも必要なんだってさ』
「へェ…。意外にセンスがいいのね」
リックはポツリとつぶやいた。そしてハッと口をふさぐ。
「…あ!ごめんなさい。私なんてこと…」
『ん?ああ、気にしなくていいよ。僕もここに来て同じことを言ったからね』
「言ったって、大将の前でか…」
『?そうだけど?』
「ハハ、そりゃ気の毒なことで」
リョウはその時の状況をイメージし苦笑した。もちろん、言われた青キジの顔は想像できる。
『そっちに座って。もうすぐ食事が運ばれてくるから、話は食事が来てからにしよう』
「「……」」
『……』
アルトは動かない二人に、ため息をつく。
『キミ達を捕まえないのはさっきの行動で証明したつもりだ。だからついて来たんでしょ?』
「確かにな。だが、お前は何か仕込んでることは考えられるだろ?」
『ふむ。まぁ、心配しなくても、ここには監視の映像電伝虫も、盗聴電伝虫もない。
料理に何か盛るとか食事がまずくなることはしない。というかしようにもここの料理長が許さない』
「……」
アルトは一足先にソファに座ると、二人を見上げた。
『じゃあ、もうひとつキミ達に有力であろう条件を提示するよ』
「……条件?」
『そう』
アルトはリックに目を向ける。
『――ここなら赤犬サンには見つからない』
「「!?」」
『さっきもいったけど、ここはクザンクンのプライベートルームだ。赤犬サンはもとよりセンゴクサンすらここにクザンクンが出入りしていることは知らない』
「……センゴク元帥すら…」
「そんなところに入れるお前って何者だよ」
『?僕はクザンクンの部下だ。さっきも言ったけど』
「……(嘘ではなさそうだな)」
リョウはリックを見た。リックは静かに頷く。
二人は並んでソファに腰掛ける。全員が席をついてからまもなく料理が運ばれてきた。
「……って、お前、なんだそりゃ!!」
『ん?なんだい?』
「なんだい?、じゃねェ!!」
リョウは大声で怒鳴った。
目の前にいる男は、海軍本部の中でも上級将校、しかも“ゼロ”と呼ばれ、海賊におそれられている。
そんな男がリョウとリックの目の前で食べているのはイチゴ、チョコ、プリンが載った3種類のパフェだ。
アルトはリョウの反応に首を傾げた。
『?食べるかい?注文しようか?』
「いらん!!見てるだけで胃がもたれる…!!」
「フフ…!!」
リックは、肩を震わせ笑った。
「『?』」
「アルトは変わってないわね。出逢ったのはずっと前なのに」
『…そう?』
「見た目も、中身も私から見たら変わってない」
『ん~…。一応あのときはからは変わったと思ってたんだけど…』
「あん?なんだお前らそんな前から知り合いなのか」
「え、ああ。とある任務でね」
「なんだ?とある任務って?」
『それはまたの機会に、リッククンからでも聞いてくれ』
「ああ!?」
「フフッ。そうね」
「……っ。やりづれェ。じゃあ、話ってのはなんなんだ?」
『キミ達の旅の話を聞きたい』
「「はぁ??」」
アルトの突然の申し出に、二人は“?”を浮かべた。
『話せる範囲で構わない。もちろん場所も名前も伏せていい。あと、ここで話す海軍への行為も別に罪に問わない。ここで話された内容はクザンクンへの報告以外には使用しない』
「…その問いに何の意味があるの?」
『さあね。クザンクンからの指令なんだ』
「意味がわからん」
リョウは手を頭の後ろに回す。アルトは頷いた。
『同意する。けど、聞かないと指令が終わらない』
リックはアルトを細かく観察する。表情が変わらないアルトから感情を読むのは難しいが、嘘を言うタイプでないのは、とある任務で証明されている。
「……リョウ。少しだけなら」
「…勝手にしろ」
リョウは顔をそむけた。リックはそんなリョウにありがとう、というとアルトに旅の話を始めた。
それは自由を得たリックが見た。世界の話だった。
――――――
――――
「これくらいかしら」
話を終えたリックは言う。アルトは頷いた。
『ありがとう。繰り返すけど、これはクザンクンにだけ報告する、他言はしないからね』
「ええ。信用しているわ」
『感謝する。じゃあ、お礼だ』
「?」
そういうとアルトは立ち上がる。リックとリョウが見つめる中、アルトはグランドピアノの前に座った。
「アルト、あなたピアノが弾けるの?」
『それなりにね』
「発表会には興味ねェぞ」
『まぁ、これも指令の内だから聴いて行ってくれ。退屈はさせないから』
そういうとアルトは鍵盤に手を添えた。
~♪~~♪♪~♪~~♪♪♪~♪~
「「!!!」」
奏でられる音に二人は息をのんだ。その軽やかな音に聞き入ることしかできない。
まるで時が止まったかのように二人は音に耳を傾けていた。
~~♪.
最後の一音が奏でられ、演奏は止まる。
その音が消えた瞬間、時が動き出したかのように、周りの音が耳に入って来た。
『悪くはなかったと思うけど…』
「よかった!!」
『!』
「すごくよかったわ!!アルト!」
リックはとてもいい笑顔で、アルトの手を取り喜んだ。
「……信じられん。これが海兵の演奏か…」
リョウはソファにもたれかかり感嘆の息をはく。
『ありがとう。気に入ってもらえてよかった』
アルトはそういうとリックの手を離し、静かに言った。
『そろそろ、出ようか』
入って来た扉とは別の扉から出た店を出た3人。
「まるで迷路だな。この店」
『まぁね。でもセンゴクサン達を撒くならこれくらいしないと』
「確かに…」
アルトの言葉にリックが静かに同意する。アルトはリックに体を向けるとふっと息をついた。
『さて、最後の指令だ』
「!」
アルトはそう言うとリックの手を引く。引かれたリックはバランスを崩し前かがみになった。
そんなリックの耳元でアルトは何かを囁く。
『―――』
「え…」
「なっ!!てめェ!!」
リックは驚いたように目を見張る。一方のリョウは突然のアルトの行動に怒りがこみ上げる。
『はい、リョウクン』
「うお!!」
アルトはそんなリョウに、バランスが崩れたリックを渡した。リョウはリックを支える。
「なんだよ、お前!!」
『……キミの話を聞いた限りでは必要のない問いだろうけど』
「……」
「はぁ!?何言って」
リョウは眉をひそめ、言葉を続けようと口を開こうとする。
しかし、それはリックの大きな声に遮られた。
「楽しいわ!!」
「『!』」
「そう心から言える」
「リック……?」
リョウは自分の腕の中にいるリックの言葉に首を傾げる。
そんなリックはまっすぐアルトを見て、はっきりと言った。
「だから、今日はありがとう!アルト!!」
『!』
アルトは微かに目を見開いた。
「話が出来てよかった!クザン大将が貴方を寄こしてくれたことに感謝してる」
『……フッ、ハハハハハ…!!』
アルトは笑った。
「アルト…?」
「……(無愛想かと思っていたが、笑うんだな)」
初めての表情の変化に、アルトの笑顔にリックとリョウは目を点にした。
『ハハッ…――本当にキミには敵わない』
「?」
笑いを抑えたアルトは、元の無表情に戻る。
『本当はキミを引き戻せるなら戻すようにとも指令を受けていた』
「「!」」
『でも、僕はキミからその“自由(イマ)”を奪えない』
「!」
『とても、残念だ』
「……」
アルトはリョウに目を向ける。
『リョウクン。次はないと思ってね』
「!お前に言われるまでもない!!」
『そう。ならいい』
アルトはそういうと背を向け、手をひらひらと振った。
『じゃあね、リッククン。もう会わないことを願うよ』
「ええ。さようなら、アルト」
―――シャボンティ諸島、シャボンティパーク付近。
「―――で、結局あいつは何をしにきたんだ?」
「え?」
アルトと別れたリックとリョウは、シャボンティパークの近くのカフェにいた。
コーヒーを口にするリック。リョウは机に肘をつく。
「耳打ちされてただろ、あの海兵に。あん時に何言われたんだ?」
「何って……」
―――“自由(イマ)”は楽しい?
「……」
アルトの言葉を思い出し、リックの口元は静かに弧を描く。
クザンがアルトを寄こした思惑の全てを理解したわけではないが、
食事に誘ったり、ピアノを聞かせたり…あんな遠回りをして聞きたかったのは、その一言だったのだろう。
「(クザン大将も、アルトのおかげで親心が育ったということかしら…)」
「なんだよ」
「え?ん~…」
「あ?」
リックは考える素振りを見せたあと、人さし指を唇の前に立てた。
「ひ・み・つ」
「はぁ!?」
「フフッ!!」
「!!しゃべらせてやる!!」
しびれを切らしたリョウはリックに手を伸ばす。リックはそれを華麗に避けた。
「捕まえたら教えてあげるわ」
「!!上等だ!待て、コラ!!」
「やぁだよ♪」
リョウはリックを追いかける。逃げるリックはキラキラとした笑顔に口元をゆるませながら。
fin