宝の詩
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「この街は住んでいる人が疲れきっているように見えるな・・・」
大陸続きの真ん中にある高原を越えると海に面した村があるという。
村と呼ぶには近代的で街と呼んでもなんら問題ない。ところが、住民の人口、他者を受け入れいような排他的な雰囲気、伝統を重んじている建物の構造、そして、
「教会・・・教会・・・教会・・・ですか」
2歩歩けば必ず教会が目に入るこの場所は、村特有の内に篭もる態度も同時に醸し出していた。
全ての建物の上に神の象徴が掲げてある。更には一介の住宅にも。
統一された神聖な町並みは勿論綺麗であった。だが、何かがおかしい。
「・・・・・・」
海に出る前に必需品を調達しようと、道すがら寄れるこの村にふらりと立ち寄ったのは『渡り鳥』とその名を世に馳せるクロスロード・ジン。
村の中に難なく入れたのはいいとして、村に住む人々に活気はなく多少苛々しているのか、ぴりついた様子で行き交い、時折ジンを見ては通り過ぎる。
初めの内はこのジンのことを賞金首と分かってちらちらと視線を送るのかと思ったが、どうやら違うようだ。
単純に人の少ないこの村で、見たことのない顔ぶれに外から来た者だともの珍しい好奇の目であった。
しかし、好奇なら好奇で驚いたような視線になるものではないだろうか?どこか探るような視線ではあるが妙に突き刺さるような痛いものがある。
多少居づらさは感じるがもう少しで夕刻。必要な物を調達したらこの村の宿泊場所を探さなければならない。
困ったものだと村の中を歩いていると、村の中核にある噴水の目の前にふと、他とは規模の違う厳かな教会があった。
決して巨大とまではいかないが、多少でかく教会の扉から丁度祈りを終えた住民がぞろぞろと出て行くのが見えた。
「立派な教会ですね」
思わず小さく呟く。
ぞろぞろと揃って家路に着く住民達から、また視線を少しもらいながら全員が出て行くのを見送る。
最後の一人が神父と共に出て、軽く会釈をし帰って行った。神父は全員が帰ったのを見ると再び教会の中に引っ込んだ。
折角この村にやってきたのだ。この村特有の教会を見ていくのもいいだろう。その時ばかりは好奇心が勝った。
古ぼけていますと言っているような木の軋む音をさせながら教会の扉を開ける。
そこには正面に讃えられた神に向かいずらりと整列された椅子。神の背後にはステンドグラスが夕日に輝いて教会の磨かれた床を照らしていた。
どこからかかすかに賛美歌が聞こえる。誰が弾いているのかパイプオルガンの音色も。
ここだけがゆったりと時間が過ぎているようで今までの自分の時間が全て吸い取られていくようだった。
足取りも自然とゆっくりに神の御前まで歩を進める。
自然と心の中で美しいですね・・・と呟きながら辺りを見学していった。
ところが。
ぴたり。
教会では感じるはずのない臭いが突如鼻腔を掠めた。
煙草の臭いである。
まさか。
いや、ここで喫煙しているものでもいるというのだろうか。
違和感を感じながら辺りを見回すと、その正体は既に通り過ぎた椅子の列にだるそうに身体を預け、ぼんやりと正面を見ていた。
「・・・神父様ですか?」
「ん。懺悔ですか?」
教会内で喫煙をしていたのは品の良さそうな顔をしてこちらに笑いかける神父その人であった。
しかもよくよく見てみると煙草以外にも隣の座席に小ぶりの酒ビンを置いている。
ジンは変わったものを見るような気持ちで、ゆんなり煙草をくゆらせながらこちらに歩み寄る神父を凝視した。
「それとも祈りでしょうか?」
「いえ・・・僕はこの村に来たばかりでして・・。あまりに綺麗な教会が見えたので立ち寄ったのです」
「ああ。そうでしたか。旅のお方とお見受けしますがどちらから?」
「高原の向こうから来ました」
「さぞやお疲れでしょう。どうぞ、ごゆるりとしていって下さい」
話ながらも神父は右手から上がる煙草の煙は消さなかった。ずっと焦げ付いた臭いが漂う。
しかし話の内容やその物腰は至って穏やかで神父というのにしっくりきていた。
なんなのだろう。この男。悪びれた様子もなくにこにこと笑いながらまた煙草を咥え、後ろ手に組んだ。
こちらが賞金首というのは分かっていないようで特に旅人というレッテル以外に認識した風でもない。そこはこの村人特有である。
考えながらも小首を傾げたが、とりあえずステンドグラスに目をやった。
「・・・・鮮やかですねぇ」
「ええ。神が降りてきているようでしょう」
「そういえばこの賛美歌は?」
「聖歌隊が明日の歌に向けて練習しているのですよ。丁度この教会の真隣に練習室や司教様達の宿舎があるので聞こえてくるんですね」
「神父様は戻られないで宜しいのですか?」
「本来なら扉を閉めて務めに入らなければならないのですが、底意地が悪い司教様と顔を突き合わせたくないので今嫌がらせをしているところなのですよ」
「?」
「喫煙・飲酒と禁忌を犯してね」
「・・・あなたは本当に変わった神父様ですねぇ・・そんなに俗世に染まりきらずとも別の方法があったのでは?」
「神に反発しているのではありません。この村に反発しているのですよ・・・・旅の方、この村はどうですか?」
「どう・・とは?」
「村人達の様子や村の雰囲気は、他の地を知っているあなたにはどう映ったのでしょう?」
「・・・・・・」
今の現状に満足していないといった口ぶりだった。
ジンは暫く黙った後、夕日の暖色から夜の寒色へ色合いを変化させ始めたステンドクラスを見つめたまま答えた。
「率直で申し訳ないのですが、外部のものを受け入れる体制がまだ出来上がっていないようですね。これ程教会が沢山ある村は初めて見ますが、この他者を受け入れない雰囲気は・・・初めてではありません、他の地でも感じたことのあるものでした」
「・・・あなたは本当に長旅なさっているようですね・・・しかも心優しい」
「いえ・・とんでもありません。・・・海に面した村でありながら外部と繋がりをこれ程持たないのには何か理由があるのですか?」
「ううん・・・それは難しい質問です」
はははっと明快に笑う神父。口から吸い損ねた煙草が天へと上っていった。
「村長がね、ここの司教様なのですよ」
「ほう」
「この村の実権をいっしょくたに握っているのはこの教会の司教様。独裁であるここの政治は彼の意向で黒にも白にもなるんですねぇ」
「それが原因ではないかと?」
「ええ。私はね。そう考えます。それでも村人が付いていくのはそれなりの人格者であるからなのでしょうねぇ。気に入りませんねぇまったく。ふふふふふふ」
「村の人々は多少・・疲れているようにも見えましたが」
「ああ・・今断食している時期ですからね。皆腹が空いて苛立つことにさえ、疲れているのでしょう」
「神父様は・・・ああ・・嫌がらせの途中でしたか?」
「まぁ、元々私は断食していません」
にこっと笑って言う神父はやはりどこかおかしかった。
他の村人にあるような他者を寄せ付けない雰囲気はない。何者にも染まらない、ところが俗には染まりきっている。
この場に誰か三者が居て、二人が同じ服装であったなら、この神父より真っ先にジンへと懺悔しに来るだろう。
なんとなくこの村の実情は分かった。
聞く限りだと宿泊場所を探すにも、あまり色好い返事はもらえそうにないが。
どうしたものかと思いながら、宿を取ることに諦めにも似た眼差しで三度ステンドグラスを見る。
既に夜の闇が足元にまで伸びてきていた。
「聞いたところですとっ!」
「はい」
神父が短くなった煙草を指先で押し消し、適当にポケットに入れながら小さい酒ビンのある元の席まで歩いて行く。
片足を軽く浮かせ斜めらせた上体でよっこいせと酒ビンを手に掴む神父に、振り返りながら一応ジンも返事をした。
「村の人とお喋りしていないようですが、あなたが一番初めに話しかけたここの住人はもしや私ですか?」
「ええ。そうなりますね」
「それはそれは・・・幸か不幸か、はははは!」
「村の人にはあまりまともに取り合ってもらえそうにないようですねぇ・・・」
「そうでしょうね。下手すれば口すら利くのも叶わないかもしれません。逆手に言えば、こうして私があなたと会話することすらあまり良い顔されないのですよ」
「それは困りました・・・。海に立つ前の準備をこの村でと思っていたのですが・・・隣町にまで赴く必要がありそうだ・・・」
「海?」
『海』という単語を聞いた途端、今までのらりくらりと話していた神父の顔色が変わった。
ぼんやりと見ていた目も、しっかりとジンを捉えている。
「・・・・・海賊ですか?あなたは」
「厳密に言うと海賊ではありません。海上を旅することが殆どですがね」
「・・・・いまいちよく分からないですね・・・商人か何かですか?」
「いいえ」
「・・では?」
「・・・また困りましたね・・・」
「・・・・気軽に身分を名乗れるお立場ではないようですね」
「名乗ることに問題はありません。ただ・・」
「・・ただ」
「あなたを怖がらせやしないかと・・・」
「私があなたを恐れるような肩書きをお持ちで?」
「恐らく」
「ふむ・・」
顎に手を当て考える神父。その手の酒ビンはしっかり持ったままだ。
何を思案しているのだろうとジンは再び神父を訝しんだ。
「お話深くお聞きしたいです。もし宜しければ、今夜はうちの宿舎に泊まられてはいかがですか?」
「え?いいのですか?」
「あなたがよければですよ」
「勿論。生憎泊まる場所はどこもなかったので・・・有難い限りです」
「・・ただし、私と同室ですが宜しいですか?他の人々に見つかったらまた厄介なことになりそうだ・・・」
前に何かやらかしたらしい。
「ええ。何も文句はいいません。床でも窓縁でも寝かせて頂ければ」
「ははは、窓縁は酷いな。いえいえ。ベッドを使って下さい。寝てくれなどとは言いませんから」
「?・・・流石にベッドは気が引けます。一脚でしょう?毛布か何かあればそれで大丈夫ですよ」
「私がそんなに冷たい男に見えますか?致し方ない・・・一緒に寝ますか」
冗談めかして言った神父の答えに、ジンも神父も笑い合った。
「何言ってるんですか。それこそこの場にそぐわない問題ですよ」
「残念ですね。私は歓迎なのに」
「・・・?それは本気で言ってます?」
「ええ、ええ。歓迎だというそこは本音ですよ」
「申し訳ないですが・・・僕は同性愛者ではないので・・・」
「同性愛者?」
一瞬二人の間の時間が止まった。お互い一体何の話をしているんだというように、きょとんとした顔をする。
は?という表情でお互いを見る二人の内、初めにもしやと気が付いたのはジンだった。
「あの・・・僕は男ですよ?」
「ええっ!?お、お、男だったのですか!?」
「そう思われるのも無理ないのかもしれませんね・・・。よく間違えられます」
「そ、そうでしたか・・・。いや、大変失礼致しました」
にこりと笑うジン。
それに対し多少目が泳いだ神父。
僕はそんなに女顔だろうかと心の中では苦心しつつも顔色は特に変えず、おくびにも出さない。
しかし、と神父は再び笑いかけた。
「やはりお話を伺いたいです。名前を言い忘れていましたね。私はイッサ。ここの神父をしております」
「イッサ。分かりました。僕は・・・・・
初めて彼、クロスロード・ジンに出逢った時のことは今でも忘れられない。
祈りの時間を終え、村人の全員帰った教会内で少しぼんやりと神について考えていた。
こんな神父だが、一応神を本気で讃え信じ、愛している。
そこに彼はやって来た。
扉の開いた音を聞いた時、村の人か他の神父かと思ったが神について考えている今、振り返らずともよいだろうと考えた。
その時の横をゆったりとした足取りですり抜ける彼の風。
帽子からわずかに覗いたシルバーに輝く淡いピンク。ステンドグラスの光だけではない。自ら暖かい光を紡いでいるかのようだった。
すっと伸びた背筋がこの世のものとは思えない。
初め、本当に聖母が俗世に迷い込んだのだと。
勘違いをし、心を震わせ、痛めまでした。
それは恋にも似た感情だったのだろう。
彼がぴたりと立ち止まり、何かを探るように辺りを見回し始めた時こそ本当に焦った。
彼を見惚れるように見ていたことを悟られたくなく、ぼんやりとなんてことないフリをし、平静を装ったのだった。
煙草を吸っていて良かった。
少しは動揺したこの心をぼかす力になっただろう。
しかし、今思えば初めからその動揺は言葉になって出ていたのだ。旅の方と見受ける、などと言ったところでその前に彼がこの村に来たばかりだと言ったからオウム返しにしただけだ。きっと隠しきれていなかった。
話をしてみればその物腰の柔らかさに尚更私は陶酔する。
一言返ってくるだけで私は完全に舞い上がっていた。
聞かれもしない司教様への自分の気持ちを話すのは今に始まったことではないが、この村の事情やこの教会の構造、果てやここに泊まることを勧めるなど普段ならありえない話だ。
ましてや少なくともこの他者を拒絶する村で育った住民の一人である神父が、ここまで必死に引き止める口実を作るのは今までの人生において一度だってない。
必死過ぎて引かれることすら念頭においていなかった。
それ程私は彼に惹かれていたのだ。
その後、私の小さな部屋でぽつりぽつりと語り出した彼の物語も心に刻まれた。
この村の外の事情を知らない私に、その話はあまりに魅力的に響いた。
合間合間で私は上手く相槌を打つことが出来ていただろうか?
素晴らしすぎる人格者に尊敬を通り越し、恐縮していた私は。
最後に神に縋り付くような私の言葉を聞いて、彼が目を細めふと微笑みながら言った台詞。
『妄信は自由から遠ざかりますよ』
足枷の鍵を渡されたような気分でまぬけな顔をした私に、彼は少し多めに笑った。
彼は次の日、あっさりと隣町まで行ってしまったが、この一言が私がセルバンテスの海賊団に入るきっかけであった。
海賊になってから初めて彼がお尋ね者なのだと知った。
指名手配書を初めて見た時、全身に鳥肌が立つのを感じ、船長や船員にはどうしたのだと声を掛けられた。
「イッサどうした?」
「こ・・これは・・・『渡り鳥』・・・『クロスロード・ジン』・・・。本名はそういう名だったのですか・・」
「ん?ああ、ジンの手配書か」
「船長!?彼を知ってるのですか!?」
「知ってるね~。長年探していた本をジンから貰ったことが数度ある」
「か、か、彼は今どこにっ!?」
「さぁな。手配書見ただろ?彼は渡り鳥。何ものにも縛られないミニマルな生活を送る根無し草なんだよ」
「・・・ど、どこで知り合ったのです?」
「ははっ。質問責めだな。かなりジンに執着してるみたいだ」
「彼は・・あまりに魅力的でした・・」
「確かに。歳のわりに大人びた色気がある男だからなぁ・・。初めてあった時か・・・今でもちゃんと覚えてるよ。思い出すのは懐かしいが・・・・
(→クロスロード・ジンとセルバンテス・トキのファーストコンタクトに続く。)
――――
(勝手に文章を2分割にしてしまい申し訳ありません;;文字数が越えてしまってそのままUP出来ませんでした(><))
今回イッサくんのキーパーソンとしてうちのジンを使って頂いたことに猛烈に感動しました!!
しかもこの流れでトキくんとの話も見れるなんて!!次回がすごく楽しみです(^^)
hisaさん、ありがとうございました!
.
大陸続きの真ん中にある高原を越えると海に面した村があるという。
村と呼ぶには近代的で街と呼んでもなんら問題ない。ところが、住民の人口、他者を受け入れいような排他的な雰囲気、伝統を重んじている建物の構造、そして、
「教会・・・教会・・・教会・・・ですか」
2歩歩けば必ず教会が目に入るこの場所は、村特有の内に篭もる態度も同時に醸し出していた。
全ての建物の上に神の象徴が掲げてある。更には一介の住宅にも。
統一された神聖な町並みは勿論綺麗であった。だが、何かがおかしい。
「・・・・・・」
海に出る前に必需品を調達しようと、道すがら寄れるこの村にふらりと立ち寄ったのは『渡り鳥』とその名を世に馳せるクロスロード・ジン。
村の中に難なく入れたのはいいとして、村に住む人々に活気はなく多少苛々しているのか、ぴりついた様子で行き交い、時折ジンを見ては通り過ぎる。
初めの内はこのジンのことを賞金首と分かってちらちらと視線を送るのかと思ったが、どうやら違うようだ。
単純に人の少ないこの村で、見たことのない顔ぶれに外から来た者だともの珍しい好奇の目であった。
しかし、好奇なら好奇で驚いたような視線になるものではないだろうか?どこか探るような視線ではあるが妙に突き刺さるような痛いものがある。
多少居づらさは感じるがもう少しで夕刻。必要な物を調達したらこの村の宿泊場所を探さなければならない。
困ったものだと村の中を歩いていると、村の中核にある噴水の目の前にふと、他とは規模の違う厳かな教会があった。
決して巨大とまではいかないが、多少でかく教会の扉から丁度祈りを終えた住民がぞろぞろと出て行くのが見えた。
「立派な教会ですね」
思わず小さく呟く。
ぞろぞろと揃って家路に着く住民達から、また視線を少しもらいながら全員が出て行くのを見送る。
最後の一人が神父と共に出て、軽く会釈をし帰って行った。神父は全員が帰ったのを見ると再び教会の中に引っ込んだ。
折角この村にやってきたのだ。この村特有の教会を見ていくのもいいだろう。その時ばかりは好奇心が勝った。
古ぼけていますと言っているような木の軋む音をさせながら教会の扉を開ける。
そこには正面に讃えられた神に向かいずらりと整列された椅子。神の背後にはステンドグラスが夕日に輝いて教会の磨かれた床を照らしていた。
どこからかかすかに賛美歌が聞こえる。誰が弾いているのかパイプオルガンの音色も。
ここだけがゆったりと時間が過ぎているようで今までの自分の時間が全て吸い取られていくようだった。
足取りも自然とゆっくりに神の御前まで歩を進める。
自然と心の中で美しいですね・・・と呟きながら辺りを見学していった。
ところが。
ぴたり。
教会では感じるはずのない臭いが突如鼻腔を掠めた。
煙草の臭いである。
まさか。
いや、ここで喫煙しているものでもいるというのだろうか。
違和感を感じながら辺りを見回すと、その正体は既に通り過ぎた椅子の列にだるそうに身体を預け、ぼんやりと正面を見ていた。
「・・・神父様ですか?」
「ん。懺悔ですか?」
教会内で喫煙をしていたのは品の良さそうな顔をしてこちらに笑いかける神父その人であった。
しかもよくよく見てみると煙草以外にも隣の座席に小ぶりの酒ビンを置いている。
ジンは変わったものを見るような気持ちで、ゆんなり煙草をくゆらせながらこちらに歩み寄る神父を凝視した。
「それとも祈りでしょうか?」
「いえ・・・僕はこの村に来たばかりでして・・。あまりに綺麗な教会が見えたので立ち寄ったのです」
「ああ。そうでしたか。旅のお方とお見受けしますがどちらから?」
「高原の向こうから来ました」
「さぞやお疲れでしょう。どうぞ、ごゆるりとしていって下さい」
話ながらも神父は右手から上がる煙草の煙は消さなかった。ずっと焦げ付いた臭いが漂う。
しかし話の内容やその物腰は至って穏やかで神父というのにしっくりきていた。
なんなのだろう。この男。悪びれた様子もなくにこにこと笑いながらまた煙草を咥え、後ろ手に組んだ。
こちらが賞金首というのは分かっていないようで特に旅人というレッテル以外に認識した風でもない。そこはこの村人特有である。
考えながらも小首を傾げたが、とりあえずステンドグラスに目をやった。
「・・・・鮮やかですねぇ」
「ええ。神が降りてきているようでしょう」
「そういえばこの賛美歌は?」
「聖歌隊が明日の歌に向けて練習しているのですよ。丁度この教会の真隣に練習室や司教様達の宿舎があるので聞こえてくるんですね」
「神父様は戻られないで宜しいのですか?」
「本来なら扉を閉めて務めに入らなければならないのですが、底意地が悪い司教様と顔を突き合わせたくないので今嫌がらせをしているところなのですよ」
「?」
「喫煙・飲酒と禁忌を犯してね」
「・・・あなたは本当に変わった神父様ですねぇ・・そんなに俗世に染まりきらずとも別の方法があったのでは?」
「神に反発しているのではありません。この村に反発しているのですよ・・・・旅の方、この村はどうですか?」
「どう・・とは?」
「村人達の様子や村の雰囲気は、他の地を知っているあなたにはどう映ったのでしょう?」
「・・・・・・」
今の現状に満足していないといった口ぶりだった。
ジンは暫く黙った後、夕日の暖色から夜の寒色へ色合いを変化させ始めたステンドクラスを見つめたまま答えた。
「率直で申し訳ないのですが、外部のものを受け入れる体制がまだ出来上がっていないようですね。これ程教会が沢山ある村は初めて見ますが、この他者を受け入れない雰囲気は・・・初めてではありません、他の地でも感じたことのあるものでした」
「・・・あなたは本当に長旅なさっているようですね・・・しかも心優しい」
「いえ・・とんでもありません。・・・海に面した村でありながら外部と繋がりをこれ程持たないのには何か理由があるのですか?」
「ううん・・・それは難しい質問です」
はははっと明快に笑う神父。口から吸い損ねた煙草が天へと上っていった。
「村長がね、ここの司教様なのですよ」
「ほう」
「この村の実権をいっしょくたに握っているのはこの教会の司教様。独裁であるここの政治は彼の意向で黒にも白にもなるんですねぇ」
「それが原因ではないかと?」
「ええ。私はね。そう考えます。それでも村人が付いていくのはそれなりの人格者であるからなのでしょうねぇ。気に入りませんねぇまったく。ふふふふふふ」
「村の人々は多少・・疲れているようにも見えましたが」
「ああ・・今断食している時期ですからね。皆腹が空いて苛立つことにさえ、疲れているのでしょう」
「神父様は・・・ああ・・嫌がらせの途中でしたか?」
「まぁ、元々私は断食していません」
にこっと笑って言う神父はやはりどこかおかしかった。
他の村人にあるような他者を寄せ付けない雰囲気はない。何者にも染まらない、ところが俗には染まりきっている。
この場に誰か三者が居て、二人が同じ服装であったなら、この神父より真っ先にジンへと懺悔しに来るだろう。
なんとなくこの村の実情は分かった。
聞く限りだと宿泊場所を探すにも、あまり色好い返事はもらえそうにないが。
どうしたものかと思いながら、宿を取ることに諦めにも似た眼差しで三度ステンドグラスを見る。
既に夜の闇が足元にまで伸びてきていた。
「聞いたところですとっ!」
「はい」
神父が短くなった煙草を指先で押し消し、適当にポケットに入れながら小さい酒ビンのある元の席まで歩いて行く。
片足を軽く浮かせ斜めらせた上体でよっこいせと酒ビンを手に掴む神父に、振り返りながら一応ジンも返事をした。
「村の人とお喋りしていないようですが、あなたが一番初めに話しかけたここの住人はもしや私ですか?」
「ええ。そうなりますね」
「それはそれは・・・幸か不幸か、はははは!」
「村の人にはあまりまともに取り合ってもらえそうにないようですねぇ・・・」
「そうでしょうね。下手すれば口すら利くのも叶わないかもしれません。逆手に言えば、こうして私があなたと会話することすらあまり良い顔されないのですよ」
「それは困りました・・・。海に立つ前の準備をこの村でと思っていたのですが・・・隣町にまで赴く必要がありそうだ・・・」
「海?」
『海』という単語を聞いた途端、今までのらりくらりと話していた神父の顔色が変わった。
ぼんやりと見ていた目も、しっかりとジンを捉えている。
「・・・・・海賊ですか?あなたは」
「厳密に言うと海賊ではありません。海上を旅することが殆どですがね」
「・・・・いまいちよく分からないですね・・・商人か何かですか?」
「いいえ」
「・・では?」
「・・・また困りましたね・・・」
「・・・・気軽に身分を名乗れるお立場ではないようですね」
「名乗ることに問題はありません。ただ・・」
「・・ただ」
「あなたを怖がらせやしないかと・・・」
「私があなたを恐れるような肩書きをお持ちで?」
「恐らく」
「ふむ・・」
顎に手を当て考える神父。その手の酒ビンはしっかり持ったままだ。
何を思案しているのだろうとジンは再び神父を訝しんだ。
「お話深くお聞きしたいです。もし宜しければ、今夜はうちの宿舎に泊まられてはいかがですか?」
「え?いいのですか?」
「あなたがよければですよ」
「勿論。生憎泊まる場所はどこもなかったので・・・有難い限りです」
「・・ただし、私と同室ですが宜しいですか?他の人々に見つかったらまた厄介なことになりそうだ・・・」
前に何かやらかしたらしい。
「ええ。何も文句はいいません。床でも窓縁でも寝かせて頂ければ」
「ははは、窓縁は酷いな。いえいえ。ベッドを使って下さい。寝てくれなどとは言いませんから」
「?・・・流石にベッドは気が引けます。一脚でしょう?毛布か何かあればそれで大丈夫ですよ」
「私がそんなに冷たい男に見えますか?致し方ない・・・一緒に寝ますか」
冗談めかして言った神父の答えに、ジンも神父も笑い合った。
「何言ってるんですか。それこそこの場にそぐわない問題ですよ」
「残念ですね。私は歓迎なのに」
「・・・?それは本気で言ってます?」
「ええ、ええ。歓迎だというそこは本音ですよ」
「申し訳ないですが・・・僕は同性愛者ではないので・・・」
「同性愛者?」
一瞬二人の間の時間が止まった。お互い一体何の話をしているんだというように、きょとんとした顔をする。
は?という表情でお互いを見る二人の内、初めにもしやと気が付いたのはジンだった。
「あの・・・僕は男ですよ?」
「ええっ!?お、お、男だったのですか!?」
「そう思われるのも無理ないのかもしれませんね・・・。よく間違えられます」
「そ、そうでしたか・・・。いや、大変失礼致しました」
にこりと笑うジン。
それに対し多少目が泳いだ神父。
僕はそんなに女顔だろうかと心の中では苦心しつつも顔色は特に変えず、おくびにも出さない。
しかし、と神父は再び笑いかけた。
「やはりお話を伺いたいです。名前を言い忘れていましたね。私はイッサ。ここの神父をしております」
「イッサ。分かりました。僕は・・・・・
初めて彼、クロスロード・ジンに出逢った時のことは今でも忘れられない。
祈りの時間を終え、村人の全員帰った教会内で少しぼんやりと神について考えていた。
こんな神父だが、一応神を本気で讃え信じ、愛している。
そこに彼はやって来た。
扉の開いた音を聞いた時、村の人か他の神父かと思ったが神について考えている今、振り返らずともよいだろうと考えた。
その時の横をゆったりとした足取りですり抜ける彼の風。
帽子からわずかに覗いたシルバーに輝く淡いピンク。ステンドグラスの光だけではない。自ら暖かい光を紡いでいるかのようだった。
すっと伸びた背筋がこの世のものとは思えない。
初め、本当に聖母が俗世に迷い込んだのだと。
勘違いをし、心を震わせ、痛めまでした。
それは恋にも似た感情だったのだろう。
彼がぴたりと立ち止まり、何かを探るように辺りを見回し始めた時こそ本当に焦った。
彼を見惚れるように見ていたことを悟られたくなく、ぼんやりとなんてことないフリをし、平静を装ったのだった。
煙草を吸っていて良かった。
少しは動揺したこの心をぼかす力になっただろう。
しかし、今思えば初めからその動揺は言葉になって出ていたのだ。旅の方と見受ける、などと言ったところでその前に彼がこの村に来たばかりだと言ったからオウム返しにしただけだ。きっと隠しきれていなかった。
話をしてみればその物腰の柔らかさに尚更私は陶酔する。
一言返ってくるだけで私は完全に舞い上がっていた。
聞かれもしない司教様への自分の気持ちを話すのは今に始まったことではないが、この村の事情やこの教会の構造、果てやここに泊まることを勧めるなど普段ならありえない話だ。
ましてや少なくともこの他者を拒絶する村で育った住民の一人である神父が、ここまで必死に引き止める口実を作るのは今までの人生において一度だってない。
必死過ぎて引かれることすら念頭においていなかった。
それ程私は彼に惹かれていたのだ。
その後、私の小さな部屋でぽつりぽつりと語り出した彼の物語も心に刻まれた。
この村の外の事情を知らない私に、その話はあまりに魅力的に響いた。
合間合間で私は上手く相槌を打つことが出来ていただろうか?
素晴らしすぎる人格者に尊敬を通り越し、恐縮していた私は。
最後に神に縋り付くような私の言葉を聞いて、彼が目を細めふと微笑みながら言った台詞。
『妄信は自由から遠ざかりますよ』
足枷の鍵を渡されたような気分でまぬけな顔をした私に、彼は少し多めに笑った。
彼は次の日、あっさりと隣町まで行ってしまったが、この一言が私がセルバンテスの海賊団に入るきっかけであった。
海賊になってから初めて彼がお尋ね者なのだと知った。
指名手配書を初めて見た時、全身に鳥肌が立つのを感じ、船長や船員にはどうしたのだと声を掛けられた。
「イッサどうした?」
「こ・・これは・・・『渡り鳥』・・・『クロスロード・ジン』・・・。本名はそういう名だったのですか・・」
「ん?ああ、ジンの手配書か」
「船長!?彼を知ってるのですか!?」
「知ってるね~。長年探していた本をジンから貰ったことが数度ある」
「か、か、彼は今どこにっ!?」
「さぁな。手配書見ただろ?彼は渡り鳥。何ものにも縛られないミニマルな生活を送る根無し草なんだよ」
「・・・ど、どこで知り合ったのです?」
「ははっ。質問責めだな。かなりジンに執着してるみたいだ」
「彼は・・あまりに魅力的でした・・」
「確かに。歳のわりに大人びた色気がある男だからなぁ・・。初めてあった時か・・・今でもちゃんと覚えてるよ。思い出すのは懐かしいが・・・・
(→クロスロード・ジンとセルバンテス・トキのファーストコンタクトに続く。)
――――
(勝手に文章を2分割にしてしまい申し訳ありません;;文字数が越えてしまってそのままUP出来ませんでした(><))
今回イッサくんのキーパーソンとしてうちのジンを使って頂いたことに猛烈に感動しました!!
しかもこの流れでトキくんとの話も見れるなんて!!次回がすごく楽しみです(^^)
hisaさん、ありがとうございました!
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