宝の詩
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ただの暇つぶし。
今日もそれで済むはずだった。
『牙をもつ風』
大海に漂う一雙の小船。
大剣を背負い水平線をあてもなく獲物を求めさ迷う。
いや、獲物というよりは己に向かってくる“強者”を求めてといった方が正しいだろう。
(――…この時代、かつての強者は老い、決して最強とはいえない。より強く若い者が…これから強者となり得る者が果たして存在するのだろうか…?)
このまま自分が世界一の剣豪として生涯を終えるは余りにもつまらないではないか。
口惜しい。何の脅威もなくただのうのうとこの緩やかな戦場に漂うだけで終わってしまうのか。
そんな嘆きにも似た心情のままで青々とした空を仰いだ。
ふと、視界の端に一隻の海賊船が映る。
何処の誰だなどとそんな些細なことはどうでも良い。
ただの暇つぶし、だ。
―――
他の者へ声を張り上げる時間も惜しい。
「…――ッ!」
ド…ッォオン…――!
突如海賊船に襲い来る衝撃を向かい討ったのは、キョウが放った真空の斬撃。
それは船下の海面を叩き上げて巨大な水柱を築き『壁』となって船を守った。
それでもその衝撃波は凄まじく、大きく船体が傾いだ。
「なっ…何だよ今のはァ!?」
「チキショウッ!何が起きた…!」
突然の出来事に船上はパニックを起こしている。次にまた斬撃が来ればこの船は保たないかもしれない。
偶然乗り合わせた船でこんな事に遭遇してしまうとは、自分の運のなさに思わず溜息が漏れる。
「船長はん。とりあえずあれはわいが何とかします。よって、船長はんはこの船沈ませんよぉに指揮とってなぁ?」
しっかりしぃ、と笑み一つ背を強めに叩けば漸く我に返ったようで。声を張り上げて船員達を纏めるのは流石というべきか。
「…さて、いきなりの攻撃。失礼な人はどちら様かな…?」
晴天で視界は開けているものの、それらしき影を探すのは苦労しそうだ。
双眸を細めた所で、ふと波間に黒光りした何かが目に留まる。
(――近付いて来る…!?)
遠かったそれが次第に鮮明になりだすのに気付くと、声を張り上げている船長に向かって叫んだ。
「直ぐに四時の方角へ!追い付かれるぞ――!」
影はもう目視できる程に近付いていた。海賊船の方向転換も大きい故に遅く感じる。
船が沈んで海の真中に放り出されればそれこそ危険だ。
――仕方ない。
小さく嘆息すると、タッと軽やかに甲板に降り立つ。止まることなく船上の喧騒の中を疾走して船尾へ向かった。
縁に足を掛け乗り上げると、小船は接近して船上の人影がはっきりと見えた。
身の丈程もある黒い、十字架のような大刀を携えた男。
その鋭い目に射抜かれると常人ならば一瞬で気を失いそうな程の威圧感。
これだけ離れてもビリビリとそれが肌に伝わり、いかにそれが凄まじいものかを物語る。
表情を引き締め、いつ戦闘になっても良いように呼吸を整えた。
そして、男が構えを解いたことで警戒が一気に高まる。
男はその距離を一瞬で跳躍し、船に降り立った。
更にパニックを起こした船は最早進むことも出来ず、完全に停止してしまう。
―――
船尾に現れた人影。
一目でその者が只者ではないと解った。
己に怯むどころか、静かな佇まいでこちらを見据え構えている。
その全く油断も隙も見られない姿勢に少々の興味を持った。
「…主、名は何と云う。」
静かに名を問えば、その端麗な貌が顰められた。
「名乗るつもりはない。商船を襲っておいて名を聞き、それでどうする?」
硬い声で、あくまで自分を敵だとしている。
彼が構えた得物は珍しい、見た所傘の一種だろうか。手合わせ出来るものなら願ってもないことだ。
「――ただの暇つぶしのつもりだったが…思わぬ収穫があったようだな。」
「…貴方は、暇つぶしで何の罪もない人も襲うのか…」
すっと、蒼い瞳が冷たく細められる。
「――仕合うのならばこの船から離れろ。短いとはいえ恩がある。」
「フ…良かろう。場所を移れば仕合うのだな?」
その問いに一瞥し、彼は縁から再び甲板に降りて、船員達の元へ歩き出した。
「――短い間でしたが、ありがとうございました。
…良き航海を。」
優雅に腰を降り、一礼するのを見届けると、先に自分の船へと降りた。
別れを済ませた彼も続いて降りて来たことで小船が小さく揺れる。
商船が遠ざかるのを見送ると、彼の横顔には安堵が見て取れた。
「…何故あの船にそこまで義理立てる?」
ふと湧いた疑問。
改めて問えば、こちらを向いた表情は驚く程に穏やかだった。
「『袖振り合うも多生の縁』…、という言葉を知っているか?どんなに些細な縁であっても、出会った事に意義があるんだ。その縁は大事にするべきだし…受けた恩は返すのが礼儀だと思っているから。ただ、それだけのこと…」
年若いように思えたが、静かに紡がれる声音は随分と大人びていて。
それと同時に、戦士としてではなく純粋にこの男について興味が湧いた。
黒刀を背負い戦闘の意思がないことを示せば微かに目を見開いた。
「今は、戦わん。今は主に興味が湧いた。
我が名はジュラキュール・ミホーク。
もう一度主の名を聞きたい。」
「俺に興味など持っても何も明かすつもりはない…
…だが、無駄な戦闘を避けられてよかった。その意思に対する礼としてなら、答えよう。
キョウ――それが今の俺の名前だ。」
ふ、と表情を和らげて告げられた名を心に刻む。
その一瞬、意思の強そうな瞳の奥に見えた陰り。それだけではなくこの者は様々な面を持つのだろう。その全てを見出だしたいと思った。
まるで風のように柔らかでありながら、その内には静かに燃え滾る激情を孕んだ牙を持っている。
「――だが、主は儂にも、誰にも、全てを曝け出すことはないのだろうな。」
独り言のように言えば、彼――キョウはそれには何も答えず、いっそ綺麗過ぎる程の微笑を浮かべたのみだった。
海を滑るように進む小船、二人の距離は僅かなのか、近付いているのか。
この出会いが二人に何を齎したのか、それは当人達にしか理解することは出来ないのだろう――。
-fin-
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3つもありがとうございました!!凄く楽しく読ませて頂きましたよ(^^)
最後にミホーク……!!流石に大人な対応です。私が書くといまいちかっこよく書けないミホークさん。やっぱりかっこいい!!
キョウくんが大人だから成立するんですよね♪
ああ、本当に3作も!!ありがとうございました!
またよろしくお願いします!!(Σコラ)