またいつか
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“お前はまもなく“鋼鉄”の塊になる”
そう言われたのは1時間前だ。政府の偉大な科学者、ペガパンクからのお墨付きで、僕はもうすぐ死ぬらしい。しかも徐々に身体の機能を失い、ただの“鋼鉄のかたまり”になるという。
『あ、そろそろ“暴君”がくる時間だ』
ルカはそういうと読んでいた本を閉じ、足早に検査室を出た。“暴君”バーソロミュー・くま。…このGLではまず知らない者はいないだろう男である。
ルカはそんな彼が気を許せる数少ない友だった。くまはペガパンクの“人間兵器”のプロトタイプとして選ばれた後に出会い、
“改造”や“検査”の度にルカの部屋を訪れるのようになっていた。
『…暴君、どう思うかな』
部屋に戻る道すがら、ルカがポツリとつぶやいた。
自分が死ぬことを彼に話すべきだろうか。
いや、彼は僕の死など何も思わないかもしれない。
それならば、それが一番いいんだけど。
悩みながらルカは自分の部屋のドアを開く。そこには6m越えの大きな男――
『暴君!?』
ルカはつい取り見だしてしまった。目の前にいるのはまぐれもなく、“暴君”だ。
「遅かったな」
『あ、うん。ちょっとね…―――あ!』
「?」
『ケーキ忘れちゃった』
ついはぐらかしてしまった。バレていないだろうか、僕はちゃんと笑っているだろうか。暴君は鼻でフッと笑う。バレたかもしれない。
「ケーキはいい、それより座れ」
『?…うん』
よかった。バレてはいないようだ。だけど……っと、ルカは首を傾げた。ルカの目にはくまの機嫌がやけにいいように映る。
とりあえず、くまに勧められるまま、ソファに座った。
「ほら」
『!』
そのルカの前に、くまは紅茶を注いだカップを置く。上る湯気。ルカは驚いた。
『ぼ、暴君が入れたの…?』
「なんだ? おかしいのか」
『いや…そんなことないよ』
―――暴君が淹れてくれたのか
光を通し、綺麗に輝く紅茶だ。ただの紅茶が、誰かに淹れてもらうことで、こんなに愛おしいものになるなんて初めて知った。
「お前の紅茶に似たものにした」
くまはそう言うと自身で淹れた紅茶を飲む。
『……(でもなんで気付かなかったんだろう? 紅茶ならもっとにおいが…)』
そこで、ルカはハッとした。すでに自分の身体に変化が訪れているのだ。“身体の機能が止まる”と言われた身体。最初に止まったのは…
「飲まないのか?」
『え!』
「怪しんでるのか?」
カップを眺めるばかりのルカにくまは尋ねた。ルカはとっさに首を大きく振った。
『違うよ、暴君が淹れてくれた紅茶だからなんだか飲むのがもったいなくて』
そう思った事実だ。だが僕は、自分に訪れた変化を暴君に悟られたくなかった。
「…冷めたら殺すぞ」
暴君が冗談めかして言った言葉に、僕は大げさに言った。
『! はは。じゃあ、飲もうかな』
なるべく笑った顔を作りながら、カップに口を近づける。ここまで近づいて紅茶の香りを感じないということは、やはり“嗅覚”が失われたようだ。
嗅覚が失われた―――ということは…
『――…!!』
紅茶を一口飲んだルカの手が微かに震えた。嗅覚は味を感じるのには重要感覚器官。つまり嗅覚を失うことは“味覚を失うのに等しい”ことになる。
『(味が…わからない……)』
ルカはその手の震えを必死で抑える。だが、衝撃は思った以上に大きかった。
『(せっかく暴君が淹れてくたのに…)』
ルカは悔しくて悔しくて、奥歯を噛みしめる。しかし涙はこぼれてしまった。
「ルカ?……――!!」
暴君が驚いた顔で僕を見た。今更涙をおさえることは出来ない。くまは何か傷ついたような顔を見せた。
『(――ああ、そうか。暴君は僕が不味いから泣いてると思ったのか…)』
ルカはほほえましい気持ちになった。その口元は静かに弧を描く。
「……そんなにまずかったの…」
『おいしい…!!!』
「!」
ルカは言った。涙は止まらない。でも笑顔も絶やさなかった。
『おいしい。すごくおいしい』
「……」
くまの心配顔が一変、少し照れたように紅茶を飲む。
―――そうだ。暴君が僕に入れてくれた紅茶がおいしくない訳が無い
『僕、こんなおいしい紅茶初めて飲んだよ』
―――いつか、暴君には話そう。僕がいなくなることを
「…言い過ぎだ。お前の方が数倍うまい」
『そんなことない!! 本当においしいよ。本当に…!!』
―――でも、今は言わない。今この時は、いつも通りの“僕”でいたいから。
夕方―――。
『ありがとう! 気が向くのを楽しみに待ってるよ』
「ああ」
その日も帰るくまの背にいつも通り手を振り続けた。
……ガチャッ。ドアがしまる。ルカは手をおろした。その途端、
『…――っ』
ルカは突然の頭痛に襲われる。痛みに耐えながらルカは引き出しを開ける。そこには大量の白い粒。それをわしづかみにすると口の中に放り込んだ。ガリガリと噛み砕く。
その口に無理やり水を押しこむと、頭痛がおさまってきた。ルカはそのままソファに倒れこむ。
『――――っ。はぁはぁ』
身体が一段と重く感じる。鋼鉄化の進行は思ったよりも早いかもしれない。
『2週間…2週間は耐えないと』
ルカはソファの布を掴む。びりびりと音を立てて、ソファの表面が破れた。
次にくまが来るのは、2週間後。“その時に彼に全てを話そう”、ルカはそう強く思った。
―――2週間後
バリンッ…!!!
『あ!』
軽く触っただけで粒が入った瓶が割れてしまった。パラパラと床に散らばる白い粒。しかし指が切れるわけでもなく、ルカ自身も平然としていた。
『また壊しちゃった』
ルカはまるで他人事のように言った。そして白い粒拾うことなく、機微を返す。白い粒をいくつか蹴りながら進むと、ふと部屋の中心に立つ。
ステンドグラスから指しているのだろう太陽の光を感じた。
『―――“隣人は友となり、友は
ルカは自分が一番好きな本の一文を口にした。手にはその本はないが、もう目に穴があくほど見ているので、覚えている。
ルカの身体はもうほとんど鋼鉄と化していた。五感は聴覚と少しの触覚を残し全てが失われ、身体のほとんどが鋼鉄となった。まだ動けるのがせめてもの救いかもしれない。
「ルカ」
『暴君? 早いね』
ドアが開く音と共に聞こえたくまの声。昼に会う約束をしていたが、思ったより早く来たようだ。僕は目が見えなくなる前に練習していた笑顔を暴君に向けた。上手く笑えているだろうか。
「どうしたんだ? この部屋は」
『え? ああ。片付けようと思ったんだけど、もういいかなって…』
「もういい…?」
そう、もういいんだ。もう、暴君には何も隠さない。
『うん、もうこの部屋には来ないから』
「!」
驚いているだろうか。いや、勘のいい彼ならば、僕が呼んだ意味を理解しているかもしれない。―――だから、正直に言うよ。
『僕、もうすぐ死ぬんだ』
「……!!!」
『暴君には話していなかったけど、僕は身体を“鋼鉄化”する改造を受けていた』
「なっ…」
―――全てを知ったら彼はどう思うだろう。
『もちろん、暴君とはまた別の方法でね。改造目的も暴君とは違う』
「…薬か」
散らばっている白い粒…薬を見たのだろう。僕は頷いた。
『そう。僕は“投与”による“鋼鉄化”の実験体』
「何のために…そんな実験を」
―――僕の改造の目的は、暴君の実験を成功させるためのもの。
『……僕の実験は身体を“鋼鉄”にするとき、どんな薬でどんな拒否反応が起きるか。またな“投与”で“鋼鉄化”するのは可能性か、その危険度は…とか耐性についてのデータ収集。
そして最近そのデータを元に最も安全な方法で本命の実験が成功したんだ。だからもういいって』
―――ねぇ、ペガバンク。暴君の実験はうまく言っているの?
――ああ、お前の拒否反応のデータが大いに役立った。今回の鋼鉄化の進行のデータもな。
―――そうか。ならよかった。
本当によかった。僕のデータが暴君の安全を確保出来たのだ。
ガシャー……ン!!!
『!……暴君…?』
突然の破壊音。何が起こったのは分からない。
「お前は…!! おれの“改造”のために! 犠牲になったのか!!!」
『……』
「そうなのか!!」
ここまで激情する暴君を僕は知らない。僕はなぜかうれしくなった。
『……暴君と僕は性質が似てるらしい』
「…?」
『似てると言っても、見かけじゃないよ。“性質”が似てるんだ』
「“性質”が…?」
『そう。だから拒否反応の実験には僕が適任だった』
「……なぜ、そんなことを」
―――その性質のおかげで僕は生きられたからだよ。
僕は笑った。
『僕は“命の恩人”に恩返しがしたくてね』
「“命の恩人”……?」
『そう。暴君は僕の“命の恩人”だ』
―――きっと暴君は驚いているだろう。自分が知らないところで一人の人間を救っているなんて。
『―――僕が本部に来たとき、死にかけだったんだ』
本当にもう手遅れだった。それこそペガパンクが手を添えなければ、今頃この世にはいない。僕が生かされたのは検査の結果が暴君と身体の構造が似ていること。そして暴君が“パシフィスタのプロトタイプ”になると決まったこと。その二つの因果が重なり、僕は救われた。
『普通なら拾われることのなかったこの命は、“暴君と同じ”だから生かされた』
「……」
『僕は暴君のおかげで今、生きているんだ』
「……実験のために生かされているだけだ」
『(それはわかっているよ)』
――お前はこれから、実験のために生きることになる。それでも生きたいか?
―――生きたい。僕は、誰かのために生きてみたい。
『――そう。でも、生きてるんだ』
―――生きていたから、暴君に出会えた。暴君の役に立てた。そして
『今を生きたおかげで暴君の紅茶も飲めた』
「! 冗談を言っている場合か!!」
『冗談じゃないよ。本当に思ってるんだ』
「……理解が出来ん」
『ははっ。だよね』
この気持ちはきっと理解出来ない。いや、しなくていいんだ。暴君はこんな思いをしなくていい。
『ただね、暴君。僕が死ぬのは暴君の“改造”が成功したからじゃないんだよ』
―――そう、これだけは伝えなくては
「?」
そういうとルカはぎこちなく手をくまに差し出した。身体中がギギギッと鈍いブリキの音をたてる。視覚を失ったルカは前にいるだろう、くまに手を伸ばす。
『薬の影響で“鋼鉄化”が止まらなくなってね。もう、至るところがこんな感じなんだ。僕は……もうすぐ、ただの“鋼鉄”になる』
「!!」
『使える“鋼鉄の塊”になれば、どこかで君の部品に使ってくれるとペガパンクは言っていた。でも今の僕はもう死んでしまう。だから、その前に暴君に“さよなら”を言いたかったんだ』
「……ルカ」
ルカの手をくまが取った。かろうじて感じる触覚。くまの手は自分の手よりも少し温かい。
―――ああ、よかった。彼はまだ“人間”なんだ
ポタッ…とルカの手に雫が落ちる。
―――水?
『……暴君、泣いているの?』
「……」
―――ああ、彼は、僕のために泣いてくれるんだ。他人のために泣ける人なんだ。
もう、泣くことも叶わない鋼鉄の身体。いつかちゃんとした“パシフィスタ”になる君は今みたいに泣けるのだろうか。
『……ごめんね。僕、もう暴君の顔がわかないんだ』
「!」
『3日前から目の機能が死んでしまったんだ。だから、暴君が泣いているのかもわからない。腕もこれ以上上がらないから涙を拭ってあげることもできない。本当にごめ…』
「謝るな」
暴君の手が、僕の頭を撫でた。それに気付いたけど、その感覚は無くなった。
―――終わりが近付いている。もうすぐ本当にお別れだ
「またいつか、おれが紅茶を淹れてやる」
『!』
驚いた。まるで、僕の心が読めるみたいに、今、一番欲しい言葉をくれた。
―――“またいつか”会えるんだね。僕らは“絆”になったんだね
ルカは固まりかけている顔がゆっくりと動いた。それは自然な笑顔。鋼鉄の身体とは思えない、優しい笑顔。
『ありがとう、暴君』
瞬間、身体がグラッと傾いた気がした。でも身体の感覚もない。手も足も、どうなっているかわからない。
「――――!!」
暴君の声が聞こえた気がした。でも、“聞こえない”。
きっとこの言葉は、声にならないだろう。でも……暴君に届くといいな。
そう思いながら、ルカは口を微かに動す。
――――また いつか
と。
fin