またいつか
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―――2週間後
徐々に“改造”が進む。第5段階まで進んだ。身体が鋼鉄に変えられていくのは、妙な感じだったが、思った以上に身体に馴染む。まるであつらえたかのようだ。
またその頃にはおれは“七武海”として政府につくことになっていた。暇を見つけてルカの部屋を訪れたとき、おれはルカも七武海になるのかと、尋ねたが、ルカはクスクスと笑うだけで何も言わなかった。
そんなルカから珍しく…いや初めて呼び出された。
[暴君に話があるんだ。今日の午後、必ず来て]
そう、小電伝虫に連絡が入ったのは今朝。その日おれは新しい茶葉を仕入れたばかりで、ちょうど顔を出そうと思っていたから快諾した。だが、電話を切ったあと、妙な気分になった。
ルカがわざわざ電話してくる。
話があると―――
改造されていない胸がざわざわと動いた。嫌な予感がする。くまは、紅茶の缶を手に取り、午後を待たずにルカの部屋へ向かうことにした。
「ルカ」
『暴君? 早いね』
くまはドアを開けるとステンドグラスの下で、立っているルカがいた。その顔はいつも以上に穏やかだ。それは嵐の前の静けさを彷彿とさせる。
そう感じたのは、その笑顔とは対照的に部屋はぐちゃぐちゃだったからだ。壊れた机、割れている食器。床には小さな白い粒が散乱している。まるで戦場になったように荒れていた。
「どうしたんだ? この部屋は」
『え? ああ。片付けようと思ったんだけど、もういいかなって…』
「もういい…?」
『うん、もうこの部屋には来ないから』
「!」
悪い予感が胸に重くのしかかる。ルカの次の言葉は容易に予想できた。だが、同時にくまはその予想は外れて欲しいと切に願った。
―――だが、
『僕、もうすぐ死ぬんだ』
「……!!!」
予想は外れることはなかった。くまは目を見張る。ルカはいつも通り、いやいつも以上に穏やかに語った。
『暴君には話していなかったけど、僕は身体を“鋼鉄化”する改造を受けていた』
「なっ…」
『もちろん、暴君とはまた別の方法でね。改造目的も暴君とは違う』
くまは足元に散乱している白い粒に視線を落とした。
「…薬か」
『そう。僕は“投与”による“鋼鉄化”の実験体』
「何のために…そんな実験を」
くまの質問に、ルカははぐらかすように淡く笑う。
『僕の実験は身体を“鋼鉄”にするとき、どんな薬でどんな拒否反応が起きるか。またはその“投与”で“鋼鉄化”するのは可能性か、その危険度は…とか耐性についてのデータ収集。
そして最近そのデータを元に最も安全な方法で本命の実験が成功したんだ。だからもういいって』
「……」
くまは息を飲んだ。同じような境遇ながら、求められていることがあまりにも違うことに愕然とする。なぜ目の前のルカがそんな実験の実験体なのか。
鋼鉄化の実験体。
最近“本命の実験”は成功した。
―――暴君、調子はどうだい?
「―――!」
ルカの言葉を
ガシャー……ン!!!
『!……暴君…?』
ルカは呆然と立ったままくまを呼ぶ。くまは強い口調で言った。
「お前は…!! おれの“改造”のために! 犠牲になったのか!!!」
『……』
「そうなのか!!」
くまの言葉にルカは目を伏せた。そしてポツリと言葉を吐く。
『……暴君と僕は性質が似てるらしい』
「…?」
ルカの返答にくまは、目をしろくろさせる。ルカは気にせず続けた。
『似てると言っても、見かけじゃないよ。“性質”が似てるんだ』
「“性質”が…?」
『そう。だから拒否反応の実験には僕が適任だった』
「……なぜ、そんなことを」
『僕は“命の恩人”に恩返しがしたくてね』
「“命の恩人”……?」
『そう。暴君は僕の“命の恩人”だ』
そんなはずはない。くまは思う。なぜならルカとはここで、この部屋で初めて出会ったからだ。
『―――僕が本部に来たとき、死にかけだったんだ』
「……」
『普通なら拾われることのなかったこの命は、“暴君と同じ”だから生かされた』
「……」
『僕は暴君のおかげで今、生きているんだ』
「……実験のために生かされているだけだ」
『そう。でも、生きてるんだ。今を生きたおかげで暴君の紅茶も飲めた』
「! 冗談を言っている場合か!!」
『冗談じゃないよ。本当に思ってるんだ』
「……理解が出来ん」
『ははっ。だよね』
くまは理解できなかった。なぜ笑っていられるのか。
『ただね、暴君。僕が死ぬのは暴君の“改造”が成功したからじゃないんだよ』
「?」
そういうとルカはぎこちなく手をくまに差し出す。ギギギッとまるで金属が擦れ合うような音だ。人間ではありえない音にくまは閉口する。
『薬の影響で“鋼鉄化”が止まらなくなってね。もう、至るところがこんな感じなんだ。僕は……もうすぐ、ただの“鋼鉄”になる』
「!!」
『“使える鋼鉄の塊”になれば、どこかで君の部品に使ってくれるとペガパンクは言っていた。でも今の僕はもう死んでしまう。だから、その前に暴君に“さよなら”を言いたかったんだ』
「……ルカ」
くまは、ルカの手を取る。人間とは思えない冷たさが、鋼鉄化が進んでいることをあらわしていた。胸が締め付けれる。いつの間にかくまにとってルカは大切な友人になっていた。
そんなルカの手にポタッ…と雫が落ちる。ルカは尋ねた。
『?……暴君、泣いているの?』
「……」
おれは顔を伏せ黙った。泣き顔なんて見られたくない。
『……ごめんね。僕、もう暴君の顔がわかないんだ』
「!」
おれは顔を上げた。ルカと目が合う。
『3日前から目の機能が死んでしまったんだ。だから、暴君が泣いているのかもわからない。腕もこれ以上上がらないから涙を拭ってあげることもできない。本当にごめ…』
「謝るな」
くまは、頬を伝った雫を自分で拭うと、ルカの頭を撫でた。
『!』
くまは、今のルカに言うべきことを、考えた。何を言えばルカは笑うだろうと、そして口にする。
「またいつか、おれが紅茶を淹れてやる」
『!』
ルカの目が、少し驚いたような動きをした。我ながらなぜここでこんなことを言ったのかは、わからない。
だが、ルカの口元がいつもみたいに弧を描いた。
『ありがとう、暴君』