『……――――っ』

瞼が静かに上がる。そこに現れのは緑の瞳がとらえたは、濃い茶色の木の板が並ぶ天井。
伸ばした手の先にあるのは、見慣れた天井ではないものの、それが現実の物だとアルトは理解した。

腕が力なく、落ちる。

ベットに落ちた腕がﾎﾟﾝｯと弾かれた、身体に痛みが走る。
アルトはその痛みに、ここに来る前に、クザンと殺り合ったことを思い出した。

頬に雫が伝う。

アルトはそれを肌で感じ、瞬きをした。
もちろん、見上げる天井には水漏れするような穴が開いている様子はない。
アルトは痛む身体を起こすと、雫は頬から上掛け布団の上に落ちた。
それは次々と、絶え間なく流れては布団を濡らしていく。

窓に映る自分の緑の瞳から流れる涙に一瞬視線をやったかと思うと、窓の外に目を向けた。
緑の瞳に映る世界は、今まで見てきた世界よりも緑が濃く、キラキラと色鮮やかに輝いている。

長い夢を見ていた。

もちろんそれはただの夢なんかではなく、己の記憶だということははっきりわかっている。
おかげで、今のアルトは自分がどういう存在なのかを思い出すことが出来たのだ。

アルトは手を伸ばし、窓を開ける。
ｷｨと金属が擦れる音が小さく鳴り、風が部屋に流れた。

『……』

アルトは“エア”という女性のことを想い出していた。
しかし、あまりに短い間だったからか、生前に別れたあの日のことと少しのことしか、思い出せなかった。

それでも、アルトが彼女がとても大切な人だったと理解するには十分で、また彼女の言葉があったからこそ、
ソプラとアリアの…2人の運命を決まってしまったのだとも冷静に受け止めることができた。
そう、至極冷静に。

そんなアルトは世界に覚醒し始めた頭で、“エア”が最後の最後に言った言葉を、呟いた。

それは、アルトが大好きだった“エア”らしいと思える言葉だった。



【 「"いってらっしゃい"」　】


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