狂人
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『……みんなっ』
白い髪を持つ少年は膝をつく。少年の目には少年の瞳の色のように赤く燃え盛る炎。
炎はみるみる緑の森を赤く、そして灰に替える。
この島は何とも魅力のない島だった。ただ森が鬱蒼と生い茂り、食糧となる木は多くはない。ただ何百年もこの地に立ち続ける木々があるだけ。
人間と呼べるものは白い髪に紅い目を持った少年だけ。少年は島唯一の人間としてひとりで住んでいた。
いつ住み始めたのかはわからない。物心ついた時には、木々に囲まれ、動物達と共生する生活を送っていた。
悲鳴が少年の耳に届く。少年は木々と心を通わせる力があった。木々にこの世界の歴史や島での生活の仕方、人間と木々が共生していくための在り方を教わってきた。
少年にとってこの島は故郷であり、木々達は師であり、友でもあった。
『…今、助けるから……』
言葉とは裏腹に苦しむ友に差し向けるハズの手が、体が言うことをきかない。少年は火を放った海賊達に縄で縛られていたのだ。
(………)
『大丈夫、こんな縄すぐに解けるよ』
少年は縛られた身体を無理やり動かす、しかし縄が解ける様子はない。
(……)
『!』
パラッと数枚の葉が炎を纏いながら、少年を縛る縄へ落ちる。燃える葉はチリチリと煙を立て縄を焼いた。
プチン……
縄が切れる音と同時に少年を締めつけていた縄が緩む。少年は身体を開くように動かすと縄から逃れた。
『フレディ、ありがとう!』
(……)
少年は葉を落とした木を見上げ、礼を言う。そして周りの木々に言った。
『みんな、待ってて!火を消すから』
(……)
『え……』
少年は驚きの声を上げる。
『なんで…なんでみんなを置いて逃げないといけないんだ!!』
(……)
『消えない?そんなことない。火は海の水を汲んでくれば消せる!そう言ったじゃないか!!』
(……)
『そんな!!いやだ!おれはみんなを助ける』
少年は怒鳴った。微かに目には涙が溜まっている。
(……)
『人間のいる場所に行けだなんて、なんでだよ!みんなをこんな目に合わせたのはその人間だ!!人間の所なんかに行かない……!!』
(……)
『……!!』
少年の目が揺らぐ。一筋の涙が流れた。
(……)
(……)
(……)
『……みんな、』
(……)
次から次へとあふれる涙を止めることなく、少年はその美しい顔をゆがませていた。
【闇に生きた正義】
『"慈悲の羽根(メルシフル・ペルデ)"』
ピカカカァァ……!!
ルンぺンは"慈悲"の能力者であり、背中から羽根のようなカーテンを生やせ、そのカーテンに包まれた者を癒すことが出来た。
今もそのカーテンを使い、CP9では弟のような存在であるカクの手当をしていたのだ。
『終わったぞ』
「ありがとうな!」
ルンぺンはカクの頭をぽんぽんと叩くように撫でる。手当てをした後に必ずする本人も気づいていないくせだ。
カクはニコニコしながらその行為を受けていた。
「にしても、ルンぺンの能力はいつみても便利じゃのう」
『そうかもな』
「それにな。この能力、ルンぺンが持っておってよかったとわしは思うぞ」
『なぜだ?』
治療終わりに、コーヒーに口をつけるルンぺンは、怪訝な顔をした。
「考えてみろ!もし"慈悲"をルッチが持ってたら"こんなケガでくんじゃねェ、バカヤロウ"って言われそうじゃ。きっとルンぺンみたく優しくはしてくれんじゃろうしな」
『そうか。まぁ、おれは優しくしている覚えはないが……』
ルンぺンは口を閉じる。視線はカクの後ろにあるドアに向けられていた。
『……カク』
「ん?なんじゃ」
『後ろ』
「え……!?」
カクはビクッと後ろを振り向く。そこには腕を組んだルッチが立っていた。
「いい度胸だな、カク。心配しなくてもお前に"慈悲"なんてやらん」
「ルッチ……!!」
「治療が終わったんなら始末書を書け。今回の任務失敗はお前の責任だ」
「失敗しとらん!!ちょっと予定が変わっただけじゃ!!」
「任務は確実に遂行するものだ」
『はぁ……喧嘩は余所でやれ』
「ルンぺン~!!」
カクが不服そうな声を上げる。ルンぺンはめんどくさそうにそっぽを向いた。
「おいおい、何騒いでんだ」
「ジャブラ!!」
ジャブラが医務室にやってくる。ルンぺンは眉をひそめた。
『次から次へと……ケガでもしたのか?』
「何言ってんだ。今日、おれとお前で任務だ狼牙!!」
『?……何の話だ?』
「3日前に指令が出ていたはずだ。忘れてたのか?」
ルッチの問いにルンぺンは腕を組んだ。どうにも思い出せない。そんなことがあったのだろうか。
『3日前……』
「ルンぺン、どうしたんじゃ?」
『いや……。ジャブラ、その任務すぐ出るのか?』
「まだ時間に余裕はあるぜ」
『わかった。なら、おれは任務を確認してから合流する』
ルンぺンは黒衣を羽織ると、カク達をおいて外に出て行った。
「珍しいな。あいつが任務を忘れるなんて」
「ここのところ緊急任務が多かったからじゃろうか」
ジャブラとカクは首を傾げる。ルッチは眉をひそめた。
「……」
それから半年後。
今回の任務内容は海軍との共闘。GLのある国が政府に反旗を翻したのを受け、海兵が鎮圧するという大きな作戦への参加だった。
もちろん派手好きのスパンダムが要請を受けないわけはない。
そしてその作戦が今、第2段階へ移った。
「ルンぺン!第2段階へ移行する前に海兵達を回復させろ!!」
『……"黒い羽根(シュバルツペルデ)"』
ブワッ…!!とルンぺンの背中から黒い羽根が生える。大きく伸ばしたカーテンで海兵たちを一気に包み込む。
ピカカァァァ……!!
「「おおー!!」」
羽根に包まれた海兵達は歓声を上げた。
「すごい!!力が漲る!!」
「傷が癒えた!!」
「これで戦えるー!!」
「よくやったぞ!ルンぺン!」
スパンダムは誇らしげにルンぺンの肩をたたいた。
しかしルンぺンにギロリと睨みつける。その視線に危機を感じたスパンダムは、引き続き任務に励め!!と冷や汗を流しながら言うと、逃げるように海兵たちに指示を出しに行った。
『……っ』
ルンぺンは頭を押さえる。突然、耳鳴りと頭痛が襲ってきたのだ。
「大丈夫か?ルンぺン」
『……』
「ルンぺン?」
『!』
頭痛がおさまり顔をあげたルンぺン。
『……ああ、ルッチか』
「?」
その反応はルッチの存在に"今"気づいたようで、ルッチは違和感を覚えた。
「ルンぺン」
『なんだ?』
「……いや」
気のせいか。ルッチはいつもと変わらないルンぺンの様子に自分の考えを改めようとした。が―――
『ところでルッチ、作戦はいつから始まるんだ?』
「!?」
『予定の時刻はとっくに過ぎている。なぜ、海兵達は動かない?』
「ルンぺン……お前、」
『……なんだ?』
ルッチは自分の目を疑った。目の前にいるルンぺンはこの2時間程行われている戦闘の記憶はないように見えた。
自身も戦闘に参加し、"狂人"にもなったことも覚えていないのだろうか。
『どうした?ルッ……』
「!ルンぺン!!?」
ルンぺンは突然グラッとバランスを崩した。
『……』
「……」
緊急治療室と書かれた部屋、ルンぺンはそこで静かに眠っている。ルッチはガラス越しにそれを見ていた。
「ルッチ!!」
バタンとルッチがいる部屋のドアが勢いよく開かれる。そこにはカクとジャブラをはじめとしたCP9のメンバーが入って来た。
「静かにしろ。病室だぞ」
「……!!それどころじゃねェだ狼牙!!」
「ルンぺンが倒れたってどういうこと??」
「あのルンぺンがァああ~」
「バカヤロウ!!静かにしろって言ってんだ!!!」
「「「!!!」」」
ルッチが怒鳴る。これ程までに怒鳴るルッチも珍しい。
静まり帰る部屋。ルッチは髪をかき上げる。
「……。今から状況を説明する」
「「「……」」」
ルッチの言葉にみんなは静かに頷いた。
「ルンぺンは先の任務で倒れたまま昏睡状態が続いている」
「危ない状況なの?」
「命には別状はない」
「ならなんで起きんのじゃ?」
「……。ここから話すことはお前達の中だけにとめておけ。長官にも話すな」
「「「!!」」」
強い口調でルッチは言う。みな目を見張った。
「チャパ!?そんな重要なことなのか??」
「これを外部に漏らしたら、殺す」
「……!!」
「おいおい、なんなんだ??」
脅しにビビッたフクロウを尻目に、ジャブラはルッチに尋ねた。ルッチは奥歯をギッと噛む。
「……ルンぺンは記憶を失っている」
「「「記憶?」」」
「カク、ジャブラ。半年前のこと覚えているか?」
「「?」」
「何じゃ??」
「ルンぺンが任務を忘れた時があっただろう?」
「……。ああ、おれと2人の任務をすっぽかしそうになったあれか?」
「あれ?あれはただのド忘れだったんじゃ……」
「お前らはルンぺンに限ってそんなことがあると、本当に思ったのか?」
「「……」」
「確かにルンぺンが任務を忘れるなんてことないと思うわ。でも、ルッチ。
それならルンぺンは慢性的に記憶喪失を起こしていることになるわ。そんなことありえるの??」
カリファが尋ねる。それはもっともな疑問だ。カクも首を傾げる。
「そうじゃ。原因は何なんなんじゃ?」
「……不明だ。だが、ひとつの候補がある」
「「「?」」」
「今回倒れたのも、前回任務を忘れたのもその前にあることをしていた」
「「「あること??」」」
ルッチはルンぺンに目を向ける。まだ目覚める兆しはないようだ。
「ルッチ!!」
「……、あいつが記憶の欠落を見せたのは"慈悲"の能力を使った後だ」
「「「!!!」」」
「まさか能力を使ったから……!?」
「待てよ!!能力を使って記憶飛ぶなんてことあんのか!!?」
「おれが知るか。だが、悪魔の実は謎が多い。しかも、実際に起こってんだ」
「!!……だがよ!!今まで使っても何もなかったじゃねェか!」
「それはわからない」
ルッチははっきりと断言した。
「起こっていたのかもしれない」
「!?それは……」
「記憶が消えたのをルンぺンは私達に黙っていたってこと……??」
「……または記憶がなくなった記憶すら失くしたのかもしれない」
「そんな……!!」
「どうするんだ?」
「……」
皆に焦りの色が濃く出る。視線はルッチに集中した。
「このままじゃ、ルンぺンが!!」
「わかっている。だから、ここからはおれの提案だ」
ルッチはそう言うと、さっき決めたことを話し始めた。
―――2日後。
『……っ』
「ルンぺン!!」
ルンぺンは目を覚ます。カリファをはじめ、カクやフクロウ達は喜びの声をあげた。
『……なんだ、お前ら』
「なんだとはなんだ!!誰かが倒れたから見舞いに来たんだ狼牙!」
『……倒れた?誰が』
「チャパパパ!!自分のことだぞ、ルンぺン!」
『おれが……?』
ルンぺンは怪訝な顔をする。ルッチが腕を組んだ。
「疲労だそうだ。長官には連絡した」
『そんな必要はない……』
「リーダー命令だ。次に備えろ」
『……』
ルッチの強い口調に、ルンぺンは眉をひそめる。ルッチはきつめの口調で言った。
「決定事項だ」
『……わかった』
ルンぺンは渋々指示に同意した。皆から安堵の息をつく。
「ルンぺン、丸2日も食べてないからおなか減ったでしょ。何か食べたいものはない?」
『……任せる』
「わかったわ」
カリファはニコッとほほ笑んだ。
『ところでお前ら、おれが寝てる間に任務はなかったのか?ケガがあるなら治すぞ』
起き上がろうとするルンぺン、それをカクは押しとどめた。
「大丈夫じゃ!今回はかすり傷!これくらいなら自分の治癒力でなんとかなる」
「そうだ。ぶっ倒れたてめェから"慈悲"なんざ受けられるか。病人は寝てろ」
『……黙れ、馬鹿ジャブラ』
「なんだとォ!!」
「まぁまぁ。ジャブラもルンぺンも落ち着け」
ケンカに発展しそうな問答に、ブルーノは仲裁に入った。
「……カリファ、後を頼む」
「ええ」
その隣でルッチはカリファに指示を出すと、帽子をかぶった。
「お前ら、任務の時間だ。出るぞ」
「「「おう」」」
「ルンぺン、カリファ!いってくるぞ!」
『……ああ』
「いってらっしゃい!」
――――8日後
『……』
医務室から自室に移動したルンぺンは、カチャンとスプーンを置いた。カリファは本から顔を上げる。
「ルンぺン、どうしたの?おいしくない?」
『いや……』
ルンぺンは首を横に静かに振った。そしてカリファを見据える。
『カリファ』
「?」
『おれに何を隠している?』
「!……何の、話?」
カリファの声が少し震えていた。ルンぺンは見逃さない。
『ルッチ達はどうしたんだ?』
「……今回は長期任務で」
『1週間で"長期任務"とは言わない』
「!」
バサッとルンぺンはルッチ達の任務の資料を床に落とした。
「!……どうして、これを」
『任務を確認するのは当たり前のことだ』
「……。今はこれじゃなくて、新しい任務に。たまたま期間が重なったからそのまま次へ移行したの」
『そうか、ならその資料を見せろ』
「……わかったわ」
カリファはルンぺンに背を向け、任務資料を取りに行こうと一歩踏み出した。
『"偽造"ならいらないぞ』
「!」
『……図星か』
「……」
カリファはルンぺンに背を向けたまま、拳をギュッと握りしめる。
『カリファ、本当のことを言え』
「……」
『カリファ』
「ダメよ。教えない!」
『……そうか』
ルンぺンはベッドから起き上がった。そして掛けてあった黒衣を身にまとう。
カリファは振り返った。
「……動かないで、ルンぺン!ルッチの言うことを聞いて!ここで待機して」
『……』
カリファはルンぺンの前に両手を広げて立ちはだかる。
ルンぺンはそんなカリファに近づくと頬を優しく拭った。
『―――嘘を突き通したいなら、泣くな』
「……っ」
カリファの瞳から涙がボロボロと零れていた。ルンぺンの手の甲にもスッと流れる。
女とはいえCP9であるカリファがここまで追いつめられているのは相当の事態だと容易に推察出来た。
『ルッチ達はもう帰ってるんだな?』
カリファは静かに頷いた。
CP9医務室
『……』
せわしなく動く医療班を目の端に捉えながらも、ルンぺンの視線はルッチやカク、ジャブラ達に注がれていた。
「……ルンぺン」
『何が起こった?』
「任務で負傷したよう……」
『"あの内容"で!!こいつらがこれほどケガはしない!!!』
ガンッとガラスを叩くルンぺン。赤く光る目に報告をしていた政府の人間が息を飲んだ。
『全て話せ。話さないなら殺す』
「ヒィ…!!」
政府の人間はルンぺンの圧力で、後ずさる。額からダラダラと汗が流れていた。
「ちょ、長官の命令で、今回の任務は"CP9"だけで行ったのです」
『!……1万を超える反乱分子の討伐をこいつらだけにやらせたのか』
「は、はい。……先日の作戦を"途中離脱"した代わりに…」
『"途中離脱"……?』
「?ご自身が倒れられたじゃないですか」
『おれが…任務中に?』
「!必要のない話はしないで!」
カリファの抗議の声が耳を通り抜ける。ルンぺンはガラスにもたれかかった。
『……まさか、な』
ルンぺンは小さく呟くと、ギリッと奥歯を噛んだ。
「ですから、そうなるのは当然で……」
『黙れ』
「!」
ルンぺンは政府の人間を睨みつけた。
『上に伝えろ』
「え?」
『CP9を手中にし続けたいのならば、判断を誤るな。―――"次はない"』
「!!!わ、私はこれで失礼します!」
バタバタと政府の人間は、慌ただしく逃げ帰る。きっとスパンダムの耳にすぐ届くだろう。
「ルンぺン……」
自分を見上げるカリファ。ルンぺンはカリファの目をみた。
『お前達に迷惑をかけたな』
カリファはブンブンと首を横に振る。ルンぺンはスッと目を逸らした。
『本当は知っていた』
「?」
『おれの記憶が"欠落"していることを』
「!」
『最初は"狂人"のせいで欠落したのかと思っていた。だが……』
「なぜ!!……相談してくれなかったの!?」
『……しても、仕方がない』
「"慈悲"が原因なら!能力を使わなければいいじゃない!」
カリファの言葉にルンぺンは肩を竦める。
『……そうはいかない。お前達はまだまだ弱いからな』
ルンぺンはガラス越しに負傷しているメンバーの顔を見る。重症でぴくりともしないメンバーにルンぺンはスッと目を閉じた。
―――お前には守るべき人間達が見つかる。それを守るのが、お前の運命(さだめ)だ
燃え盛る炎に焼かれながら木々達がルンぺンに残した言葉。ルンぺンはそんなものの存在を信じていなかった。
人間なんて、身勝手で慢心ばかりが目立つ、世界で一番嫌いな種族、守る価値なんてない。そう思っていた。
だが、何故だろう。
目の前にいるカリファや眠っているルッチ達には、木々に感じた"愛しい"思いを抱く。
『……やっぱりアナタ達はすごいな』
「?」
ルンぺンの言葉を聞き取れなかったカリファは、目を丸くする。ルンぺンは視線をまたカリファに向けた。
『安心しろ。おれが必ず助けてやる』
「!ダメよ!!今のみんなに"慈悲"を使えば、きっと全てを忘れてしまう!!」
『いいんだ』
「!」
『そうなったとしても今こいつらを救えるのはおれだけだ』
「……」
カリファはギュッと拳を握りしめた。ルンぺンの声に顔を上げることができない。
『カリファ』
「……」
『おれが全てを忘れても、お前らはおれを覚えているだろう?』
「!!」
カリファは驚いて顔を上げた。ルンぺンの表情がいつもより優しく感じる。
『おれはそれでいい。そうであればいつかまたお前達に会えるんだからな』
「…!」
『お前達はおれが守る』
ルンぺンはそういうとカリファの頭をポンポンと2回軽く叩くように撫でた。
そして立ち尽くすカリファを置いてルッチ達のいる医務室へ入る。ルンぺンの指示で医者達は部屋を出された。
「ルンぺン!!」
カリファがガラスを叩く。ルンぺンは苦笑した。
『泣くなと言っただろ』
「ルンぺン……!!」
カリファの瞳から大粒の涙が流れる。ルンぺンはそんなカリファに背を向けた。
『"慈悲のカーテン(メルシフル・ペルデ)"』
フワッとルンぺンの背中から大きく、黒い羽根(カーテン)が生えた。その羽根は医務室にいるルッチ達を全て包めるように部屋いっぱいに広がる。
『……別れは言わない。お前達とはまた会う気がするからな』
ルンぺンはそう言って微笑むと、黒い羽根で全てを包み込んだ。
チリンチリンチリン
「ごめんください」
来客を知らせる鈴が鳴る。樹木医という看板を掲げているドアを開けたカリファは、中の住人を呼んだ。
『カリファか、いらっしゃい』
呼び鈴に誘われ、中から現れたのは白衣姿のルンぺン。優しい印象を与えるキレイな笑みでカリファを出迎えた。
『どうぞ、上がって。ルッチやカクも来てるよ』
「ありがとうこざいます」
カリファは笑顔で言葉返すとルンぺンの後について行く。
「ルンぺン、客かのォ?」
ルンぺンがドアを開けたところで暢気なカクの声が聞こえた。
『ああ、客だ。お前らんとこの秘書さんだぞ』
「カリファ…!?」
「!」
「あなた達またサボっているんですか!セクハラです」
部屋に入ったカリファは、メガネをなおしながら怒る。
「カリファ、落ち着くっポー」
「わ、わしらは昼休憩で来とるだけじゃ。サボってはおらん」
「休憩時間はとっくに終わっています!みんなが探していましたよ!」
「「……うっ」」
「カリファは何をしに来たんだっポー?」
「もちろん、打ち合わせよ。明日の資材チェックのね」
「「……ふーん」」
「何かありますか?」
ピクピクと眉をひきるつカリファ。ルッチとカクは黙り込んだ。
『フフ…。カリファ、勘弁してやってくれ。おれが足止めしてたんだから』
見兼ねたルンぺンが助けに入る。カリファは仕方ないわね…と肩を竦めた。
『でもなんでかな。お前達といると妙に落ち着く』
「「「!」」」
『嘘じゃないぞ。おっと、茶を淹れてこないとな。カリファも適当に座ってて』
ルンぺンは3人に背を向けるとキッチンに入って行った。
「「「……」」」
ルンぺンの背中を見送った3人の目には寂しい色が混じる。カリファは手帳を抱きしめた。
「本当に覚えてないのね、私達のこと…」
「最初は名前すら覚えておらんかったしなァ」
「……」
ルンぺンは能力を使ったあの日、ありとあらゆる記憶を失った。それは自身のことに始まり、自身が能力者であること、CP9であったこと、守り抜いた仲間がいたこと
……それら全てを彼は"慈悲"の力に変え、皆を助けたのだった。
それを知ったルッチ達は、ルンぺンを政府の目から逃がす画策を起こし、見事成功。
その後ルンぺンはW7の端っこで樹木医として静かに暮らしていた。
「……これでいい」
「「?」」
「あいつが能力を使わないようにするためには、おれ達のことを忘れていた方がいいんだ」
「そう…かも知れないわね」
「……なんだか淋しいのォ」
『なに落ち込んでんだ?』
「「「!?」」」
ティーカップを4つ持って来たルンぺンが部屋に入ってくる。話の内容は聞こえなかったようだ。
『悩み、おれが聞いてやれることなら聞いてやるぞ』
ティーカップを配りつつ、ルンぺンは言う。しかしルッチは首を横に振った。
「なんでもないっポ!」
『そうか。はい、カク』
「おう……っと!」
カクは受け取ったティーカップから手を滑らす。とっさにカップが割れないように手を伸ばした。
バシャーン…!!
「「!!」」
「……っ」
『カク!』
「大丈夫じゃ、ティーカップは割っておら…」
『バカ野郎!ティーカップなんてどうでもいい。手を冷やすぞ』
キッチンに走って戻ったルンぺンは氷を袋に詰めて帰ってきた。
「そんな大げさな」
『大げさじゃない。やけどは皮膚細胞の壊死を意味する。処置は早い方がいいんだ』
「……う、うぬ。悪かった」
ルンぺンが氷をカクの手にのせながら、叱りつける。カクは圧され、素直に謝った。
『お前らは大丈夫か?』
「…ええ」
「大丈夫だっポ」
『良かった。カクは手の熱が取れるまで、そのままじっとしてろ』
「わかっとる」
カクは素直に頷く。ルンぺンは口元を緩めた。
『お前程の船大工がこんなところで手を痛めてはもったいないからな』
そう言うと、ルンぺンはぽんぽんとカクの頭を軽く撫でた。
「「『!』」」
皆が一瞬、目を見張った。ルンぺンの手がピタッと止まる。
『…?どうしたんだ?』
ルンぺンは黙り込んだ3人に首を傾げる。結局、3人はそのことについて話はしなかった。
「じゃあ、ルンぺン。明日、よろしくお願いします」
『ああ。7時に伺わせてもらうよ』
「じゃあの!ルンぺン」
「また来るポー!」
『おう。いつでも来い!カクはちゃんと医者に見てもらえよ!』
夕方のオレンジ色の空をバックに帰っていく3人をルンぺンは見えなくなるまで見送る。
『……』
(……)
ザザーッと診療所近くの大樹の枝が揺れた。ルンぺンは振り返る。
『ああ。大丈夫だ。痕は残らないさ』
ルンぺンは木の言葉に、笑ってそう答えた。
『でも……本当におれはアイツらの仲間なのか?』
ルンぺンはカクの頭を撫でた手を見る。
(……)
『疑ってる訳じゃない。……本当に思い出せないんだ』
ルンぺンは手から3人が歩いて行った道へ目を向ける。
(……)
『いや、尋ねることはしない』
(……)
『思い出したらおれから会いに行くよ。そんな気がするんだ』
fin
***********
話は飛び飛びでわかりにくかったかもしれません;;
たぶん本気の初期設定でした。暗いかな;;
能力で記憶を無くすやら、原作にまったくかまない設定でいいのかなぁ~ってことで今の設定になりました。
白い髪を持つ少年は膝をつく。少年の目には少年の瞳の色のように赤く燃え盛る炎。
炎はみるみる緑の森を赤く、そして灰に替える。
この島は何とも魅力のない島だった。ただ森が鬱蒼と生い茂り、食糧となる木は多くはない。ただ何百年もこの地に立ち続ける木々があるだけ。
人間と呼べるものは白い髪に紅い目を持った少年だけ。少年は島唯一の人間としてひとりで住んでいた。
いつ住み始めたのかはわからない。物心ついた時には、木々に囲まれ、動物達と共生する生活を送っていた。
悲鳴が少年の耳に届く。少年は木々と心を通わせる力があった。木々にこの世界の歴史や島での生活の仕方、人間と木々が共生していくための在り方を教わってきた。
少年にとってこの島は故郷であり、木々達は師であり、友でもあった。
『…今、助けるから……』
言葉とは裏腹に苦しむ友に差し向けるハズの手が、体が言うことをきかない。少年は火を放った海賊達に縄で縛られていたのだ。
(………)
『大丈夫、こんな縄すぐに解けるよ』
少年は縛られた身体を無理やり動かす、しかし縄が解ける様子はない。
(……)
『!』
パラッと数枚の葉が炎を纏いながら、少年を縛る縄へ落ちる。燃える葉はチリチリと煙を立て縄を焼いた。
プチン……
縄が切れる音と同時に少年を締めつけていた縄が緩む。少年は身体を開くように動かすと縄から逃れた。
『フレディ、ありがとう!』
(……)
少年は葉を落とした木を見上げ、礼を言う。そして周りの木々に言った。
『みんな、待ってて!火を消すから』
(……)
『え……』
少年は驚きの声を上げる。
『なんで…なんでみんなを置いて逃げないといけないんだ!!』
(……)
『消えない?そんなことない。火は海の水を汲んでくれば消せる!そう言ったじゃないか!!』
(……)
『そんな!!いやだ!おれはみんなを助ける』
少年は怒鳴った。微かに目には涙が溜まっている。
(……)
『人間のいる場所に行けだなんて、なんでだよ!みんなをこんな目に合わせたのはその人間だ!!人間の所なんかに行かない……!!』
(……)
『……!!』
少年の目が揺らぐ。一筋の涙が流れた。
(……)
(……)
(……)
『……みんな、』
(……)
次から次へとあふれる涙を止めることなく、少年はその美しい顔をゆがませていた。
【闇に生きた正義】
『"慈悲の羽根(メルシフル・ペルデ)"』
ピカカカァァ……!!
ルンぺンは"慈悲"の能力者であり、背中から羽根のようなカーテンを生やせ、そのカーテンに包まれた者を癒すことが出来た。
今もそのカーテンを使い、CP9では弟のような存在であるカクの手当をしていたのだ。
『終わったぞ』
「ありがとうな!」
ルンぺンはカクの頭をぽんぽんと叩くように撫でる。手当てをした後に必ずする本人も気づいていないくせだ。
カクはニコニコしながらその行為を受けていた。
「にしても、ルンぺンの能力はいつみても便利じゃのう」
『そうかもな』
「それにな。この能力、ルンぺンが持っておってよかったとわしは思うぞ」
『なぜだ?』
治療終わりに、コーヒーに口をつけるルンぺンは、怪訝な顔をした。
「考えてみろ!もし"慈悲"をルッチが持ってたら"こんなケガでくんじゃねェ、バカヤロウ"って言われそうじゃ。きっとルンぺンみたく優しくはしてくれんじゃろうしな」
『そうか。まぁ、おれは優しくしている覚えはないが……』
ルンぺンは口を閉じる。視線はカクの後ろにあるドアに向けられていた。
『……カク』
「ん?なんじゃ」
『後ろ』
「え……!?」
カクはビクッと後ろを振り向く。そこには腕を組んだルッチが立っていた。
「いい度胸だな、カク。心配しなくてもお前に"慈悲"なんてやらん」
「ルッチ……!!」
「治療が終わったんなら始末書を書け。今回の任務失敗はお前の責任だ」
「失敗しとらん!!ちょっと予定が変わっただけじゃ!!」
「任務は確実に遂行するものだ」
『はぁ……喧嘩は余所でやれ』
「ルンぺン~!!」
カクが不服そうな声を上げる。ルンぺンはめんどくさそうにそっぽを向いた。
「おいおい、何騒いでんだ」
「ジャブラ!!」
ジャブラが医務室にやってくる。ルンぺンは眉をひそめた。
『次から次へと……ケガでもしたのか?』
「何言ってんだ。今日、おれとお前で任務だ狼牙!!」
『?……何の話だ?』
「3日前に指令が出ていたはずだ。忘れてたのか?」
ルッチの問いにルンぺンは腕を組んだ。どうにも思い出せない。そんなことがあったのだろうか。
『3日前……』
「ルンぺン、どうしたんじゃ?」
『いや……。ジャブラ、その任務すぐ出るのか?』
「まだ時間に余裕はあるぜ」
『わかった。なら、おれは任務を確認してから合流する』
ルンぺンは黒衣を羽織ると、カク達をおいて外に出て行った。
「珍しいな。あいつが任務を忘れるなんて」
「ここのところ緊急任務が多かったからじゃろうか」
ジャブラとカクは首を傾げる。ルッチは眉をひそめた。
「……」
それから半年後。
今回の任務内容は海軍との共闘。GLのある国が政府に反旗を翻したのを受け、海兵が鎮圧するという大きな作戦への参加だった。
もちろん派手好きのスパンダムが要請を受けないわけはない。
そしてその作戦が今、第2段階へ移った。
「ルンぺン!第2段階へ移行する前に海兵達を回復させろ!!」
『……"黒い羽根(シュバルツペルデ)"』
ブワッ…!!とルンぺンの背中から黒い羽根が生える。大きく伸ばしたカーテンで海兵たちを一気に包み込む。
ピカカァァァ……!!
「「おおー!!」」
羽根に包まれた海兵達は歓声を上げた。
「すごい!!力が漲る!!」
「傷が癒えた!!」
「これで戦えるー!!」
「よくやったぞ!ルンぺン!」
スパンダムは誇らしげにルンぺンの肩をたたいた。
しかしルンぺンにギロリと睨みつける。その視線に危機を感じたスパンダムは、引き続き任務に励め!!と冷や汗を流しながら言うと、逃げるように海兵たちに指示を出しに行った。
『……っ』
ルンぺンは頭を押さえる。突然、耳鳴りと頭痛が襲ってきたのだ。
「大丈夫か?ルンぺン」
『……』
「ルンぺン?」
『!』
頭痛がおさまり顔をあげたルンぺン。
『……ああ、ルッチか』
「?」
その反応はルッチの存在に"今"気づいたようで、ルッチは違和感を覚えた。
「ルンぺン」
『なんだ?』
「……いや」
気のせいか。ルッチはいつもと変わらないルンぺンの様子に自分の考えを改めようとした。が―――
『ところでルッチ、作戦はいつから始まるんだ?』
「!?」
『予定の時刻はとっくに過ぎている。なぜ、海兵達は動かない?』
「ルンぺン……お前、」
『……なんだ?』
ルッチは自分の目を疑った。目の前にいるルンぺンはこの2時間程行われている戦闘の記憶はないように見えた。
自身も戦闘に参加し、"狂人"にもなったことも覚えていないのだろうか。
『どうした?ルッ……』
「!ルンぺン!!?」
ルンぺンは突然グラッとバランスを崩した。
『……』
「……」
緊急治療室と書かれた部屋、ルンぺンはそこで静かに眠っている。ルッチはガラス越しにそれを見ていた。
「ルッチ!!」
バタンとルッチがいる部屋のドアが勢いよく開かれる。そこにはカクとジャブラをはじめとしたCP9のメンバーが入って来た。
「静かにしろ。病室だぞ」
「……!!それどころじゃねェだ狼牙!!」
「ルンぺンが倒れたってどういうこと??」
「あのルンぺンがァああ~」
「バカヤロウ!!静かにしろって言ってんだ!!!」
「「「!!!」」」
ルッチが怒鳴る。これ程までに怒鳴るルッチも珍しい。
静まり帰る部屋。ルッチは髪をかき上げる。
「……。今から状況を説明する」
「「「……」」」
ルッチの言葉にみんなは静かに頷いた。
「ルンぺンは先の任務で倒れたまま昏睡状態が続いている」
「危ない状況なの?」
「命には別状はない」
「ならなんで起きんのじゃ?」
「……。ここから話すことはお前達の中だけにとめておけ。長官にも話すな」
「「「!!」」」
強い口調でルッチは言う。みな目を見張った。
「チャパ!?そんな重要なことなのか??」
「これを外部に漏らしたら、殺す」
「……!!」
「おいおい、なんなんだ??」
脅しにビビッたフクロウを尻目に、ジャブラはルッチに尋ねた。ルッチは奥歯をギッと噛む。
「……ルンぺンは記憶を失っている」
「「「記憶?」」」
「カク、ジャブラ。半年前のこと覚えているか?」
「「?」」
「何じゃ??」
「ルンぺンが任務を忘れた時があっただろう?」
「……。ああ、おれと2人の任務をすっぽかしそうになったあれか?」
「あれ?あれはただのド忘れだったんじゃ……」
「お前らはルンぺンに限ってそんなことがあると、本当に思ったのか?」
「「……」」
「確かにルンぺンが任務を忘れるなんてことないと思うわ。でも、ルッチ。
それならルンぺンは慢性的に記憶喪失を起こしていることになるわ。そんなことありえるの??」
カリファが尋ねる。それはもっともな疑問だ。カクも首を傾げる。
「そうじゃ。原因は何なんなんじゃ?」
「……不明だ。だが、ひとつの候補がある」
「「「?」」」
「今回倒れたのも、前回任務を忘れたのもその前にあることをしていた」
「「「あること??」」」
ルッチはルンぺンに目を向ける。まだ目覚める兆しはないようだ。
「ルッチ!!」
「……、あいつが記憶の欠落を見せたのは"慈悲"の能力を使った後だ」
「「「!!!」」」
「まさか能力を使ったから……!?」
「待てよ!!能力を使って記憶飛ぶなんてことあんのか!!?」
「おれが知るか。だが、悪魔の実は謎が多い。しかも、実際に起こってんだ」
「!!……だがよ!!今まで使っても何もなかったじゃねェか!」
「それはわからない」
ルッチははっきりと断言した。
「起こっていたのかもしれない」
「!?それは……」
「記憶が消えたのをルンぺンは私達に黙っていたってこと……??」
「……または記憶がなくなった記憶すら失くしたのかもしれない」
「そんな……!!」
「どうするんだ?」
「……」
皆に焦りの色が濃く出る。視線はルッチに集中した。
「このままじゃ、ルンぺンが!!」
「わかっている。だから、ここからはおれの提案だ」
ルッチはそう言うと、さっき決めたことを話し始めた。
―――2日後。
『……っ』
「ルンぺン!!」
ルンぺンは目を覚ます。カリファをはじめ、カクやフクロウ達は喜びの声をあげた。
『……なんだ、お前ら』
「なんだとはなんだ!!誰かが倒れたから見舞いに来たんだ狼牙!」
『……倒れた?誰が』
「チャパパパ!!自分のことだぞ、ルンぺン!」
『おれが……?』
ルンぺンは怪訝な顔をする。ルッチが腕を組んだ。
「疲労だそうだ。長官には連絡した」
『そんな必要はない……』
「リーダー命令だ。次に備えろ」
『……』
ルッチの強い口調に、ルンぺンは眉をひそめる。ルッチはきつめの口調で言った。
「決定事項だ」
『……わかった』
ルンぺンは渋々指示に同意した。皆から安堵の息をつく。
「ルンぺン、丸2日も食べてないからおなか減ったでしょ。何か食べたいものはない?」
『……任せる』
「わかったわ」
カリファはニコッとほほ笑んだ。
『ところでお前ら、おれが寝てる間に任務はなかったのか?ケガがあるなら治すぞ』
起き上がろうとするルンぺン、それをカクは押しとどめた。
「大丈夫じゃ!今回はかすり傷!これくらいなら自分の治癒力でなんとかなる」
「そうだ。ぶっ倒れたてめェから"慈悲"なんざ受けられるか。病人は寝てろ」
『……黙れ、馬鹿ジャブラ』
「なんだとォ!!」
「まぁまぁ。ジャブラもルンぺンも落ち着け」
ケンカに発展しそうな問答に、ブルーノは仲裁に入った。
「……カリファ、後を頼む」
「ええ」
その隣でルッチはカリファに指示を出すと、帽子をかぶった。
「お前ら、任務の時間だ。出るぞ」
「「「おう」」」
「ルンぺン、カリファ!いってくるぞ!」
『……ああ』
「いってらっしゃい!」
――――8日後
『……』
医務室から自室に移動したルンぺンは、カチャンとスプーンを置いた。カリファは本から顔を上げる。
「ルンぺン、どうしたの?おいしくない?」
『いや……』
ルンぺンは首を横に静かに振った。そしてカリファを見据える。
『カリファ』
「?」
『おれに何を隠している?』
「!……何の、話?」
カリファの声が少し震えていた。ルンぺンは見逃さない。
『ルッチ達はどうしたんだ?』
「……今回は長期任務で」
『1週間で"長期任務"とは言わない』
「!」
バサッとルンぺンはルッチ達の任務の資料を床に落とした。
「!……どうして、これを」
『任務を確認するのは当たり前のことだ』
「……。今はこれじゃなくて、新しい任務に。たまたま期間が重なったからそのまま次へ移行したの」
『そうか、ならその資料を見せろ』
「……わかったわ」
カリファはルンぺンに背を向け、任務資料を取りに行こうと一歩踏み出した。
『"偽造"ならいらないぞ』
「!」
『……図星か』
「……」
カリファはルンぺンに背を向けたまま、拳をギュッと握りしめる。
『カリファ、本当のことを言え』
「……」
『カリファ』
「ダメよ。教えない!」
『……そうか』
ルンぺンはベッドから起き上がった。そして掛けてあった黒衣を身にまとう。
カリファは振り返った。
「……動かないで、ルンぺン!ルッチの言うことを聞いて!ここで待機して」
『……』
カリファはルンぺンの前に両手を広げて立ちはだかる。
ルンぺンはそんなカリファに近づくと頬を優しく拭った。
『―――嘘を突き通したいなら、泣くな』
「……っ」
カリファの瞳から涙がボロボロと零れていた。ルンぺンの手の甲にもスッと流れる。
女とはいえCP9であるカリファがここまで追いつめられているのは相当の事態だと容易に推察出来た。
『ルッチ達はもう帰ってるんだな?』
カリファは静かに頷いた。
CP9医務室
『……』
せわしなく動く医療班を目の端に捉えながらも、ルンぺンの視線はルッチやカク、ジャブラ達に注がれていた。
「……ルンぺン」
『何が起こった?』
「任務で負傷したよう……」
『"あの内容"で!!こいつらがこれほどケガはしない!!!』
ガンッとガラスを叩くルンぺン。赤く光る目に報告をしていた政府の人間が息を飲んだ。
『全て話せ。話さないなら殺す』
「ヒィ…!!」
政府の人間はルンぺンの圧力で、後ずさる。額からダラダラと汗が流れていた。
「ちょ、長官の命令で、今回の任務は"CP9"だけで行ったのです」
『!……1万を超える反乱分子の討伐をこいつらだけにやらせたのか』
「は、はい。……先日の作戦を"途中離脱"した代わりに…」
『"途中離脱"……?』
「?ご自身が倒れられたじゃないですか」
『おれが…任務中に?』
「!必要のない話はしないで!」
カリファの抗議の声が耳を通り抜ける。ルンぺンはガラスにもたれかかった。
『……まさか、な』
ルンぺンは小さく呟くと、ギリッと奥歯を噛んだ。
「ですから、そうなるのは当然で……」
『黙れ』
「!」
ルンぺンは政府の人間を睨みつけた。
『上に伝えろ』
「え?」
『CP9を手中にし続けたいのならば、判断を誤るな。―――"次はない"』
「!!!わ、私はこれで失礼します!」
バタバタと政府の人間は、慌ただしく逃げ帰る。きっとスパンダムの耳にすぐ届くだろう。
「ルンぺン……」
自分を見上げるカリファ。ルンぺンはカリファの目をみた。
『お前達に迷惑をかけたな』
カリファはブンブンと首を横に振る。ルンぺンはスッと目を逸らした。
『本当は知っていた』
「?」
『おれの記憶が"欠落"していることを』
「!」
『最初は"狂人"のせいで欠落したのかと思っていた。だが……』
「なぜ!!……相談してくれなかったの!?」
『……しても、仕方がない』
「"慈悲"が原因なら!能力を使わなければいいじゃない!」
カリファの言葉にルンぺンは肩を竦める。
『……そうはいかない。お前達はまだまだ弱いからな』
ルンぺンはガラス越しに負傷しているメンバーの顔を見る。重症でぴくりともしないメンバーにルンぺンはスッと目を閉じた。
―――お前には守るべき人間達が見つかる。それを守るのが、お前の運命(さだめ)だ
燃え盛る炎に焼かれながら木々達がルンぺンに残した言葉。ルンぺンはそんなものの存在を信じていなかった。
人間なんて、身勝手で慢心ばかりが目立つ、世界で一番嫌いな種族、守る価値なんてない。そう思っていた。
だが、何故だろう。
目の前にいるカリファや眠っているルッチ達には、木々に感じた"愛しい"思いを抱く。
『……やっぱりアナタ達はすごいな』
「?」
ルンぺンの言葉を聞き取れなかったカリファは、目を丸くする。ルンぺンは視線をまたカリファに向けた。
『安心しろ。おれが必ず助けてやる』
「!ダメよ!!今のみんなに"慈悲"を使えば、きっと全てを忘れてしまう!!」
『いいんだ』
「!」
『そうなったとしても今こいつらを救えるのはおれだけだ』
「……」
カリファはギュッと拳を握りしめた。ルンぺンの声に顔を上げることができない。
『カリファ』
「……」
『おれが全てを忘れても、お前らはおれを覚えているだろう?』
「!!」
カリファは驚いて顔を上げた。ルンぺンの表情がいつもより優しく感じる。
『おれはそれでいい。そうであればいつかまたお前達に会えるんだからな』
「…!」
『お前達はおれが守る』
ルンぺンはそういうとカリファの頭をポンポンと2回軽く叩くように撫でた。
そして立ち尽くすカリファを置いてルッチ達のいる医務室へ入る。ルンぺンの指示で医者達は部屋を出された。
「ルンぺン!!」
カリファがガラスを叩く。ルンぺンは苦笑した。
『泣くなと言っただろ』
「ルンぺン……!!」
カリファの瞳から大粒の涙が流れる。ルンぺンはそんなカリファに背を向けた。
『"慈悲のカーテン(メルシフル・ペルデ)"』
フワッとルンぺンの背中から大きく、黒い羽根(カーテン)が生えた。その羽根は医務室にいるルッチ達を全て包めるように部屋いっぱいに広がる。
『……別れは言わない。お前達とはまた会う気がするからな』
ルンぺンはそう言って微笑むと、黒い羽根で全てを包み込んだ。
チリンチリンチリン
「ごめんください」
来客を知らせる鈴が鳴る。樹木医という看板を掲げているドアを開けたカリファは、中の住人を呼んだ。
『カリファか、いらっしゃい』
呼び鈴に誘われ、中から現れたのは白衣姿のルンぺン。優しい印象を与えるキレイな笑みでカリファを出迎えた。
『どうぞ、上がって。ルッチやカクも来てるよ』
「ありがとうこざいます」
カリファは笑顔で言葉返すとルンぺンの後について行く。
「ルンぺン、客かのォ?」
ルンぺンがドアを開けたところで暢気なカクの声が聞こえた。
『ああ、客だ。お前らんとこの秘書さんだぞ』
「カリファ…!?」
「!」
「あなた達またサボっているんですか!セクハラです」
部屋に入ったカリファは、メガネをなおしながら怒る。
「カリファ、落ち着くっポー」
「わ、わしらは昼休憩で来とるだけじゃ。サボってはおらん」
「休憩時間はとっくに終わっています!みんなが探していましたよ!」
「「……うっ」」
「カリファは何をしに来たんだっポー?」
「もちろん、打ち合わせよ。明日の資材チェックのね」
「「……ふーん」」
「何かありますか?」
ピクピクと眉をひきるつカリファ。ルッチとカクは黙り込んだ。
『フフ…。カリファ、勘弁してやってくれ。おれが足止めしてたんだから』
見兼ねたルンぺンが助けに入る。カリファは仕方ないわね…と肩を竦めた。
『でもなんでかな。お前達といると妙に落ち着く』
「「「!」」」
『嘘じゃないぞ。おっと、茶を淹れてこないとな。カリファも適当に座ってて』
ルンぺンは3人に背を向けるとキッチンに入って行った。
「「「……」」」
ルンぺンの背中を見送った3人の目には寂しい色が混じる。カリファは手帳を抱きしめた。
「本当に覚えてないのね、私達のこと…」
「最初は名前すら覚えておらんかったしなァ」
「……」
ルンぺンは能力を使ったあの日、ありとあらゆる記憶を失った。それは自身のことに始まり、自身が能力者であること、CP9であったこと、守り抜いた仲間がいたこと
……それら全てを彼は"慈悲"の力に変え、皆を助けたのだった。
それを知ったルッチ達は、ルンぺンを政府の目から逃がす画策を起こし、見事成功。
その後ルンぺンはW7の端っこで樹木医として静かに暮らしていた。
「……これでいい」
「「?」」
「あいつが能力を使わないようにするためには、おれ達のことを忘れていた方がいいんだ」
「そう…かも知れないわね」
「……なんだか淋しいのォ」
『なに落ち込んでんだ?』
「「「!?」」」
ティーカップを4つ持って来たルンぺンが部屋に入ってくる。話の内容は聞こえなかったようだ。
『悩み、おれが聞いてやれることなら聞いてやるぞ』
ティーカップを配りつつ、ルンぺンは言う。しかしルッチは首を横に振った。
「なんでもないっポ!」
『そうか。はい、カク』
「おう……っと!」
カクは受け取ったティーカップから手を滑らす。とっさにカップが割れないように手を伸ばした。
バシャーン…!!
「「!!」」
「……っ」
『カク!』
「大丈夫じゃ、ティーカップは割っておら…」
『バカ野郎!ティーカップなんてどうでもいい。手を冷やすぞ』
キッチンに走って戻ったルンぺンは氷を袋に詰めて帰ってきた。
「そんな大げさな」
『大げさじゃない。やけどは皮膚細胞の壊死を意味する。処置は早い方がいいんだ』
「……う、うぬ。悪かった」
ルンぺンが氷をカクの手にのせながら、叱りつける。カクは圧され、素直に謝った。
『お前らは大丈夫か?』
「…ええ」
「大丈夫だっポ」
『良かった。カクは手の熱が取れるまで、そのままじっとしてろ』
「わかっとる」
カクは素直に頷く。ルンぺンは口元を緩めた。
『お前程の船大工がこんなところで手を痛めてはもったいないからな』
そう言うと、ルンぺンはぽんぽんとカクの頭を軽く撫でた。
「「『!』」」
皆が一瞬、目を見張った。ルンぺンの手がピタッと止まる。
『…?どうしたんだ?』
ルンぺンは黙り込んだ3人に首を傾げる。結局、3人はそのことについて話はしなかった。
「じゃあ、ルンぺン。明日、よろしくお願いします」
『ああ。7時に伺わせてもらうよ』
「じゃあの!ルンぺン」
「また来るポー!」
『おう。いつでも来い!カクはちゃんと医者に見てもらえよ!』
夕方のオレンジ色の空をバックに帰っていく3人をルンぺンは見えなくなるまで見送る。
『……』
(……)
ザザーッと診療所近くの大樹の枝が揺れた。ルンぺンは振り返る。
『ああ。大丈夫だ。痕は残らないさ』
ルンぺンは木の言葉に、笑ってそう答えた。
『でも……本当におれはアイツらの仲間なのか?』
ルンぺンはカクの頭を撫でた手を見る。
(……)
『疑ってる訳じゃない。……本当に思い出せないんだ』
ルンぺンは手から3人が歩いて行った道へ目を向ける。
(……)
『いや、尋ねることはしない』
(……)
『思い出したらおれから会いに行くよ。そんな気がするんだ』
fin
***********
話は飛び飛びでわかりにくかったかもしれません;;
たぶん本気の初期設定でした。暗いかな;;
能力で記憶を無くすやら、原作にまったくかまない設定でいいのかなぁ~ってことで今の設定になりました。