烏養くんのカノジョ
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「あっれー?めずらしいじゃん、どした?」
「いや、用はない」
「じゃあなんできたの?」
「用がなければ来たらいけないのかよ、上がるぞ」
「いいけどさー、なんもないよ、お昼インスタントラーメンでいい?」
「あー、なんでも。あ、これ今朝の白菜」
「さいこー、ありがとう」
ぼろいアパートの
ひとりで住むには少し広い部屋。
ゼータクに寝る部屋と仕事部屋を分けている。
雪国の田舎のぼろい商店街の裏なんて
家賃もたかが知れているけど。
「ちょっと早いけど、年越しラーメンかな」
「これこれ、インスタントでここまで美味いかってな」
「ほんとほんと。チキラーとかもあれはあれで好きだけどね」
「たしかに」
「つーかアンタこんなとこ来てていいの?もうすぐ全国大会でしょうが」
「年末年始だからな、完全にオフにはできねえけど今日は朝練で切り上げた」
「しっかりがんばんなさいよ、コーチ」
「お前までその呼び方やめろ」
年末はテレビも特番ばっかり
今年1年流行った歌は
店でラジオで死ぬほど聞いた。
健康のためになるのかどうかはわからないけど
言い訳程度に野菜の入ったラーメン
チャーシューのかわりに
あらびきウインナー
俺に多めによそったのか
とっとと食べ終えた名前は
こたつの上に山積みされた
みかんを剥き始めた。
俺は高校時代レギュラーではなかった
じじいが俺に厳しかったとかではなく
それが俺の実力だった。
そんな俺がコーチとして臨む春高、
落ち着いていられるわけもない。
ゴミ捨て場の決戦のチャンスという思いや
やつらとひとつでも勝ち進みたいという思いや
さっそく負けてあっという間に帰る羽目に
なりやしないかという不安や
「悪いな、ずっと店番任せて」
「いいってことよ。1日だらだら仕事してるより、こっちも効率よくなってきちゃった」
「さすがだな」
「あの子たち、しょっちゅうくるけどみんないい子だよ。一緒にしっかり戦っておいで」
「ああ、ほんと、まじで、いいやつらだ」
「ったく、堂々としなさいコーチ!私が付いていかないと不安?」
「あ?そうだっつったら来んのかよ」
「ばーか、応援は冴子に任せたわ」
「…そーかお前ら知り合いなんだった」
ちょっと脂っこい口の中
歯磨きでちょっとすっきりさせて
部屋の中では吸うなと言われてるから
ベランダに出ようとすると
今日洗濯干してるからだめ、と
小さい窓から上半身を乗り出して。
「煙が入るぞ」
「ちょっとなら匂いつけっていいよ、だいぶ慣れたから」
「ん、わりーな」
振り返らなくてもわかるほど
気配とか、音とか、
歯磨きをした名前が
皿を片してそれから
またみかんを剥き始める。
「いついくの?」
「前日、4日に出発だ」
「パンツ忘れんなよ」
「忘れるかよ」
「いいのか?負けるまで毎日臭いパンツはくんか?」
「今時パンツくらいどこでも売ってんべ、しかも東京だぞ」
「ウノは?」
「俺がウノ持ってって誰とすんだよ」
ごろっと寝転んでる気配
飲み込んだみかんが変なところに入ったらしく
派手に咳込み始めた
たばこの火を消して
携帯灰皿に仕舞う
まだ胸を叩きながら咳をしている
名前の腕を引っ張って
背中をどんどん叩いた
「みかんに殺されるとこだったわ」
「あんなくらいで死ぬかよ」
めげずにみかんを手に取る
名前の指先から
それを奪い取って
自分の口に放り込む
抗議の顔を向けた名前の口
後頭部に掌を回して
「…みかん味」
「こっちはタバコ味」
「いいか」
「だめって言ったら?」
「この手はなんだ」
***
「寒い!」
「服着ろよ風邪ひくぞ」
「ばかだなー繋心は、寒いけど裸で首までお布団に入ってるのが気持ちいいんじゃん」
「つーかお前足つめたすぎだろ」
「こないだおばちゃんがね、あったかソックスくれたのめっちゃいいんだよ~」
「は?母ちゃん?」
「おばちゃんとオソロって言ってた」
「あー、あれかまじか、母ちゃんとおそろか」
冷たい脚をぴたりとよせて
なんだか温まってきた布団と
腕にうずもれてくる名前と
「私は東京に行かないけどさ、テレビ見ながら応援してるから」
「…ほんとに、お前が店番とか引き受けてくれて助かった。試合も見せてやりてえけど、」
「いいの、わたしはね、わたしのできることで繋心の役に立てるのが嬉しいの。こっちはまかせて」
「ありがとな」
「まったく、ぼけっとしてたら許さないからね」
素直に感謝をすると
照れて顔を見ないのは昔から。
抱き着く腕の強さ
ぎゅっと密着してくる膨らみに
いつもなら頭の中で九九を唱えたりしてみるところだけど。
大学の頃好きだった子には
俺が距離を縮められないでいる間に
あっという間に彼氏ができてしまった。
正月におすわりで同級生が集まった
その時久しぶりに出会ったのが
幼馴染の名前だった。
虫取りや魚釣りが好きな活発な小学生だったが
大学ではパソコンの勉強をしていた。
落ち込んでいた俺に向かって
私はずっと繋心が好きだったのに、と
でかい声で笑ってビールを飲みほした
雰囲気もへったくれもない衝撃の告白に
たっつぁんの驚いた顔
俺は酔いが吹き飛んで頭を抱えた
あの日のことを最近よく思い出す。
手をつなぐとかそういう
十代のような些細なスキンシップに
時間がかかった
互いの家に上がり込むことはしょっちゅうだったが
こういうことを意識するまでにも
実際にするまでも時間がかかった
いつか使うのかと財布に忍ばせたゴムは
半年以上日の目を見なかった。
照れ臭くて、今でも
だけど今日は、なんか違う。なんか。
力なく体重をかけて抱き着いてきた名前の
背中に腕を回して抱き寄せる。
その掌をそっと、背中から腰をなぞって、
「あ、ちょ、どしたの、んっ!」
「なんだ、濡れてるぞ」
「だ!さっきまで!んー!」
抗議の声さえ貪るように
名前、名前、
ずっと近くにいたから
ずっと近くにいたけど
ほしい、