社会人
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[つかれた、早く帰りたい]
[残業?]
[遅くなりそうです。先に寝てて]
[了解。今日ご飯作ったから、ちんしてたべてください]
[ありがとうあきちゃん]
(帰りたい…)
終業間際に新人に追加の仕事持ってくるとか
ばかなの?
明日までにほしいんだけどとか
じゃあもっと早く持って来いよ…
助かったー、おごるよという課長に
それはまた今度にとっときますと断り
ヒールの靴で駅へと急ぐ。
あービール冷えてるかな
あきちゃんとっくに寝てるだろうな
「あ、やっと帰ってきた」
「あきちゃん?なんで起きてるの?」
「レポートあったんで。ごはん温めとくから、お風呂入っておいで」
「え…神様なの」
「いいから」
ノートパソコンを閉じて
台所に向かったあきちゃん
てっきり寝てしまったと思ったから
会えてうれしい。
もともと学校に近かった私の部屋
あきちゃんちの方が駅に近くて便利なので
すっかりここに居ついている。
「何作ってくれたの?」
「作ったってほどでもないけど。チャーハンとサラダとスープ」
「わーい!あきちゃんチャーハンおいしいからすき」
「名前さんに習ったんですよ」
おいしいバニラアイスまで用意していたあきちゃんは
おいしいごはんを頬張る私の
向かいに座ってこっちを見ている
「おつかれさま」
「やー、あきちゃんいなかったら確実にご飯食べつつテレビ見ながら寝てるわ」
「歯磨きして、一緒に寝よっか」
「最高じゃん」
***
仕事終わりにぎりぎり、
都内から横浜まで新幹線なんてゼータクか?
そんなことは置いといて
新幹線のトイレで普段着とスニーカーに着替えた
仕事の荷物と脱いだ服を抱えて
走る、走る、あー今日くらい早退すればよかった。
「名前、こっちこっち!」
「フゥー!!間に合った!」
「汗だくじゃねえか。麦茶ならあるけど飲むか」
「うい!岩泉サイコー」
代表デビューの連絡を受けたのは
一か月前。
今日は早く帰りたかったのにな
アイドルの歌が終わって
一列に並んだ選手の中に見慣れた顔
「こんだけ必死できて出番なかったら殺すわ」
「安心しろ、先発らしい」
「まじ!?めっちゃテンション上がる」
及川徹の日本代表デビュー
わざわざ私たちに連絡よこして、
関係者席っぽいところに通される
しっかり集中して
にこやかなあいつ。
調子を崩すとすぐ抱き着いてきたり
分析のやりすぎで寝不足になったり
尽くしても尽くしてもやりきれないような
辛い時期を耐えて耐えて
自分や仲間やバレーにそっぽ向かずに
小さな石を積むように
やってきたあいつの努力が
今日、ひとつ報われた気がする。
(と、言ったら怒られるかな)
静かに、だけど
拍手をしながら
口を一文字に結んでいる岩泉は
あのトスを自分が打ちたかったと
本当は思っている。
私たちはあいつのことを
貶すし蹴るしおちょくるけど
だいすきだ、がんばれ。
「勝った…及川めっちゃ良かった…てかキモ…サーブ良すぎ?」
「昔からよかったけどな」
「つーか俺ら同じチームだったとか信じられん」
「ほんと、こんなとこまで来るとはねえ…」
試合を終えた及川は
こちら側からよく見えるところに陣取って
ストレッチをしながらきょろきょろしている、
ふ、と目が合って
ぱっとよく知る笑顔になった。
なんだ、なんだおまえ。
年上のチームメイトと談笑しながら
裏へ引き上げていく及川を見送って
ざっと帰っていく観客の流れを
ぼんやり眺めながら、
「どーする?この後、明日休みだし一杯いっとく?」
「いいね、久しぶりだし」
「あ、まって及川からラインきた、こっち側の廊下の、トイレのとこ来てって」
「呼び出す場所が便所とかうぜえな」
「くせえのまちがいじゃない?」
「あ、クソ川」
「うそ!久しぶりの再会なのに!俺今日活躍したのにヒドい!!」
「岩泉は悔しいんだよ、及川のトスで他の奴らが活躍するのがね。許しておやり」
「岩ちゃん…」
「おい憐みの目で見るな!名前も妙な事言い出すなよ」
「わはは!岩泉がキレた!!」
いつものうちら、にあいつが戻ったと
そう思ったとき
汗のにおいに包まれる、ああ及川、
「…おつかれさん、よく頑張ったね」
「おい、国見に怒られるぞ」
「はー、足ふるえた…」
「わはは、仕方ないからあきちゃんには内緒にしといてあげる」
掌が震えてる。
及川の背中越しに
苦笑するまっつんと目が合う。
「もー、どーすんの?私毎回来れないよ、今日だけ優しくしてやるから、次から自信もってしゃきっとしろ、しゃきっと!」
「ん、いまだけ」
「もう大丈夫なはずなんだけどな、うちらがいなくても。でもほんとにやばいときは、助けに行くから」
「…名前ちゃん男前すぎ…」
苦しいほどに、ぎりぎりと
抱きしめていた力を緩めると
顔上げた及川はもう笑顔だった。
みんなとハグしたら、元気出たーと
及川はロッカールームに引き上げていった。
「あんなにやばいと思ってなかった」
「ほんと、飄々とやってんなと思ったけど」
「なんかでももう、大丈夫だね」
****
「あれ、早かったですね。先輩たちと一緒って言ってたしてっきりお迎えコースかと思ってました」
「今日はたくさんは飲んでないから!」
「及川さんどうでした?けっこういい感じでしたよね」
「いや、でもけっこうぎりぎりだったみたい」
「……あー、でも、そうですか」
「ん?」
「いいえ、なんでもないです」
大荷物を提げて帰ってきた名前さんは
ちょっと昔のような目をしている。
あの頃、国見ちゃんおいで、と
呼ばれるのが好きだった。
テレビの前できらきらして見えた及川さんは
ほんとうは震えていたに違いない。
おれは中学の頃から及川さんを知ってるけど
そういうところは岩泉さんや
先輩たちにしか見せてなかった、たぶん。
「及川さん、会えたんですか」
「うん、試合の後呼ばれてみんなで顔見てきた」
「そうですか」
「あきちゃん」
「はい?」
「…眉間に皺よってる」
「え」
「おいで」
腕の中に、ついつい収まる
かなわない、だいすきだ。
*****