再会
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「孝くんさあ」
「なに?」
「…やっぱり、別れよう」
「え?」
「もうね、辛いの。誰と比べてるの?」
「え?比べるって?」
「気づいてない?あなたいつも私のこと、誰かと比べながら見てるよ。ごめんね、私もう耐えられない」
大学3年の夏
断る理由もなく
なんとなく付き合い始めた彼女は
白くて細くて小さくて柔らかくて
守ったり、手を引いてあげたくなるような子で。
高校時代につるんでいた友人を思えば
手を触れるのも怖いほど脆そうだった。
突然一方的に別れを告げられても
もがくこともあがくこともできず
置いてけぼりにされてしまった。
孝くん、という甘ったるい呼び方に
慣れることはできなかった。
「それ、お前さあ、ホントに心当たりないの?」
「だってさ、俺彼女なんかできたことねえもん。比べるなんて勘違いだべ、言いがかりだ」
「お前、かわんないなあ」
「ねえ全然話がかみ合わないんだけど」
帰省してきた大地からの連絡で
仙台から駆け付ける。
居酒屋で思わず愚痴をこぼすと
コイツにまで怪訝な顔をされる、なんなんだもう。
「あ!さわむらー!」
「おーこっちこっち!」
「わあ!スガ?スガじゃん全然変わってないねー」
「……名前?」
「うん、名前だよ!もー澤村が急に呼ぶから大慌てで来たの、仕事帰りなんだー」
「そっか、名前短大だったもんな」
「てかスガも水臭いなー、帰ってきたなら連絡ちょうだいよ、あんなに毎日つるんでたじゃん」
「悪いな急に、スガがなんか女々しいことばっか言ってるから名前に聞いてもらおうと思って」
「なにそれー!てかね、私車だから飲めんの、うちでのもーよ」
「え?さすがにそれはご迷惑だから、」
「あ、あんね、先月から一人暮らししてるん。あんま物なくてそこそこキレイやしどーぞ!」
「ほんと?そりゃ名前も飲めた方がいいもんな、いこいこ」
「え?え?」
「近所に24時間のスーパーあんの、梅酒買ってかーえろ」
「え?」
数年ぶりの再会に
俺はちょっと距離の取り方を
忘れてしまっている。
卒業してから今日まで
メールや電話をすることはあったけど
一度も出会っていなかった。会おうと思えばいつでも会える距離なのに。
「ほい、お二人さん飲んでなね、おかずくらい作ったげるから」
「なんか名前すっかり大人だなー」
「でしょでしょ、見直した?毎日膝丈のスカート履いてんよ」
「あはは、想像つかねえ!なあスガ」
「ん、あー、うん」
部屋の隅には
見慣れたラケットバッグ
名前の肌の色はあの頃より
随分白くなっている。
仕事の関係で週に3回ナイター練習しているから
日焼けをしなくなったと自慢げな名前は
いまだ県内トップ10くらいの腕前で
国体選手に2度選ばれている。
「わー、だし巻き?すげえじゃん」
「へへ、料理はそこそこ得意なのよ」
「そーいえば調理実習とかやったなあ」
「あー懐かしいな」
「スガが唐辛子持参しててさ」
「そーそー!あれはほんと引いたわ…それでスガなに?女々しい話って、お姉さんが聞いてあげるからどーんとおいで」
「やー名前に話すほどのことじゃ、」
「スガがなー!彼女に振られたんだって」
「げ!スガ彼女なんかいたのこのやろうリア充め」
「なんて言われたんだっけ、ほら」
「え、なになに、修羅場だったの?殴られた?泣かれた?」
「全然、静かに、あっとゆーまだべ。私を誰を比べてるの?って」
「げ!なにスガいつの間にちゃらおになってんの」
「違う!身に覚えはない!だからなんだかなんのことだか俺さっぱりわかんなくて女子まじこわい!」
「がはは!うける!スガ見た目に反して雑なとこあるからなー!」
「そーかー?俺はその子が言ったことよくわかるんだけどなあ」
「え?なに大地突然」
「あ、俺かあちゃんに買い物頼まれたから帰るわ、あとは二人でよく話せば?」
「…え?さわむら?」
「じゃあ名前、また誘うわ」
「ん、ありがとね」
「それでスガは傷心なんだ」
「んーそれが、そうでもなくて不思議なんだべー」
「それ、相手の女の子ほんと可哀想」
「名前もそーゆうこと言うんだ」
「あ、状況は想像だけどね」
「そっちこそどうなの、社会人だし彼氏の一人や二人さ、」
「ふはは、だめだね私、色気はないしガサツだし、別に彼氏欲しいと思わないしね」
「あー、うん、俺もそーだわ」
「私たちのんきだねー、周りはみんなラブラブイチャイチャしてんのにねー」
「なんか名前と喋ってるとばからしくなるなあ」
「えー!わたしはねー!やっぱスガの隣は居心地いーよ!」
「うん、そりゃそーだ」
フリルのついたブラウスにフレアスカートなんて
OLらしい恰好から
高校時代を彷彿とさせる
タンクトップに短パンになった名前は
自分で作った飯をうまいうまいと頬張りながら
梅酒をロックですすっていく。
「もう時効だと思うから話すけどさー、総体の後だったと思うけど、めっちゃ落ち込んだときあるんだよね」
「うん、覚えてる」
「私中学くらいの頃からさー長らく及川に言い寄られてたんだけどさー」
「…っえ!?」
「あの時ね、はじめちゃんちで及川に軽く襲われかけたんだよね」
「何を突然、ちょっと話についていけないんだけど」
「当然はじめちゃんちだったし、全然未遂だったんだけど、顔とかすっごい気持ち悪い触られ方してさ。それで、スガにだって下心がないとは限らない、みたいなこと言われたの」
「おお…寝耳に水だ」
「すっごいイラっとしてね、だけどスガね、強くぎゅーってしてくれてね、ホントどーでもよくなった。スガの隣は私にとっては居心地が良くて、だから下心とか、どうでもよくなった。スガがいれば、まあいっかって」
「及川め、名前さん純粋培養なのになんてことを」
「なにそれちょっとバカにしないでよね。スガになら別に何されてもいいってゆーか、なんて言ったらいいんだろ、でも今更ときめいて恋になったりしないよね、不思議だなあ」
「名前、おまえそんなこと考えてたんだ」
「そりゃねー、わたしだって一応頭つかって生きてるんだから」
「なあ名前」
「んー」
「…付き合おうか」
「…だからさ、私も考えたんだって」
「何を」
他人事みたいに
名前がぐぬぬとか言って
梅酒ロックをぐいっと煽る
「だってさーおかしいと思うのよね、私たちそんじょそこらのカップルより仲良いし普段ベタベタしてると思うわけ」
「ん、まあそうだな」
「で、なにが違うかって、やっぱり及川の言うところの下心の有無とか、約束とか、先のこととか、ばっかしだと思う」
「うん、まあ、そうかも」
「別にそんなもんどうでもいいって思う反面、スガがいなくなったら困るからそーゆうとこから逃げてた」
「名前がいなくなるなんて俺、考えられないよ」
「でも、最近思うよ。2年後スガが地元に就職するとは限らないし私だって他所に行くかもしれない。どっちかが仕事変わったり、例えばお互い結婚なんかすれば、きっとどんどん疎遠になるよ」
「…っ名前、」
「きっと、そう」
「大人みたいなこというなよ」
「だめだよあたしたち、時間は過ぎちゃうんだから、どんどん勝手に流されてくよ、ほんとだよ」
「だけど名前はずっと、」
ふ、と
頭の中に甘ったるい声が響く。
孝くん、誰と比べてるの?
それから見透かしたような大地の目。
ああそうか、俺はずっと名前を見てたのか。
「俺はこの先名前と一緒がいい。俺たちの間に今までなかったものがそれをかなえるのに必要なら、俺は迷わず選ぶよ」
「…スガのさ、そーゆう頭のいい言い回しが嫌い」
すぐ隣にいる名前に
昔と同じように、手を伸ばせない。
あんなに近くにいる間に
俺たちの間には高くて丈夫な壁が
できていたのかも、しれなくて、
壊したくないのは果たして何なのか。
ぎゅうと握られた手に
顔を上げると
ちょっと顰めた名前の顔。
「泣きそうなら我慢しなくていいべ」
「してない」
「ちょっと勇気がいるんだけど、俺と付き合って」
「私今までと変わる自信ないよ」
「いいから」
「名前の隣で安心してたい」
「あんたくらいよそんな妙なこと言うの」
◎おとなのかいだんのぼる