誰にもなびかないマネージャー
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三井さんのシュートは綺麗なだけじゃなく速い。そんなババッと放って入るんだからすごいけど、赤木や桜木がいんだから外れたっていーんだよ!と言われて、なるほどと頷く。うちのチームにはいないがさつで雑でジャイアンみたいな人だけどなんか憎めないし、その指先は間違いなく繊細だ。俺も人と話すのは嫌いじゃないのでのんびり歩いて食堂にむかう。
「あっ、あいつお前の後輩だろ」
「え?」
お盆を持った三井さんの視線の先に、まどかちゃんと赤木さんが向かい合って食事している。俺がよくわかってないうちに、三井さんがおーす!と元気よくまどかちゃんの隣に座ってしまった。
「あっ三井さん、その節はどうも」
「おーよ、いざとなったら俺のダチ呼ぶからよ」
「三井先輩それはまずいですよ!まずはお兄ちゃんから!」
「はは、そりゃそーだ!おい神食わねえの」
「あっじんさん!おつかれさまです」
「もー、いつの間によその先輩にお世話になってんの」
まどかちゃんの右隣の椅子を引くと、正面から湘北の彩子さんがあ!ちょっと!と大きな声を出してお盆をおいた。
「三井先輩がよその子に絡んでる」
「いいだろお前人のことをいじめっこみたいに!アイス買ってやっただろ!」
「いやあ、でも不良らしいんで…神さん気を付けてくださいよ、人気のないところでふたりきりになったりしたらだめですよ」
「えっ!?待って情報が多いんだけど」
「ロン毛で宮城さんの歯折ったんでしたっけ」
「俺が折られたの!あいつの歯ァ、モップで殴っても折れなかった」
「は?」
「モップってあれよ、持ち手じゃなくて金具の方よ。三井先輩が非力でリョータのカルシウムがすごいのよ」
「番長が応援に来るんでしょ?」
「おう!広島にも来てたぞ!」
「えー!まってまって湘北怖いんですけど」
「安心してください、いざとなったらお兄ちゃん呼ぶんで」
「おうおう赤木のビンタは効くぞ~」
「アゴ割れたんでしたっけ」
「バカヤロー例え話だ!お前記憶力半端すぎだろ」
「あら~海南はうちよりうんと偏差値高いんですよ三井先輩。あんなに赤点とってる人が何言ってるんですか」
「おめーら寄ってたかって俺のことを…神たすけろ!」
「えっ…………どこまで本当の話かわかんなくてすごくこわいんですけど」
「だいたいほんとよ」
「すごいな、よくマネージャーできるね」
「うちは武器が合法だからね」
「こいつのハリセンいてーんだよ、やられてみろよ」
「遠慮しときます」
三井さん、突っ込みどころ満載だ。不良らしいけど年下の女の子3人からぼろくそにされてゲラゲラ笑っている。反応に困る。元々オブラートを使わないまどかちゃんはともかく、赤木さんもけっこうするどい。山王の選手たちが別のテーブルから、俺たちの様子を見て打ち震えていたことなんて知るよしもない、午後も頑張るぞ。
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「田岡先生」
「ん」
「仙道さんが彦一くんを呼んでくださるって言われたんですが」
「うん、呼んでくださるなんてありがたいもんじゃないけどな」
「いつ頃来られますかね」
「電話したらな、朝から来るってはりきっとった。ビデオカメラもテープもあいつが持ってくる」
「あらー!助かります!あとはなんとかなりそうです。あれ?彦一くんって苗字は何て言うんでしたっけ」
「相田」
「あいだ……ん?」
「聞いたことある名前だろう、明日あのキョーレツな姉ちゃんも来るぞ」
「あ!相田さん!ああ!なるほど!」
つながりました!とうれしそうに笑った海南のマネージャーにため息をつく。湘北からもマネージャーが来てるが流石にどの子もはきはきして物怖じせず気が利いている。忙しそうなのをみるとあの彦一でも一応連れてきた方がよかったのではと3回くらいは思ったが、たぶんあいつはいても邪魔だったと思うので、出番が来たならそれはいいことにしよう。
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「あ、ノブ」
「まどか、ぅぷ、」
目があって、久しぶりだなあと思った。朝御飯こそならんで食べてるけど、わたしの苦手なものを引き取ってくれてるだけでそんなにたくさん話す時間もないし。
クーラーボックスに氷をいれてあちこちに配って歩いていると、ちょうど体育館から軒下に出てきたノブと鉢合わせた。わたしの名前を呼んで口を押さえたノブは、かろうじて側溝にたどりついて咳込んで吐いた。慌てて背中をさすると、震えながらまた吐いている、驚いた。ホースがなかったのでその辺にあったバケツに水をいっぱいいれていって、手と口を濯がせる。蹲ったのを遠慮なく引っ張り起こして、肩貸して、軒下になるべくそっと寝かせる。中に入ってさっき置いたばかりのドリンク一本とタオルを二枚かっぱらって、一枚は頭のしたに、もう一枚は濡らして目元に。口に小さい氷をひとついれたけど、全部されるがままだ。
「あんた、人の顔見て催すなんてあんまりじゃんか」
「わり」
「ちょっと休みな、明日は練習試合あるし」
「ん」
フォワードはなかなか激しく練習からやりあってる。うちからはノブの他に武藤さんが。流川くんに仙道さん福田さん、そしてあの沢北さんに松本さん。そりゃゲロ吐くのはあんただわ。このメンツ武藤さんが飄々としてるのは流石だと思うけど。
中から顔出して様子をうかがった松本さんは、わたしと目があっておっ、と一瞬身構えたけど、すぐにボトルを持ったままノブの横に腰を下ろした。
「間違ってねーと思うぞ。がんばれよ」
「…す」
ノブにじゃあ、と声をかけると、おー、と弱々しい返事があった。松本さんにもお礼を言って立ち上がる。
トーナメントというのは酷なもので、優勝しなければ負けて終わるわけだ。一回戦負けも悔しいけど、決勝で負けるのも悔しい。ノブは広島から帰った翌朝は、目の下に隈を拵えていた。ここに来てからあんまり話もしてなかった。バスケのことはまだよくわからないけど、ノブのことはよくわかる。あいつがわたしのこと、眼中にないほど夢中になっているようなときは、放っておくのが一番いいってわかってる。だから久々にばっちり目があって、どれほどしんどいかなんだか伝わってきてしまった。だからってわたしにできることは何もないので、立ち上がり際ぎゅっと手を握った。
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俺は天才だと本気で信じるために、がむしゃらに努力してきた。幸い体力はある方だし、1年でスタメンになれたのもラッキーだった。でかい口を叩くのも、半分本気のもう半分は、自分をあとに引けなくするためだった。そんなことすら馬鹿みてえと思わされるような、ヒリヒリした空気を纏ったやつに囲まれる。同じ1年の流川はここぞとばかりに山王の奴らやセンドーに挑みまくっている。あの時は決着つかなかったと思ったが、正直今は自信がない。やるしかない。
せかせか働いていたあいつと、ひさびさにばっちり目があったら、体の力が抜けてしまった。
「ほら、口洗いな!手もね」
「ん、わりい」
「いーってことよ」
バケツに汲んできたばかりの水で、うがいをして、口の周りを洗って、顔と手を流して、そのまま立ち上がれなくなって蹲った。バケツを片してきたまどかは、容赦なく俺を正面から抱き起こす。もうちょっとおおきいおっぱいだったらなあ、と思う余裕もない。
「さすがにだっこはできないから、そこまで歩いてよ」
「ひでー冗談」
「まじだわ」
軒下のひんやりしたところに寝転がると、ひんやりしっとりした掌が両頬にふれる。はーあ、こんなだっせーとこ、こいつにしか見せらんねえ。
タオルで目元を覆われて、わかんなかったけどバッシュの足音がする。間違ってねーと思う、と声をかけてくれた松本さんは、武藤さん曰く沢北がいなきゃどこでもエースの実力者らしい。
まどかが握ってくれた手の感触を確かめながらからだを起こしてスポドリを飲んでいると、武藤さんがひょっこり顔を出した。
「あれ、おめーの片割れは?」
「とっくにいませんよ」
「あっそ」
「武藤さんやっぱすげーっす、今ちょっときついっす」
「まーな、俺はタメに牧がいたから入学早々突きつけられたからな。牧と自分を比べてもなんも良いことねえから。なるべくフラットでいて、いつ出番来ても力出せるのが俺の強みよ」
「そっすか……」
「あっち側に行くのはな。いくら昨日の自分より強くなっても、もっとはやく進んでくようなやつらばっかだからな。でもまあお前はせっかくまだ1年なんだから、今のうちにジタバタもがいとけよ。足止めたら届かねーのは間違いないんだから」
「なんか…武藤さんがそんなこと考えてたなんて知りませんでした」
「軽やかに見えた方がモテそうじゃん」
「はは」
「もーちょっと休んでこい、原田んこと泣かすなよ」
「うっす」
ほい、と氷で冷たくしたタオルをくれて、武藤さんは戻っていった。あっちがわ、という言い方が胸にはりつく。情けねえ、と自分に向けたいらだちが、蝉の声でぼやぼやになっていく。
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「あ」
「お」
風呂上がりにちょうどよく、また原田に出会う。沢北がこっぴどく絞られたのは当然耳に入っているので、慌てて目線を斜め上にずらす。
「そんな露骨に、なんかすみません」
「いや」
「今日、ありがとうございました」
「清田のことか」
「はい」
自販機の横のソファに座って水を飲み始めた原田の横に、なるべく間をとって座る。飲みます?と聞かれたが迷わず遠慮する。
「幼馴染みって言ったか」
「そうなんです。私にとっては家族なんで」
「それであそこまで」
「いや、でも、バスケのことはよくわからないので。ちゃんと上手な人がああ言ってくれて、元気でたと思います」
「海南で1年からスタメンなら十分なのにな」
「いや、でも、今がんばりたいんだと思うんで。なんとなくですけど」
「そんなもんか?」
なんとなく、と言って、やっぱり丁寧に礼を述べてきた原田になんと返事しようか考えていると、身内がぞろぞろ風呂からでてきて俺は一気に針のむしろだ。
「松本、スケベだピョン」
「神奈川まで来てナンパか」
「あっ!すみません!わたしが呼び止めて」「松本がモテてる」
「松本さんずるいっす!俺もまどかちゃんと話したいのに!」
「うわ!出た!」
「沢北お前はひっこんどけ」
「ひどい!」
「うちのが今日お世話になったので、お礼を言ってたんです」
「清田か?」
「あいつはガッツあるな。2年後が楽しみだ。さすが海南だわ」
「それ聞いたら元気百倍だと思います」
「なんだそれ」
じゃ、おやすみなさい!とさっさと立ち去った原田に取り残された俺は、今度こそ本当に針のむしろになった。
「好感度上げやがって」
「感想は?」
「友達思いの…いいこだな…」
「目が泳いでるピョン」
「………いい匂いがして…口呼吸して耐えた…」