誰にもなびかないマネージャー
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体育館ではポジションごとの練習をしている。堂本先生はミキオくんをなんとかしたいらしくセンターのところに付きっきりだ。午前中の白くて強い日差しを浴びながら洗濯物を干す。夏はすぐ乾くのでいい。空になったかごを持ち上げたところで、牧さんに呼ばれて小走りに駆け寄る。黙って歩く牧さんの後ろをついて歩くと、角を曲がったとこに腕を組んで仁王立ちの宮城さん、手を後ろに回して気を付けの深津さん、そして一番背が高いのにすっかりしょんぼり縮こまった沢北さんがいた。ただならぬ雰囲気に牧さんの顔を見ると、聞いたぞ、と一言。
「宮城さん」
「お前な、ちゃんと大将の耳に入れとかねーとこいつまたやるぞ」
「大将って、」
「お前んとこも、こいつんとこも、両方」
牧さんがちょっと眉毛をさげる。言ってみろって感じのときにオブラートに包んだってなんの意味もない。
「別に性欲は否定しませんよ、ノブの部屋にわかりやすくエロ本が隠してあるのもそれが武藤さんから回ってきてるのも知ってますし」
「えっ!」
「牧さん」
「あっすまん」
「寒いとき厚着して、暑いとき薄着するのに男も女もありませんからね。薄着の方が体型はわかるし沢北さんの性癖に興味はないけど感想持つくらいは自由ですよそりゃあ。でもそれをさあ、本人に対して態度にしたり言葉にしたりするのは違うと思います。やめてほしいです。合意のある特定の相手じゃないと許されないと思います。セクハラですセクハラ」
「おい沢北、聞いてんのか?」
「う、すみませんでした」
「悪かった」
横にいた深津さんがあんまり深く頭をさげるのを横目で見て、沢北さんも頭をさげる。朝からヘビーだ、深津さんのピョンもない。
「俺も悪かったな、気軽に気を付けろとか言うもんじゃなかった」
「や、普段ほんとそういう嫌な思いはしてないので。武藤さんなんかここ来てから顔見たらよそのやつがいるからって言ってくるし、心配してくれてるのはわかってます」
「うん、よかった」
「沢北はバカだから何かあったら俺に言えピョン」
「はいピョン」
「おい」
「宮城はいいのか?」
「えっ?牧さんと深津さんのあとに喋ることなんかねえっすよ。よーし解散」
「沢北は河田んとこいくピョン。一発きめてもらうピョン。お前はアンパンマンとかがんこちゃんのレベルの情操教育からやり直しピョン。親の顔が見てみたいピョン」
「いてててててて知ってるでしょ俺の親~~~!!!!」
引き摺られていく沢北さんを見送って、ながーいため息をつくと、牧さんがわたしの背中の真ん中をぽんと叩いた。大きくてあったかい手のひらの感覚が薄いTシャツ越しに伝わってくる。ぱんぱんと両手で頬を叩いて、宮城さんにお礼を言って仕事に戻った。
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高頭先生に呼ばれていくと、明日練習試合をすることになった、と言われた。相手は海南大バスケ部、ほとんどはうちのOBで牧さんたちの先輩にあたる人たちだ。何時に何人来て何試合して何時に帰るかという情報から、椅子やタオルやドリンクの準備を決める。体育館の入り口と食堂の連絡板にも予定を書き込む。2階から三脚でビデオを撮るのと、スコア係もいる。明日の午後は忙しくなりそうだ。
「洗濯は後回しになっても仕方ないわね」
「スコアは彩子さんか晴子ちゃんに頼みたいです。わたし番号追うのがギリで」
「そーよね、初心者だもんね」
「得点めくったりは?選手にやってもらおうか」
「牧さんに相談してみます」
「うん、じゃあまた食事のときに話そう」
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「まきさーん」
いつも通りの軽やかな声がして振り返ると、ちょっといいですか、と原田に呼ばれる。
「明日の練習試合のことで」
「俺だけでいいのか?」
「えーっと、」
ぐるんと見渡すと深津さんに藤真さん、宮城さんに仙道さん。
「キャプテン集まってました?」
「や、みんなポイントガードだ」
「なるほど」
「わりぃちょっといいか」
正座をして紙を床に広げる原田の周りに、みんながわらわら集まってくる。
「スコアは彩子さんに頼んだのであとは得点と時計と審判なんですけど、どうしましょう。あとカメラってわたし詳しくないんですけど、回しっぱなしにしてていいんですかねえ」
「あー、カメラなら彦一呼ぶ?喜んでくると思うけど」
「なるほど、その手がありましたか!要チェックの!それはぜひ」
「ん、じゃあ先生に言っとく」
「ありがとうございます」
「空いたやつが審判と時計やればいいだろ。めくりは女子ふたりいける?」
「や、わたしはできればフリーで。ドリンクの補充とかもろもろあるので」
「確かになあ。まあでも手はあるから、誰かに来てもらうほどじゃない」
「よかった、助かります。練習止めてすみません」
「おつかれ」
いつも通りのマネージャーに、俺はちょっと安心している。媚びないぼかさないへつらわない、元気で素早いマネージャーだ。沢北もばかなことしたもんだ、うちのやつらは割と順序と時間をまちがえずに関わってきてると思うが、目があったときのあのちょっと上がる口角のかわいさを、あいつは知らないんだもんな。