誰にもなびかないマネージャー
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「まきさーん!明日の撤収のことなんですけど、これ神奈川チームのやつです、山王のバスの時間とか入ってないんですけどなんか聞いてませんか!」
「そりゃお前俺より深津に、」
「聞いてないピョン。夜行に乗るのは知ってるピョン」
「先生たち何してんだろ」
「俺が一昨日行ったときは部屋で飲んでたぞ」
「えっ!?」
「田岡先生と堂本先生が肩組んでた」
「…よくわかんないけど行って聞いてきます」
「ん、ついてく」
「いいですよそんくらい!外出るわけじゃないし」
「バカおまえ、おっさんが3人で飲んでるとこに女子高生ひとりで入ってくのは先生たちがまずいだろ」
「なるほど!さすが日頃老けて見られるだけのことはありますね」
「もういいから、ほら」
「せんせー!わたしですー!いますかー」
「原田かあ?あいてるよ!」
「失礼しまーす!牧さんもいまーす!」
「ドキンちゃんの言い方じゃねえか」
テーブルの上に、コンビニ袋からのぞくビールやチューハイの缶が見えた。まああれくらいの量を3人でなら大したことはないだろう。病後の安西先生は早朝やってきて夕方には帰っていくのでまだまだ元気なおっさんたちだけがちょっとしまりのない顔をしている。日程の確認がすんだらしく、口止め料だとカルパスをいっこずつ口に放り込まれてふたりで追い出された。
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誘っておいて安西先生は、ちょっと前に倒れたんでねなんてさっさと帰っていくのであまりゆっくり話すチャンスもない。俺より10かもうちょっとくらい年上の2人はどうやら昔からの因縁があるらしい。海南の高頭さんとは話してみたいなと思っていたが、田岡さんのことも陵南のこともここへ来て初めて知った。ちょっと癖の強そうなおじさんだ、と身構えたのは初日のことだった。
「あれ、聞いてましたよ田岡先輩」
「あれ?」
「敗因はこの俺田岡茂一!陵南の選手たちは最高のプレーをした!ってやつ。ちょうど表彰式に向かうとこでね、昔からあーゆーとこは変わらんですねえ」
「やめろお、恥ずかしいだろ天下の堂本くんが聞いてるのに、あ?おい!」
酒のせいか、走馬灯のように色んなものが猛スピードで蘇って、涙がぶわっと溢れてしまい慌てて上を向く。酒の匂いと加齢臭をぷんぷんさせながら俺のとなりに座った田岡さんは肩を組んで、いいなあ、元気だなあ、かっこいいぞお!と雑に俺を励ましはじめた。
「あんたが育てた選手はあんなことではだめにはならん」
「…わかってます…」
「あんたが誰より信じてないと」
「っ、はい、」
秋田ではもちろん全国でも無敵でやってきた。年上の先生方からも警戒されたり距離を置かれたりすることが多い。よくわかんないうるさいおっさんだけど、こんなに無遠慮に言葉を掛けられて助けられることもあるもんなのか、それが一晩目のことだった。
翌朝からの練習でも、田岡さんは対戦経験のある神奈川の選手にはもちろん、うちの選手たちにも容赦なく声をかけた。しょんぼりする美紀男にも、お前が一番でかいんだ!兄貴にだって向かっていけ!下を向くな!と本気で声をかけてくれる。
「昔からああいう人なんだ、憎めないだろ」
「はい」
そして最後の夜、冬は陵南がもらうからな!今から山王の研究ができてラッキーだった!とジャイアンのように笑う田岡さんと負けないよとでも言うかのようににやにやする高頭さんに、ありがとうございましたと頭を下げる。
「悪かったなあ、わしらに付き合わせて」
「俺にはわかるぞ、山王の選手はあんたのことちゃんと信用してる。応援してるぞ!でも試合になったら負けん!」
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「原田いいとこに!」
「さわきたさん、なんですか?」
「コンビニ、つきあえよ!デートだ」
「デートじゃないならいいですけど」
「安心しろ、美紀男も一緒」
「そんなら財布とってきます」
この人はちょっとアホで残念な人だけど悪い人ではないと思う。第一印象こそ最悪だったものの今ではかなり打ち解けたと思う。きっと先輩たちによくしてもらったんだとわかってしまうほど、ミキオくんには親切だ。
「今日で終わりだからな」
「あっという間でしたね」
「ミキオくん、河田さんと走ってたってきいた」
「はいっす、昨日。今日の朝も」
「よかった」
「ふふ、ありがとうございます」
「わたし、国体は連れてってもらえるかわかんないけどさあ、冬また会おうね。ね、さわきたさんも」
「あ……」
「いや、俺は冬はいない」
「は?」
なんの気ない、別れを惜しむ会話のはずだった。足を止めて、冬はいないと静かに告げた沢北さんを振り返る。
「アメリカにいく。ほんとはこの合宿も来ない予定だったんだけど、航空会社の都合で遅くなったから来たんだ」
「アメリカ…」
ミキオくんもなんだか泣きそうな顔をしているので、これはまじのまじなやつだ。私にもわかる。そんなの今まで少しも言ってなかったじゃん。この一週間かなりの割合でばかであほでダサかった沢北さんのきりっとした顔を見たら、いよいよほんとっぽくて言葉を失ってしまった。
「ひどいことしちゃったけど」
「もういいですよ」
「友達になれたと思ってていいか」
「仕方ないなあ、」
遠慮がちに差し出された腕は、握手のためかもしれなかったけど、しらんふりしてぎゅっと抱き締める。おい!と声がして、体がぎゅっとこわばったけど、ふっと力を抜いて、背中を丸めて抱き締め返してくれた。ノブと違ってじょりっとした坊主頭が耳をくすぐる。ミキオくんもそーっと寄ってきて、沢北さんの肩に顔をすりすりしている。
「わたし的には秋田もアメリカもあんま変わんない…くはないか」
「なんだよそれぇ」
「そんなこと、全然言ってなかったじゃないですか」
「言いふらしたらかっこわりーだろ」
「そんな美学持ち合わせてるように見えないのに」
「ひどぉ!」
「でも、がんばって、月並みですけどほんとに、応援してます」
「ありがとな」
赤くなった目で、三人仲良くコンビニでアイスをかって食べた。アメリカの行き方なんてわたしは知らない。断崖絶壁のようなところを軽々ととびゆくこの人との別れを前にめいっぱい笑い合った。