誰にもなびかないマネージャー
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昨日うちに、原田から鍵を借りておいた。早起きするんですか、ドリンク持っていきますと渋る原田に、1人になりたいピョンとストレートに申し出ると、存外素直に鍵を寄越した。他に早起きする人いたら知りませんよともっともなことを言われたがそりゃそうだ。河田と美紀男は走りにいくと言っていたので少し確率は下がる。
静かな体育館の床が、壁が、天井が、俺の動く全部の音を拾う。朝の体育館の空気、好きだ。2階の窓から差し込む光が細長く手を伸ばす。
最低限準備運動をすませると、ボールをひとつ手にとって腰を低くした。慣れ親しんだ手のひらの感覚だ。ミニコーンをふたつ並べてディフェンスに見立てる。
全身汗だくになった頃、気配を感じて振り向くと、湘北の監督だった。姿勢をただしておはようございます、と挨拶をすると、ほっほっとサンタクロースのように笑った。
「いいからいいから、続けて続けて」
「ええと、」
「深津くん」
「はい」
「バスケット、好きかい」
好きかい、と聞かれて。仲間の声や試合の喧騒が蘇る。
秋田に戻って色んな人に頭を下げた瞬間を、色々言われて居心地悪そうに頭を下げる先生を見てしまった瞬間を、でもやはり朝の体育館の空気と、手のひらの感触と、
「………はい」
「ほっほっほ」
俺の返事を聞くと、安西監督は機嫌よさそうに笑って踵を返した。たぶんこっちを振り返りはしないけど、丁寧に頭を下げる。
ばたん、と音がして振り返ると、原田が青い顔して言い訳を考えている顔をしていた。ボトルをそっと置こうとして倒してしまったらしい。
「ピョン」
「違うんです」
「何がピョン」
「湘北のおじいちゃんが歩いていくのが見えて…病気したあとだから何かあったらいけないと思ってついてきたら、その、すみませんすぐ戻るので、な、な、」
後退りする原田の両頬を持ち上げた。やっぱり面白い顔だ。口の自由も失ってひひゃひゃひゃとよくわからない声を出している。これは沢北並みに、いやもっと面白いかも。手を離してふっと笑うと、深津さん笑った、とふにゃふにゃ嬉しそうにするのでこっちがどきどきする羽目になってしまった。
「もういいピョン、ありがとピョン」
「そうですか?すみませんでした。わたし戻るんで、え?」
「パスだせピョン」
「いやわたし完全なシロートなんで」
「やっぱばかピョン、俺のこと誰だと思ってるピョン」
「山王工業のふかつさんです!」
ーーーーーーーーーーーーーー
あやこさーん、ととなりに座ってきたまどかは心なしかほかほかしている。
「あんた朝どこいってたの?」
「おじいちゃんの見守りのはずがふかつさんにパシられてました」
「はあ!?あんたほんと物怖じしないわねえ」
「ったくドシロートにパス出させるなんていい根性してますよ!」
「あれ?お前今日はまあまあ食ってんじゃん」
「おはよノブ、朝から重労働したからね」
「やるわねあんたの片割れ」
「はよっす!」
このコンビにもすっかり慣れてきた。合宿は明日で終わる。片付けや移動もあるから実質今日が最終日といってもいい。はじめは他人同士だったのが、なんだか随分馴染んできたもので、わたしもわたしで清田や沢北あたりにはなんどもハリセンお見舞いしているし、初心者の見張りはこいつが一番だぜ!と自慢げな三井先輩に引き摺られて昨日から横綱もとい河田弟の基礎練にも付き合わされている。
「姉御はけーけんしゃでしょ?」
「そーよ、中学までね。流川と同じ富ヶ丘」
「えっ!そーなんすか!」
まどかの皿からごっそり持ってきたスクランブルエッグとベーコンを頬張りながら、元気いっぱい話しかけてくる。この子も大抵素直なおばかで直接話すぶんにはとっても可愛いことがよくわかった。今回桜木花道がいたらまた違う話になってたかもしれないけど。
「晴子ちゃんも経験者よ、ねえ!」
「ちょっと彩子さんやめてよ!北村中が弱小なのはよく知ってるでしょ!」
「晴子ちゃんはさーあ、ごりさんに全然似てないけどバスケがだいすきなところはそっくりなんだね~」
何の気なしに発したらしい言葉が胸をつかむ。下向いて一生懸命卵豆腐を食べているまどかをよそに、頬を赤らめた晴子ちゃんと、なぜか清田とも目を合わせて、なんですか?みたいな顔したまどかのほっぺたにチュッとするとキャアーと情けない声を出した。
「なんだなんだ原田うるさいぞ」
「牧さんおねがい!この子湘北にください!」
「悪いがそれはできない相談だなあ」
ーーーーーーーーーー
「ま、マネ、あの、原田」
「はい」
「あの、」
「どーしました?」
手をもじもじさせながら話しかけてきた福田さんの、次の言葉をまつ。この間やってくれたテープの巻き方を教えてくれ、と言われて足首に目をやる。
「また痛めました?」
「いや、昨日ゆっくりしたから。でも何回かやってみても同じようにならなくて」
「なるほどお!今痛くないなら時間もったいないですね、お昼ごはんの後にしません?食堂でたとこのソファで」
「わかった、よろしく」
「ええ」
ーーーーーーーーー
この前足を拭かれたのはちょっとむずがゆかったので、とっとと自分でやっておいた。裸足の足をぶらぶらさせていると、お待たせしました~とテープのかごを提げた原田がやってきた。
「まず3ヶ所巻きますからね。足首と、甲と、土踏まずのあたり」
「えっ、そーなのか。つちふまずはやってなかった」
「あー、まあ色んなやりかたがあると思うんでアレですけどほら、汗かくでしょ」
「ああ」
「あれ、珍しいふたり」
「仙道」
「センドーさん」
ソファに並んで座って、同じように右足を出し、原田の真似をして巻いていく。横並びで同じポーズをした俺たちの前にしゃがみこんで、仙道は楽しそうににこにこしている。
「いつの間に仲良くなってんの」
「神さんのおともだちなんですって」
「なるほど」
「あ、ってことは隣の校区ですよ!福田さん絶対いえ近いです!スーパーどこいってます?わたしは マルヤですよ、大通りのドライブスルーのマックがあるとこ」
「えっ、俺んちそこから歩いて3分だ」
「うそぉ!絶対会ったことあるじゃないですか!神さんちは?行ったことないけど。近いんですか?」
「いや、そうでもない。大通りの反対側だと思う」
「そっか~あ、そこはしっこおさえて、しっかり引っ張って貼ってくださいね」
「ん」
最後までジーっと観察した仙道は、じゃー!こんなかんじです!いざとなったら神さんに連絡してください!と元気いっぱい走っていった原田を見送ってテープをぺりぺり剥がすオレに、神はやベーよ、とつぶやいた。