誰にもなびかないマネージャー
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走り回る合間に神さんの、いつも通りの綺麗なシュートが見えて一瞬足を止める。
「口あいてるぞ」
「キレーだなくそ」
「うわ、武藤さん、三井さん」
「どーよ神は」
「なにがです、どーもこーもいつも通りじゃないですか。練習でもインターハイの決勝でも一緒」
「それにしちゃ見とれてる」
「武藤さん大丈夫なんですか?三井さん不良らしいんで前歯折られますよ?」
「俺が!折られたの!宮城に!」
「………は?」
「原田てめー言いふらしてんじゃねーぞ」
「今自分で補足しましたよね」
「治安わりーな」
忙しいんで行きます!と背中を向けようとしたのに首根っこを武藤さんにつかまれている。不良よりひどいじゃんかよ。
「ほら、神さんがんばってとか言ってやれよ。仲いいじゃんおめーら」
「まあ、武藤さんよりはね」
「くっそー可愛くないのに可愛い5歳だ」
「じゅうごです、じゅうご!神さんはどうせ頑張ってるんで知ったこっちゃありません!」
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神奈川県選抜に山王まで参加なんて、俺は監督を押しきってでも初日から参加するべきやったんやないか。与えられた役目を全うすべく、動き続けるカメラの横で試合をチェックする。予備のバッテリーもばっちりや!
背後に気配を感じて振り返ると、原田さんが早足で、手をふりながら近付いてきた。
ちょうしどう、と囁き声で話しかけてきたので、ばっちりでっせ、とこっちも囁き声で返す。ドリンクのボトルと氷の入ったビニールを受けとる。
「上、暑いでしょ。これ」
「感激やあ、俺にまで」
「や、ほんと今日は助かってる!他になにかいるものある?」
「いや、バッテリーもテープもばっちしやで!」
「さすがです!ありがとう!」
「ここまで見てきてどうです?山王さん、大学生も圧倒しはってましたけど、なんか弱点とかないもんですかね」
「うーん、女子かな」
「は?」
「たぶん対戦するとき、ミニスカのチアリーダーとか並べたら勝てる」
「なんですのん、冗談言わんといてや~」
「いやいや本気で。学校に女子がいないんだってさ。沢北さんは勘違いセクハラでこってりしぼられてるし、松本さんも話すとき斜め上みてるしたぶんみんなちょっと女子に困ってる」
「な、なるほどぉ!それは有力情報や!」
要チェックやろ?とおどけた原田さんに、要チェックやな、と返すと、顔見合わせていししと笑って彼女は階段を降りていった。あかん、かわいいやん。
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「あっ原田さん」
「はい!」
センドーさんに声をかけられて私は立ち止まる。試合を終えたとこらしく、汗だくで息も荒いので、手元にあったドリンクをはいと渡す。
「彦一どう?迷惑かけてない?」
「とんでもない!本当に助かってます!初日から来てほしかったくらいですよ」
「それはちょっと…そーいえばおたくの神くんとうちの福田、友達なんだね」
「らしいですねぇ。神さんがご迷惑おかけしたらすみません」
「誰が迷惑かけるって」
「ギャ!でた!」
「俺はすげー息合ってたって言おうと思ったんだけどなあ」
「うちの子が元気ですみません」
「なにそれ神さん、いた、いたたひゃひゃいひゃい」
「ん、よしよし」
突然後ろから現れた神さんは、私が抱えているかごからボトルを一本勝手にとって、ガブガブのみながら反対の手でわたしの頬をうにうに引っ張って首もとをよしよしと撫でた。犬の触り方じゃないですか!と怒ると仙道さんが笑った。こいつもどうやらちょっとおかしいな。かごの中身を空のボトルと交換して、急いで流しを目指す。
「神さあ、そんなに牽制しなくてもなにもしないよ」
「なんのことかな」
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「あっいたフッキー、まどかちゃんはやく!」
「はーーい!」
「は?」
体育館の裏で座っていたらジンジンがマネージャーを連れてきた。原田だったか、ジンジンは下の名前で呼んでいる。
「さっき傷めたでしょ」
「いたいってほどじゃ」
「休んだ方がいいと思うけど、そのつもりないならテーピングはしときな。うちの子けっこう上手だから」
「うちの部員をいっぱい犠牲にしましたからね」
「信長はかなりぐるぐる巻きになったよ」
にっと笑ったマネージャーと、同じように笑ったジンジンの顔をみたらもうなんか言い返す気力もない。臭いと思う、と言いながら靴と靴下を脱ぐと、うちの部室もすぐ臭くなるんですよぉ~と何とも言えない合いの手を寄越しながら、濡れタオルで俺の足を容赦なくがしがし拭いた。指の間までがしがしやられてあまりの容赦のなさに羞恥心越えてふふっと笑ってしまう。あの海南の部員を犠牲にしたというだけあって、どうやら手慣れている。原田が幅広のテープを俺の足の甲に巻き始めたのをみて、ジンジンはじゃあ、と行ってしまった。
「わるいな」
「わたしも本当は休んだ方がいいと思いますけど」
「ん、」
「でも今ここがちょっと特別なのはわかります。ノブもぼろぼろだけど止めらんないです。神さんはすごい」
「うん」
「ここちょっときつくしますよ、大丈夫です?」
「ああ」
「よし、とりあえずこれで。不都合あったら遠慮なく言ってください、神さん経由でもいいんで」
「…ありがとう」
がさがさ道具を片付ける手を止めた原田は、顔を上げて俺と目を合わせると、いーえ、とにっこり笑った。
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「すごい、ずっと動いてるのね」
「相田さん」
「さすが海南のマネージャー、てきぱきしてるわ」
「えーっ!それ録音してうちの人たちの耳元で再生したいです!」
「このあとどうなるん?試合はこれで最後らしいやん」
「大学生は帰りますけど、ご飯の前にミーティングするんですって。たぶん夜までみんな自主練するんじゃないですか?彦一くんも明日までいるみたいですよ」
「そうなの。ミーティング、後ろで見てたらあかんかな、先生たちの話も聞きたいし」
「田岡先生に聞いてみましょうか」
「試合終わったら声かけるしええよ」
「はあい」
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赤木や魚住が抜けたもんで、なんだかでかいやつがあんまりいないことに、集まってから気付いた。花形はともかく俺はセンターとしてはそんなにでかいほうじゃないし、よく跳ぶ桜木はリハビリ中だ。練習は河田の独壇場だし大学生にもけっこうやられる。牧が強いからこそ俺でもつけど、例えば宮城と俺が同じチームになったりすると見たままだ。ボールが回せて点もとれる仙道、高さのある流川と神、というチームの試合がさっき終わった。間違ってパスもらうくらい風貌が似てるんだから、赤木みたいな迫力でねえかな、としょーもないことを考えながら外に出る。すっかり日が傾いて、昼間影だった軒下にまで西日が直接差し込む。干してある洗濯物が揺れるのに合わせて影がゆらゆら揺れるのをボーッと眺める。
ボトルのかごをもって小走りにやってきた原田が、俺をみてうわあ、と言って、そしてボトルをジャージャーやりはじめた。
「疲れてますねえ」
「うん、そうだな」
「あら素直!これは本気のやつですね」
「あー、そーだな…」
一本だけ先に新しいのをいれて、ハイ、と渡してくれる優しさが染みる。懐かれているなんて言い方したら犬か猫のことみたいで悪く思うだろうか。
「いろんな人がいて楽しいけど、疲れますね。うちの先輩の顔みるとほっとしちゃう」
「それ俺も含まれてるのか」
「この文脈で含まれてなかったら問題ありますよね」
「お前たまに賢いしゃべり方するよな」
「いつもバカって思ってるってことですか」
「おっと失言だった」
俺のほうに顔を向けてぱちくり、と擬音をつけたくなるほどまばたきをして、原田は元気よく笑った。俺も一緒に声を出して笑う。もう頭からっぽだ。