こまちちゃんと沢北くん
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東京駅に降り立ったのは、もう日も傾き始める頃だ。特急から降りて、地面に、空中に、壁面に張り巡らされた情報を整理しようとしていると、後ろからぽんと肩を叩かれた。30前後の男性に、私は首を傾ける。
「秋田の方から一緒だったべ。そわそわしてるみてえで心配してた」
「え、そうでしたか」
「東京はじめてか。慣れるまでは目がちかちかすんべ。どこいきてえの」
「えーっと、ここです」
「人んちか」
「幼…す、好きな人の、ところに」
「あら、一世一代の上京でねか。ここなら地下鉄で行けばいいべ、ホームまで連れてってやる」
「いいんですか」
「ん、俺もこっち来たばっかの頃のこと、思い出しちまった。東京にいんのなんか、地方からきたやつばっかだからな、安心せ」
東京駅は恐ろしい
新幹線の改札を出たら、人の波と溢れかえる情報とで、どこを見ればいいのかもわからない。こっち、と言われて慌ててついていく。
「いいか、向こうで降りたら、公園口に出れ。したら、目の前に交番があるから、そこでお巡りにこの紙みせて連れてってもらえ」
「ありがとうございます、ほんとうに、なんてお礼を言えばいいか」
「いいんだべ、上手くいくといいな」
「ありがとうございます」
言われたとおり地下鉄に乗り込む。路線図をみてドキドキしながらすごし、駅で降りたら公園口という矢印をめがけて歩き続けた。
「ああ、ここならすぐそこですね。案内しましょう。地方からですか」
「あ、秋田から」
「はあ、そりゃまたお疲れ様ですね。もう大丈夫ですよ」
やさしい東京人たちのおかげで、私は無事まさしくんのアパートにたどりついた。103のドアの横には、河田と書かれたシールがはってある。ベルをならしても出ないので、帰りを待つために座り込んだ。隣の部屋の人が帰って来て、雅史くんに用事か、と聞いてきたので間違いない。身内のものです、と返事をすると、缶ジュースを一本手渡してくれた。
「もうじき戻ると思うけど、あんまり帰ってこなかったら声かけて」
「はい、ありがとうございます」
ジュースをあけて、口をつける。トイレに行きたくなっては困るので、2口飲んで残しておいた。空が紫色になった頃、アパートの廊下におおきな影があらわれる。私が立ち上がると、影も止まった。
「まさしくん」
「……夏?」
ずんずん近寄ってきたまさしくんは、わたしを見て難しそうな顔をしている。怒られる、と身を縮めたのに、予想に反してずっしり抱き締められて息ができない。
「なにしてんだ、こんなとこで」
「顔見に」
「…ありがとよ」
荷物を部屋に運びいれて、さっきもらったジュースの続きに口をつける。
「おめ、飯は」
「う、お腹すいた」
「なんもねーぞ、なんか食べに行くか」
「スーパー連れてって、ご飯作るから。あ、米持ってきたから先に炊いとくね」
「そんくらい俺がすんべ。疲れたろ、すわっとけ」
炊飯器をセットしたまさしくんは、玄関の方に向かう。私も慌てて鞄をかけて玄関に向かう。掌を掴んだら、まさしくんの目線が揺れた。汗でしっとりした、大きな掌。
「何が食べたい?」
「米が食えるもん」
「なんだべ~カレーかなあ」
「悪くねえなあ」
「うちの母ちゃんあんまカレー作らないから、わたしのカレーはまきちゃん仕込みだよ」
「……人をホームシックみてえに」
「ちがうの?」
「…ちがわね」
まきちゃん仕込みの、鶏のむねとももを一緒に入れたごろごろ野菜のカレーに卵とキムチをのっけて、まさしくんはうめえうめえと2度おかわりした。
「いつまでいるべ」
「んーと、明日?」
「は?明日の列車か?」
「だべ?やっぱ無理ある?」
「明後日休みだから東京案内すんべ」
「えっ、ほんと?東京タワーいきたい!」
「そんなら明後日の寝台か、その次の日の朝一で帰ればいいべ」
「あ、父ちゃんが帰りがわかったら電話しろって言ってたなあ。このへん公衆電話ある?」
「ん、いくべか」
「まさしくんこないだ、どこから電話してくれたの?」
「職場」
「職場かあ~」
「夏は、どーすんだべ」
「…ん、マルヤでパートしながら畑の手伝いかな」
「は?どーやって通うんだべ」
「自転車あれば20分くらいでつくよ」
「冬までに免許とらねーと死ぬぞ」
「う、確かに」
外にいって電話をしたあと、ぶらぶら家のまわりを散歩する。秋田の夜は真っ暗で、星や月で明るい。東京、ここは住宅街だってのに、まあまあ街灯があって夜も明るく星がみえない。
「こりゃあ、なんか不健康なとこだねえ」
「だべ」
「よく頑張ってんね」
「ん、おめの顔見たらなんか生き返った」
「……大丈夫?槍でも降る?」
「ほんとに思ってんべ」
「まさしくん、」
「ほんとだべ」
四畳半の小さな和室にしかれた、たぶん2人前サイズの大きな布団のはしっこに、なるべくちんまりしたらしいまさしくんは、空いた隣のとこをぽんぽんして、これしかねえから悪いなあと言って目をそらした。
「いつもこれ1人で使ってるの」
「んだべ」
「でっけ」
「電気全部消していいか」
「ん、いーよ」
「すごいね、電気消しても外の光で明るい」
「ん、眠れねえか?疲れてんだろ」
「んん、まさしくんの顔見たら忘れちゃった」
「おい、くっつくな」
「む、なんでだべ~うわわうわ、」
「夏、」
脇腹に抱きつこうとしたら、簡単にくりんと反対向きにされて、後ろから腕を回されて全然動けない。わたしの動きを簡単に封じたまさしくんは、わたしの後ろ頭におでこをくっつけてしゃべり始めたので、なんだかくすぐったくて身をよじる。
「ありがとな」
「何回言うんだべ」
「電話したの昨日だべ、おっちゃんたちよく許したな」
「うん、母ちゃんはびっくりしてたけど、父ちゃんはなんとかなるだろって」
「そのうち慣れるべかなあ」
「一緒に秋田かえる?」
「帰らね」
「ざんねん」
ぎゅっとされたら、まさしくんのにおいで胸がいっぱいになって、あっという間に眠ってしまった。東京、はじめての夜。