こまちちゃんと沢北くん
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東京はぬるい。
俺は山王の合宿所にはいったときと、また違う参り方をしている。風が強い割に、地下にもぐるとぬるっとした空気が占める。東京の、ぬるくてまずくて汚い空気だ。そして山がねえ。秋田にいれば、地面と空をつないで景色を収束させるのは山の役割だった。ビルが四角く空を切り取り、いいわけ程度の緑で目をごまかす。地下鉄の駅の近くのアパートをすすめられて特によく考えず契約したものの、ホームに降りたときの清潔感や季節感に欠けるもったりした空気が苦手で、必要なときは少しあるいて在来線を利用している。
実業団に入ったので、相手は年上ばかりだ。体格のいいやつもたくさんいる。高校に入ったばかりの頃のように、必死で打ち込む。夏の暑さは上からより、コンクリートやアスファルトからのぼってくる、湿気と匂いを含んだ照り返しの方がきつかった。きつくても飯を食って、ちゃんと寝ることだけは身に付いている。山王に行ってよかった、と情けない顔で思い返す。
盆は帰れねえ、稲刈りもわかんねえ、と実家に電話すると、母ちゃんは夏んとこにも電話しれ、と言ってきた。夏、こんな情けない俺を見たら、がっかりするだろうか。アパートのとなりにすむ、大屋さんちの電話の前でぱちんと頬を叩く。
『澄田ですがぁ』
「…夏か?俺だべ、雅史」
『まさしくん?どうしたの?電話ありがとう』
「だべ、盆帰れねえって家に電話したら、母ちゃんが夏とこもかけろって」
「そっかあ、大変だねえ、大人は」
「んだべぇ。下っ端だで、今年は特にがんばんねえと」
「あ!ねえ、梅のシロップできたから送ってあげる!住所教えて」
「ん、おお。鉛筆もったか?」
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電話をとった娘が、まさしくん!と声をあげる。子供の頃からいつも後ろをついて歩いて、雅史が山王に行ってからもわざわざまきちゃんと一緒に配達にいく、と言い出したときは雅史もさすがに嫌がるんでねかと心配したものの、そういうことにはならず、むしろチームメイトの子達からもあきたこまちのこまちちゃんと呼ばれて可愛がられ、雅史が卒業してからも、美紀男が心配だと通い続けている。何がいったいこの子をそうさせるのか。シロップを送るとかなんとかで住所を聞き出した娘は、受話器をおくと俺の顔をみて、東京に行く、と言った。
「と、東京」
「はあ?あんた何しに?」
「まさしくんが、なんかおかしい」
「なんかって?」
「だって電話なんかかけてきて」
「んだべなあ、あいつにしちゃあな」
「で?いつ?」
「えっ……………あしたとか…?」
「はあ!?」
「あんた、東京なめてるでしょう」
「行くだけで1日かかるべな。山形まで出て~そっから新幹線がいちばん簡単だべ。朝六時に駅まで送ってやっから、荷物まとめとけ」
「あんた、父ちゃんもそんな急に」
「住所はわかってんだ、なんとかなる。行ってみたらいいべ、雅史んとこ泊めてもらえばいいべ、帰りわかったら電話せ」
「父ちゃん、ありがとうね」
「東京なんてほんと、大丈夫かねえ」
「アメリカよりは大丈夫じゃない?」
「あー!そいえば沢北くんアメリカ行ったってねえ。元気かねえ」
「アメリカなんてもう雲の向こうでな、手紙の書き方も電話のかけ方もわかんないけど、東京は同じ地面の上だべ。なんか行ける気がする」
「まー、あんたももう18だもんねえ」
上の子達は早々に、関東だ関西だと出ていってしまった。1番近くの長男は仙台に。あーあ、お前もそろそろ出ていっちまうのかなあ。