こまちちゃんと沢北くん
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「え、河田さん来週帰るんすか」
「おお、稲刈りでな」
「稲刈り?」
「野辺も帰るべな?イチノは?」
「俺は今回はいいって」
「なんだよそんならうちにきてくれよ」
「えっ、俺行きたいっす」
「は?お前んち農家じゃねーべ、足手まといでねか」
「えーっ!稲刈りってちゃんと見たことねえすもん!」
「どーせ夏にちょっかいかけたいんだべ。行っとくけどうちの父ちゃんのきょうだいも夏んちのおじおばも、その子どもらも来るからお前の期待どおりにはならん」
「そんな大イベントなんすか!?行ってみたいっす!」
「はあ…練習どーすんだべ」
「おー、行ってこい沢北、いつも河田んちのうまい米食べてるんだから、どーやってできてんのか勉強してこい」
「監督!やったあ!」
そんなこんなで、俺の帰りを待って金曜の晩にうちにきていた夏は、俺のうしろから顔をだした沢北をみて美紀男のうしろに隠れてしまった。美紀男はうわあ、ほんものの沢北さんだあと嬉しそうにしている。
「こまちちゃんだ!」
「ヒィ!みきおなんとかして!」
「ええ?なんでぇ??」
「いいから守って!!」
「いいけどなんでぇ?」
美紀男の背中におぶわれた夏は、そこにいるはずのない沢北にどんびきしている。びゅんびゅん動く沢北に目を回した美紀男が夏をおっことして、沢北が慌てて駆け寄る。まったく、騒がしい奴らだ。
「夏、飯は」
「まさしくんと一緒に…食べようと思ってたのに…」
「食べればいいべ」
「う、うう」
親戚が来るのは明日の朝だ。うちの家族になんて男前だ、顔がちいせえ、かっこいいねえとべたぼめにされて沢北はにこにこしている。久々の実家で、縁側で腕立てをしていると、夏がやってきてちょこんと横に座った。
「明日から早いべ、送ってくから帰れ」
「うん、」
「沢北は役には立たねえと思うけど」
「だべ」
「よっ…し、終わりだ。ほら、靴は?」
「ある、待って」
縁側も、夏も、にこにこして俺の手を握る夏も、変わらん。変わらないことに安心し、不安にもなり、家からでてきてしまった己を責める気持ちもあり、今はバスケ、とこころに決めているので、この手を握り返していいものか、よくわからないまま庭先の坂を下る。
「インターハイ、すごかったんだってね」
「おう」
「まさしくん、出たの」
「だべ。深津と沢北も、あー深津は去年からスタメンだ」
「えっ、深津先輩そんなにすごい人なの」
「おめにもいっぺん見にきてほしいけどな。冬はどうだ、東京だから新幹線で一本だべ。田んぼもねえし」
「うん、そうだねえ」
「沢北ぁすげえぞ」
「うん、そうなんだろねえ」
「どしたべ」
「まさしくん」
「ん」
「わたしはまさしくんのこと見に行きたいな」
「おまえはよお、」
「かわっさーん?あれ?こまちちゃん?」
「出た」
「何してんだお前」
「やっ、走りに行こうかと」
「ばかやろ、色々いんだから食われるべ」
「えっ!?色々!?」
「ちょうどいいわ、夏んちそこだかはら送って帰ってこい。よそいくなよ」
「まさしくん?」
「…もしかして俺じゃました?」
「スッゴい邪魔。久しぶりに会えたのに」
ーーーーーーーーーーーー
泣きそうな顔で俺をにらんだこまちちゃんは、鼻をすすって先を歩き始めた。
「こまちちゃんほんと、河田さんのことすきだよね」
「す、すきなんて、」
「えっ、でも好きだから結婚したいんでしょ」
「そりゃあ、勿論」
「あれ、4歳から言ってるんだって?でもさあ、女の子は16歳になったら結婚できるじゃん、もう大きくなってるのに、どうしてもっとちゃんと伝えないんだよ」
「沢北くんは、」
「ん?」
身を屈めながら隣を歩く俺を、立ち止まったこまちちゃんの目がとらえる。
「沢北くんは、自分の気持ちをなんでも話せてすごい。私にはまぶしくて、目がつぶれそう」
「えっ?つぶれないよ?」
「う~、あんたちょっとバカでしょ」
「なんで?簡単じゃん、俺はこまちちゃんのこと好きだけど、こまちちゃんは河田さんのこと好きなんでしょ?」
「うぐ、」
「こまちちゃんが俺のこと好きになってくれたら嬉しいけど、でもこまちちゃんに幸せになってほしいから。河田さんのこと好きなのしんどいなら、俺にしとく?」
「それは、いやだ」
「ん、そーゆーとこ好きだわ」
「ヒッ!突然そういうのやめて」
翌朝ふかふかした匂いで目覚めると、俺の両脇に寝ていたはずの河田兄弟の姿がない。台所に向かうと、まきこさんと知らないおばさんがおにぎりを山ほど握っているところだった。
「はざっす」
「あら沢北くんおはよう」
「あらあら噂の色男ね!まあ~顔!まあ~まきちゃん!こりゃあずっと見てられるね」
「あっ、えっと、」
「ああ沢北くん、父ちゃんのお姉さんの弘子さんよ」
「沢北っす。河田さんにはいつもお世話になってます。まきこさん、河田さんたちは?」
「うん、父ちゃんと、弘子さんのだんなと4人で田んぼに出とるよ。沢北くんは今日は夏の手伝いだべ」
「こまちちゃんの!」
「山際と川沿いに小さくてコンバインで刈れねえ小さい田んぼがあんだ。手押しのバインダーで刈るからうちの分持っていきな、もうちょっとしたら夏がくるべ」
「なんでこまちちゃんちと同時に稲刈りするんすか?」
「川の北側がうちで、南側が澄田の田んぼなのよ。子守りとか昼飯とか機械を一緒に使ったりとかなにかとね」
「先祖代々そうだべ」
「せんぞ……」
スケールがでかくてよくわかんないうちに朝御飯を食べ終わる。7時に本気の農家コーデで登場したこまちちゃんは、沢北くんなめてる、と勝手に河田家の倉庫やら靴箱から色々だしてきて、俺もすっかり農家コーデだ。ビニールの柔らかい長靴は田靴というらしい。足首のところを手際よくゴムで止めてくれたこまちちゃんは、仕上げに上から下まで虫除けスプレーをふるった。
「これでよし」
「夏、弁当」
「あ、沢北くんいっぱい食べる?ふたりぶん持っていこうか」
手押しのバインダーにうまく昼飯とお茶を提げて、家からすぐのところからスタート。束ねられて出てくる稲に驚きながら、こまちちゃんの言うとおりに押して進んでいく。慣れてきたら1人で1区画やりきって進める。少ししたらやってきた親戚の子達が、稲の束を拾って山にしていく。昼を過ぎたので土手に腰かけて、おおきなおにぎりにかぶりつく。こまちちゃんはおいしいねぇ、とおおきな声で言った。この景色にぴったりだ。妖精みたい。
「沢北くん」
「ん?」
「まさしくんはさ、高校でたらどうするべかな」
「んー、聞いたことないけど、大学から推薦来るだろうから、関東かな。それか実業団」
「そっかあ」
「じつぎょうだん?」
「うん、日本にプロはないからね。会社員として働きつつそこの会社のバスケ部でやるってかんじのやつ」
「へえ~」
「どうかしたの?」
「んーん、そういうの知らないから」
「そっか」
「よし、じゃあ続き」
2リットルのペットボトルのままのぬるいお茶を、当たり前のように回し飲みしているこまちちゃんはたぶん間接キスとか一切考えてない。稲刈りなめんな、と河田さんに言われていたけど、既に体が痛いし、日差しがつよくてひりひりする。体育館っていい環境なんだな。やれと言われたぶんの、7割くらいは終わって、あとは明日の午前中で十分そうだ昼飯は河田さんちが用意したので、晩飯はこまちちゃんちでみんなで食べるらしい。日帰りの親戚の人が何組か帰っていったけど、十分な大宴会だ。どっちの家族のどんな親戚かもわからないおじさんやおばさんが、あれも食べなこれも食べなと色んなものを取り分けて置いてくれる。こまちちゃんや河田さんはこういうところでずっと生きてきて、それを守っていこうとしてるのか。朝おばさんたちが先祖代々なんて言っていたけど、その代々のご先祖のうち誰かが放り投げてしまっていたら、今日俺がここに来ることはなかったんだなあ。こまちちゃんはお腹をいっぱいにして寝込んでしまった美紀男にタオルケットをかけて、その横に敷布団を詰めていく。
「美紀男寝ちゃったし、まさしくんもうちで寝てく?」
「だべ」
「さ、沢北くんは」
「そんなら俺も」
バスケをやってるという、こまちちゃんの親戚の中学生に話しかけられる。まさし兄ちゃんもカッケーけど沢北さんやべーっす!と言われて大会のことや部活のことを話しているうちに、こまちちゃんは枕を持ってきて、大の字で眠る河田さんの脇腹のあたりにぴったりくっついて寝ている。河田さん、俺は見ましたからね。