こまちちゃんと沢北くん
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「かーたさん!ふかっさん!!」
大きな体に大きな荷物を提げて現れた後輩は、成田で注目をあげるほど大きな声で走りよってきてアメリカンな熱いハグをよこした。お前、ちょっとだけ有名なんだから大人しくしろよ、というのはしまっておいてやる。河田が最近買った中古のファミリーワゴンの後ろに沢北を押し込んで俺は助手席に。河田はというと前のアパートの隣に住んでる大屋さんに娘のように可愛がられていたこまちちゃんのおかげで、畑を手放そうと思うんだけど家建てるなら安く売るよと言ってもらって、相場の半値くらいで売ってもらった土地に家を建てた。大学に行った俺たちが卒業後の進路とかバスケをどうするかとかそんなことでやいやいやってるのがやけに小さく思える。
沢北が一時帰国するというので、みんなが河田の家に集まっている。
玄関を開けると、きたきたと声がして松本が出てきた。イチノに続いて、エプロンで手を拭きながらこまちちゃんが。声にならない声をあげた沢北は、こまちちゃんに飛びつこうとして、ピッと見事に止まった。
「おなか、大きい」
「ふふ、2人目、また男」
「えええ~~うわあ~~~えええ~~」
「もう、ひっどい顔だべ。おかえり沢北くん」
驚いた。両手を伸ばしたのはこまちちゃんの方だった。沢北はあからさまに慎重に体をかがめて、ただいま、と抱き締め返した。
「東京いこって思ったの、沢北くんのおかげだって、今度会えたら言おうと思ってた」
「おれ?」
「アメリカって言われたらね、そりゃあ無理だけど。東京なんて地続きだもんで、いけるって思って」
「それはおれじゃなくて、こまちちゃんが決めたんだよ」
「そう?」
「そう。こまちちゃんかっこよくなった」
最初はバーベキューという話もあったが、沢北くん日本食食べたいでしょというこまちちゃんの鶴の一声で、机の上には所狭しと煮物やらおひたしやら刺身やらが並んでいる。べしゃべしゃに泣いて形無しになった男前は、野辺と美紀男に連れられて帰って来たチビをみて、みきおだ、と言った。よしくんだよ、と本人に言われてよしくん、と素直に繰り返す。今日集まったときに、いちばんにヨシを手懐けたのは野辺だった。今度2人目がうまれますと言われて顔色かえずに、むしろにっこりしてそりゃよかったと言ったのも野辺だった。一番下の妹はまだ4つか5つくらいのはずだ。子どもと親の間くらいの微妙な位置にぶらさがって、あっという間に行ってしまった2人がまぶしい。
「こまちちゃん、おっとりしてると思ってたけどすっかり肝っ玉母ちゃんだな」
「や、あれはもともとそういうやつだ」
「そうか?」
「ん、まあでも、沢北が出て来てなんつーか…引っ込み思案がなくなったべかな」
「こまちちゃん、体調いいの」
「いいよ、仕事もしてる」
「えっ、よしくんは?」
「会社のなかで見てもらえるの。託児所があって」
「へー!すっげーな!はたちのママなんてなかなかいないっしょ、かっこいいね」
「なによかっこいいって。よく知らない人は大変ねって言ってくることが多いけどそんなことないからね」
「うちの母ちゃんも言ってたぞ、どうせなら若いうちにとっとと産んどけって」
「野辺先輩きょうだい多かったですよね。うちの親もまきちゃんもそんな感じなんで、体力あるうちにどんどん産んでさっさと手離したらいいかなって」
「すげーなー、かっけえなあ。うまれるとき痛かった?」
「痛かった痛かった。最後はさみでお股切られたけど気付かないくらい痛かった!でもまあウルトラ安産だったしなんならまさしくんが座り込んでてなんでよってね」
「はさみ…!?麻酔は!?切るより痛いってこと?」
「麻酔なんかするわけないじゃん産まれかかってるのに」
「えー!?信じられね、河田さん一生頭あがんないっすね」
「おうよ」
「そんでさあ、なんでもう一回いこうと思うわけ?いてーじゃん!」
「やあ、なんかきっと種の保存のために痛みは忘れるようにできてるんだろうねえ。新生児ほやほやして可愛かったしまあいいかなって」
「は~、すげーなあ。俺も親孝行しよ」
フカチュ、と膝にのってきたヨシに初めて会った日のことを思い出す。たしかに「ほやほや」していた。それが今では意思をもち、あうよく食べよく走り、とーちゃんかーちゃん、みきお、フカチュと名前を呼ぶようになった。フカチュ、てれびみよ、と言われてチャンネルを教育テレビにあわせる。深津さんヨシと仲良しでずるい!と割り込んできた沢北は「なきむし」と名付けられて成敗された。子どもはすごい。
日が暮れてきてこまちちゃんがヨシにお風呂入ろうか、と声をかける。美紀男がおれと入ろう~と抱き上げた、その腕をすり抜けてヨシは俺の膝に座る。
「フカチュがいい!フカチュとはいる!」
「ええ?ちょっとよしくん、」
「別に構わないけどどうすればいいピョン」
「ほんとですか?牛乳石鹸で頭とからだあらってもらって、あっためてもらったら最後はまさしくんが引き取りに行くので」
「なんだ、余裕だピョン」
ふふふと笑ったのを俺は後悔することになる。風呂場にはボールやら船やらあらゆるおもちゃがそろっており、全身洗い終わったらヨシはフカチュを退治したくなったらしい。何度降参してもプラのかるいボールを投げつけられるのでぐわっとお湯をかけて反撃したら大喜びさせてしまった。なんでそうなる。しおしおになって風呂からでた頃には、机の上がすっかり片付いて酒とつまみがちんまりのっている。こまちちゃん、すごい馬力だ。たまにくるからヨシのことも可愛いけど、毎日だったら放り投げそうだ。ほやほやして癒しをふりまくばかりだったあの頃のヨシはもういない。これが人間の成長なのか。
皿洗いをするこまちちゃんは、脇にくっついた沢北をもうそのままにしている。沢北はこまちちゃんが流したお皿をタオルで拭きながら、うまかった、たのしかった、ヨシかわいい、と言うのを、こまちちゃんがうんうんと聞いている。
「沢北くんは?」
「ん?」
「元気だった?」
「うん、もちろん。まあ治安もこっちより悪いし?人種差別とかもあるしね、やなことも危ないこともあるけど、仲間もいるし、毎日本気で挑戦できるから、行ってよかった。」
「そっか」
「でもお米送ってくれたときはほんとにしんどいときだったから、助かった。元気でた」
「ふふ、そういうことにしておいて」
「河田、余裕綽々ピョン」
「もともとああだったろ」
「俺らは稲刈り見てねえから」
「俺はあいつが夏んこと連れていくんだと思ってたんだがなあ、どーやら話が違ったみたいで」
「沢北はこまちちゃんのこともだけど、河田のことも好きだからな」
「やめれ、気持ち悪い」
「モテモテの割にプラトニックな可愛いやつなんだよ」
「それにひきかえ河田は」
「ハン、10年後に同じこと言ってやら」
こまちちゃんと沢北がきゃっと楽しそうに笑い声をあげた。河田はそれを見て満足そうにしている。美紀男が和室に敷布団を詰めはじめた。久しぶりの夜が、ゆっくり更けていく。
(おわり)