こまちちゃんと沢北くん
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河田は実業団に、俺は大学に入り共に関東に。すぐに揃って代表に呼ばれたので、たまには顔をあわせることもあった。卒業してすぐのころの河田は、高校に入ってすぐの、成長痛とたたかっていた頃のような、奥歯を噛み締めてるような雰囲気があった。年末に帰省する前に東京で食事をしたときに、結婚する、と切り出された。
「一応聞くけど相手はこまちちゃんピョン」
「そうだ」
「高校生だピョン」
「卒業したらな」
いつかはそうなるんだろうと思っていたそのいつかがあんまり早く、皮肉のひとつも思い浮かばない。田植えにあわせて結婚披露するというのが2人らしかったが、俺も含めて多くの仲間が集まった。幸せそうなこまちちゃんを、見つめる河田の視線が大人っぽくて少し悔しさを覚える。
東京にやってきたこまちちゃんは、河田の会社の社員食堂で働きはじめた。まじめでまめで働き者で料理上手なこまちちゃんにはぴったりだと思った。大学2年が終わる頃、はじめて2人で居酒屋にいった。結婚してからの河田は、少し表情が柔らかくなった。うまくいかないことも力に変えられる、その器がまた大きくなったような気がした。こまちちゃんを交えて食事をすることが多かったので、久々に2人になるとなにを話せばいいのか思い出せない。あのよ、と言われてまずい、と直感した。
「子どもができた」
「…は」
「今5ヶ月で、8月に生まれる予定だ」
「それ、なんで俺に言うピョン」
「なんで?なんでだろうな、」
「こまちちゃんはたちか?」
「生まれる頃には」
「……じゃあ俺も、お前だけに話すピョン。1年のとき、早苗さんが泣いてたことがあったピョン」
監督と一緒に寮の離れで暮らして俺たちの親代わりになって支えてくれた奥さんの早苗さんが、友達から送られてきたらしい家族写真入りの年賀状を見て泣いていたのは1年の正月だった。子どもを持たないつもりならそうとはっきり言って、年を取って自然に諦めるのはいや、とそういう話だった。俺は偶然そこに居合わせてしまったけど、俺たちのために早苗さんのことをほったらかしにするどころか甘えきっていた先生を、監督としてはともかく夫としてはまずいのではと、高校生ながらに思ったものだった。
「お前とこまちちゃんのことだから、そういうすり合わせはできてるピョン」
「4人産んだら俺もいれてチームできるって」
「こまちちゃんはいいお母さんになると思うピョン」
「だべ、俺もそう思う」
ーーーーーー
夏が会いたがってるから、と誘われて、いつもいい匂いのするアパートのベルをならす。ドアを開けて深津先輩、と笑ったこまちちゃんのお腹はまあまあ大きい。
「体調いいピョン?」
「ふふ、最初はきつかったんですけど、最近はすごい元気です!仕事も休んでないし食欲もあります」
「よかった、ケーキ買ってきたから冷蔵庫かりるピョン」
「やったあ、ありがとうございます」
「こまちちゃんが全部食べていいピョン」
「えー!体重増えすぎると怒られちゃうんですけど」
手を洗って、こまちちゃんの少し後ろで様子を伺う。テーブルの上にはサラダやハンバーグやきんぴらがのっているし、味噌汁も味噌を溶かしたところだ。
「まさしくん、さっき電話あったんでもうじき帰ってきますから。座っててくださいよ」
「さすがに妊婦さん働かせて休めないピョン」
「えー?じゃあご飯よそってください」
「ピョン」
わたしのは小盛りで、といいかけて、こまちちゃんが小さい声で俺を呼んだ。
「いまここ、蹴ってる、触ってみて」
「へ、」
ほら、と手を取られて、思っていたよりしっかりへその右下の辺りに押し付けられる。ああたしかに、こんこんと中の人が動いているらしい。けっこう痛いんですよ、と笑いながら手を離したこまちちゃんの腹の中が、なんだか宇宙みたいに思えて心臓の音が大きくなった気がする。
わりい待たせた、と帰って来た河田は、何かあるといけないからと酒をやめているらしい。大丈夫よ、と笑っているこまちちゃんも嬉しそうだ。
監督夫婦に子どもができたとき、そりゃあやることやらなきゃできないことくらい全員わかっていたけど、それを茶化すほどつまらないガキはひとりもいなかった。結婚してるんだし何もおかしいことはない。肩を並べていると思っていた河田や、かわいらしい少女だと思っていたこまちちゃんがそんなことになっていて、なんだか気恥ずかしくいたたまれなさがあったが、さっきのお腹の感触で、全部吹き飛んでしまった。ケーキをふたつ平らげて畳に横になったこまちちゃんを横に、あたたかいお茶をすする。
「さっき蹴ってるの、触らせてもらったピョン」
「おー、けっこう強いよな。早苗さんのときどうだったっけ」
「俺は触ったことなかった」
「何年前だ?3年とか?生まれるときの先生の慌てぶりはよく覚えてるべ」
「よく車事故らなかったピョン。あれは情けなかったピョン」
「懐かしいべな。俺の番だ、あんな風にはなりたくねえけど」
「ふかつせんぱい」
重そうな体を横たえたまま、こまちちゃんが突然割り込んできた。スーパー運動タイムです、と言われて首をかしげると河田がおお、と楽しそうな声を出した。
「あのね~このへんと~このへんかな?うん、ほら」
「ピョン」
言われるがままに掌を当てる、さっきこまちちゃんがしたくらいの強さで。右と左、これならどっちかは足でどっちかは手だろう。
「激しいピョン」
「ケーキおいしかったんだねえ、深津のおにいちゃんだよ、早くあいたいね」
「おにいちゃん」
「おじさんには早くないですか」
「ピョン」