こまちちゃんと沢北くん
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
痛くても痛いと言わないような子だった。おっとりして、それでも頑固で、勉強は得意ではなかったけどこつこつ頑張る働き者に育ったと思う。雅史からの電話を切って、東京に会いに行くと言い始めたとき、ああ、そうなんだろうなあと思った。久しぶりに母ちゃんと2人になった広い家のなかで、お茶を飲みながら結婚かなあ、と話をした。
「んだって、2人ともまだ二十歳にもなってねえ」
「んでも東京の大学にやるほど勉強好きでもねえしなああいつは」
「まあ、雅史は実業団でええとこ入ってるんだし、真面目で賢いからねえ、心配はねえけど」
「んでもな、雅史が迷惑してねえといいんだが」
「そういう風には見えなかったけどねえ」
まあどんな顔して帰ってくるか見物だべ、と笑った。4歳から呪文のようにとなえ続けて、もし叶ったら念力とも言えよう。
東京から帰ってきた夏は、東京は不健康だとか、雅史んちの大屋さんの畑を手伝ったとか色々まくしたてて、まさしくんは元気だったべ、怒られるかと思ったけどありがとって言ってくれたと満足げにしている。特に意味深なことなどもなく、ありゃ考えすぎか?ほんとうにマルヤでパートすんのか?と思っていた矢先、稲刈りには戻らなかった雅史が帰ってくるらしい、とまきちゃんが喋りにきた。羊羮を食べながら、どうせなら稲刈りに帰ればよかったのに、と愚痴るまきちゃんをよそに、俺はちょっとだけ予想が当たるのでは、と思い直す。
その日、夕方に帰ると聞いていた雅史は、昼前にうちの玄関を開けた。昼間は鍵なんてかけないのを、お互いよく知っている。大抵いつもジャージの雅史が、開襟シャツにスラックスで現れたので、シティーボーイだべ、と茶化したのに、神妙な顔でたぶん東京の、きれいな紙袋を差し出した。夏なら美紀男と畑に出てるよ、と母ちゃんが顔を出す。
「おっちゃん、おばちゃん」
「ん?」
「雅史?」
その瞬間雅史は、2メートル近い大きなからだを素早く縮めて、玄関の土間に膝と手をついた。
「お願いします。夏さ俺にください」
慌てて裸足のまま土間に降りた。引き起こそうとして雅史の重さに驚く。まあ上がれ、と言うと、頷いてついてきた。
「とうとう雅史も折れたか」
「や、手が届かねえとだめなのは俺の方だったべ。情けね」
「やだあ、わたしもそんなこと言われてみたいわ」
「おばちゃん、」
「あの子が雅史に会いに行くって言ったときからこうなるってわかってたべ」
「だべ!?」
「いやー、あいつもやったなあ、念力だ念力」
「てっきり反対されると思ってたべ、」
「なんでだ、雅史が真面目でしっかりしてるのは前から知ってる。夏はおっとりしてっけど働き者だから、きっといつかお前の力になれるべ。若くて苦労すっかもしんねえけどよ、2人で頑張れ」
「っ、ありがとうございます」
「やめろぉ水臭い」
「んだべ、雅史ももともと息子みてえなもんだしなあ」
「あれっ!?まさしくんがいる!なんで?夕方って!みきお!みきお!」
「ええ?兄ちゃん?おかえりぃ」
「夏、話は雅史から聞いたべ」
「えええ!?早くねえか!?」
「なんでだ、そのために帰ってきたんだべ」
「な、なんのこと?」
「夏が高校出たら結婚するって話」
「けっ、こん?」
「だべぇ」
昔からいちばんおっとりしていた美紀男は、しばらくの間雅史と夏を交互に眺めて、まきちゃんによく似た愛嬌のある目元にいっぱい涙をためている。
「夏も、東京にいってしまうんかあ」
「みきお、」
「さびしいけどねえ。よかったね、兄ちゃんは夏のこと好きだったもんなあ、よかったねえ、」
なるほど、弟からはそういう風に見られていたのが露呈して、雅史は少しばつが悪そうにしている。夏は気にもとめてないようで、美紀男と抱き合っておいおい泣いている。なるほど。
ーーーーーーーーーーーーー
「はあ!?結婚!?」
きれいな格好で帰ってくるなり澄田さ行ってくると出ていった雅史が、畑帰りの夏と美紀男を連れて戻ってくると、俺と母ちゃんを呼び寄せてそういった。隣にくっついた夏が恥ずかしそうに縮こまっているので間違いなさそうだ。
「どーもこーも、おめえそれでいいんだべ?」
「ふふ、わたしの長年にわたる刷り込みが成功したんだべ。根性の勝利だべさ」
「そんで、サトちゃんとハナちゃんはなんて」
「なんか…全部お見通しみてえなかんじだったべ」
「あー、まあ昔からそーゆーとこあんだべ…まあみんな納得してんならいい。高校出るのは待つんだろな」
「当たり前だべ」
「来年の田植えが済んだら東京いこうかなって」
「そうかぁ。んならどうせみんな来るから田植えのときに結婚式すんべ、どうや」
「はあ~」
「全然考えてなかった……」
「そうかぁ、そうだよねえ、」
「簡単でいいならよ、街の衣裳屋で着物でもドレスでも借りて、そこの神社でお祓いしてもらってなあ、うちで宴会したらいいべ」
「父ちゃんは飲みてえだけだべ」
「はっは、んだべ~雅史いくつだ、まだ飲めねえよなあ、残念だべなあ」
「田植えんころにはハタチだ」