高砂くんの表情筋
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「えっ、高砂くん?」
柔らかい声に俺は顔をあげる。急な仕事やピンチを任されるような立場になってきて、上司の急病で、取引先に慌てて引き継ぎにやってきた俺にお茶を出してくれたのは、
「笹原?」
「えー、覚えててくれた?何年ぶりかな、変わってないねえ。でもなんかまた大きくなった?2メートルある?」
「195」
「おおきい!」
「あら、笹原ちゃんの知り合いだった?」
「そうなんです!高砂くんです!バスケすごかったんだよね」
「おい、よしてくれ、俺は別に、」
「もしかして海南?」
「ああ、はい…」
「すごいじゃないか、神奈川じゃバスケと言えば海南だよな。全国大会出たの?」
助かった、顔がこわいと言われることが多いので、笹原のおかげで興味をもってもらえて、すんなり雑談から仕事の話まで進んで無事業務を引き受けた。帰りがけにこのままのみにいこうと言われて、うんと頷くくらいには。
「この辺でいい?家が近くて楽なの」
「このへん初めてだ、いいとこ知ってるか」
「えっ?会社南口の方だよね、近くにすんでないの?」
「1駅先にすんでる。南口しか使わないから、東口の方はどんな店があるか全然知らないんだ」
「美味しい焼鳥やさんがあるんだよね。においつくのいやなら、美味しいパスタが食べれるお店もあるけど」
「じゃあ、焼鳥で」
「ん、ふ、気が合うね」
「いいだろ、金曜だし匂いついたって」
「毎週クリーニング?」
「ああ、自分で変に手を出して痛めても困る」
「そうね。スーツは洗濯機かけられないもんね」
細くて高い踵の靴を履いて、笹原は軽快に歩いた。歩幅をなるべく合わせながら並んで歩いていく。あの頃よりもうんとたくさんカールした長い髪を、後ろで止めている。ふんわりとしたいい匂いは変わらない。高校を卒業して10年以上たっているのに、あの頃のほんのりしたものの感触がふつふつと甦る。連れていかれた焼鳥屋はこぢんまりした古い店で、入り口に頭をぶつけないように潜って入るとカウンターに案内される。適当に頼んで冷奴と枝豆で乾杯、バスケは?と聞いてくれると俺としても話しやすい。あの頃よりは女性とだって、障りない程度に世間話をすることもできる。
「もうやってないの?」
「大学までだな。牧は今代表でキャプテンやってる」
「まきくん!懐かしい!代表って?」
「日本代表」
「っえー!?そんなにすごい人だったの?知らなかったぁ」
「あいつはすごいよ、明日横浜で試合あるから見に行くんだ」
「えっ、行きたい!誰と行くの?」
「1人だし構わないけど」
「やったあ、週末暇だったんだよね」
「それはよかった。」
掌を合わせて、肩を揺らして喜ぶ仕草が笹原らしい。改札口に昼の1時に集合と約束を取り付ける。ダイエット中だったけどいっぱい食べちゃう!と焼鳥にかぶりつく笹原の、俺から見れば折れそうなほど細い手首にちらりと目をやってから、ビールを飲み干す。カウンター越しに2杯目を注文すると笹原が横から梅酒のロック!と声をかけてくる。
「それ以上痩せてどうするんだ」
「え、そーお?いやでもほらもう30代だし!1度ついた肉が落ちにくいのよ。だからつく前に気を付けとかないとね、脱いだときに下腹ぽっこりじゃあがっかりでしょ」
「んぬ、ぐは、っ!変なこと言うなよ、うっ、」
「動揺しすぎ~かわいいねえ、ねえたかさごくん、だってさーあ、6年付き合った彼氏に若いこの方がいいってあっさり捨てられたのひどくない?大事な話っててっきりプロポーズかと思ったら別れ話よ?年齢的にもチャンスがあったら逃したくないじゃん、次に付き合う人と結婚できなかったらおしまいだよー!」
「おまえ、さては酔ってるな」
「酔ってなあい!だって高砂くんがなんでも聞いてやるって顔してるんだもん」
「きっ…かなくはないけどな、俺は無力だぞ、その手の話は全然だめだ」
「そうなの?彼女は?」
「いたら笹原に誘われても断ってる」
「そっかあ、そうだよね」
「顔も怖いしな、でかいし話すのもうまくないしな」
「でも高砂くんはやさしいよね、そんな自分のこと低く見積もりすぎだよ」
「そんなこと言うのは笹原とマネージャーくらいだよ」
「マネージャーいたねえ、小柄なかわいい子!あの子今どうしてるの?」
「結婚して大阪にいるよ。神が明日出るなら来てるかもな」
「えーっ!部内恋愛?なにその話くわしくきかせてよ!」
「ひとつ下の神ってやつがな。マネージャーは全然その気がなくて見てても可哀想なくらいだったけど根気よく囲いこんで2年かけて付き合ってなあ」
「ええ、すごいねえ」
「大学入っても実家同士だったからなあ、親公認で外堀埋めまくって、マネージャーが卒業するのと同時に結婚したんだ。あんなに馬子にも衣装って連呼される結婚式もなかなかないよなあ」
「いいなあ、わたしもそれくらいたっぷり愛されてみたいなあ~、なんてね、もう30すぎたし、元気だしてスピードだしていかないとね!はーっ!くそーっ!」
「はは、元気でてきたな」
「げっ、わたしやっぱ酔ってる?がっかりさせた?」
「いや、高校の頃はなんて話しかければいいかわからなかったけど、笹原がこんなに話しやすいやつだってわかってよかった」
笹原はどうみても酒が回って赤くなった顔で陽気に笑って、たぶんダイエットのことも忘れてたくさん食べた。立てるのか、とたずねると、意外といけるのよ!と自信満々に立ち上がって、そしてよろけた。
「タクシー呼ぶか」
「歩いて5分くらいだからへいき」
「ん、それなら送る」
「あれえ、送り狼?」
「心配するな、そんな度胸ない」
笹原のかばんを受け取って、肩には届かないので肘の辺りを貸してゆっくり歩く。5分と言ったのに10分以上かけてたどり着いたアパートの階段を上がると、言われたとおりかばんのポケットを探って鍵を開ける。
「ちゃんと風呂入って寝ろよ」
「上がらないの?お茶くらいだすよ」
「なに言ってるんだ、中からかぎ閉めろよ」
鈍く反論する声を遮ってドアを閉めると、かぎを閉める音がして、中からおやすみぃ、と柔らかい声がした。