あこがれの武藤先輩
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「いそがしそうだね」
「うん、ウィンターカップの予選があって、あと国体も高頭先生が監督だからわたしのこといいようにパシりにしてくるんだよね」
「すっかりマネージャーだねえ」
「ほんと、入学したときからは想像つかないねえ」
まどかはお弁当をでかい口で頬張りながら、ホッチキスでまとめたプリントの束にボールペンを走らせている。しばらくすると教室の入り口から顔をだした高身長なひとがまどかちゃん、と声をかけてきた。
「じんさん!」
プリントの束をつかんでほっぺたに米粒をつけたまま立ち上がったまどかは「じんさん」にかけよる。聞き覚えのあるなまえに、わたしたちは2人で顔を見合わせた。不憫と言われた神さんは、プリントを指差しながらにこにこ話したあとまどかの顔を見て吹き出すと、ほっぺたのお弁当を指先でつまみとってぱくっと食べた。わたしだったら卒倒しちゃうわ、てゆーか付き合ってる距離感だわ。もー!と怒るまどかの頭をにこにこ笑ってわしわし撫でると神さんは行ってしまった。何事もなかったようにまどかは戻ってくる。
「…彼氏…?」
「え?なわけないじゃん!仲いい先輩」
なるほど、仲いいの自覚はあるのか。武藤先輩はバッサリ不憫と言っていたけど、神さんのやさしい目線からすごく愛情が滲み出てて(肝心の相手は気付いてないけど)こっちとしてはコントとかじゃなく少女漫画をみてる気分だ。武藤先輩情緒に欠けすぎじゃん。好きな気持ちをあんなに少しも隠さない人を毎日みてたらそうでも思わないとやってられないんだろうか。
ーーーーーーー
見においでよ、とまどかに言われてウィンターカップの予選を見に来てしまった。2階席の後ろの方に座っていると、フロアのドアが開いて両チームが入ってくる。ラオウこと牧先輩の横でがちゃがちゃやってる清田くんと対照的に、まどかはいちばん後ろを早足で歩いていく。普段あんなに親しげなのに、誰とも話さずにせかせか動いているようすは新鮮だ。たまにスタメンじゃない人と言葉を交わしてるようだけど談笑というより業務連絡っぽい表情だ。
準決勝だけあって、相手もなかなか。とはいえこちらは存在感だけで敵を倒せそうな牧先輩、うるさいとはいえ有言実行の清田くんにゴール下のいかつい先輩、清田くんを囮に牧先輩のパスを受けてとびきり綺麗なシュートを決めたのはあのじんさんだ。それと、
「武藤先輩まじで出てるね」
「ほんと」
「みんなめちゃめちゃ走ってる」
「ホントだねえ……」
まどかはノートを広げてひっきりなしに書き込んでいる。海南の選手はごりごりに切り込む牧先輩にあわせて動いているようだ。集中した表情のまどかや武藤先輩、それに大歓声や迫力のある音が、わたしの心臓をふわふわずきずきさせる。ほんとうだけど嘘みたいだ。別の世界の人みたい。
「別人みたい」
「ほんとね」
試合が終わるとせかせかと荷物を撤収するまどかを、ベンチに座っていた他の人とじんさんが手伝っている。たぶんあのベンチに座るだけでけっこう大変なことなんだろうけど、今日はメンバーチェンジがなく半分以上の選手は出番なく終えているはずだ。
「陽子!晶子!」
エントランスのあたりでジュースを買って休んでいると、ジャージ姿の集団の中からまどかが元気に声をかけてくる。必然的にバスケ部の注目を浴びてわたしたちは縮こまる。まどかのうしろから出て来て当然のようにまどかのあたまに顎をおいた清田くんがこいつ見に来てどーすんだよ、とあきれたように口をはさんだ。
「ほんとに来てくれたんだ~ありがと!私は1点も取ってませんが」
「見てたよ、あんなに真剣そうなのすごいかっこよかった!」
「ちょっとアンタ相手が違うんじゃないの、」
「おーす!来てたのか!」
「げっ!武藤先輩!」
「げっとはひでーな2人して!もう俺らも帰るぞ!どーすんだ」
「わたし電車」
「えっじゃあ陽子一緒に行こ!」
「私は歩いて帰るので」
「えっ、お前近いの?やったー俺ひとりで歩いて帰るとこだったんだ、いこーぜ!」
「えっ!?ヒェ!?ちょっと!?」
「じゃーなー!おつかれーす!!」
「シャース!」
あっという間に拉致されて、方向聞かれて、同じ方に向かって歩道をならんで歩く。恥ずかしくて3歩くらいおくれて。
「マネージャーに誘われた?」
「そ、うです」
「試合見てた?」
「はい、」
「俺、実は出てたんだぜ」
「しって、ます、見てました」
「ん、そ、」
「あの、」
「ん?」
「いつもと全然、違う人みたいでびっくりしちゃいました」
「…それ、いい意味?」
「んー、はい、」
「そっか、よかった」
「そう、ですか」
「あーあ、お前ら来てんなら一回くらいダンクとかしとけばよかった~」
「えっ!できるんですか!」
「できるっつの!やんなくても勝ったけどな」
「おー!」
「先輩かっこよかったですハートとかないんか」
「そっ!そんな!!」
茶化されてる、それだけのはずなのに顔に熱が集まる。思ってなければ簡単に言えるのかもしれないけど、試合の間中かっこいいなと眺めていたものだから、逆に当の本人には冗談でも言えない。めんどくせえとかつまんねえと、思うような人ではないと思っているけど、なんだかもう、穴があったらはいりたい。武藤先輩はわたしの顔をじろじろ見て、それから後ろ頭をぼりぼり掻いた。
「この辺だと高岡中か?」
「そうです」
「じゃあ隣だったんだな。俺高岡南」
「えっ南ですか!近いですね」
「ほんとな」
「あ、見た?神」
「じんさん、時々用事で教室来てて。全然コントじゃないんだもん。少女漫画じゃないですかあ」
「あんな少女漫画逆に面白くねえだろ!胃もたれするわ。コントと思って見るくらいが胃腸にやさしーんだよ」
「えー、ずっと見てられるけどなー」
「コント?」
「だからぁ、」
「それとも」
「へ?」
「お前もあーゆーの憧れるの?」
「んー…いやあ、まどかのあの鈍感さは特殊能力ですからねー」
「ふーん?」
すぐそこなのでと遠慮してもマンションの前まで送ってくれた武藤先輩は、お礼を言うと目をそらしながらお前さあ、と言い出した。
「あいつほど鈍くないって思うなら、今日のこと覚えてろよ」
「えっ、」
じゃーな、と行ってしまった武藤先輩の耳が赤かったことに、少しも気づけないほどわたしは期待と混乱で目を回している。