クラスメイトの牧くん
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翌朝学校に、嘘のようにお下げ頭にすっぴんで登校してきた秋田をみて、毎日見ていた姿なのになんだかびっくりしてしまった。俺の視線に気づいたらしい秋田が、人差し指をそっと口許に当てる。ジャズやカレーや、いろんな鮮やかな記憶が頭のなかをめぐる。
こっちはこっちでインターハイの前に夏休み突入合宿がある。ここで1年生の脱落者がもうひと押し発生するだろう。マネージャーも頑張ってくれてるが、無理せず長く続けてほしい。色んなことが頭のなかを巡りそうになるのを、数学の授業に意識を戻す。大学から声はかかっていて内部進学するつもりだが、成績はなるべく落とさないようにしたい。窓際の前から二番目の秋田は、人差し指と中指の腹で音を出さずに不規則に机を叩いた。今まで1度も気にしたことのなかったそのリズムに、喫茶店の音がよみがえる。まずいな、これは、と、誰にも聞こえない心のなかで呟く。
結局挨拶くらいで1度も話さないまま、終業式を迎えた。インターハイ出場の壮行会が兼ねられ、俺は一応代表で当たり障りのない挨拶をする。ロッカーや引き出しのなかに忘れ物がないか確認していると、牧くん、と声をかけられる。
「頑張ってね。また話し聞かせて。うまく行くように祈ってる」
「おう、ありがとうな」
「じゃ、ばいばい」
「おう」
うまく行くように祈ってる、ってなんか、あいつらしい表現だな、と反芻する。この後は部室で飯食って練習だ。この3年間、と言わず、ミニバスを始めてからずっとバスケのことばかり考えて生きてきたので新鮮な気分だ。こういうときに頼りになる友人とかいればいいんだけどな、生憎まわりは似たようなやつばかりだし唯一の気の置けない異性であるマネージャーはまるで5歳であてにならない。振り回されてる神の方も兄か飼い主かって具合で参考になりそうもない。
体育館の方に向かうと武藤のえーっちっちぇえ!という大きな声が聞こえて現実に引き戻される。
「どうした大きい声だして」
「おー牧!マネージャーの弁当みて!」
「は?」
とっととジャージに着替えたマネージャーは、部室のすみっこで膝の上に弁当包みを広げている。ラップに包まれた小さめの握り飯がふたつ乗っている。マネージャーは武藤のでかい弁当箱をのぞきこんで、よくそんなに食べれますねと言葉を返す。
「夏、だめなんですよ。まあわたしがバスケするわけじゃないんで」
「足りるならいいけどな。体調悪くなったら休めよ」
「ありがとうございます」
なるほど、握り飯をほおばるマネージャーの小さい口をみて、カレーを食べる秋田の赤い唇を思い出す。
(そうか、好きなのか。)
(それで、俺は)
だめになっちゃいけないな。お前のおかげで頑張れたって言えるような思い方をしたい。祈ってる、というやさしい言葉を刻み込んで、弁当の蓋をあけた。