クラスメイトの牧くん
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「牧くんおはよう」
「う、わ、おお。おはよう」
「なによ、ケバいなって思ったでしょ」
「いや、いつもとあんまり違うもんで。でもよく似合ってる」
「ふふ、まあわたしの擬態が成功してるってことね」
海に行くからかつばの大きな帽子をかぶった秋田は、ウェーブのかかった長い髪を自由にさせて、ショートパンツに麻のサンダルだ。いつもよりまつげが長い気がするし、ぱきっとしたピンク色の濃いリップが白い肌によく映える。あんまりじろじろ見ないで、とつばを下げる仕草もいいなと思ってしまうあたり、俺はどうやら秋田に惚れてるんだろう。
「悪いな、いつもとあんまり違うから」
「さっきも同じこと言ってた」
「そうだったか?」
天気がいいので、浜や海面の照り返しがまぶしい。準備よく小さなレジャーシートを持ってきていた秋田は、この辺で見とく、と、トイレ以外開いてない海の家の近くに陣取った。久しぶりの海はまだひんやりしているが、海とひとつになる感覚は心地よい。腹に力をいれて、自分のからだの感覚に集中する。そうでないと一瞬で放り出されてしまう。夢中になって、どれくらい時間がたっただろうか。浜に上がると、波打ち際を歩いていたらしい秋田が笑った。
「すっごいね!」
「そうか?退屈だったろ」
「んーん、初めて見たし面白かった」
「はは、いつかやってみるか?」
「えっ!えっ?できるもん?」
「いや、できない。けっこう投げ出されるし痛い思いすると思うが」
「牧くん正直だなあ」
「あっ」
「でももうちょっと夏になったらやってみたいかな。まだ寒くない?」
「まあちょっと、ひんやりはしてる」
「夏休みは忙しいの?」
「8月の頭にインターハイがあるからな、その後なら」
「ほんと?じゃあ牧コーチ、よろしくお願いします」
「言ったな?」
「げ、こわっ」
シャワーを浴びて着替えたら、じゃあいこう、と秋田は階段を登り始める。鼻歌が聞こえて、足取りも軽やか、もうすでに世界に足を踏み入れているようだ。一体どこに向かうんだと後ろからついていくと、古ぼけた喫茶店の前で止まった。店の外にはたくさんの鉢に花が咲いている。ドアを開けるとチリンと音がして、ジャズとコーヒーの香りがからだをつつむ。
「いろは今日は早いなあ」
「うん、今日は友達と、あれ?牧くん?」
「あ、ああ、」
「あれ、男だ。彼氏?じーちゃんが泣くぞ」
「あらあら男前じゃない。サーフィンの人?」
「牧くん、あの、ここは亡くなった祖父が始めたお店で、今のオーナーは三智おばさん。わたしの父の姉なの」
「よろしくね、牧くん」
「海南大付属高校の牧紳一です」
「同じクラスなの。今日はひみつの見せっこしてるんだ」
「なんだそれ、いいなあ~甘酸っぱいなあ~」
「もうシゲさん、若者の春で潤うんじゃないよ」
「もう、友達だって言ってるでしょ!牧くん座ろう、お昼ごはんわたしと一緒でいい?食べれないものある?」
「や、ない」
「よーし看板娘、一曲いっとくか」
「えー、お腹空いたよ。何やる?」
「俺ぁいろはの九ちゃんがすきなんだ」
「じゃーそれでいこ。シゲじい叩いてよ」
「おー、やっちゃろ」
待ってて、と言った秋田は、窓際のアップライトピアノの前に腰かけて、手首に提げていたゴムで髪の毛をまとめた。
おじいさんの軽快なドラムで始まったのはジャズアレンジされた昔の歌だ。なるほどここはジャズ喫茶、それも生演奏ありのとこだ。秋田のからだが自由に揺れて、心地よい音色が店中に広がった。途中から奥でコーヒーを飲んでいた男性がトランペットで加わった。音が直接心臓に響いてくる。ちらりと見えた秋田の横顔は柔らかく、くっきりしたピンクがやはり弧を描いている。
昼御飯の焼きカレーができたところで席に戻ってきた秋田は、熱いから気を付けてね、と言ってスプーンですくったカレーに息を吹き掛けた。
「いつもここに来てるのか」
「赤ちゃんの頃からね」
「そりゃすごい」
「両親が忙しくて、いつもじいちゃんが背負ってくれてね、ピアノもじいちゃんに習ったの。ここのおっちゃんたちが友達なの。あ、あっふ」
「熱いけどうまいな」
「でしょ。よかったお口にあって」
「合唱コンクールの伴奏とかやらないのか」
「はは、あーゆうカッチリしたのは性に合わないのよ。それに目立ちたくないしね」
「牧くん、食後何飲む?コーヒーと紅茶はアイスもホットもあるよ。」
「じゃあアイスの紅茶」
「ストレートでいい?」
「ああ」
カウンターの裏側にお茶を入れに行った秋田に、さっききた客からリクエストが入る。弾んだ声で返事をすると、テーブルにアイスティーをふたつ置いてピアノの方に向かった。俺の向かいにはさっき、トランペットを吹いていた人が座った。
「牧くんっていったっけ」
「はい」
「……なんかどっかで…テレビでてなかった?」
「ああ、バスケをやってるので、ローカルではたまに」
「あ、帝王牧!こないだ見た」
「やめてくださいよ。こんどインターハイに出るので取材受けただけです」
「……なあ、いい子だろ」
「……はい」
「あいつが学校の友達なんか連れてくるの初めてだ。こりゃ惚れてんだろな」
「いや、それは俺の方が」
「へえ、見る目あるね。じいさんも喜ぶわ」
「恐れ入ります」
「学校の子なんかにわかりっこないって、ずっと言ってたから。ここは大事な居場所だけど、君には見せていいと思ったんだろうね」
目尻の皺をもっとくしゃっとさせて、その人は笑う。秋田の演奏は続く。窓の向こうには浜が見える。居心地のいい秘密基地のような場所で、アイスティーに刺さったストローに口をつけた。