高砂くんの表情筋
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
わたしの大きい方の鞄を簡単に持ってくれた高砂くんは、彼としてはかなり小さめの歩幅であるいている。先月の誕生日、ほしいものはあるかと聞かれて特にと答えると、高砂くんは私を駅ビルに入っているチェーンの靴屋に連れ出した。バスケ部時代から愛用しているスポーツメーカーのカジュアルなスニーカーをお揃いで買ってくれて、あちこちに履いていっている。これまでに付き合った人は女の子らしい服装を喜んだ。スカートの丈は短い方が喜ばれたし、歩きにくいヒールの靴で腕に抱きついてバランスを取るとやはり喜んだ。どこかへ出掛けてもたくさんは歩けず、大人の休憩を嗜む、というかむしろそれがメインだよね、と思いながら過ごしていたけど、高砂くんは違う。疲れたなあとベンチに座り込む私に、その靴じゃあ歩きにくいだろと真顔で心配してくれる。スニーカーに合わせてスキニーパンツを穿いていくと、いいじゃないかと微笑んでくれた。今朝とうとう、ウエストがゴムのワイドパンツを穿いた私をみて、似合ってる、と言ってくれた。動きやすく、歩きやすく。そういう服装の方がわたしたちのデートにはふさわしかったし、明るいうちからホテルに入らなくてもわたしには高砂くんの顔色をうかがう必要はなかった。自分の年齢や、体型や、性格や、今までちぎれちぎれの貼り合わせだったそれらが、歩けば歩くほど無理なく違和感なくまとまってくる感じがする。すっかりすっぴんも見られ慣れてしまったけど、一応化粧する過程を物珍しそうにながめる高砂くんの表情を鏡越しに眺めることもなかなかたのしい。
昼前に旅館について、チェックインにははやいので、荷物を預けて近くで昼食をとりながら午後の予定を話し合う。観光地は人が多いしお土産を買って帰るような相手もいない。なんでこんなとこきたんだっけと思い返して手を叩いた。
「高砂くんがさあ、合宿してたとこにいきたい」
「え?おれは構わないけど少し遠いぞ、駅前からバスに乗って、おりてからも歩く」
「いいよ、これ履いてきたから」
「そうだったな」
「やった、きまり」
「面白いものはないぞ」
「高砂くんがゲロはいた場所教えてもらう」
「悪趣味だな」
大盛りのビーフカレーとわたしが少し食べ残したオムライスをたいらげて、高砂くんは立ち上がった。幸いバスの座席はあいていたけど、斜面をくねくね上るバスの車体が揺れて、高砂くんに体をぶつけながら笑った。
運動公園の入り口のバス停でおりる。向かいにはスーパーがある。5分ほど歩いたところで体育館がみえてきた。
「懐かしいな」
「きつかった?」
「死ぬかと思った」
「みんな?」
「うん、夜走りにいくのなんか牧くらいだった」
「まどかちゃんは?」
「あいつはすごかったな、1年生がうまく吐けなくて朦朧としてたら指つっこんで吐かせてた。朝から晩までかけまわってたし、一生かなわないよ」
「それは、わたしにはできないなあ」
「俺もだ」
「ほんとは好きだったとかないの?」
「あのなあ、部員何人いると思ってるんだ、全員にそれ聞く気か」
「だって運動部のそういうの縁のない高校生活だったし」
「あいつのことはすごく好きだけどな。笹原に向けるのとは全然違う種類のやつだな。呑気で元気でマイペースなやつだったから、みんな変に意識せずに付き合ってたと思うぞ。パンツ一丁どころかたぶん尻とか見られてると思うけどどこ吹く風だしな」
「すご、慣れかな」
「あいつの場合は清田と家族同然だったしな。エロ本隠す場所がわかりやすすぎるっていつも文句言ってた」
「はー、ほんと好きだわまどかちゃん」
「それは、あいつも聞いたら喜ぶと思う」
やいやい言いながら体育館の方に歩いてくると、中からバスケとは違うような音が聞こえてくる。
「なんのおと?」
「バレーだな」
「よくわかるね」
「ドリブルじゃなく、1度だけボールが叩きつけられる音がするからな」
「なるほど」
開けっぱなしになった入り口からは、中学生だか高校生だかの男の子の声がしてくる。高砂くんもこんな風に、やいやい言いながら部活をしてたんだろうか。全国区だったし、牧くんは人気者だったし、バスケ部の練習や試合を見に行くって話は聞いたことがあったけど、私自身は1度もいかなかった。後悔というほどではないけど、ゆったりして余裕綽々の高砂くんが、ゲロを吐くほど必死にぎりぎりになっているところを、見てみたかったような気もする。横手に回るとコンクリートの水道があって、頭から水をかぶっている子がいた。俺は出てきてすぐこのへんで吐いた、と高砂くんが指差したあたりだけでなく、誰かが吐くたびにマネージャーがホースで流してな、と言ったその側溝や金蓋は乾いていて、静かで平穏だ。
「言っただろ、何もないって。変な顔するなよ」
「いや、吐いてのびてる高砂くんをイメージしててさ」
「おもしろいのか?」
「うん、すごく」
「ほんとに変なやつだな、高校の時もそうだったのか」
「ううん、結構最近までどうやったらかわいいって思われるかばっかり考えてた」
「へえ」
たかさごくんはぴんときたのかきてないのかわかんない顔をして、私の背中をぽんぽんと叩いた。