高砂くんの表情筋
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高砂くんとの交際は、穏やかで楽しいものだった。幸い首都圏にすんでいるので、デートの行き先には事欠かない。遊園地や水族館、柄じゃないけど美術館なんかにも行ったし、公園のベンチや芝生に座ってぼんやりしながらぽつぽつ喋るのも楽しかった。一応見た目こそ整えていくものの、もう高砂くんの前でかわいい女ぶったって仕方ないのでそれはらくちんだ。どこへ行っても必ず部屋まで送り届けてくれる。玄関先で高砂くんは大きな体を折り曲げて、わたしは太い首に抱きついて、そうするとやさしいキスをしてくれる。引っ込めたつもりらしい欲がにじみ出る大きくて強い掌に、ひどく満足感をおぼえる。
高砂くんはバスケのことより、仲間のことを話すのが好きらしい。わたしよりもっとやばいと断定されたマネージャーのまどかちゃんは、夏の合宿なんかではタンクトップに短パンという際どい格好で部員のみんなはムラムラよりもハラハラしていたのに本人はどこ吹く風、そのまま買い出しとかに行きそうなところあわててもう一枚服を着せる役は神くんだったらしい。困ったときに思い出してほしいと言った神くんのことを、尊敬しているとも言っていた。
気持ちのいい季節なので休みを合わせて旅行しようか、という話になった。初めてだし近場の温泉地かどっか、と相談しながら、頭のなかでは半分、下着を新調しようかなとかダイエットしようとか、そんなことばかり考えている。さすがの高砂くんも一緒に寝るとなれば手を出そうと思うにちがいなか………なか、なかろう!と、思いたい。晩御飯のオムライスを頬張りながら、箱根だ草津だ熱海だと話は盛り上がる。
「高校の頃熱海で合宿しててなあ」
「なにそれめっちゃいいじゃん」
「温泉街の外れの、おばさんが1人で切り盛りしてる古いとこでな。人手がないもんでマネージャーがずっと走り回ってた。1年生は全員ゲロはいてた」
「ちょっとお、ごはん中」
「あ、すまん」
「じゃあ観光はしたことないの?」
「ない」
「じゃあ熱海にしよっか」
「ん、いいよ」
わたしの好きな、やさしい人。今日だってこのお店は高砂くんちの最寄り駅だけど、いつものようにわたしの家まで送り届けてくれるに違いない、と思っていた。
おいしかったね、と店を出て指を絡めると、高砂くんが歩き出す気配がなくてわたしは振り返る。ばちんと目線がぶつかって、それから上を見たり下を見たり、後ろ頭を掻いたりしたあと、もう一度目を合わせて、うちに寄っていかないか、と言った。付き合う前からセックスだなんだと抜かしておいて、すっかり平和ボケしてしまっていたわたしは、正解のリアクションを導き出せずに立ち尽くした。黙ったまま、大きく頭をたてに振る。
「それは、泊めてくれるってことで、いいの?」
「おまえが、よければ」
「ずるい高砂くん、すっかりわたしのこと油断させておいて」
「うん、ごめんな」
駅とは反対の方向に向かって、手を繋いでゆっくり歩く。さいしょのコンビニでてきとうに買い物をして、いつもよりうんと口数の少ない高砂くんに緊張してるの、と訊ねると、インターハイの決勝より、と言われてわたしも下を向く。こぎれいなアパートは駅から15分ってとこだろうか、高砂くんの足なら10分もかからないかもしれない、そんなとりとめのないことを巡らせておかないと沸騰してしまいそうだ。一緒にいるときは目元を緩ませている高砂くんは、いつもやさしくて暖かい高砂くんは、一体どんな風にわたしを抱くんだろうとちらつくたびに、煩悩を振り払う。今夜わたしは高砂くんに抱かれる、願わくはこのやさしい人の、最初で最後の女になりたいんだけど。