三井先輩に狙われる
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あれから先輩と会わないまま、こっちも忙しい、というか忙しくしている、ので、とうとう夏休みに入ってしまった。三井先輩のことを考えると、あの日のことを思い出してしまうので、恥ずかしくて正直避けている。そんな折なので、玄関から母親の嬉しそうなあら!ひさしくん!という声に、どんな顔して出ていけばいいのか決めかねる。あわあわしていると、部屋のドアがあいて母さんの後ろから三井先輩が顔を出した。
「なんだ、起きてたの」
「おう、久しぶり」
「っ、久しぶりです」
「彩子から電話あって、宮城が帰って来てんだって」
「そうなんですか」
「それで今日飲みに行くから」
「行ってらっしゃい」
「お前もつれてこいって。赤木の妹も来るってよ」
「わたしバスケ部じゃないんですけど」
「あいつが会いたがってんだろ」
「……じゃあ、行きます」
「決まりな。じゃー5時半に迎えに来るから」
「えっ、電話でよくない?」
「かーちゃんがスイカ持ってけって。今日はマジだからな」
じゃあ後で、とあっさり帰っていく。我が家の階段の床板、大男仕様ではないので驚いたようにぎしぎし音をあげている。
は、の、飲み会!慌ててシャワーを浴びて、前髪と毛先をふわっとカールさせる。最近買った白いノースリーブのブラウスに、ベージュのショートパンツを合わせる。巷ではミニスカートが流行っているみたいだけど、わたしにはやっぱりこっちが落ち着く。
あの頃よりはメイクもうまくなったと思う、やり過ぎても崩れてしまうので、薄めの下地と眉毛と口紅、それに気分や洋服に合わせてアイシャドウ。
カーディガンを羽織って、うーん、マニキュアギリギリ間に合うだろうか。サンダルの季節で脚の指は赤く塗ってある。パールがかったピンクのマニキュアを引っ張り出す。早く乾くようにドライヤーの冷風を当てたり息を吹き掛けたりする。触って確かめたいところだけどこれが失敗のもとなので、ここは忍耐。
予定より早く玄関のベルがなって、母さんに招き入れられた三井先輩が顔を出す。
「なにやってんだ?」
「爪乾かしてるの。触んないでくださいね」
「へえ…わかんねえな」
「先輩も塗ります?」
「悪くねえな、赤木がぶっ倒れるかも」
「…連絡しなかったの、怒ってます?」
「いや、俺もわるかった。お前のこと考えると、あん時のこと思い出しちまってどうしたらいいのかわかんなかった」
「正直言うと私もです」
「でも顔見て安心した」
「そっか」
しょっちゅう友達と飲んでるし、バイトも今では遅くまでやってるので、遅くなるねと言っても親も気にもとめない。
「帰り、送るんで」
「えーやだ寿くん!お母さんが送られたい!かっこいい!」
「やめときな、夜道の先輩の顔めっちゃこわいから」
「おいこら!」
「じゃー行ってきます」
親に丁寧に挨拶をして、あとから大股で追い付いてきた三井先輩がほら、と掌を差し出してくる。その手を取らずに先輩の腕にぶら下がるみたいに抱きついた。
駅前の新しい居酒屋の前に大男がわらわらしていて、威圧感にうっとなりながら近付く。
「おっす」
「三井さん!ちわっす!」
「こんにちは~」
「川本!久しぶり!三井先輩と来たのか?」
「わーヤス先輩変わんないですね。彩子お姉様のお呼びで」
「なるほど」
「すみれっ」
「晴子!ひさしぶり!元気そうね」
「彩子さんから、すみれも誘おうって言われてすごく楽しみにしてたの!」
「晴子お酒飲むの?」
「ふふ、お兄ちゃんよりは強いわよ」
「えっ!?それ赤木先輩激弱なんじゃ…てゆーか彩子先輩は?」
「そ、それは、」
「流川だよ。家が近いから引き摺ってくるって。そうでもしないとあいつ出てこないだろ」
「なるほど~それで晴子はそんなに気合い入ってるんだ」
「そんなことないわよ、」
「あら、集まってるじゃない!入りましょ!」
「お姉様~~」
「彩子さん!」
「んもう、晴子ちゃんはこっちでしょ、ほらルカワ!目ぇ開けなさい!」
「っす…」
宮城先輩って顔こわいしチャラチャラしてそうなイメージだけどみんなからの信頼は厚そうだ。寝ちゃうんじゃないかと思ってた流川も、宮城先輩の隣に座ってなんやら話をしているらしい。三井先輩も向かい側でたのしそうにしていて、あんなことがあったことなんかまるで想像もつかない。
「で、どうなのあんたは。順調ってことでいいの?」
「どーなんですかねえ、今日、3ヶ月くらいぶりなんですけど」
「そうなの?最近誘ってくれないから、先輩のアパートに入り浸ってるのかと思ってたわよ」
「いや、大学と逆方向なんで。なんなら三井のお母さんの方がよっぽど会ってますよ、しょっちゅうお家でお茶してますから」
「なにそれ!もしやもう結婚してた?」
「やめてくださいよ、うちの両親も三井先輩ラブだし外堀が完全に埋まってるんです」
「なによそんな顔して!あれの出番はあったの?」
「あ、えーっと、こないだ、一回だけ」
「なるほどね、それで久しぶりなんだ~可愛いやつめ~~」
「お姉様………ご勘弁を……」
「ちょっとまって2人とも!あれってなによう、私にも教えてよう」
「は、晴子に!?」
「大丈夫かしらあんた、倒れない?」
「なによ2人とも!私だって21歳なのよ!」
「ほんとぉー??」
彩子先輩が晴子に何か耳打ちして、みるみるうちに晴子は真っ赤な顔になる。わたしと彩子先輩を交互に見ては口をぱくぱくしている。私はなんか居たたまれなくなって、大きな唐揚げを口のなかに押し込んだ。向こうの方で桜木花道が赤木先輩にげんこつされる音が聞こえる。この店無事ですむんだろうか。
「なんだあ?もうみんなできあがってるなあ」
「メガネ君!」
「小暮さん!」
仕事帰りらしいワイシャツ姿であらわれた小暮先輩は、顔を出した店員さんに生ひとつ、と人差し指をたてると、ぐるりと見回してわたしの横に腰を下ろした。ガールズトークの圧にヤス先輩たちがちょっとずつ向こうにずれていったのでちょうどいい隙間ができてきた。御愁傷様です。
「木暮先輩、まさに公務員って感じですね」
「そうか?マネージャーは貫禄増してるなあ」
「ちょっとお!良い女になったって言ってくださいよ!」
「おっと失礼」
先輩たちが卒業して以来だから、5年ぶりだろうか。空いてるじゃないか、何飲むんだ?とさらっと後輩である私たちの注文をきいて、生ビールを持ってきた店員さんに伝えてくれる。向こうのテーブルからはあちこちから生ひとつ、おれも、と声が上がり、赤木先輩が生のやつは手を上げろ!とまとめているらしかった。はあ神様仏様木暮様。もともと柔らかい人だったけど、さらに物腰柔らかくなってる気がする。
「木暮先輩は?何かときめく話はないんですか?」
「なっ!!ときめくだって!?もしかしてここ空いてるのってみんな避けてたのか?」
うんうん、と頷くヤスさんや石井くんなんかを見て、木暮先輩は頭を抱えた。
「俺なんかの話より川本はどうなんだ?ここにいるってことは順調なんだろ?」
「そりゃ、まあ、ね」
「そこにつっこむのー?木暮先輩勇気ある!過激ですよ~~ほら晴子ちゃんなんか」
「えっ?酔ってる?大丈夫か?」
「ちょっと刺激がつよすぎましたね」
「それはちょっと勘弁願いたいけど、意外だなあ。前はほら、ちょっと話してるだけで割り込んでくるくらいだったのに、隣とかにいなくていいんだな、三井」
「まあちょっとは大人になったんじゃないですか?」
「それか私に色々ほじくられるのがいやなのかも、色々」
「彩子先輩とブラジャー買いに行ったって言ったら頭抱えて唸ってましたからね」
「ちょっと待て!これは俺も無理、安田助けてくれえ!」
逃げてった小暮先輩を追いかけて、ジョッキをもって彩子先輩は向こうに行ってしまった。
「晴子~」
「なに?」
「赤木先輩酔っぱらってるね」
「楽しいのよ。家でお父さんと飲んでもあんな風にはならないもん。三井先輩も楽しそうね」
「ほんと。私のこと送っていくとか豪語してたけど絶対逆じゃん」
「ねえねえ、三井先輩のどこが好きなの?なかなか教えてくれなかったじゃない」
「んー、どこがって言われるとなー……まあヤンキーとくそまじめのハイブリッドだから面白いけどねえ」
「もう、はぐらかさないでよ」
「あとは~強いて言うなら…手と、目尻かな」
「手と、目尻」
「あ、性格とかそういうこと?でも付き合ってわかったけど、せんぱいの手、おっきくてあったかくて好きなんだよね。変かな」
「ううん、なんかもう、ドキドキしてきちゃう」
「晴子、ルカワのとこ行かなくていいの?」
「そんなの無理よ、流川くん、わたしのことなんか覚えてないわ」
「えー?アイドルじゃあるまいし。現実的な好きな人はつくらないの?あんなに好き好き言ってる桜木花道もいるし、大学にだって、」
「いないわよ、私女子短よ」
「あ、そっか」
はじめからチラチラ流川の方を気にしてるのは気付いてた。遠くから視線をやってはもじもじしている晴子の腕を掴んで立ち上がった。
「宮城先輩」
「お、おう?」
「いいんですか?彩子先輩と話さなくて」
「な!なんだよ突然!」
「チェンジ!!」
「は!?お!?おお!」
ほろよいの宮城先輩の腕を掴んで立ち上がらせると、ひとつあいた流川の隣に晴子を押し込んだ。木暮先輩たちと話に花をさかせる彩子先輩のとなりに宮城先輩を押し込んだ。机に置きっぱなしだったカルーアミルクのグラスを晴子に持たせる。向かいの三井先輩は目があうと、静かに笑った。ちくしょう、顔がいい。
「もー、あんたは突然!」
「えへへ。すみません宮城先輩、晴子があんまりもじもじしてるんで」
「いい、俺は結果オーライ」
「三井さんは?いいの?」
「いいんですよいつでも会えるし。酔ってても顔がよくてほんとむかつく」
「ほんとに変わらないな、三井のこと大好きだなあ」
「そんなの先輩たちには勝てませんよ」
三井先輩は、流川が全然話さないもんで晴子になにやら話しかけているみたい。
「大学の試合、何回か見に行きましたけど。真面目に頑張ってて、調子もよくて、ちやほやされて、この人たちは三井先輩が歯抜けのロン毛の暴力男だったこと知らないんだと思ったら、なんか見に行かなくなっちゃいました」
「はは、歯抜けのロン毛かあ、うまいこと言うなあ」
「懐かしいな、あの歯やったの俺」
「ま、まじですか」
「それで?三井はまた暴力男に戻りそう?」
「うーん、たぶん戻らないと思いますけど。先輩たちのお陰ですよ、みんな器でかすぎでしょ」
「そんなあ、ほめるなよ」
「水戸くんが高校のころ、三井先輩がまじで頭上がらないのは赤木さんじゃなくてメガネ君とヤスさんだろって言ってましたよ」
「水戸かあ、懐かしいなあ」
「たしかに、三井先輩水戸にぼこぼこにされてたからな…懐かしい」
「俺たち殴られただけですけどね、木暮さん」
「まあ、殴っても無駄な方が、暴力男にはこたえるってことじゃないか?」
「はーあ、ほんとに、みなさんの今後の人生にいいことばかり起こるようにいつも祈ってます」
「ありがとな。でもまあ、今後は俺たちの方から川本に、三井のことよろしく頼みたいかな」
なんだよみんな、人間何周目ですか。涙が出そうにならないように、ジョッキに残ったビールをあおる。
「次に集まるときは三井たちの結婚式かなあ」
「わかりませんよ、宮城先輩が男を見せるかも」
「それはないと思うわ」
「あ、彩ちゃあん……」
楽しい会は続き、赤木先輩がいびきをかきはじめたところでお開きになった。赤木兄妹をタクシーに押し込んで、みんなはそれぞれに自宅を目指す。
私たちはまあ歩いて帰れる距離なので、生ぬるい夜空の下をゆっくり歩き始めた。やっぱり酔ってるらしい三井先輩が手を繋いで指を絡めてきた。
「何話してた」
「気になる?」
「気になる」
「歯抜けでロン毛の三井先輩の話。前歯は俺がやったって宮城先輩が言ってましたよ」
「ぐっ…しつけーなお前ら」
「それから、三井のこと頼むって木暮さんが」
「なんだよそれ、逆だろ」
「今日、楽しかったです。私の知ってる三井先輩を知ってる人と、先輩の話してさいこうでした」
「そーかよ」
「そっちは?晴子どうでした?」
「ありゃだめだな。流川も昔ほどきつくはねーけど。お前の無神経さを赤木の妹に半分分けてやったらいいと思うぞ」
「なにそれ!もうちょっと現実的にアシストしてくださいよ」
「は?お前がやればいいだろ」
「晴子はともかく流川はまじで私のこと知らないと思いますよ。精々三井先輩の彼女ってくらいじゃない?」
「たしかに、そうか」
夏の夜のしっとりした空気が鼻の奥に広がる。酔っぱらいを引っ張りながらのんびり歩いていたら横に並んできた三井先輩がわたしの顔をじっと見る。
「どーすんの?木暮にまで頼まれちまったらいよいよ結婚するしかねーな」
「は?なめてんですか?そんなこと言われなくてもわたし三井先輩のことめっちゃ好きですけど?」
「なんでそんな喧嘩腰なんだよ」
「悪いですか」
ぎゅっと抱きついて、黒いTシャツの胸のあたりに顔をうずめた。好きだよ、ほんとは、もうとっくに全部。両腕がぐるんと回される。あったかくて、しっとりして、わたしの気持ち全部ばれてるんじゃないかなんて思ってしまう。
「なんだ、起きてたの」
「おう、久しぶり」
「っ、久しぶりです」
「彩子から電話あって、宮城が帰って来てんだって」
「そうなんですか」
「それで今日飲みに行くから」
「行ってらっしゃい」
「お前もつれてこいって。赤木の妹も来るってよ」
「わたしバスケ部じゃないんですけど」
「あいつが会いたがってんだろ」
「……じゃあ、行きます」
「決まりな。じゃー5時半に迎えに来るから」
「えっ、電話でよくない?」
「かーちゃんがスイカ持ってけって。今日はマジだからな」
じゃあ後で、とあっさり帰っていく。我が家の階段の床板、大男仕様ではないので驚いたようにぎしぎし音をあげている。
は、の、飲み会!慌ててシャワーを浴びて、前髪と毛先をふわっとカールさせる。最近買った白いノースリーブのブラウスに、ベージュのショートパンツを合わせる。巷ではミニスカートが流行っているみたいだけど、わたしにはやっぱりこっちが落ち着く。
あの頃よりはメイクもうまくなったと思う、やり過ぎても崩れてしまうので、薄めの下地と眉毛と口紅、それに気分や洋服に合わせてアイシャドウ。
カーディガンを羽織って、うーん、マニキュアギリギリ間に合うだろうか。サンダルの季節で脚の指は赤く塗ってある。パールがかったピンクのマニキュアを引っ張り出す。早く乾くようにドライヤーの冷風を当てたり息を吹き掛けたりする。触って確かめたいところだけどこれが失敗のもとなので、ここは忍耐。
予定より早く玄関のベルがなって、母さんに招き入れられた三井先輩が顔を出す。
「なにやってんだ?」
「爪乾かしてるの。触んないでくださいね」
「へえ…わかんねえな」
「先輩も塗ります?」
「悪くねえな、赤木がぶっ倒れるかも」
「…連絡しなかったの、怒ってます?」
「いや、俺もわるかった。お前のこと考えると、あん時のこと思い出しちまってどうしたらいいのかわかんなかった」
「正直言うと私もです」
「でも顔見て安心した」
「そっか」
しょっちゅう友達と飲んでるし、バイトも今では遅くまでやってるので、遅くなるねと言っても親も気にもとめない。
「帰り、送るんで」
「えーやだ寿くん!お母さんが送られたい!かっこいい!」
「やめときな、夜道の先輩の顔めっちゃこわいから」
「おいこら!」
「じゃー行ってきます」
親に丁寧に挨拶をして、あとから大股で追い付いてきた三井先輩がほら、と掌を差し出してくる。その手を取らずに先輩の腕にぶら下がるみたいに抱きついた。
駅前の新しい居酒屋の前に大男がわらわらしていて、威圧感にうっとなりながら近付く。
「おっす」
「三井さん!ちわっす!」
「こんにちは~」
「川本!久しぶり!三井先輩と来たのか?」
「わーヤス先輩変わんないですね。彩子お姉様のお呼びで」
「なるほど」
「すみれっ」
「晴子!ひさしぶり!元気そうね」
「彩子さんから、すみれも誘おうって言われてすごく楽しみにしてたの!」
「晴子お酒飲むの?」
「ふふ、お兄ちゃんよりは強いわよ」
「えっ!?それ赤木先輩激弱なんじゃ…てゆーか彩子先輩は?」
「そ、それは、」
「流川だよ。家が近いから引き摺ってくるって。そうでもしないとあいつ出てこないだろ」
「なるほど~それで晴子はそんなに気合い入ってるんだ」
「そんなことないわよ、」
「あら、集まってるじゃない!入りましょ!」
「お姉様~~」
「彩子さん!」
「んもう、晴子ちゃんはこっちでしょ、ほらルカワ!目ぇ開けなさい!」
「っす…」
宮城先輩って顔こわいしチャラチャラしてそうなイメージだけどみんなからの信頼は厚そうだ。寝ちゃうんじゃないかと思ってた流川も、宮城先輩の隣に座ってなんやら話をしているらしい。三井先輩も向かい側でたのしそうにしていて、あんなことがあったことなんかまるで想像もつかない。
「で、どうなのあんたは。順調ってことでいいの?」
「どーなんですかねえ、今日、3ヶ月くらいぶりなんですけど」
「そうなの?最近誘ってくれないから、先輩のアパートに入り浸ってるのかと思ってたわよ」
「いや、大学と逆方向なんで。なんなら三井のお母さんの方がよっぽど会ってますよ、しょっちゅうお家でお茶してますから」
「なにそれ!もしやもう結婚してた?」
「やめてくださいよ、うちの両親も三井先輩ラブだし外堀が完全に埋まってるんです」
「なによそんな顔して!あれの出番はあったの?」
「あ、えーっと、こないだ、一回だけ」
「なるほどね、それで久しぶりなんだ~可愛いやつめ~~」
「お姉様………ご勘弁を……」
「ちょっとまって2人とも!あれってなによう、私にも教えてよう」
「は、晴子に!?」
「大丈夫かしらあんた、倒れない?」
「なによ2人とも!私だって21歳なのよ!」
「ほんとぉー??」
彩子先輩が晴子に何か耳打ちして、みるみるうちに晴子は真っ赤な顔になる。わたしと彩子先輩を交互に見ては口をぱくぱくしている。私はなんか居たたまれなくなって、大きな唐揚げを口のなかに押し込んだ。向こうの方で桜木花道が赤木先輩にげんこつされる音が聞こえる。この店無事ですむんだろうか。
「なんだあ?もうみんなできあがってるなあ」
「メガネ君!」
「小暮さん!」
仕事帰りらしいワイシャツ姿であらわれた小暮先輩は、顔を出した店員さんに生ひとつ、と人差し指をたてると、ぐるりと見回してわたしの横に腰を下ろした。ガールズトークの圧にヤス先輩たちがちょっとずつ向こうにずれていったのでちょうどいい隙間ができてきた。御愁傷様です。
「木暮先輩、まさに公務員って感じですね」
「そうか?マネージャーは貫禄増してるなあ」
「ちょっとお!良い女になったって言ってくださいよ!」
「おっと失礼」
先輩たちが卒業して以来だから、5年ぶりだろうか。空いてるじゃないか、何飲むんだ?とさらっと後輩である私たちの注文をきいて、生ビールを持ってきた店員さんに伝えてくれる。向こうのテーブルからはあちこちから生ひとつ、おれも、と声が上がり、赤木先輩が生のやつは手を上げろ!とまとめているらしかった。はあ神様仏様木暮様。もともと柔らかい人だったけど、さらに物腰柔らかくなってる気がする。
「木暮先輩は?何かときめく話はないんですか?」
「なっ!!ときめくだって!?もしかしてここ空いてるのってみんな避けてたのか?」
うんうん、と頷くヤスさんや石井くんなんかを見て、木暮先輩は頭を抱えた。
「俺なんかの話より川本はどうなんだ?ここにいるってことは順調なんだろ?」
「そりゃ、まあ、ね」
「そこにつっこむのー?木暮先輩勇気ある!過激ですよ~~ほら晴子ちゃんなんか」
「えっ?酔ってる?大丈夫か?」
「ちょっと刺激がつよすぎましたね」
「それはちょっと勘弁願いたいけど、意外だなあ。前はほら、ちょっと話してるだけで割り込んでくるくらいだったのに、隣とかにいなくていいんだな、三井」
「まあちょっとは大人になったんじゃないですか?」
「それか私に色々ほじくられるのがいやなのかも、色々」
「彩子先輩とブラジャー買いに行ったって言ったら頭抱えて唸ってましたからね」
「ちょっと待て!これは俺も無理、安田助けてくれえ!」
逃げてった小暮先輩を追いかけて、ジョッキをもって彩子先輩は向こうに行ってしまった。
「晴子~」
「なに?」
「赤木先輩酔っぱらってるね」
「楽しいのよ。家でお父さんと飲んでもあんな風にはならないもん。三井先輩も楽しそうね」
「ほんと。私のこと送っていくとか豪語してたけど絶対逆じゃん」
「ねえねえ、三井先輩のどこが好きなの?なかなか教えてくれなかったじゃない」
「んー、どこがって言われるとなー……まあヤンキーとくそまじめのハイブリッドだから面白いけどねえ」
「もう、はぐらかさないでよ」
「あとは~強いて言うなら…手と、目尻かな」
「手と、目尻」
「あ、性格とかそういうこと?でも付き合ってわかったけど、せんぱいの手、おっきくてあったかくて好きなんだよね。変かな」
「ううん、なんかもう、ドキドキしてきちゃう」
「晴子、ルカワのとこ行かなくていいの?」
「そんなの無理よ、流川くん、わたしのことなんか覚えてないわ」
「えー?アイドルじゃあるまいし。現実的な好きな人はつくらないの?あんなに好き好き言ってる桜木花道もいるし、大学にだって、」
「いないわよ、私女子短よ」
「あ、そっか」
はじめからチラチラ流川の方を気にしてるのは気付いてた。遠くから視線をやってはもじもじしている晴子の腕を掴んで立ち上がった。
「宮城先輩」
「お、おう?」
「いいんですか?彩子先輩と話さなくて」
「な!なんだよ突然!」
「チェンジ!!」
「は!?お!?おお!」
ほろよいの宮城先輩の腕を掴んで立ち上がらせると、ひとつあいた流川の隣に晴子を押し込んだ。木暮先輩たちと話に花をさかせる彩子先輩のとなりに宮城先輩を押し込んだ。机に置きっぱなしだったカルーアミルクのグラスを晴子に持たせる。向かいの三井先輩は目があうと、静かに笑った。ちくしょう、顔がいい。
「もー、あんたは突然!」
「えへへ。すみません宮城先輩、晴子があんまりもじもじしてるんで」
「いい、俺は結果オーライ」
「三井さんは?いいの?」
「いいんですよいつでも会えるし。酔ってても顔がよくてほんとむかつく」
「ほんとに変わらないな、三井のこと大好きだなあ」
「そんなの先輩たちには勝てませんよ」
三井先輩は、流川が全然話さないもんで晴子になにやら話しかけているみたい。
「大学の試合、何回か見に行きましたけど。真面目に頑張ってて、調子もよくて、ちやほやされて、この人たちは三井先輩が歯抜けのロン毛の暴力男だったこと知らないんだと思ったら、なんか見に行かなくなっちゃいました」
「はは、歯抜けのロン毛かあ、うまいこと言うなあ」
「懐かしいな、あの歯やったの俺」
「ま、まじですか」
「それで?三井はまた暴力男に戻りそう?」
「うーん、たぶん戻らないと思いますけど。先輩たちのお陰ですよ、みんな器でかすぎでしょ」
「そんなあ、ほめるなよ」
「水戸くんが高校のころ、三井先輩がまじで頭上がらないのは赤木さんじゃなくてメガネ君とヤスさんだろって言ってましたよ」
「水戸かあ、懐かしいなあ」
「たしかに、三井先輩水戸にぼこぼこにされてたからな…懐かしい」
「俺たち殴られただけですけどね、木暮さん」
「まあ、殴っても無駄な方が、暴力男にはこたえるってことじゃないか?」
「はーあ、ほんとに、みなさんの今後の人生にいいことばかり起こるようにいつも祈ってます」
「ありがとな。でもまあ、今後は俺たちの方から川本に、三井のことよろしく頼みたいかな」
なんだよみんな、人間何周目ですか。涙が出そうにならないように、ジョッキに残ったビールをあおる。
「次に集まるときは三井たちの結婚式かなあ」
「わかりませんよ、宮城先輩が男を見せるかも」
「それはないと思うわ」
「あ、彩ちゃあん……」
楽しい会は続き、赤木先輩がいびきをかきはじめたところでお開きになった。赤木兄妹をタクシーに押し込んで、みんなはそれぞれに自宅を目指す。
私たちはまあ歩いて帰れる距離なので、生ぬるい夜空の下をゆっくり歩き始めた。やっぱり酔ってるらしい三井先輩が手を繋いで指を絡めてきた。
「何話してた」
「気になる?」
「気になる」
「歯抜けでロン毛の三井先輩の話。前歯は俺がやったって宮城先輩が言ってましたよ」
「ぐっ…しつけーなお前ら」
「それから、三井のこと頼むって木暮さんが」
「なんだよそれ、逆だろ」
「今日、楽しかったです。私の知ってる三井先輩を知ってる人と、先輩の話してさいこうでした」
「そーかよ」
「そっちは?晴子どうでした?」
「ありゃだめだな。流川も昔ほどきつくはねーけど。お前の無神経さを赤木の妹に半分分けてやったらいいと思うぞ」
「なにそれ!もうちょっと現実的にアシストしてくださいよ」
「は?お前がやればいいだろ」
「晴子はともかく流川はまじで私のこと知らないと思いますよ。精々三井先輩の彼女ってくらいじゃない?」
「たしかに、そうか」
夏の夜のしっとりした空気が鼻の奥に広がる。酔っぱらいを引っ張りながらのんびり歩いていたら横に並んできた三井先輩がわたしの顔をじっと見る。
「どーすんの?木暮にまで頼まれちまったらいよいよ結婚するしかねーな」
「は?なめてんですか?そんなこと言われなくてもわたし三井先輩のことめっちゃ好きですけど?」
「なんでそんな喧嘩腰なんだよ」
「悪いですか」
ぎゅっと抱きついて、黒いTシャツの胸のあたりに顔をうずめた。好きだよ、ほんとは、もうとっくに全部。両腕がぐるんと回される。あったかくて、しっとりして、わたしの気持ち全部ばれてるんじゃないかなんて思ってしまう。