笠松くんと終わらない日々
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扉の中からにぎやかな声が聞こえてくるので、たぶんここで間違いない。ちょっとドキドキして、森山と目を合わせてから呼び鈴をならす。
「わ!小堀さんと森山さんっす!」
「早川もいるぞ」
「私いま鶏肉のおててだから黄瀬あけてー」
「はいっすー!」
インターホンのガサガサした音と、黄瀬と青葉の声と。鍵が開いて、黄瀬が顔を出す。ぶんぶんしっぽを振ってる幻覚も見えそうだ。「鶏肉のおてて」を洗っていたらしく、エプロンで手をふきながら、青葉もやってきた。先輩たちおひさしぶりです!と言って、それから俺たちの後ろに早川を見つけて、よく分からない声をあげて抱きついた。あっ!ずるいっすよ!と黄瀬も続く。早川はにこにこしてぎゅっとふたりを抱き締め返すと、小さい子にするみたいに青葉を持ち上げて、また笑った。まるで昨日まで普通に部活してたような、そんな気さえしてくる。
高卒でプロのチームに入った黄瀬と、奇跡的にみんなも集まれる日があったので、有名人の黄瀬のことも考えて目立たないように笠松の部屋で宅飲みだ。もちろん黄瀬のためにジュースもたくさん買ってある。来るときよってきたスーパーの袋を見せると、あっ冷蔵庫に!と言われる。
「笠松は」
「急にバイトになったみたいですけど、夕方には帰るって。コーヒーいれるんで座っててください」
「え?手伝うよ」
「唐揚げの準備、おおかた終わったのでいいですよ。笠松さんが帰る頃に揚げます」
「はー、夫婦感増してるねえ」
「もう1年以上たちますから」
「なんだよ、笠松が戻る前に物色してやる!」
「わたしのパンツ出てきても知りませんよ」
「笠松にしか需要ないって」
「む、出しますよ」
「なんでだよ」
やめな、と声をかけたのに、森山はくるっと振り返って、ベッドの脇の引き出しを順番に覗きはじめた。生活感と清潔感の同居する普通の部屋だけど、2人で住んでるのに当たり前のようにシングルベッドしかないし、そこに枕が2つ置いてあるのが生々しくて、なんかドキドキしてしまう。こっちはこっちで黄瀬や早川と近況報告してたんだけど、森山のうぐ、という声がして、いちばん枕元寄りの引き出しから、ローマ字でサガミとかかれた正方形の包みをぺろんと出してきたのとほとんど同時に、青葉がはいコーヒー、とやってきたのはもう最悪だ。黄瀬はアチャーって顔だし、早川はなんかもう泣きそうになっている。
「す、すまん青葉、」
「森山さん、そんなのでワタワタするってことは余程縁のない生活してるんですね」
「逆にお前はなんでそんなにどっしりしてんの」
「逆に他になに探してたんです?むしろ置いてない方が問題ありません?」
「うっ…」
「しかも他に置場所あります?シチュエーション考えてくださいよ。ほらほらどうぞ喜んでください 」
「青葉、あんなに可愛かったのに…」
「よかった笠松さんいなくて。大暴れですよ、はやく仕舞っといてくださいね。これウインナーコーヒー、バイト先で習ったんで」
「ありがとう…」
「やっぱ青葉が最強だ…」
中村からそろそろ着きますとメールが入って、じゃあそろそろ、と唐揚げを揚げはじめた。しばらくしてやってきた中村からは、えっコーヒーで酔ってます?と辛辣な一言をもらったけど、青葉は気にせず鼻歌交じりに揚げ物を続ける。こんどは鍵穴が回る音がして、笠松が帰って来た。これでみんなだ。
「笠松さん手洗いうがい」
「おー」
「冷蔵庫にクリームあるから、シンくんの分もコーヒー淹れといて」
「あー、あのうまいやつ。つーか唐揚げかよ、いっぱい作れよ」
「1キロ仕込んであります」
「それはやべーな」
揚げ物をする青葉の背後から、頭の上に顎をのせて、つまみ食いをして、二度揚げするの!と怒られている。いやいやいや。距離感は高校の頃とさして変わらないとはいえ、さっきのサガミを見たあとだと、なんとも恥ずかしい気持ちでいっぱいだ、森山なにしてくれるんだ。早いけど飲みますか?と聞いてきた事情を知らない中村に、黄瀬があわててのっかって、いままでの人生でいちばんアルコールの力を借りたかも、でもなんか昔話が盛り上がってきて楽しくなってきたぞ。
「青葉、おきてぅ?」
「おきてるよ!お酒おいしい!」
「うめしゅ?」
「そう!これがいちばん好きなの」
「そーなのか?焼酎うめえぞ」
「焼酎も飲んだけどねえ、梅酒はロックでもカルピスで割ってもうまいよ」
「ひとくちくぇ!」
「青葉強いなあ、イメージ通り過ぎる」
「いちばん飲んでるだろ」
「しょっちゅう教授と飲んでるみたいだからな」
「早川もあんま変わんないな」
「もう飲み過ぎだよ、青葉寝かしといてやろう」
「片付けは明日でいいぞ」
「いやでもまあ、軽くやっとこう」
爆弾を落としておいて、1番にワインでよっぱらって寝てしまった森山は、笠松が床に広げてくれた布団に転がしてある。まあ俺たちも適当に。買ってきたものがほとんどだったし、飲んでない黄瀬が缶を洗って乾かしてくれている。
「シャワー、いつでも使えよ」
「サンキュー」
みんなで倒れこむように、あっちこっちで寝た、はずだった。
(おー……)
夜中トイレにおきると、俺のとなりにいたはずの笠松の姿がない。ぐるりと見回すと、ベッドで寝ている青葉を、後ろから抱き込んでぐうぐう寝ている。なるほどこれがいつものフォーメーションなのか。寝惚けてたんだな、起きたらどんなリアクションだろう。
いいにおいがしてからだを起こすと、青葉が台所に立っている。朝日が眩しくて目をこするおれの気配に気付いて、小さな声でおはようございます、と声をかけてくれる。台所脇の小さな椅子に座ると、水を手渡してくれた。
「元気だなあ、あんなに飲んでたのに」
「ふふ、よゆうです。鶏雑炊もうできますけど、黄瀬がシャワー使ってるんでもう少ししたら空くと思いますよ」
「ん、どうしよっかな」
「なあ青葉」
「はあい?」
「俺、夜中トイレに起きたんだよね」
「あ、見ました?甘えん坊酔っぱらい」
「ははは、見た。ゆるして」
「ふふふ、許しましょう」
「いつもなの?」
「最初、春、寒くてわたしが湯たんぽ代わりにしてたら習慣づいてしまったみたいで。」
「なんだよそれ」
「かわいいとこあるでしょ」
「いやでも、」
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