笠松くんと終わらない日々
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一目惚れに近かったと思う。
大学に入ってはじめて体育館に行った日、となりのコートで練習する男子のなかに、一際低く速く駆け抜けていく人がいた。のちのち正式に入部して、自己紹介というときにその人は、笠松です、と眉間にシワを寄せて言った。
「笠松、気になる?」
「えっ!?」
「めっちゃ見てる。こないだ話しかけてたでしょ」
「撃沈でしたけどね」
「女子と話すの苦手なんだって、そっとしておいてやったら?」
「でもそれだと、その他大勢から脱出できなくないです?」
「げ、がちじゃん。止めはしないけど、どーだろーねえ」
「ちょっと、引いたでしょ先輩」
「まあわたしなら、もうちょっと脈ありそうな相手にいくかな」
脈ありそうな、か。
たしかに脈は全然ない。わたしもしかしたら死んでるのかな。でも死んでると思っちゃったら何もこわくない。もう入部して1年以上たつ。名前は覚えられてると思う。今度の試合の相手が難しいからと、連日残って自主練をしている笠松さんの横から声をかける。
「前田か、帰れよ、遅くなんぞ」
「…1本だけ、ディフェンスしてもいいですか」
「っ…………よし、1本やったら帰れよ」
だめだ、と言われると思っていた。驚いている暇もない。今までで1番腰を落として集中する。ゆったりしたドリブルの音が速くなって、あの迫力で向かってこられると息ができない。次の瞬間には後ろにとんだ笠松さんのシュートが、リングをくぐった。
「ほら、帰れ。おつかれさん」
「おつかれさま、でした」
「おう」
その他大勢を、これで少しばかり脱出したのではないか。胸がドキドキするのは期待感からか、それとも笠松さんの迫力に押されたからか。でもそんなのは、なんでもなかったことを、私はすぐに思い知らされる。研究室に忘れ物をしたのをとりに戻って帰り道、ほんの少し先の方に、笠松さん、その人がいる。今日はラッキーと声をかけようと息を吸ったのを、思いきりよく遮られる。
「かさまつさーん!」
「は?青葉なにやってんだこんな時間に」
「図書館行ったら遅くなっちゃった」
「よく飽きないなお前」
「飽きる?4年間通い尽くしても読みきれませんよ」
「そりゃそーだわ。飯まだだろ、食って帰ろーぜ」
「賛成!牛丼に一票」
「いいな、久しぶりに」
私はいったい何を見てるんだろう。いつもの笠松さんとは全くの別人だ。言葉通り図書館の方から小走りでやってきた小さな女の子が、笠松さんの腕に抱きついた。笠松さんは嫌がるでもなく払うでもなく、普通に受け入れてそのまま歩いていく。夕飯の相談まで聞こえてくるんだから、一緒に住んでる確率が高い。なんだよ女子が苦手って。別に私は彼のなんでもないけども、すごい衝撃だ。あの白くて柔らかそうな女の子の横顔が頭からはなれず、夜は全然眠れなかった。煩悩煩悩、朝から走って、いつもより1時間はやく体育館に向かう。
(電気、ついてる)
「あ、」
「おー、はよ」
扉の音に、彼が振り向く。飽きずに昨日の夜と同じように練習していたようだ。
「笠松先輩」
「あ?」
「あれ、嘘だったんですか、女子が苦手ってやつ」
「は?なんでだよ」
「彼女、かわいいですね。一緒に住んでるんですか?」
「見たんか。あいつは別だわ」
「笠松先輩」
「あ?」
「わたし先輩のこと好きなのに。ぼけっとしてて失敗しました」
先輩は、手を止めてこっちを見る。はじめて目があったかも、でもたぶん私ひどい顔だ。
「あいつ、高校の、1個下のマネージャーで、卒業した時からだからな。悪いけど関係ない」
「意外、そういうの持ち込まなさそうなのに」
「俺、2年のとき本当にな、辞めなきゃいけないかもって思ったことあんだけどな。あいつ1人で先輩やOBにかみついて守ってくれた」
「へえ、」
「悪かった。そんな風に思われてるとは、少しも思わなかった」
「そんな、謝らないでくださいよ、なんかこっちがダサいじゃん」
「ダサくはねーだろ。俺はその、希望には答えらんねーけど、なんつーか、ちゃんと言ってくれてありがとな」
「ずるっ、かっこよすぎじゃないですか。あーあ、私も私のことめっちゃ好きになってくれる彼氏さがそ」
「おー、そうしろ」
そこまで言うと笠松さんはまた、ボールをつき始めた。背中を向けて、部室に向かう。高校生みたいな時間に朝練して、ほんとにバスケバカだな、そういうところが好きだったんだけど。