笠松くんと終わらない日々
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「お前それ、何読んでるの?」
「きよしです、重松清」
「ふーん、知らね」
「えっ、まじです?ドラマとか映画とか色々ありますよ」
「まじ?」
金曜の夜、早めの夕食をすませて、筋トレにはげむ笠松さんのそばで、買ってきたばかりの文庫本を開く。なるほど、悪意は全くないようで、腹筋をしながらめんたまを大きくして、こっちの様子をうかがっている。
「きよしの、初めて読んだ本ね、なんかすごい痛いのにあったかくて明るくて、きれいごとかもしれないけど、こんな風に人生しんどいときもやっていけたらって思ったんです」
「それ、いつ」
「んー、中2かな」
「ちゅうに」
「全中のときとかも、いつも本を持ってましたよ。さすがにマネージャーやってる間は無理でしたけど、あれはあれで幸せな時間でしたけどね」
「そーかよ」
「なによ聞いといて、そっけな」
「や、なんか、お前にかなわねーのわかった気がする」
「なにそれ」
本を閉じて、無造作にシーツの上に投げる。ごろんと体を横にして、笠松さんの腹筋を見守る。時間をはかったり、黄瀬を見張ったり、せず。変な感じだ。体育館よりうんと天井の低いアパートのこの部屋で、変わらない笠松さんの吐息の音を、わたしが独り占めしている。そう思うと目が回りそうになって、恥ずかしくて口許を隠す。いやいやいや、そのへんで着替えてたりとかしょっちゅうだったじゃん。笠松さんのパンツなんか百万回見たことあるって、何を今さら。お互いone of them であることを暗黙の了解として、それを前提に近くにいたので、突然二人きりになって、ことのやばさに今頃気付いてしまった。抱き締められた、肌のあったかさとか、色々、蓋をしようにも沸き上がってくる。とうとう目の前の笠松さんから目をそらして、枕に顔を埋めた。
「なんだよ、大丈夫か?」
「むりです、なんか恥ずかしくなってきた」
「あっそ」
「呆れました?」
「呆れてねーよ」
ぱちんという音は、電気のスイッチだったと、腰のあたりにのしかかられてはじめて気付いた。筋トレ中だったあったかくて湿った掌が、Tシャツの裾から入ってきて、あっさり上半身はぎとられる。
「さむいか」
「ちょっとだけ」
「ん」
「待って、お風呂まだです」
「いい、どうせ汗かくだろ。俺くさいか?」
「や、わたしの好きな匂い」
「じゃあいいだろ」
「だめ、も、それだけで心臓とまりそう」
「散々煽ったのおめーだろ」
「笠松さんが近すぎて、どきどきして自分じゃないみたいで怖くてやになる」
「そうか?でも俺はお前の、その、今まで全然知らなかったようなとこ、全部いいなって思ってるからその、もっと見せて、くれ」
「あっ!ちょ、」
寒いというと布団を掛けてくれた笠松さんと、裸で抱き合う。人肌、という言葉があるように、大きな面積で触れあうとあったかくて満たされる。抱き合ったまま笠松さんが体勢をかえたので、まだ全然なのに濡れてしまったそこが、膝にあたってしまう。ぐちゃ、と、彼の耳にも届いたに違いない。驚いた拍子に更に擦り付けるように腰が動いてしまったのも、もうどうしようもない。
「きもちーの」
「ん、そう、です」
「そっか」
先日までトイレでこそこそしていた人とは思えないほど、身体能力を遺憾なく発揮してわたしをドロドロにする人に、わたしはもう身を委ねるしかない。乳首が気持ちいいのはもうばれてしまったようで、舌と指で執拗にされるのに、大きな声がでないように噛み殺しながらびくびくするより他はない。ボールに触れるあの掌が、こんな風にわたしに触れていると思ったら、怖くて幸せでどうにかなりそうだ。
「ちから抜け」
「う、んぁ、むり、はいった?」
「や、半分くらい」
「うっそ、あっ、」
夢中でしがみついたのが、腕なのか首なのかなんなのか、もうわかんないけどいいや。自分から聞いたことないような声が出て、慌てて口をおさえたけど、うっすら見えた笠松さんは私の大好きな悪い顔をしている。すき、と、声になったかどうかもわからない。
「どーした」
「ひ、あ、」
「泣いてる」
「わかんな、きもちい、こわい」
「ん」
お腹のいちばん、奥のところから、寒気とも快感ともつかないなにかが電気のように走った。気がついたら、ほかほかした笠松さんの、裸の胸に抱き寄せられていたらしい。汗の匂いと結び付いた体育館の記憶が、ちょっとずつ侵食されていくかんじがする。もぞもぞ背中を向けると、起きたか、ときかれて、はい、と返事をする。
「大丈夫なのか」
「わかりませんけど」
「なんだそれ」
「ねむい」
「シャワーあびるか?」
「ん、明日の朝にします」
「じゃあ俺も」
「なんでくっついてるの」
「なんでお前はそっち向いてんだよ」
「恥ずかしくて、穴があったら入りたいです」
「こないだまでと逆みてえ」
「ほんとですね」
「あったけ、きもちいい」
「んー、ん」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
あったかくて湿った皮膚と、規則正しい呼吸のリズムが、わたしから意識を剥ぎ取る。だんだん慣れるのかな、この、行為に、距離感に、ああでもなんか、何も考えられない。