笠松くんと終わらない日々
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
兄のゆきちゃんこと幸男は、俺たちがテレビにでているアイドルグループや女優さんなんかを、この子がかわいい、いや俺はあの子の方が透きでさあなどという話に、それはもう一切入ってこない。真面目とか硬派とか、そういうのを越えてもはやアレルギーだ。兄の高校生活を、弟として心配していた俺だったけど、高校生になってそれはちょっと違ったことを知る。
兄ほどではないけども、バスケが大好きな俺は、家から近くてまあまあ強い公立の商業校に進んだ。一年生ながらベンチにも入れて、わくわくしながら向かった県予選の会場で俺は、兄の姿を見る。
「笠松センパイ、差し入れもらったっすけど食ってもいいっすかねぇ」
「黄瀬てめー!食ってできれば死ね!」
「キャプテン!おぇ今日はがんばぅっすよ!」
「おうがんばれ!」
「キャプテン、監督が呼んでます」
「は!?マネージャー、あと頼んでいいか?もう中入っててくれ」
「わかりました」
それは兄、ゆきちゃん、というより、神奈川県王者海常高校のキャプテン、という感じ。とてもじゃないけど話しかけられる雰囲気ではない。眉間にシワを寄せて、大きい声だして、気合いも気迫も十分。昨日の晩は居間でソファーに沈んでいたのに。
そんなゆきちゃんも引退して、卒業した。最後に全国ベスト4という結果を残したんだから、俺からすれば十分だと思うけど、ゆきちゃんはもう大学のことを考えているみたいだった。頑張って、頑張って、まだ頑張りたいらしい。たぶんけっこうバカなんだと思う。
そして土曜の午後、ゆきちゃんが女の子をつれて家に帰ってきた。白くて小さくて、声がでかい。マネージャーの青葉です、と名のったのを聞いて、試合会場でゆきちゃんに声をかけていたの、この子だったのか、と記憶をたどる。
ゆきちゃんは俺たちにするのと同じように、ボカスカ手を出しながら、お古のTシャツをいくつか譲っているみたいだった。母ちゃんと意気投合したほのかちゃんは、ゆきちゃんが家をでてからも時々家でお茶をしている。本当は女の子が欲しかったけど3人目でさすがに目が覚めたというのをネタにしているだけあって、突如あらわれた女の子に舞い上がっているのは一目でわかる。のぶくんおかえりー、と言われても照れ臭くて素っ気ない返事しかできない。画面のなかでにこにこする、手足や胸元を露出したかわいい女の子を見るのは平気なのに、あのゆきちゃんのカノジョと思うと急になんかはずかしい。ほのかちゃんがあっけらかんと話すことには、とてもじゃないけどチューなんかできなさそうらしい。5月も半ばになり、県予選が近付いている。ケーキを提げて、珍しくジャージ姿でやってきたほのかちゃんは、俺を見つけるとうれしそうに声をかけてきた。
「のぶくん、メンバー入った?」
「今年、スタメンいけそうです」
「じゃあ、準決勝だね」
「うっ、頑張ります」
海常はここ最近、ずっと全部の大会で優勝している、県内では勝って当然のチームだ。そういうチームにいる人から出る圧だ。あのゆきちゃんが、信用して簡単に頼るほどの人なんだから、そりゃあただかわいいだけなんてこと、あるはずないよな。
絶対負けないよ、と言われたら、もう言葉を返せなかった。
「のぶくん!」
「あ、」
肩を叩かれて振り返る。青のジャージに身を包んだほのかちゃんの横を、海常の選手が歩いていく。
「ほのかさあん、だれっすか?」
「ばかあんた、顔見たらわかるでしょ、笠松さんの弟ののぶくん」
「ほんとだ、おっきい笠松さんだ」
「えっ、笠松さんの弟?」
「ほんとだ、にてぅ!」
黄瀬、迫力すご…早川さんや中村さんも憧れの選手だ。やばい、なんも言えん。
「ほら行くよ、あんたたち威圧感あんだから囲むな!ほら黄瀬すすめ!」
「なんでセンパイの弟と仲いいっすか!!」
「うっさいお前に関係ねーわ!はよいけ!」
「痛いっす~」
「のぶくんごめんね、来週またおかーさんと約束してるから、試合の話しよ!」
「うっす…」
小走りに走っていったほのかちゃん、いつものふわふわと違いすぎて、海常の選手を普通に従えてて、俺はなんか怖くなってしまった。なるほどやっぱりゆきちゃんのカノジョだ。
シードの海常の初戦、今まで気にもしてなかったほのかちゃんから目が離せない。第一クォーターが終わると、みんなにボトルを握らせて、監督の話の間黄瀬の脚を触っている。選手を送り出す、早川さんの背中をそれはそれはひどく叩いた。既に大差がつきそうな雰囲気なのに、すごい殺気だ。俺は次、ほのかちゃんに会ったらどんな顔すればいいんだろう。