笠松くんと終わらない日々
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ホワイトデーどうすんだ、と言われて、顔をあげる。にやにやした森山と、にこにこした小堀がこっちを見ている。
「ホワイトデーって、なにすんだ」
「3倍返しって言うだろ」
「さん、ばい?」
「なんかプレゼントとか、デートの約束とか、ないのか」
「森山、笠松に夢を託しすぎ」
「プレゼント………?」
女子に何かをあげたこともなければ、そもそもあのボサボサが一般的な女子の感覚を持ち合わせているのかもわかりがたい。ネットで調べてみても、アクセサリーなんて柄でもないし、想像がつかない。これはこまった。
「一応聞くけどお前達つきあってるんだよな?」
「つき…あう…?」
「えっ、あの感動的なのなんだったの?青葉はお前の彼女になったんだろ?」
「おお、たぶん」
「いままで自覚がなさすぎたんだよ。どう見ても特別扱いしてたのに」
「えっ、そうか?」
「むしろずっと付き合ってたようなもんじゃん」
「えっ………?」
「やばい、笠松がポンコツなの楽しいな」
「楽しむな」
森山が勝手にいじくり回していた俺の携帯をよこす。画面を見ると「土曜の練習何時までだ、でかけるぞ」とメールが送信してあり、「駅に1時でいいですか」と返事が来たところだった。てめえ。
「こーでもしないとデートもしないだろ」
「ぐっ……」
「青葉のこと泣かすなよ、俺たちだってあいつのことかわいいんだ」
「ん」
土曜、1時、駅前。
突然の予定に、頭がまわらない。引き出しの一番手前にあったジーンズをひっかけて、黒の味気ないTシャツに、母ちゃんがヨーカドーで買ってきた綿の入ったジャンパーを羽織った。
ちょっと遅れてやってきた青葉は、予想に反してジャージではなく、前髪は編み込まれて白いおでこが丸出しになっている。初めて見る大きなお団子が頭の上でふにゃっと揺れた。
「あっ、これ?笠松さんとでかけるって言ったら黄瀬が」
「そーだと思った」
「変なら外します」
「や、そのまま」
「あら、そうですか」
「飯は」
「まだです、お腹空いた」
「…そーいやラーメンしか行ったことねえな」
「ラーメンすきですもん」
「そーかよ」
「でもラーメンだとのびちゃうからお話しできないんですよね、たまには違うもんにしません?」
「おお、」
「ハンバーガーとか」
「似たようなもんじゃねーか」
「ハンバーガーはのびないですよ」
「確かに」
ポテトや飲み物がついたセットをそれぞれトレーにのせて、いちばん小さい席に向かい合って座った。
「あのメール、森山さんでしょ」
「えっ!?」
「返事送ったの、黄瀬です」
「は!?」
「みんな、わたしたちのこと好きすぎません?」
「森山と小堀がな、お前のこと泣かすなよって」
「ふふ、嘘みたいで困っちゃいますね。たぶん私たちがいちばん困ってる」
「そーだな」
「黄瀬なんて言ったと思います?」
「なんて?」
「笠松センパイ奥手なんですから、ほのかさんががんばるっす、手くらい握って、帰りにチューくらいしてくるっす!」
「似てるな」
「黄瀬係ですからね」
「で、どーすんだよ」
「私的には笠松さんのおてて握るくらい朝飯前ですけど」
「そうかよ」
「ほら、貸してください」
「は?」
「手」
ほい、と差し出すと、青葉は俺の左手を両手で握って、擦ったり、指を絡めたりして、得意気な顔をしている。
「わたし、笠松さんの手、めっちゃすきなんで」
「なんだよそれ、そりゃよかったな」
「笠松さんは?わたしに対して下心あります?」
「したごころ、」
「ほら、チューしたいなとか、おっぱいさわりたいなとか」
「おい!ちょっと!おい!ストップ!」
「はい?」
「練習の予定みたいなトーンでなに喋ってんだ」
「だって、笠松さん、これに関してはなに考えてるかわかんないし、首輪つけるだけつけてどっかいっちゃうんでしょ?」
「ひでー言い方」
「わたしはねえ、キャプテンとマネージャーじゃなくなっても、笠松さんの人生にわたしの居場所がまだあったら、あとはなんでもいいです」
胸のあたりをぐっと掴まれるような、新しい感覚。されるがままになっていた左手で、青葉の右手をにぎった。
「もーちょっと欲出せば」
「笠松さんは」
「あー、んー、そーだな、俺もお前にずっといてほしいかな」
「なにそれ、プロポーズじゃないですか」
「てめーが先だろ」
「そうでしたっけ?まあいいや」
ずっと近くにいたのに。こいつこんなに、ふにゃふにゃ笑うんだっけ?強くて、気が利いて、働き者で、かっこいいやつだと思っていた。時間を気にせず一緒に飯を食うのもはじめてだ。今までと違うけど、全然嫌じゃない。とっくにこいつのこと、好きだったんだ。
コーラの氷が溶けて、薄くなるまで、気付かないふりしてすすった。
「どうします?買い物なんて用事ないんでしょ?」
「……あいつらが、ホワイトデーはどうすんだって」
「あー、言いそう」
「お前、何が好きなんだよ」
「えー?バスケですかね」
「まじかよ、他には」
「ほかー?えー?困りますよね、急に聞かれると」
「わりぃ…」
「てゆーか笠松さん、ホワイトデーって言葉知ってたんですね」
「あいつらがうっせーから」
「あ、そっか」
「なんか考えろよ」
「じゃあ、ジャージのお古ほしいです」
「は?なんでだよ」
「黄瀬に自慢するんで」
「着るのか?」
「下はさすがに無理?上ならいけます」
「お前なんのサイズ着てんの」
「えっ?えーと、メンズならSかMですね、レディースはまあ、MからLL」
「そんな幅広いことあるかよ」
「ゆるく着るんで。黄瀬は泣いてましたけど」
「あいつはお前をどうしたいんだ」
「まさかブラジャーの付け方を黄瀬に習うことになるとは思いませんでしたよ」
「それいつの話だよ」
「文化祭のときですよ、完全にモデルモード入ってましたからね。鬼かと思いましたよ。センチ単位で洋服合わせるなんて二度とないと思います」
「お前さあ、やじゃないの?さすがに」
「なんで?黄瀬ですよ?お互い無です、無。あいつ姉ちゃんいっぱいいるから、ちょっとのことじゃなんとも思わないんですって」
「そーゆーもん?」
「まあ、黄瀬ですからね」
「まあ、そっか」
「で、ジャージ」
「んー、取りに来るか?」
「いいんですか?」
「しまった…」
「かーちゃーん!にーちゃんが女の子つれてきたー!」
「かわいい!かのじょ?」
「えっ!?弟!?かわいい!そっくり!いくつですか!?」
「うっそ!ゆきちゃん彼女!?」
「マネージャーの青葉です、卒業式の日からお付き合いすることになりました」
「うっそ!どうしましょう!あがって!とりあえず!あがって!」
「お邪魔しまーす!」
家族のことを考えてなくて頭を抱える俺をよそに、青葉はハキハキと自己紹介をして、ずかずか家にあがっていく。
気付いたときには食卓に並んで座らされて、ソファーの方から弟たちが様子を見ている。
「どうしよう、母さん心の準備が全然できてないんだけど!コーヒーに牛乳いれていい?」
「たくさんいれてください!」
「なんでお前がいちばん堂々としてんの?」
「なんで笠松さん、うちにくるときよりオドオドしてんですか?」
「えっ!?お家に!?ちょっとゆきちゃん、聞いてない!」
「言ってねーからな」
「うち、学校の近くなんで、先輩達何度か寄ってくれたりしてて」
「なるほど…やだわ、かわいい女の子いないの?とか聞いてもいねーわしか言わないの!まさかこんなかっわいい子連れてくるなんてちょっと…見ての通りうちは男の子三人だからね、うるさいし臭いし米代はかかるし悲惨なの!女の子とお話しするなんて緊張しちゃう!」
「緊張してるにしては調子いいな」
「でもめっちゃわかります、合宿のときとかアホかってくらい洗濯物ありますもん。ムキムキになっちゃいましたよ」
「こいつあれだから、母ちゃんの大好きな黄瀬を手懐けたポケモンマスターだから」
「えっやめてくださいよ笠松さんがやれって言ったんでしょ」
「えっ!?ゆきちゃんより黄瀬くんの方が全然よくない!?切れ長イケメン素敵だわあ」
「いや、あれはゴールデンレトリバーなんで」
「わたし文化祭のとき並んで写真撮ってもらったのよ!背が高くて王子さまみたいだったわ」
「おい青葉、ジャージ取りに来たんじゃねーの」
「えーっ!?今盛り上がってるんですけど!気まずいからって邪魔しないでもらえます?」
「ったく、てきとーに取ってくるからな」
「顔赤いですよ」
「うっせー」
「いった!」
誤算だった。男バスマネージャーの青葉と、男三人兄弟の母親であるうちのかーちゃん、そりゃあ話もあうわ。俺を抜きにしてもリビングからきゃあきゃあ声が聞こえてくる。タンスのなかに畳んでしまってた、あまり大きくないトレーニングシャツを何枚かがさがさ手にとって、そっと階段をおりる。
「ゆきちゃんのさ、どこがいい?」
「えっ、まじなやつだと、ドリブルでぎゅっと加速するときめっちゃかっこよくて何万回見ても見とれます」
「えっ!?もしかしてけっこう似た者同士!?」
そんなこと、俺に言ったことねーじゃねえかよ!聞こえなかったふりをして、リビングにはいる、青葉に、どれがいい、とがさっと服の山を預けた。
「わ、なんか懐かしい!ついこの前まで毎日見てたのに」
「ほのかちゃんこんなの着るの?大きすぎない?」
「こいつこんなんばっかだから」
「えーとね、長袖と半袖1枚ずつほしいです」
「そーかよ」
「なあ、ゆきちゃんチューとかできんの?」
「うるせー!できるわけねーだろ!お前らちょっとあっちいっとけ!」
「えっ!?それはそれでどうなん?」
「笠松さん、家でもそのキレ方してるんです?血管やばくない?」
「お前も入ってくんなややこしくなるから!」
「なんでですか!弟くんおなまえは!」
「伸男、高1です」
「春男、中1です」
「えーっ!じゃあ伸男くん、県予選の会場いたの?」
「いました、マネージャーさんがいることも知ってましたけど、まさかこんなことになってるとは」
「いいねえ、3人もいたらみんなで練習できるねえ」
だー、もう、はやくえらべ!と青葉を急かして、追いたてるように家を出る。総出で見送られた上に、いつのまにかかーちゃんと電話番号交換してたらしく、ゆきちゃんが東京いったらお茶しましょう、などと物騒な約束をしている。
すっかり日も傾いてきたので、慣れた学校への道をそれて、青葉の家の方に。
「あっ!笠松くんだ!」
「きゃー!ほんと!ねえ上がって!ほんとに付き合い始めたの!?」
「ほ、ほんとっす……お、お邪魔します…」
「俺もう本望だわ、いつ結婚する?」
「とーさん、錯乱してる」
「はー、こんな素敵な息子ができるなんて生きててよかったわ」
「だからまだ結婚してないって。笠松さん白目むいてるから」
「ウィンターカップの話も聞きたいのに!何から話せばいい?」
「とりあえずウィンターカップのこと聞いてあげて」
でかける前に、俺と二人だと言ってあったらしい。休日の夕方とあって、待ち構えていたらしい2人にひっぱりこまれる。
あんときのあのファールのもらい方しびれた、などと、かなりガチで観戦していたらしい親父さんのことばにお礼を言って、出されたカップに口をつける。
「そういえば、4月からどうするの?」
「緑が丘大学に決まりました」
「えっ、緑が丘?ほのか前から行きたいって言ってたじゃん」
「え?初耳っす」
「だって、あと出しじゃんけんみたいじゃん。すごい大きい図書館とか文書館があって、魅力的なんです。ギリ通えるし」
「通うのか?部活しねーの?」
「あと1年あるしわかりませんけど、海常より好きになれるチームないと思います。わたし勉強も好きだし」
「へえ、」
「でもその口ぶりだと笠松さんは下宿ですね!アパート決まりましたか、いつ泊まりにいってもいいように、わたしが寝られる広さの床と、歯ブラシ置き場はとっといてくださいね、あとお風呂とトイレは別がいいです」
「おめーなにをぬけぬけと、この状況でなんて返事すればいいんだよ」
「いった!背が縮む!」
はは、と笑った親父さんが、静かに笠松くん、と切り出した。
「実は俺たちも昔は同棲してたから。親には内緒だったけど」
「バレてたけどね」
「先々どうなるかはわからないけど、うちの子きみのことすごくすきだから、よろしく頼む」
「俺にとっては、青葉がいないと困るんで、ずっと一緒にいられるように、その、責任もって頑張ります」
「チューもできないのによく言ったもんですよ」
「おまえほんとに黙っとけ」
「いった!小堀さんにいいつける!」
なんだこれ、所謂結婚の挨拶みてーな1日だ。チューするよりやばくねえかこれは。余計ながやを入れまくってるこいつもたぶん照れ隠しだ。
「おまえほんとに受験すんの」
「誰かさんと違ってA判定です」
「じゃああんま、ぼろっちくない部屋探しとく」
「オープンキャンパスのとき見学にいきます」
「あっそ」
すっかり出入りし慣れてきた玄関で、手を振って背を向ける。昼間に飲んだうっすいコーラの味を思い出しながら家に帰った。