笠松くんと終わらない日々
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たぶんスポドリの片付けをしてたみたいで、空のボトルを山ほど持って控え室に入ってきて、後ろ足で器用にドアを閉めたマネージャーは、大きなかごをドアの横にきれいに並べてこっちを振り返ると、あーもー!みなさん冷えるから、とでかい声で言ったところで、めんたまから大粒の涙をこぼしはじめた。
「冷えるからうわぎを、ちょっと、こんなつもりでは、」
掌や袖で拭って隠して、どうにも止まらないそれをなんとかしようと、そのへんに丸めて置いてあったタオルを掴んで出ていこうとした、マネージャーの手首をつかむ。
「キャプテン、はなして、」
「じゃあ逃げんなよ」
「こんな、つもりでは、すみませんわたしなんかが、」
そんなこと言うな、と言おうと思った。まわりにいた1年生たちがもらい泣きして鼻をすすり始めた音で、行き場を失ってしまった。誰とも目は合わないけど、ひとりひとりをぐるっと見回して、もう一度息を吸った。
「そんなこと、言うなよ、マネージャーが忙しくしてるのとか、1年生が集まって練習してんのとか、全部俺らは力にしてきてんだ」
大きく目を開いて、涙をどばどばこぼしながら、マネージャーはこっちをまっすぐみて、うんうんと何度も頷いた。いよいよ鼻水まで垂らしてかなりブサイクになっているその顔を、使いかけのタオルで容赦なくこする。されるがままになりながら、ぐっとかうっとか言っている。もう遅いので、今日は宿舎に戻り、明日の朝宿を引き払って、決勝観戦して電車で帰る予定だ。監督の講評はすんだし、引退の挨拶は明日の予定だから今日はもういい。空気を読んだ1年生が、そっと荷物を運び始めた。我に返ったように身を翻したマネージャーをつかまえなおす。
「お前、その顔で出ていく気か?」
「へん、だれもわたしなんか見てませんから」
心配した1年生達に礼を言いながら、がやがや動き始めたマネージャーに、少し呆気に取られたが、俺たちも撤収の準備を始めた。
風呂上がりにロビーでテレビを見ていると、まさにいま風呂から出てきたマネージャーが、俺と小堀の間に陣取ってニベアクリームを顔に塗りたくり始めた。
「それって、顔に塗るものだったんだ」
「色々ちょっとずつ使うより、これ1発がいちばんですよ。お金も時間もかからないし」
「なるほど…」
体がほかほかしているのがわかる。真っ白い顔になったら次は手足に。夏や冬の合宿や遠征試合で、何度も一緒に泊まっているはずが、こんなのんびりした姿を見るのは初めてかもしれない。そんで今日が最後。
「おまえ、よく頑張ってたんだな」
「え?今頃気付きました?」
「いや、知ってた」
むこうから黄瀬の声がして、マネージャーは小堀と俺の腕をつかむ。
「なんでそーなるんすか!小堀センパイも森山センパイもお邪魔虫っすよ!」
「は!?なんでそーなんだよ」
「わかってるんだけどなあ、うちの子かわいくてついな」
「えっ、ほのかさん、ニベアっすか?」
「やば、モデルに見つかった」
「えーっ!?ほのかさんのお肌のお手入れしたかったっす~~」
「黄瀬は青葉に色々やりたがるなあ」
「ほのかさん、ほんとはめっちゃポテンシャル高いんすよ~~お肌も白くてきれいだしスタイルもいいし髪も長くていじりがいあるし!来年もまた文化祭でめいどやるっす」
「やだよーあのきっついブラジャーまたつけるの無理」
「あんときの黄瀬の圧はやばかったな」
「もーほんと、メイクも毎日したいっす」
「あのまつげバサバサするやつ、ほんとにむりなんだけど」
「まってお前ら、笠松が息してないよ」
「あっ、ブラジャーはNGワードでしたか」
「青葉のこと女子だと思ってないからな」
「はっ、はなせ!」
「うそ!ここにきてアレルギー再発した!?」
「うそでしょキャプテン、みんなさんざん部室でエロ本の取引とかしてるじゃないですか」
「おっまえ!!!!」
思い切りマネージャーの頬をつねると、ぬるりと滑って白いクリームが手についた。おすそわけです、と言われたらもう素直に掌に広げるしかない。楽しそうに笑ってるマネージャーの顔見たらもうばかばかしくって、痛いってばー!と抵抗するのを無視して頬や鼻をつねりまくった。こいつが男か女かなんてとっくの昔にどうでもよくなってた。あんなに嫌悪感を抱いてたのが嘘みたいに思える。最後にこんなに、思い切り笑った顔が見れてよかった。