笠松くんと終わらない日々
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先生に当てられて、数学の問題を板書する青葉の背中を、ちっちゃいなあ、とながめる。あんだけ部活のあいだ動きまわって、成績も落とさないのはすごい。インターハイが終わってから、早川の宿題が絶対やばいと目を付けてはやめにやらせ始めたのもファインプレーだった。
青葉の解答に、先生が解説をつけ始める。机のあいだを通ってゆっくり席に戻ろうとした青葉の姿が視界から消えて、びたん、ごんと乾いた音が響いた。
「えっ、倒れてる?」
「青葉?大丈夫か?」
「あの、今、机のかどで頭打った気がする…」
「えっ!?どーすんだ!?救急車!?」
「落ち着け早川、普通に息してるから」
「お、おお」
「先生、保健室つれてっていいですか」
「おお、中村頼んだ」
「待ってなかむあ、おえがいく」
「そうだな、力持ちたのむぞ」
ざわざわした教室に、じゃあ続きを、と先生が声をかけて、授業のつづき。俺は窓のそとをみる。なんだか背中を叩いてくるパワーが弱いのは、薄々感じていた。インターハイが終わってからだ。目の下の隈が少しずつくっきりしてくる。あいつのことを信用しすぎてた。はやめに声をかければよかった。色んなことが頭を駆け巡る。俺がしんどいとき、必ず声をかけてくれるのに。何もできなかった自分が情けない。
昼休み、弁当も食べずに、何人かの部員が保健室に向かう。俺はキャプテンのところに。
「は?倒れた?」
「隈もできてて、保健室の先生は寝かせておこうって」
「あいつそんな、無理してたのか」
「最近隈ができてたのは気付いてたけど、青葉のことだし、部活のときは元気にしてたからいけなかったな」
「俺もまったく同感です」
「笠松、あいつ家近いし部活の前に送ってやったら」
「ああ、そーだな」
プリンでも持っていってやろうぜ、という森山先輩の声を背中に聞き流して今度は保健室に。しょんぼりした早川が小さくなって座っていた。
「青葉、泣いてたんだ」
「うん」
「すっきぃしたんかと思ってた」
「まあ、お前ほど単細胞じゃないし、思い出すこともあるんじゃない」
「そっかあ」
「笠松さんが送ってくって言ってたから心配ないでしょ」
「そーだな」
ーーーーーーーーーーーーーーー
中村らしからぬ、狼狽した表情で、あいつになにかあったことはすぐに察しがついた。
保健室のベッドの枕元には、たぶん部員がそれぞれ置いていったらしい、菓子やジュースや栄養ドリンクなんかがひしめいている。
「あら、笠松くん」
「すみません、マネージャーが心配かけます」
「みんなそう言ってたわ。大事にされてるのね」
「みんな助けられてるんで、こいつがいないと困るんですよ。かーちゃんみたいなもんです」
「そう?疲れてるみたいだし、よく寝たら治るわよ」
「あの…放課後連れて帰るんで、それまで置いといてもらっていっすか」
「あらそう?お家に連絡しようかと思ってたけど」
「すぐそこなんで、家の人いたら謝りたいし」
「かまわないけど、あなたが謝る必要はないと思うけどね」
「まあ、はい、考えます」
心なしかいつもより顔が白く見えた。
あいつは1年前、先輩たちに噛みついて俺のことを守ってくれた。あの小さくて細い体に、想像もできないほどのエネルギーをもってる、そう、思ってた。
「あ、キャプテン」
「お、起きたのか」
放課後、保健室をのぞくと、青葉はからだを起こして、飲むヨーグルトのストローをくわえている。
「すみません、ほんと、死んだのかなってくらい色々供えてあって、みんな心配してますよね」
「まあ、そうだな」
「とりあえず今日は休むんで、監督に言っといてください」
「もう言ってある。送ってくから荷物かせ」
「ひとりで帰れますから。キャプテンは練習出てください」
「小堀に頼んである。お前のこと送ったら戻るから。家はわかってんだから文句あんなら担いででもいくぞ」
「ちぇ、」
先生に挨拶をして、荷物をまとめて、ゆっくり歩く青葉にあわせて進む。弁当入れの小さなバッグまできれいにまとまってるあたり、中村がやったんだろう。
座り込んで靴を履いて、立ち上がったとこでよろっとして、また座り込む。慌ててかけよって背中を向けた。
「乗れ」
「重いんでいいです」
「乗れっつってんだろ、先輩命令だ」
「わ、強引」
口では文句をいいながら、背中におぶさってきたその、軽さに驚く。
「かっる、おまえ、うそだろ」
「嘘ってなんです嘘って」
「なあ、寝てないのか、隈」
「……寝てないってほどじゃないですけど」
「うん」
「目を閉じると、インターハイのこと思い出しちゃって、あの時なにかできたかもとか、私なにやってたんだろうとか、考え出したらなかなか眠れなくって」
「そっか」
「キャプテンとか、みんなのせいとかじゃないですから、変なこと考えないでくださいね」
「……なあ」
「はい」
「俺も、悔しいし気持ちはなんか想像つくわ」
「はい」
「でもやっぱ、勝つことでしか消せねーと思うから。お前を試合に出してやることはできねえけどよ、頼りにしてんだ、はやめに元気になってくれ」
「ありがとう、ございます」
笠松さんのシャツいいにおい、とよくわかんないことを言って、俺の首もとで大きく息をしていた、体の力が抜けて、すやすやと寝息に変わる。
「あれ、笠松くんだ」
「あ、こんちわっす」
「…その背中のモフモフ、うちの子?」
「そうです、今日授業中倒れたらしくて。帰りならパスしていいですか?」
「うん、源太から連絡もらって一応帰ってきたんだ。すぐそこだしできれば連れてって。荷物は俺がもつ」
「あざす」
「心配かけたね、隈があるのは気付いてたけど本人は元気そうに頑張ってたからさ。早めに休ませればよかった。あいつ担任でもないのにこっそり電話かけてきてさ、焦ってたよ」
「バスケ部のやつらもみんなめちゃくちゃ焦ってました」
「そっか、大事にされてるねえ」
「いえ、」
「よし着いた、階段上がって1番奥だから、布団に投げといて」
「うす」
「あなたー?おきゃくさんー?」
「おー、笠松くんだぞー」
「えっ!?うそ!!お茶いれるから引き留めて!!」
1番奥、といわれた通り扉を開ける。そっけない部屋だが壁にジャージがかけてあるから間違いない。胸まで布団をかけて、静かに階段を降りる。
「笠松くん、戻る?お茶だけでも飲んでいかない?母さんがファンなんだよ」
「じゃあ、いただきます」
「やだあ、男前~~肌がきれいだわ、さすが十代」
「あの、」
腰かける前に切り出すと、二人が目をぱちくりさせた。
「無理させて、悔しい思いさせて、すみませんでした。俺もみんなもあいつに頼りすぎで」
「…座って」
「はい」
「うちの子は若葉台で、補欠とはいえ全国でも試合にも出たし、だから海常にいってマネージャーになるって言い出したときは驚いた。でも、眠れなくなるくらい悔しくなるほど、打ち込んでるってことだと思う。」
「我が子ながらすごくよくわかるのよ。私も負けると落ち込んだわあ」
「母さんは怖かったんだぞ、源太もかなり泣かされてる」
「ま、まじっすか」
「元気だして、笠松くんが謝ることじゃないわよ。でもほのか大事にされちゃってるわねえ」
「あれ、キャプテンまだいたんですか」
「あ、起きた?」
「おい、大丈夫なのかよ」
「もちろん!明日から練習出ます」
「は?無理すんな」
起きてきた青葉は、俺のとなりに座って、俺に出してもらって飲みかけのカフェオレをひとくち飲んだ。
「とーさんもかーさんも、あんまりキャプテンのこと引き留めないでよね。練習戻るらしいから」
急かすみたいに、ね!と顔を覗き込んできた青葉からカップを受け取って、飲み干す。ほらほら、と言われて、親父さんとおふくろさんに頭を下げて、玄関に。
「キャプテン、ありがとうございました」
「や、よかった、悪くなさそうで」
「ね、向こう向いてください」
「は?」
後ろむいて、首もとにやわらかい感触。
「やっぱり、いいにおい」
「なんだよそれ」
「こんど洗剤なに使ってるか教えて下さい」
じゃあな、と言って、駆け出す。キャプテン、という声が耳の奥から消えない。
ーーーーーーーーーーーーーーー
キャプテンのシャツからは、やさしい花の匂いがした。大きく、胸いっぱいに息を吸ったら、なんかほっとしてしまった。晩には久しぶりに、ぐっすり眠った。朝、いつもより早く目が覚めて、すっきりした体で、ジャージに袖を通す。
朝練には来るなと言われていたので、部室のドアを開けると奥の方からキャプテンのキレる声が聞こえてきたけど、どつかれる前に黄瀬に抱き締められる。もうなんか阿鼻叫喚だ。
「心配したっす~~」
「うん、ごめんごめん」
「無理しなくていいんだぞ」
「大丈夫です、きのうすごくよく眠れて。ご心配お掛けしました、もう大丈夫」
「そう?」
「青葉~~」
「早川ぁ、運んでくれたんだって?ありがとね」
「軽くてビックリした」
「泣くなよ~」
「きつくなる前に言えよ」
「まあまたキャプテンにおんぶさせるのも悪いですからね」
「えっ!?そんなことあったの!?おい笠松!」
「青葉てめえ!」
「みなさん差し入れとか、ほんとにありがとうございました!さ、朝練朝練!」
キャプテンのいいにおいと
みんな頼りにしてる、の言葉
これでわたしには十分すぎる
今日からまたがんばるぞ