桐生くんと転校生
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「苗字さん、部活どうするん?進学やったらもう引退しとる?」
「えー!陸部においでよ、私年末まで残るのー!気分転換になるよ」
「茶道部いいよ、週2だしおかし食べれるし」
「おかしはうちらも個人的に食べとるもーん!」
「…あの、ごめんなさい、まだちょっと慣れなくて」
「あっ!そりゃそうよね、ごめんね」
「苗字さん東京では何しよったん?」
「えっと、バレーボール」
「バレー?あーうち女バレないんよねー…あ、男バレはめっちゃ強いんよ、ね、わかっちゃん」
「お!?あ!?ああ…めっちゃかどうかはわからんけど、けっこう強いち思う」
「…そうなの?」
急に話を振られてびびる。
苗字さんが気になってしまうから
外を見るようにしとったけど
耳だけはしっかり聞いていたけど。
「桐生くん、バレー部なの?」
「おお、そうや。放課後やっとるき、見に来るか」
「んー…ちょっと、いいかな…」
「そうか」
予鈴が鳴る。
机を寄せる。
母ちゃんによると苗字さん一家は
介護が必要なおじいさんと一緒に暮らすため
引っ越してきたらしい。
そういえば隣のおばあさんは
随分前に亡くなって、
じいちゃんが一人で暮らしとった。
親がちょっと手が離せなくって、と
教科書を買いに行っていない苗字さんと
机を寄せ始めて4日目の木曜。
どこか陰のある苗字さんに
どう話しかけていいかまだつかめない。
「あの、桐生くん」
「ん?」
「教科書って、文養堂て本屋さんで買うんだよね」
「おう、そうや」
「週末に買いに行こうと思ってるんだけど、どうやって行くのがいいかな」
「うーん、そうやなあ、家の近くのスーパーの前にバス停があるき…ひとりで行くっちか?」
「うん、そのつもりだけど」
「一緒に行っちゃる、けっこう重いき」
「…大丈夫よ、それくらい」
「……マジで重いき。騙されたと思って連れていき、道案内もできるっちゃけ。午前部活やき、昼からでええか」
「……じゃあ、お言葉に甘えて、お願いします」
****
隣の席の、隣の家の桐生くん。
大きな人だと思ったら
バレー部らしい。
バレー。バレーボール。
インターハイの予選で敗退して
私はとっとと引退していた。
体育館に響くシューズの音や
腕にぶつかるボールの感触
懐かしい、
桐生くんはインターハイにも出たらしい
春高の予選に向けて練習中、
ああ、あいつも、
(…光ちゃん…)
あらあらお隣の、とか
お母さんの声が玄関から聞こえて
急いで階段を降りると
ジャージにリュックをしょった
桐生くんが立っていた。
「え、教科書買いに行くの?ついてきてくれるの?よかったわね、ごめんね、えっと桐生さんちの、」
「八です」
「わかつくん。ありがとうね、本当に」
***
「次のバス逃したら一時間後じゃ、ちょっと早歩きするぞ」
「え、一時間後?」
「わっはっは、東京とは違うじゃろう」
「…ありえない」
早歩きしろと言ったのに
苗字さんがぴたと立ち止まる。
「おい、」
「ありえなくない!?マジでありえないんだけど!!」
「は!?」
「バスも電車も一時間に一本、コンビニまで歩いて20分、スタバもマックもないし通学は自転車こぎまくって30分、なんなのここ!!ほんっとありえない!!」
「…おお…」
「つーか高3の夏に引っ越しって何!?受験の科目は終わってるから良かったとして授業もずれるし半年しか使わない制服やら教科書やら買ってさ、ばっかばかしい!!東京生まれはゼータクだって!?わたしのしったこっちゃない!!友達だってみんな別れ別れになって!!わたしどうすればいいの?」
「……やめるか?教科書買うの」
「え?」
「…俺が見せちゃるき、買いに行くのやめるか?」
「…まじ?」
「お前、面白いやつじゃな、愛想笑いばっかりしちょるきどうしようかと思ったけど、そうじゃな、さびしかったんじゃな」
「ごめん、甘えた。買うよ、教科書」
「…そんなら、走んぞ」
****
大きな掌が、私の手首をつかんだ。
びっくりするほど速い、
風を切ってびゅんびゅん進む
大きい背中
ああ、
(光ちゃん、会いたい)
(声聞きたい、けどだめだ、)
バス停につく頃には
私は汗だくで
息も上がりきっている。
桐生くんは汗こそかいているが
息ひとつ乱していない。
無事にバスに乗った私たちは
大きくは見えない大通りを進んでいく。
どこまで進んでも山が見える。
建物が低くて空が広い。
二人掛けの座席で
桐生くんは縮こまって座っている。
大きいし見た目はいかついけど
気は優しくて力持ちという感じ。
大親友だった光ちゃん、光太郎と
似てるけど似てない。
さびしかったんじゃな、と
優しい声で言われてつい、泣きそうになった
その弱気の虫を
びゅんびゅん吹き飛ばしてくれた。
田舎のバスは路線も少ない
次からは自分で来れそうだ。
教科書はやっぱり重たくて
桐生くんはそれを片手でひょいと持ち上げてくれた。
帰りのバスがスーパーにつく
ちょっと待ってて、と
ベンチに座ってもらって
スーパーに駆け込んでサイダーを2本買った。
店の出口に来ていた
移動販売のたいやきも
こしあんとカスタードをひとつずつ。
「今日のお礼です」
「そういうことじゃったんか?ええのに」
「私今日、こっちにきて初めて楽しかった。本当にありがとう」
「そうか?俺も楽しかった」
「ありがとう」
****
東京から来た転校生は
にっこり明るく笑った。
あんまり眩しくて
俺はついつい目をそらした。
すっかり伸びた影を踏みながら
さっき走った道をこんどはゆっくり歩く。
「おれのことは、八でええけん」
「ありがとう、私も呼び捨てでいいよ」
「お前さ、部活見にこんか」
「……そうね、行ってみようかな」