桐生くんと転校生
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東京で試合があるから見に来てくれと
チケットが送られてきたのは
大学が夏休みに入る
暑い暑い頃だった
東京体育館にはたくさん人がいて
つい数か月前の春高のことを思い出す
あの時は廊下や踊り場なんかのあちこちに
各学校の荷物が置かれていて
寒くてみんなベンチコートを着て
なんだか関係者っぽい席に通されて
なんだかそわそわ落ち着かない
朝のうちにわかつくんから
明日オフだから会おうと連絡が入る
フロアに入ってきたわかつくんは
またちょっと殺気が増した気がする
弓なりに力をためて
どっと放つ
背筋がぞくっとした
メッセージのやりとりからは
先輩たちからかわいがられて
楽しそうな様子が感じられたし
電話の声はいつも通り優しかったから
私が高校生の頃と
大して変わらない生活を送っている間に
色んなことがあったんだろうな
なんだかいつも
胸が苦しくなって
うまく言葉が出てこないよ
****
「苗字」
「わかつくん、久しぶり」
「おう、元気やったか」
「ふふ、昨日、かっこよかったね!」
「なっ!!」
最寄りの駅まで来てもらって
帰り道でスタバを買って
家でゆっくりすることに。
「わかつくん、帰りは?」
「今日みんな帰っとるき、帰りはいつでもええんちゃ。練習明日のお昼からやき」
「え、よかったの?みんなと一緒に帰らなくて」
「ええんじゃ」
「お昼、作ってあるから。カツサンドと海老カツサンド」
「あのうまいやつか」
「…夕方急がないなら、晩も食べて行ってよ」
「…ええんか」
この時期はどこに行っても暑いし
あと剃り込み頭は正直めっちゃ目立つ
家でごろごろするのが一番いい
慣れ親しんだ東京、と言っても
大学の近くのアパートを借りたので
以前住んでいたところからは
電車を使って30分くらいは離れている
「すみません、せまいけど」
「寮の部屋よりよっぽど広いわ」
「そうなの?寮って1人部屋?」
「1人や。家具家電つきで飯は食堂でおばちゃんが作ってくれとる。風呂とトイレは共同で部屋は6畳のワンルームや」
「6畳って大男が暮らすにはかなり厳しくない?みんな大きいでしょ?」
「ロフトベッドが備え付けやき、効率ええ感じではあるけどな」
「へえ…なんか定点カメラとかで観察してみたいわ」
「……お前…そこは行ってみたいって言うところやないんか」
「なんか窮屈そうじゃん」
「まあ、間違いない」
***
苗字の部屋はすっきりしている
物がきれいに片付いて
脚付きのマットレス
小さいソファとこたつ机とテレビ
花柄のクッションがふたつに
無地の座布団が二枚
ぐるりと見まわしながら
適当に腰を下ろす
どこを見ればいいのかわからなくて
テレビのスイッチを入れた。
前を同じ、ロールパンのサンドイッチ
でかい口でばくばく食べる苗字
なんだか落ち着かない俺
暑かったよねと出された麦茶のグラスが
汗をかいてしずくが垂れて
ショートパンツの太ももや
ぴっちりした上半身のTシャツが目に入る、
もしかしてこれってかなりまずい状態なのでは。
呑気に晩まで食べて帰るとかそんな話を
してる場合じゃなかったかも、しれない
「大学の友達にさ、彼氏いるのって聞かれて」
「おお」
「根掘り葉掘り聞かれると面倒だけど嘘つくのも嫌だし、大分の人なんだ~って適当にごまかした」
「…なんでごまかすん?あんま仲良くないんか」
「わかつくん迷惑でしょ?彼女いるとかばれちゃったら」
「…どうなんやろうなあ。苗字のこと迷惑ち思ったこといっぺんもないけどな」
「そーゆうことじゃないって、わかつくんは聞かれたりしないの?」
「この見た目に性格やき、疑われることもないき」
「はは、それいいの?」
「ん、ええ」
見せびらかすために
苗字と付き合ったわけでなく
伸ばしたい、手を
こらえてぎゅっと握った
自分の欲が恨めしい
頭の中がごちゃごちゃしていることは
きっと苗字にはお見通しだろう
そしてそっとしておいてくれないのが
また恨めしいところ、
硬い拳に柔らかくて冷たい掌が
そっと触れてくる
「名古屋ってさあ」
「おお」
「新幹線だと2時間くらい?」
「そうやな」
「帰りの切符、とった?」
「いや」
「…明日の朝帰るんじゃ、だめ?」
「おっ!お前何ゆうちょる!」
「だめ?」
「…だめや、ないよ」
「わかつくん、どうしたい?」
「どうって」
「…ばかなの?」
抱き着かれると顔が見えない
余裕かましてるようで
意外とそうでないところもかわいい
苗字は細くて柔らかくて小さくて
汗のにおいが鼻腔をかすめて
折らないように気を付けながら
そっと腕を回した
「たくさん一緒にいたいと思ってね」
「俺もや」
「このままテレビとか見て、ゆっくりするのとさ、こうしてたくさんぎゅっとして、誰もいないしもっとすごいことだってできるよ、どっちがいい?」
「俺は、」
多分汗がすごい。
部屋はクーラーで涼しいけど
汗がやばい。
くさいと思われる、かもしれんけど、知ったことでは
「俺は、今、放したくない」
「ん」