桐生くんと転校生
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「おれは!名前さんをはじめて見たとき!すっげえかわいいち思ったけ!!!」
「あ、ありがと?」
「ぜってえ八さんとお似合いやち思ったんや!末永くお幸せに!」
「…これ私なんてリアクションすればいいの?」
***
なんだかしみったれず
和やかな俺たちらしい卒業の日から
一週間がすぎる。
明日俺は家を出る。
チームの寮に入るので
特別新生活らしい買い物をすることもなく
洋服などの必要なものは宅急便で送った。
苗字に会おうと言われていたので
持っている中でダサくなさそうな服を残しておいた。
バスで出かけるのかと思っていたら
約束の時間に苗字は自転車をついて現れた
慌てて俺も自転車を出す
細くて長い脚の目立つ
ぴったりしたズボンをはいて
引っ越してきたばかりの頃より
随分速く自転車を漕いでいく。
やってきたのは公園で
適当なベンチに座ると
苗字はリュックから
包みを2つ取り出した。
「天気よさそうだから、弁当作ってきたの」
「わ、わりいな」
「サンドイッチにしたから、ほら手ふいて」
「ああ」
「カツサンドとね~海老カツサンドとね~卵サンド」
「うまそうやな」
「豚カツと海老カツは冷凍食品だから間違いなくおいしいよ」
「ん、いただきます」
冷凍だから、とは言ったものの
ロールパンの切れ目には
カツやらスクランブルエッグやら
レタスなんかがぎゅっと挟まれて
これはなかなかのボリューム
苗字はにこにこと
大きな口でサンドイッチにかぶりついている
「ん、うまい」
「わかつくんもういっこあげるよ」
「お前んやろ」
「胃袋の大きさのちがい考えなよ」
「そんなら遠慮なく」
苗字がサンドイッチを2つ食べる間に
俺は4つ食べて
うまかった、と顔を見ると
口許にスクランブルエッグの残党がいることを指摘され
慌ててハンカチを探そうとした間に
苗字の親指で拭われてしまった。
柔らかい指の感触に
慌てふためく俺をおちょくるような視線に
きっとしばらく慣れることはない。
「名古屋って、行ったことあるの?」
「ああ、こないだ一週間いっちょったのと…面談でも2・3回行ったな。人も車も多いし、建物も高うてやれんち」
「慣れるよ、そのうち。私だってなんか大分慣れちゃったもん」
「今日自転車と思うちょらんかったけ、びっくりした」
「バスなんかあてになんないし、これが一番だよね」
「お前、強なったな」
「おかげさまで」
都会と違って人は少ないのに
土地だけは持て余しているので
緑地公園なんてもんは
子どもの遊具コーナーと
ウォーキングコース以外は
ほとんど人がいない。
一月ほど後には桜が満開になって
花見客でいっぱいになる
桜園も、つぼみが膨らんできた程度では
わざわざ眺める人もない。
人口密度、どんくらいやろう、とか
どうでもいいことを考えながら
ちょっと休憩、とベンチに腰かけて
日が傾くまで話し込んだ
「さむ、やっぱ夕方は冷えるね」
「そろそろ帰るか?自転車あっちに止めたままやな」
「まって!」
苗字は突然立ち上がって
周りをきょろきょろ見回した後
ベンチに座ったまま呆気にとられる俺の
右肩と左ひざに手をついて
すっと顔を寄せてきた
さっきの親指と比べ物にならない
柔らかな感触に
どうせまたいたずら成功みたいな顔しとるんだろうと
ちらりと盗み見れば
真っ赤な顔を両手で覆っている、その反応に
なんて可愛いんやって、何も考えられずに
普段の俺なら絶対こんなことはできないが
立ち上がってその両手を握って
おれからもう一度唇を合わせた。
自転車置き場まで手をつないで歩いて
帰り道、ビュンビュン走りながら
もう苗字は大きな声で笑っていた。
「わかつくん、頑張ってね。バレーボールの雑誌とか、出てたら買うから」
「ん、まかせろ」
「いってらっしゃい」