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**
ヒーローの横顔は硬く。
快進撃はやはり最後まで続くことはなく
じじいが求め続けたシンプルな力
その、あまりにも圧倒的な差で
日本は大会を4位で終わる。
3位決定戦に入る前の、あの
飢えた表情が
試合が終わる、そして
エネルギーを遣り切れず、おさえこんで
すっかり硬くなってしまったその表情は
私の隣で洗濯物をたたんだり
足をを怪我して頼ってきた
そういう姿を思い起こさせた。
そんな顔見せられて、また頭がいっぱいになって
メーワクしてるし、邪魔だ。
悔しいから、今度は私が行こう。
気付けばブラウザで、電車の時間を調べている。
**
記憶はまだある。
大会が終わって2日後の休日
朝から電車を乗り継いで
あいつの街に降り立った。
街の様子も大きくは変わらない。
ナビを使わなくても記憶でたどり着ける。
アパートの階段を上る
その先の角部屋。
チャイムを鳴らすと返事はなく
ノブを回しても鍵がかかっている。
ちくしょう、しばらくどっかで暇潰すか。
ため息は気ながら大股で廊下を進むと
まさにその男が階段を上ってきたところだった。
「…苗字さん」
「なんだよ、文句あるかよ」
「何を怒っているんですか」
「こっちは迷惑してんのよ、ちょっとお邪魔するわよ」
「…開けますから、どうぞ」
「律儀か!!」
**
苗字さんは突然現れて
しかもなんだか怒っているようだった。
苗字さんは優しく穏やかで
怒っているとしたらそれは
体を冷やしたとか風邪をひいたとか
監督が長時間にわたって休憩を取らなかったりとか
誰かの健康が脅かされる
そういう場合ばかりだった、気がする
玄関の扉を開いて促すと
小さくありがとう、と聞こえた。
苗字さんは小さく正座をして
眉間に深く皺を刻んでいる。
「牛島だって、何度も突然やってくるんだからお互い様だからね」
「はあ、そうですか」
「突然出てきて迷惑だって思ってるんでしょ」
「少しも思っていません」
「腹が立つの。なんで私の頭の中、長きにわたって幅広く占拠してるの」
「…すみません、身に覚えがありませんが」
インスタントのコーヒーを
苗字さんは黙ってすすった。
突然出てきて、と彼女は
そう、言ったが
むしろ、俺にとっては。
「どちらにせよ、落ち着いたので伺おうと思っていました」
「え?」
リハビリの最中。
インタビューのあるフレーズ、
体育館の壁にもたれた背中の感覚
高く乾いたシューズ音と
低く鈍いボールの音、その感触
その瞬間、瞬間を。
「ずっと、苗字さんに支えられてきました」
「…それこそ身に覚えないけど」
「いえ、それで、……近くにいてほしいと、思ってしまいました。結婚してください」
「……ん?」
「驚かせてすみません。」
「全然すみませんって思ってない顔してますけど。大体突然結婚ってどういうこと?結婚を前提にお付き合いとかならわかるけど」
「ええ、あ、はい、ですが…」
「私、今日、文句言いに来たの あんたのこと頭から離れなくって、会いたくて、心配で、きたの」
「…ありがとうございます」
「バレーボールが大好きな牛島が好きだって、それ以上を求めるのは罰当たりだって思ってた」
「…俺も、そう思っていました」
「私いつも言ってたよね、牛島はバレーが大好きだって」
「もう、自分で言えます、バレーが好きだと」
「私がいても、邪魔にならない?」
「邪魔?妙なことを言わないでください」
「あんたさっき身に覚えがないって、あれ嘘ついたでしょ」
「嘘はついていませんが、少し、嬉しいと思ってしまいました」
「正直か」
苗字さんは、柔らかく笑って
よろしくお願いします、と
手を差し出した。
よく知っている、白くて細くて
冷たく荒れた掌を
壊れないように、両手で握り返した。
どれくらいそうしていたのか
互いの手をそっと撫でたり
握りなおしたりしながら
ずっとずっと時間を過ごした。
**************
「え、名前ちゃん結婚?」
「そうなんです…自分でもびっくりしてるんですけど…」
「あの兄ちゃんでしょ、えーとバレーの、」
「牛島です」
「そうそう。あの大男です」
「はあ~、めでたいねえ、びっくりしたけど」
「いやあすみません…」
リーグが始まると忙しくなるとかで
慌てて双方の実家に連絡し
結婚の挨拶に伺うと
牛島家ではあっさり受け入れられ
我が家ではなぜか現れたじじいが
飛び上がって泣いて喜んだので
うちの両親はあっけに取られているばかりだった。
披露宴の準備などは当然できなかったので
そうして我々はよき日を選び籍を入れ
気付けば私は牛島名前となっていた。
慌ただしい日々にばたばた目を回しているうち
気がついたらそうなっていたのだから
職場への報告が味気ないのは勘弁してもらいたい。
考え事は黙って頭の中で進めるタイプの牛島は
眉間にしわを寄せて難しい顔をして
何を考えているのかな~と思っているうちに
私はうっかり昼寝をしてしまい
目が覚めたら新居が決まっていた。
二人で住むには少し手狭なので、
このアパートはどうかと思うのですがと
今の部屋より広いのに加え
綺麗なお部屋を候補に挙げてきた。
何考えてるのかと思ったよ、部屋かよ。
少女漫画やドラマみたいな展開は
ないだろうと思っていたが
ここまでか。
ただ不安になったり苛立つことはなく
高校時代に寮生活をしていたころの
生活の様子をよく知っているというのは
それは根拠としたい、
「名前ちゃんは、あいつが好きだったんだ」
「もうね、いつからかとかわかんないですよ。だってスーパースターが、バレー以外のこと考えてるなんて思いもよらないんだから」
「ま、わからんでもないな」
例えば私のようなごく平凡な
結婚適齢期の女が抱く
甘くやさしい恋人とか、出産とか、
自分のこととして考えられない、
だけど、そして、牛島は牛島の一番の誠実さを
向けてくれている確信はある。
高校生だったのがもう過去であるように
これからも私たちは歳を重ねていく。
牛島はいつまでも現役でいるわけではないし
年老いることで日本代表から離れたりとか
怪我をしたりすることもあるんだろう。
冷たい小さな台所でハヤシライスを作ったあの日のように
牛島の、その生活の
もっと近くに居られたら。
一番近くに居られたら。
そんなふうに思ってしまうことが
悪いことではないんだと、
牛島、その人が教えてくれた。
*
ヒーローの横顔は硬く。
快進撃はやはり最後まで続くことはなく
じじいが求め続けたシンプルな力
その、あまりにも圧倒的な差で
日本は大会を4位で終わる。
3位決定戦に入る前の、あの
飢えた表情が
試合が終わる、そして
エネルギーを遣り切れず、おさえこんで
すっかり硬くなってしまったその表情は
私の隣で洗濯物をたたんだり
足をを怪我して頼ってきた
そういう姿を思い起こさせた。
そんな顔見せられて、また頭がいっぱいになって
メーワクしてるし、邪魔だ。
悔しいから、今度は私が行こう。
気付けばブラウザで、電車の時間を調べている。
**
記憶はまだある。
大会が終わって2日後の休日
朝から電車を乗り継いで
あいつの街に降り立った。
街の様子も大きくは変わらない。
ナビを使わなくても記憶でたどり着ける。
アパートの階段を上る
その先の角部屋。
チャイムを鳴らすと返事はなく
ノブを回しても鍵がかかっている。
ちくしょう、しばらくどっかで暇潰すか。
ため息は気ながら大股で廊下を進むと
まさにその男が階段を上ってきたところだった。
「…苗字さん」
「なんだよ、文句あるかよ」
「何を怒っているんですか」
「こっちは迷惑してんのよ、ちょっとお邪魔するわよ」
「…開けますから、どうぞ」
「律儀か!!」
**
苗字さんは突然現れて
しかもなんだか怒っているようだった。
苗字さんは優しく穏やかで
怒っているとしたらそれは
体を冷やしたとか風邪をひいたとか
監督が長時間にわたって休憩を取らなかったりとか
誰かの健康が脅かされる
そういう場合ばかりだった、気がする
玄関の扉を開いて促すと
小さくありがとう、と聞こえた。
苗字さんは小さく正座をして
眉間に深く皺を刻んでいる。
「牛島だって、何度も突然やってくるんだからお互い様だからね」
「はあ、そうですか」
「突然出てきて迷惑だって思ってるんでしょ」
「少しも思っていません」
「腹が立つの。なんで私の頭の中、長きにわたって幅広く占拠してるの」
「…すみません、身に覚えがありませんが」
インスタントのコーヒーを
苗字さんは黙ってすすった。
突然出てきて、と彼女は
そう、言ったが
むしろ、俺にとっては。
「どちらにせよ、落ち着いたので伺おうと思っていました」
「え?」
リハビリの最中。
インタビューのあるフレーズ、
体育館の壁にもたれた背中の感覚
高く乾いたシューズ音と
低く鈍いボールの音、その感触
その瞬間、瞬間を。
「ずっと、苗字さんに支えられてきました」
「…それこそ身に覚えないけど」
「いえ、それで、……近くにいてほしいと、思ってしまいました。結婚してください」
「……ん?」
「驚かせてすみません。」
「全然すみませんって思ってない顔してますけど。大体突然結婚ってどういうこと?結婚を前提にお付き合いとかならわかるけど」
「ええ、あ、はい、ですが…」
「私、今日、文句言いに来たの あんたのこと頭から離れなくって、会いたくて、心配で、きたの」
「…ありがとうございます」
「バレーボールが大好きな牛島が好きだって、それ以上を求めるのは罰当たりだって思ってた」
「…俺も、そう思っていました」
「私いつも言ってたよね、牛島はバレーが大好きだって」
「もう、自分で言えます、バレーが好きだと」
「私がいても、邪魔にならない?」
「邪魔?妙なことを言わないでください」
「あんたさっき身に覚えがないって、あれ嘘ついたでしょ」
「嘘はついていませんが、少し、嬉しいと思ってしまいました」
「正直か」
苗字さんは、柔らかく笑って
よろしくお願いします、と
手を差し出した。
よく知っている、白くて細くて
冷たく荒れた掌を
壊れないように、両手で握り返した。
どれくらいそうしていたのか
互いの手をそっと撫でたり
握りなおしたりしながら
ずっとずっと時間を過ごした。
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「え、名前ちゃん結婚?」
「そうなんです…自分でもびっくりしてるんですけど…」
「あの兄ちゃんでしょ、えーとバレーの、」
「牛島です」
「そうそう。あの大男です」
「はあ~、めでたいねえ、びっくりしたけど」
「いやあすみません…」
リーグが始まると忙しくなるとかで
慌てて双方の実家に連絡し
結婚の挨拶に伺うと
牛島家ではあっさり受け入れられ
我が家ではなぜか現れたじじいが
飛び上がって泣いて喜んだので
うちの両親はあっけに取られているばかりだった。
披露宴の準備などは当然できなかったので
そうして我々はよき日を選び籍を入れ
気付けば私は牛島名前となっていた。
慌ただしい日々にばたばた目を回しているうち
気がついたらそうなっていたのだから
職場への報告が味気ないのは勘弁してもらいたい。
考え事は黙って頭の中で進めるタイプの牛島は
眉間にしわを寄せて難しい顔をして
何を考えているのかな~と思っているうちに
私はうっかり昼寝をしてしまい
目が覚めたら新居が決まっていた。
二人で住むには少し手狭なので、
このアパートはどうかと思うのですがと
今の部屋より広いのに加え
綺麗なお部屋を候補に挙げてきた。
何考えてるのかと思ったよ、部屋かよ。
少女漫画やドラマみたいな展開は
ないだろうと思っていたが
ここまでか。
ただ不安になったり苛立つことはなく
高校時代に寮生活をしていたころの
生活の様子をよく知っているというのは
それは根拠としたい、
「名前ちゃんは、あいつが好きだったんだ」
「もうね、いつからかとかわかんないですよ。だってスーパースターが、バレー以外のこと考えてるなんて思いもよらないんだから」
「ま、わからんでもないな」
例えば私のようなごく平凡な
結婚適齢期の女が抱く
甘くやさしい恋人とか、出産とか、
自分のこととして考えられない、
だけど、そして、牛島は牛島の一番の誠実さを
向けてくれている確信はある。
高校生だったのがもう過去であるように
これからも私たちは歳を重ねていく。
牛島はいつまでも現役でいるわけではないし
年老いることで日本代表から離れたりとか
怪我をしたりすることもあるんだろう。
冷たい小さな台所でハヤシライスを作ったあの日のように
牛島の、その生活の
もっと近くに居られたら。
一番近くに居られたら。
そんなふうに思ってしまうことが
悪いことではないんだと、
牛島、その人が教えてくれた。
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