再会
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*
「さすがに寒いですね、本当に今晩降るんですかね」
「わかんねえなあ~ま、雪積もっても慌ててこなくていいから。俺が近いから早めに出ておくからね。遅れそうだったら連絡だけ入れて」
「大丈夫ですよ、でもそういっていただけると安心です」
「名前ちゃんは東北だったよな、これくらいなんでもないでしょ」
「宮城です、でも冬には帰ってないしやっぱ寒いもんは寒いですよ」
「あれ、今なんか音した?今日の団体さんみんな終わったよな」
「え?ちょっと見て…」
それは夜の19時。
見覚えのある大男の登場に
みんながこっちを振り向いた。
受付時間の21時までの当番だったけど
せかされるように追い出された。
「あんたさ、神出鬼没だよね」
「すみません、自分でもよくわからないんですが」
「私がいなかったらどうする気だったの」
「さあ…」
「牛島のそういうバカなところ、嫌いじゃないよ。ご飯でも行く?」
「はい」
**
雪の予報が出ている
夜の空気は体に染みる
高校時代を思い出す
「高校の頃とか私雪積もっててもミニスカートで余裕だったのに」
「そうでしたか」
「ああ、牛島は殆どジャージの姿しか知らないよね」
「はい」
「どうしたの急に、また怪我した?」
「いえ、おかげ様で」
「こないだの試合、テレビで見たよ。やっぱでも、ナマで見る方が迫力あるよね!」
「全日本は…白鳥沢と似ています。実力も高く、個性も強い人間が集まってきていて面白いです」
「牛島も相当個性派でしょ」
「…自分はそんなに面白みはないと思いますが」
「いや、あんたのそのクッソ真面目なとこ、あたしたち好きだったよ」
「…褒められていると思っていいんでしょうか」
「うちくる?作り置きのおかずあるし、なんならハヤシライス作るよ」
「いいんですか」
「あんたほんとハヤシライスのことになると前のめりよね」
生姜焼きしようと思って豚肉買ってたのよ
ハヤシのルーと玉ねぎならあるし、と
苗字さんは指を折って呟いた。
電車を降りて住宅街を歩く
知らない街に苗字さんが住んでいることが
とても不思議に思われた。
「ここです、狭いけど、どうぞ」
「お邪魔します」
部屋の明かりをつけると
苗字さんはいくつかの暖房機器をつけた。
俺は、台所に立つ苗字さんの
斜め後ろに立っていた。
やはり苗字さんは袖をまくり上げ
そこから白くて細い手首が覗いていた。
テンポよく切られた玉ねぎは
やはり鍋の中でしおれていった。
視覚と、嗅覚と、聴覚と。
今見ているものと、あの時の出来事が
重なってよくわからない。
「大丈夫?」
「いえ、」
「ボーっとしてるね」
「はい」
「もうじきできるから。これ持っておこたに行ってて」
渡された盆には
ポテトサラダやほうれん草のおひたし
卵焼きなどがのっている。
「食べれないものある?」
「いえ」
「いただきます」
「どうぞ~」
知らない街
知らない部屋
いつも懐かしい苗字さん
「今日練習は?」
「昨日遠征から戻ったので午前中少し…昼前から取材を受けていました」
「うひゃ、すごいじゃんまたチェックしとこ~!天童とか大平と、牛島情報交換してるんだよ」
「そうなんですか」
「スタジオとかいくの?」
「いえ、近所の喫茶店で…元陸上選手の方でした」
「相手?」
「はい」
俺の好きな食べ物はハヤシライスで
その根拠はこのハヤシライスだ
苗字さんが作ってくれる
この一皿が根拠だ。
「なんか、あんたまた難しいこと考えてるでしょ」
「あ、すみません」
「なんか言われたの?」
「…ハヤシライスを注文したら、誰かに作ってもらったことがあると言い当てられて驚きました」
「それってわたしのこと?」
「ご主人が好物を食べる時と同じ顔だと言われて…苗字さんのこと考えていました」
「それで来ちゃったってか。素直なのかバカなのか…褒めていいんでしょうか…くっそかわいいなお前…」
「俺は、ハヤシライスが好きなのか、苗字さんが好きなのかよくわからなくなりました」
「は?普通に両方でしょ。私はハヤシライスも牛島も両方すきよ」
「そう、なんですかね」
「牛島が、そういうことちゃんと言ってくれるようになって嬉しいよ。前怪我した時、ちゃんと自分でバレーが好きって言ってたでしょ、私が訊かなくても。好きなものは好きって、ちゃんと言えた方がいいと思うよ。根拠はないけど」
****
神出鬼没な後輩は
歳を重ねるごとに角が取れるのか
どんどん饒舌になっていく
(といっても口数は少ない)
自分の思いは言えた方がいいと思う。
どんどん進んでいく牛島が
頼もしく寂しく切ない。
微妙な心境を表現することもできず
近況報告は互いに妙に饒舌だ。
「てゆーかあんた、どうやってきたの、電車?」
「はい」
「ばっか、もう電車ないよ」
「…困りました…」
「困りましたじゃねえよあーあ私もちゃんと見てなくてごめんね!朝早くなければ泊まってもらっていいんだけど」
「そうさせていただけると助かるんですが」
「まじか、いいけど!せまくてすまん!」
が~っと頭を抱えても
こいつはそれがどうしたみたいな顔をしている。
我々一応年頃の男女のはずなんですがね。
せまいベッドに大男と並んで
気を付け以外の姿勢が取れない。
「あんた、体温高いね」
「そうですか、苗字さんは冷え性ですか」
「そうだよ悪かったな!おりゃ、ひえひえ攻撃!」
「…人間の体温だとは思えません」
「あら、私死んでるのかも」
***
死んでるのかも、と
楽しそうな声を上げた
冷たいつま先に
同じ生き物とは思えなかった
試しに掌を掬うと
また冷たい指先が
自分の掌を驚かせた。
「湯たんぽ出すほどじゃないって思ってたけど、牛島がいるとあったかい」
「そうですか」
「あ、でもあんたは冷たいね、すまんすまん」
真っ暗な部屋の中
布団の中で体を並べて、
こういう距離感だってあった
なのになんだけ不思議で新しい。
風邪ひかないでよと
冷えた末端を遠ざけようとした
見えないはずの動きが手に取るようにわかる
「いえ、このままで」
「え」
指一本触れないと、あの頃なら。
いやそもそもこんな状況にならないか
もっと、手を伸ばしたくなる
もっと、近づきたくなる
俺は苗字さんの何でもなく
苗字さんも俺の何でもなく
心のどこかで更ける夜が
明けなければと思っていた。
*
「さすがに寒いですね、本当に今晩降るんですかね」
「わかんねえなあ~ま、雪積もっても慌ててこなくていいから。俺が近いから早めに出ておくからね。遅れそうだったら連絡だけ入れて」
「大丈夫ですよ、でもそういっていただけると安心です」
「名前ちゃんは東北だったよな、これくらいなんでもないでしょ」
「宮城です、でも冬には帰ってないしやっぱ寒いもんは寒いですよ」
「あれ、今なんか音した?今日の団体さんみんな終わったよな」
「え?ちょっと見て…」
それは夜の19時。
見覚えのある大男の登場に
みんながこっちを振り向いた。
受付時間の21時までの当番だったけど
せかされるように追い出された。
「あんたさ、神出鬼没だよね」
「すみません、自分でもよくわからないんですが」
「私がいなかったらどうする気だったの」
「さあ…」
「牛島のそういうバカなところ、嫌いじゃないよ。ご飯でも行く?」
「はい」
**
雪の予報が出ている
夜の空気は体に染みる
高校時代を思い出す
「高校の頃とか私雪積もっててもミニスカートで余裕だったのに」
「そうでしたか」
「ああ、牛島は殆どジャージの姿しか知らないよね」
「はい」
「どうしたの急に、また怪我した?」
「いえ、おかげ様で」
「こないだの試合、テレビで見たよ。やっぱでも、ナマで見る方が迫力あるよね!」
「全日本は…白鳥沢と似ています。実力も高く、個性も強い人間が集まってきていて面白いです」
「牛島も相当個性派でしょ」
「…自分はそんなに面白みはないと思いますが」
「いや、あんたのそのクッソ真面目なとこ、あたしたち好きだったよ」
「…褒められていると思っていいんでしょうか」
「うちくる?作り置きのおかずあるし、なんならハヤシライス作るよ」
「いいんですか」
「あんたほんとハヤシライスのことになると前のめりよね」
生姜焼きしようと思って豚肉買ってたのよ
ハヤシのルーと玉ねぎならあるし、と
苗字さんは指を折って呟いた。
電車を降りて住宅街を歩く
知らない街に苗字さんが住んでいることが
とても不思議に思われた。
「ここです、狭いけど、どうぞ」
「お邪魔します」
部屋の明かりをつけると
苗字さんはいくつかの暖房機器をつけた。
俺は、台所に立つ苗字さんの
斜め後ろに立っていた。
やはり苗字さんは袖をまくり上げ
そこから白くて細い手首が覗いていた。
テンポよく切られた玉ねぎは
やはり鍋の中でしおれていった。
視覚と、嗅覚と、聴覚と。
今見ているものと、あの時の出来事が
重なってよくわからない。
「大丈夫?」
「いえ、」
「ボーっとしてるね」
「はい」
「もうじきできるから。これ持っておこたに行ってて」
渡された盆には
ポテトサラダやほうれん草のおひたし
卵焼きなどがのっている。
「食べれないものある?」
「いえ」
「いただきます」
「どうぞ~」
知らない街
知らない部屋
いつも懐かしい苗字さん
「今日練習は?」
「昨日遠征から戻ったので午前中少し…昼前から取材を受けていました」
「うひゃ、すごいじゃんまたチェックしとこ~!天童とか大平と、牛島情報交換してるんだよ」
「そうなんですか」
「スタジオとかいくの?」
「いえ、近所の喫茶店で…元陸上選手の方でした」
「相手?」
「はい」
俺の好きな食べ物はハヤシライスで
その根拠はこのハヤシライスだ
苗字さんが作ってくれる
この一皿が根拠だ。
「なんか、あんたまた難しいこと考えてるでしょ」
「あ、すみません」
「なんか言われたの?」
「…ハヤシライスを注文したら、誰かに作ってもらったことがあると言い当てられて驚きました」
「それってわたしのこと?」
「ご主人が好物を食べる時と同じ顔だと言われて…苗字さんのこと考えていました」
「それで来ちゃったってか。素直なのかバカなのか…褒めていいんでしょうか…くっそかわいいなお前…」
「俺は、ハヤシライスが好きなのか、苗字さんが好きなのかよくわからなくなりました」
「は?普通に両方でしょ。私はハヤシライスも牛島も両方すきよ」
「そう、なんですかね」
「牛島が、そういうことちゃんと言ってくれるようになって嬉しいよ。前怪我した時、ちゃんと自分でバレーが好きって言ってたでしょ、私が訊かなくても。好きなものは好きって、ちゃんと言えた方がいいと思うよ。根拠はないけど」
****
神出鬼没な後輩は
歳を重ねるごとに角が取れるのか
どんどん饒舌になっていく
(といっても口数は少ない)
自分の思いは言えた方がいいと思う。
どんどん進んでいく牛島が
頼もしく寂しく切ない。
微妙な心境を表現することもできず
近況報告は互いに妙に饒舌だ。
「てゆーかあんた、どうやってきたの、電車?」
「はい」
「ばっか、もう電車ないよ」
「…困りました…」
「困りましたじゃねえよあーあ私もちゃんと見てなくてごめんね!朝早くなければ泊まってもらっていいんだけど」
「そうさせていただけると助かるんですが」
「まじか、いいけど!せまくてすまん!」
が~っと頭を抱えても
こいつはそれがどうしたみたいな顔をしている。
我々一応年頃の男女のはずなんですがね。
せまいベッドに大男と並んで
気を付け以外の姿勢が取れない。
「あんた、体温高いね」
「そうですか、苗字さんは冷え性ですか」
「そうだよ悪かったな!おりゃ、ひえひえ攻撃!」
「…人間の体温だとは思えません」
「あら、私死んでるのかも」
***
死んでるのかも、と
楽しそうな声を上げた
冷たいつま先に
同じ生き物とは思えなかった
試しに掌を掬うと
また冷たい指先が
自分の掌を驚かせた。
「湯たんぽ出すほどじゃないって思ってたけど、牛島がいるとあったかい」
「そうですか」
「あ、でもあんたは冷たいね、すまんすまん」
真っ暗な部屋の中
布団の中で体を並べて、
こういう距離感だってあった
なのになんだけ不思議で新しい。
風邪ひかないでよと
冷えた末端を遠ざけようとした
見えないはずの動きが手に取るようにわかる
「いえ、このままで」
「え」
指一本触れないと、あの頃なら。
いやそもそもこんな状況にならないか
もっと、手を伸ばしたくなる
もっと、近づきたくなる
俺は苗字さんの何でもなく
苗字さんも俺の何でもなく
心のどこかで更ける夜が
明けなければと思っていた。
*