再会
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あいのうた
□うしわかちゃん1
4ページ/10ページ
*********
***
気がつくと俺は車に乗っていた。
足には氷嚢が巻きつけてある。
さっき医務室で処置をされた気がする。
ネット際での接触だった気がする。
相手の選手が誰だったのかよく覚えていない。
掌にはボールを叩いた感覚がある。
つい先ほどまで、俺は試合に出ていた。
あっという間に病院に連れてこられると
医者から全治1ヶ月だといわれた。
「牛島がけがをするの、初めてだな」
「ええ、初めてです」
「…もしかして、子どものころから?」
「故障をするのは」
「気を落とすなよ、多くの人が通る道だ。必ず強くなって帰ってきてくれ」
アパートの階段を上がるのに
足が痛む。
こんなことがこの世界にあるのか。
うまく息がすえない気すらした。
明日から俺はどうすればいい?
1ヶ月家にこもっているのか?
トレーニングならできるだろうか、
(牛島は、バレーボールが大好きだから)
(病気やけがはいけないよ)
遥か前の記憶が鮮明によみがえる。
そういえばいつか、苗字さんと食事をした。
俺は教えてもらった電話番号に
連絡をすることもできなかった。
それよりも苗字さんとは
洗い物や洗濯物をしながら傍で話すのが
俺にとっては自然だった。
苗字名前、と表示された無機質な画面をタップする。
『はい、もしもし』
「…牛島です」
『うん、ひさしぶり、なんかあったか?』
「俺は…怪我をしてしまいました。どうすればいいでしょうか」
『は、けが!?』
驚く顔が目に浮かんだ。
しばらく黙ってから苗字さんは
高校生のころのような口調で
風呂には入ったか、飯は食べたか、
チームと連絡を取ったかとか
たくさんのことを尋ね、
俺はひとつひとつに答える。
『牛島、バレーボールが好き?』
「…はい」
このやり取りが俺の心に
こんなに染み付いていたとは。
牛島はバレーボールがすきだから、
牛島はバレーボール大好きだよね、
苗字さんがそう尋ね、俺はただ、はい、と言う。
そのやりとりが染み付いていた。
***
我ながら馬鹿だと思うが
電話を受けた翌日が暇な休日だったと
誰でもない自分に言い訳し
電車で1時間半かけて
後輩の最寄り駅まで揺られる。
いつか、勤め先に牛島のチームが来て
試合の前の日に二人で晩御飯を食べて
次の日私は試合を見に行った。
目をつぶっていても牛島が打つとわかる。
崩されてゆるく高く上がるオープントスは
打つまでに独特の間がある。
大好きだった音はさらに強く鈍くなっていた。
おそるおそる目を開けて
焼き付けたあの姿が
もうなんだか高校生のころと
だぶってきてしまっている。
久々に連絡をよこしたスーパースターの声は
ビックリするほど揺れていた。
「あ、やっぱ家にいたか」
「…苗字さん、なぜ家を知っているんですか」
「昨日住所教えてくれたじゃん」
「そうでしたっけ」
右足の足首には
ギブスでなくサポーターが巻いてある。
これが結構厄介で
いける気がして完治しないまま頑張ってしまうと
逆に怪我が長引いたりするものだ。
「昨日、電話くれて、嬉しかったよ」
「すみません、つい苗字さんを思い出して」
「それが嬉しいって言ってるの」
男の人の家なのに平気で上がり込んだ。
牛島はハヤシライスが好きだといっていた。
台所に立つ私の斜め後ろに
痛かろうに、子どものように立っていた。
「ごめんね、これくらいしかしてあげられないんだけど」
「いえ、ありがとうございます」
「ねえ、高校の時、牛島はよくお手伝いをしてくれたよね」
「当然のことです」
「大平と私はね、牛島のことが、なんかかわいくなっちゃって、大好きでたまらなかったの」
「そうですか」
「みんな牛島のこと大好きだったんだよ。だからちゃんと、治して戻ってきて」
「はい、ありがとうございます。」
**
拳に力を籠めると、足首に少し響いた。
大好きだったという苗字さんの言葉に
俺は何も言えなかった。
電話がうまくかけられない。
話題もいつも苗字さんが振ってくれる。
できないことがたくさんある。
いま、バレーもできない。
「泣いてもいいんだよ」
「…いえ、」
「……そっか」
ごちそうさま、と
食器をまとめた苗字さんが
ふと腰を上げる。
細い指の、小さな手に、手を伸ばした。
「…どしたの、珍しい」
「いや、あの、手を、」
「手を?」
「握っていてもいいですか」
「…もう、握られているんですが」
ため息をついて腰を下ろした苗字さんに
いつかの姿が重なる。
あの時手を止めて、ああ
洗濯ものをたたみながら
幼少期のことや父親のことを話したか。
「牛島は、バレーボールが好き?」
「はい」
「…負けんなよ」
「…はい」
どれくらいの時間そうしていたのか。
どうすればいいのか
何を言えばいいのかわからない。
自分の気持ちもわからない。
痛む足と、
特別な人と、
****
結局あの後牛島は
食器を洗う私の横に立って
お皿を拭く係になっていた。
大事な気持ちを向けられている、
確かな感触があった。
それは目には見えず、
決して確かな言葉にはならず。
時間が過ぎ、私たちは二十代になって
ともすれば手っ取り早く
ことを進めてしまうような年頃に
あの、強い掌に
変わらない牛島を見つけた。
「ごめんね、急に押しかけて」
「いえ、ごちそうさまでした。気をつけて」
「うん、じゃあ」
「苗字さん!」
「…ん?」
「…俺は、バレーボールが好きです」
「っ、うん」
「バレーボールが自分のすべてです」
「…よかった、その言葉が聞けて、来た甲斐があった」
大平が牛島のことを
超バレーバカなんて言っていたっけ。
気持ちもなにも、型にはめなくていいよ。
一番聞きたい言葉が聞けたから
私たちまた、嬉しい気持ちで会える気がする。
□うしわかちゃん1
4ページ/10ページ
*********
***
気がつくと俺は車に乗っていた。
足には氷嚢が巻きつけてある。
さっき医務室で処置をされた気がする。
ネット際での接触だった気がする。
相手の選手が誰だったのかよく覚えていない。
掌にはボールを叩いた感覚がある。
つい先ほどまで、俺は試合に出ていた。
あっという間に病院に連れてこられると
医者から全治1ヶ月だといわれた。
「牛島がけがをするの、初めてだな」
「ええ、初めてです」
「…もしかして、子どものころから?」
「故障をするのは」
「気を落とすなよ、多くの人が通る道だ。必ず強くなって帰ってきてくれ」
アパートの階段を上がるのに
足が痛む。
こんなことがこの世界にあるのか。
うまく息がすえない気すらした。
明日から俺はどうすればいい?
1ヶ月家にこもっているのか?
トレーニングならできるだろうか、
(牛島は、バレーボールが大好きだから)
(病気やけがはいけないよ)
遥か前の記憶が鮮明によみがえる。
そういえばいつか、苗字さんと食事をした。
俺は教えてもらった電話番号に
連絡をすることもできなかった。
それよりも苗字さんとは
洗い物や洗濯物をしながら傍で話すのが
俺にとっては自然だった。
苗字名前、と表示された無機質な画面をタップする。
『はい、もしもし』
「…牛島です」
『うん、ひさしぶり、なんかあったか?』
「俺は…怪我をしてしまいました。どうすればいいでしょうか」
『は、けが!?』
驚く顔が目に浮かんだ。
しばらく黙ってから苗字さんは
高校生のころのような口調で
風呂には入ったか、飯は食べたか、
チームと連絡を取ったかとか
たくさんのことを尋ね、
俺はひとつひとつに答える。
『牛島、バレーボールが好き?』
「…はい」
このやり取りが俺の心に
こんなに染み付いていたとは。
牛島はバレーボールがすきだから、
牛島はバレーボール大好きだよね、
苗字さんがそう尋ね、俺はただ、はい、と言う。
そのやりとりが染み付いていた。
***
我ながら馬鹿だと思うが
電話を受けた翌日が暇な休日だったと
誰でもない自分に言い訳し
電車で1時間半かけて
後輩の最寄り駅まで揺られる。
いつか、勤め先に牛島のチームが来て
試合の前の日に二人で晩御飯を食べて
次の日私は試合を見に行った。
目をつぶっていても牛島が打つとわかる。
崩されてゆるく高く上がるオープントスは
打つまでに独特の間がある。
大好きだった音はさらに強く鈍くなっていた。
おそるおそる目を開けて
焼き付けたあの姿が
もうなんだか高校生のころと
だぶってきてしまっている。
久々に連絡をよこしたスーパースターの声は
ビックリするほど揺れていた。
「あ、やっぱ家にいたか」
「…苗字さん、なぜ家を知っているんですか」
「昨日住所教えてくれたじゃん」
「そうでしたっけ」
右足の足首には
ギブスでなくサポーターが巻いてある。
これが結構厄介で
いける気がして完治しないまま頑張ってしまうと
逆に怪我が長引いたりするものだ。
「昨日、電話くれて、嬉しかったよ」
「すみません、つい苗字さんを思い出して」
「それが嬉しいって言ってるの」
男の人の家なのに平気で上がり込んだ。
牛島はハヤシライスが好きだといっていた。
台所に立つ私の斜め後ろに
痛かろうに、子どものように立っていた。
「ごめんね、これくらいしかしてあげられないんだけど」
「いえ、ありがとうございます」
「ねえ、高校の時、牛島はよくお手伝いをしてくれたよね」
「当然のことです」
「大平と私はね、牛島のことが、なんかかわいくなっちゃって、大好きでたまらなかったの」
「そうですか」
「みんな牛島のこと大好きだったんだよ。だからちゃんと、治して戻ってきて」
「はい、ありがとうございます。」
**
拳に力を籠めると、足首に少し響いた。
大好きだったという苗字さんの言葉に
俺は何も言えなかった。
電話がうまくかけられない。
話題もいつも苗字さんが振ってくれる。
できないことがたくさんある。
いま、バレーもできない。
「泣いてもいいんだよ」
「…いえ、」
「……そっか」
ごちそうさま、と
食器をまとめた苗字さんが
ふと腰を上げる。
細い指の、小さな手に、手を伸ばした。
「…どしたの、珍しい」
「いや、あの、手を、」
「手を?」
「握っていてもいいですか」
「…もう、握られているんですが」
ため息をついて腰を下ろした苗字さんに
いつかの姿が重なる。
あの時手を止めて、ああ
洗濯ものをたたみながら
幼少期のことや父親のことを話したか。
「牛島は、バレーボールが好き?」
「はい」
「…負けんなよ」
「…はい」
どれくらいの時間そうしていたのか。
どうすればいいのか
何を言えばいいのかわからない。
自分の気持ちもわからない。
痛む足と、
特別な人と、
****
結局あの後牛島は
食器を洗う私の横に立って
お皿を拭く係になっていた。
大事な気持ちを向けられている、
確かな感触があった。
それは目には見えず、
決して確かな言葉にはならず。
時間が過ぎ、私たちは二十代になって
ともすれば手っ取り早く
ことを進めてしまうような年頃に
あの、強い掌に
変わらない牛島を見つけた。
「ごめんね、急に押しかけて」
「いえ、ごちそうさまでした。気をつけて」
「うん、じゃあ」
「苗字さん!」
「…ん?」
「…俺は、バレーボールが好きです」
「っ、うん」
「バレーボールが自分のすべてです」
「…よかった、その言葉が聞けて、来た甲斐があった」
大平が牛島のことを
超バレーバカなんて言っていたっけ。
気持ちもなにも、型にはめなくていいよ。
一番聞きたい言葉が聞けたから
私たちまた、嬉しい気持ちで会える気がする。