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*****
*****
東京には大きな体育館がたくさんある。
高校生の頃は仲間と寮に住み
そこから学校へ通い、部活に勤しんだ。
大学を卒業してプロになると
チームの拠点となる体育館の近くに
アパートを借り
体を鍛えながらリーグ戦で全国を回る。
宮城時代に関わった面々と
対峙することも少なくない。
多くの人から応援してもらって
身を立てている以上
競技以外でイベントやメディアなどに
露出することは避けられない。
高校時代は喋るのがうまくない俺を
大平や天童がうまくまとめてくれていたことが
こういう状況になってよくわかる。
好きな食べ物を聞かれると
ハヤシライスと答えている。
毎日食べたいかといわれると
そういうわけではないし
他にも美味いと思うものはたくさんあるが
以前と答えが変わると変に思われるかもしれないし
俺の好きな食べ物など
他人にとっては取るに足りないことだから
考える無駄な時間や思考力を使わないために
ハヤシライスと答えている。
勿論ハヤシライスは大好きだ。
尋ねてきた人間はそれぞれに
「へえ」とか「意外だな」とか「きゃあ」とか言っていた。
バスを降りて体育館に入るまでに
熱心なファンたちが詰めかけることもあるが
平日の昼間の練習日にはそうでないことが多い。
少し離れたところに、偶然いた小柄な女性と目が合う。
あ、という声は聞こえなかった。
自分の目の奥が開くのを感じた。
そしていつの間にか薄れていっていた映像や感触が
大波のように流れ出してきた。
「すみません、ちょっと知り合いが」
「なんだ?9時から練習だから遅れるなよ」
「……苗字さん…お久しぶりです、お元気ですか」
「え、牛島、私のこと覚えてるの?」
「忘れていると思っていたんですか」
「だって、あなたほんとにスターになっちゃったんだもん」
「なぜここに」
「わたし、ここの職員なの」
「体育館の」
「そう、県の体育課の嘱託」
***
後輩を、テレビや雑誌で見かけるようになった。
久しぶりに現れた生身の牛島若利は
昔と変わらず飾らない話し方をする。
「お元気そうで何よりです。監督は」
「じいちゃんも元気よ。牛島に会ったって言ったら喜ぶわ」
「苗字さん、あの」
「なに?」
「…久しぶりにお会いできてうれしいです。今晩、よければ食事でも」
「そうだね、久しぶりに話したいね。携帯の番号訊いてもいい?」
「ええ……」
「じゃああとで、鳴らしておくね」
訂正。
時間は過ぎている。
高校生の牛島は
「よければ食事でも」なんて言わなかった。
華やかな世界に入ってしまったのかな。
まっすぐなあの目は変わってないと思ったんだけど。
嬉しいような、少し寂しいような。
ほんの一瞬の出会いで動揺してしまった…
あのころ、牛島はじいちゃんのスターだった。
じいちゃんは長く白鳥沢で監督をしたけど
たぶんその中でも指折りのスターだった。
皆牛島の一挙手一投足に目を輝かせた。
例えばもう一つ下の白布、
私と入れ替わりだった五色なんてのも
牛島の大ファンだった。
私は音が好きだった。
牛島の打球は他の誰の打球とも
床にぶつかったときの音が違っていた。
それから私は当時彼らの足をよく見ていた。
止まっては跳び、着地し
また助走して止まっては跳び。
牛島はひときわ長く跳ぶことができた。
滞空姿勢も見とれるほどきれいだった。
高く舞う大きな体が
無事に地面に戻ってこれるように祈っていた。
けがで競技を奪われる人間の表情を
みんなにはさせたくなかった。
じじいへの反抗のつもりで始めた部活に
のめりこんだのは彼らの魅力によるものだったと
今になってもそう思う。
関東の短大を出た私は
体育館で働いている。
パソコンの画面を見ながら電話を受け
バスケやバレーやバトミントン
空手や剣道など様々なスポーツの利用の予約を受けた。
スポーツをしている人の顔はいい。
声にも元気がある。
ジュニアのバスケットチームに入ったころ
130くらいしか身長のなかった男の子が
どんどん背が伸びていく、
小学生男子らしく骨と皮のような体ながら
筋肉がついていく
いろんな人との関わりのある仕事は
決して単調ではなかった。
同時に関節にサポーターをはめた人や
テーピングをまいた人を見かけると
みんなは今頃どうしているだろうか、
怪我なく元気にやっているだろうかと
心配になるものだった。
週末に男子バレーのリーグの試合がある。
その日は出勤日の予定ではなかったし
特に気に留めていなかった。
スーパースターがプロのチームに入ったことは
特別でなく自然に感じられたので
すっかり意識の隅に収まってしまっていた。
苗字さん、と呼んだ
牛島の声は昔と変わりなく。
当時貫禄がありすぎたせいか
風貌も変わらないように思えた。
電話をするといっていたくせに
昼ごはんを食べていると事務所に巨人が現れた。
ぎょっとする同僚のおじさまたちをよそに
牛島は私を名指しした。
「苗字さん、お仕事は何時までですか」
「夕方5じ。牛島は?」
「6時までです」
「じゃあ待ってていい?近所のご飯やさんならここから歩いていけるよ」
「わかりました、では後ほど」
「てゆうか、練習いいの?」
「今は昼食時間です」
「電話でよかったのに」
「……苗字さんに、電話をかけたことがなかったので」
「あら、確かにそうかもね」
では、と
ドアが閉まる。
そういえばあいつはいつも
近くにいて話してたっけ。
洗い物や洗濯物を当然のように手伝ってくれたっけ。
「名前ちゃん、今の、バレーの、」
「私、高校で白鳥沢のバレー部のマネージャーしてたんです。祖父が監督で。牛島は一個下の後輩です」
「なんだ、どんな関係かと思っちゃったよ」
「やだ糸井さんったら」
ただの先輩後輩ですよ、と笑う。
田舎のスポーツ強豪校、上下関係は絶対だ。
定時の5時を迎えても
体育館に練習を見に行く気にはなれなかった。
見に行かなくてもわかると思った。
牛島の映像が浮かんでくる。
崩れたレシーブ、オープントス。
そういうときに際立つ強さだった。
浮かんでくるから、と塗り固めた。
牛島が変わっていないことを
心のどこかで祈っていることは、見ないふりをして。
****
「え?」
「いや…あの…すみません」
夕方の事務所に顔を出したのは
牛島と、あと、4人。
「ワカの先輩なんだって?」
「はい、そうです」
「いつ振りにあったん?」
「え?私が卒業して以来だから…5年ですかね」
「いやいや、こいつほんと女っ気ないからさ、俺らも心配してたんすよ。それが急に先輩と飯に行くって、しかも女の子って言うからビックリして野次馬しにきたんです」
「え!別に私はそんなんじゃ!」
「わかってるわかってる、運動部じゃ良くあることだしね。じゃああとはお二人でごゆっくり」
「あ、どうも」
「お疲れ様でした」
先輩たちを見送ると
牛島はこちらに向き直って
律儀に、お待たせしてすみませんと
小さく頭を下げた。
「牛島、また、背が伸びた」
「4センチほど」
「わたしは1ミリも伸びないのに。不平等だ」
****
近くに大学があるらしく
日替わり定食はバランスもボリュームも十分なものだった。
苗字さんは食べ始める前に
自分の皿から揚げ物や野菜を
少しずつ俺のほうに移した。
「これくらいは食べれるでしょ」
「はい、ありがとうございます」
「ごはんはお変わり自由だから」
「はい」
手を合わせる。
噛む、飲む。
「牛島、変わらないね」
「そうですか」
「食事でも、なんて言われたときは、都会に出てスマートな男になっちゃったのかと思ったけど」
「すみません、その…久しぶりにお会いできたので、なんというか…」
「なんというか?」
「……話をする口実を急いで見つけました」
「あんたほんと正直よね」
「すみません」
「ううん、嬉しい」
牛島は、久しぶりに
たくさん話をしてくれた。
今のチームのこと、
神奈川に住んでいること、
時々天童から突然電話があること、
大平が試合を見に来てくれたこと、
瀬見がよっぱらうと泣くこと、
今も元気で毎日バレーをしていること。
私が尋ねることひとつひとつに
丁寧に答えて
苗字さんはいかがですか、と
律儀に私に聞き返して。
私は何も変わってない。
「…明日体育館で試合があるので、良かったら見に来ていただけませんか」
「…牛島は、あのころと変わった?」
「え?」
「牛島のまっすぐなところに救われてた。あれだけ喧嘩してたのに、じじいより牛島に頼ってる気がするの。」
「……最後の春高に出られなかったんです」
「烏野に負けたのよね」
「あの時俺は…自分のほうが強いと言いたかったんだと気付いたんです。幼稚だといわれようと、確かにそう思ったんです」
「…人の欲求なんて、辿っていけば大概幼稚なんじゃないの」
「天童にも言われました。あれ以来自分がより一層のめりこんでいく感覚はありました」
「……土曜、見に行っても良いかな」
「お待ちしてます」
***
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東京には大きな体育館がたくさんある。
高校生の頃は仲間と寮に住み
そこから学校へ通い、部活に勤しんだ。
大学を卒業してプロになると
チームの拠点となる体育館の近くに
アパートを借り
体を鍛えながらリーグ戦で全国を回る。
宮城時代に関わった面々と
対峙することも少なくない。
多くの人から応援してもらって
身を立てている以上
競技以外でイベントやメディアなどに
露出することは避けられない。
高校時代は喋るのがうまくない俺を
大平や天童がうまくまとめてくれていたことが
こういう状況になってよくわかる。
好きな食べ物を聞かれると
ハヤシライスと答えている。
毎日食べたいかといわれると
そういうわけではないし
他にも美味いと思うものはたくさんあるが
以前と答えが変わると変に思われるかもしれないし
俺の好きな食べ物など
他人にとっては取るに足りないことだから
考える無駄な時間や思考力を使わないために
ハヤシライスと答えている。
勿論ハヤシライスは大好きだ。
尋ねてきた人間はそれぞれに
「へえ」とか「意外だな」とか「きゃあ」とか言っていた。
バスを降りて体育館に入るまでに
熱心なファンたちが詰めかけることもあるが
平日の昼間の練習日にはそうでないことが多い。
少し離れたところに、偶然いた小柄な女性と目が合う。
あ、という声は聞こえなかった。
自分の目の奥が開くのを感じた。
そしていつの間にか薄れていっていた映像や感触が
大波のように流れ出してきた。
「すみません、ちょっと知り合いが」
「なんだ?9時から練習だから遅れるなよ」
「……苗字さん…お久しぶりです、お元気ですか」
「え、牛島、私のこと覚えてるの?」
「忘れていると思っていたんですか」
「だって、あなたほんとにスターになっちゃったんだもん」
「なぜここに」
「わたし、ここの職員なの」
「体育館の」
「そう、県の体育課の嘱託」
***
後輩を、テレビや雑誌で見かけるようになった。
久しぶりに現れた生身の牛島若利は
昔と変わらず飾らない話し方をする。
「お元気そうで何よりです。監督は」
「じいちゃんも元気よ。牛島に会ったって言ったら喜ぶわ」
「苗字さん、あの」
「なに?」
「…久しぶりにお会いできてうれしいです。今晩、よければ食事でも」
「そうだね、久しぶりに話したいね。携帯の番号訊いてもいい?」
「ええ……」
「じゃああとで、鳴らしておくね」
訂正。
時間は過ぎている。
高校生の牛島は
「よければ食事でも」なんて言わなかった。
華やかな世界に入ってしまったのかな。
まっすぐなあの目は変わってないと思ったんだけど。
嬉しいような、少し寂しいような。
ほんの一瞬の出会いで動揺してしまった…
あのころ、牛島はじいちゃんのスターだった。
じいちゃんは長く白鳥沢で監督をしたけど
たぶんその中でも指折りのスターだった。
皆牛島の一挙手一投足に目を輝かせた。
例えばもう一つ下の白布、
私と入れ替わりだった五色なんてのも
牛島の大ファンだった。
私は音が好きだった。
牛島の打球は他の誰の打球とも
床にぶつかったときの音が違っていた。
それから私は当時彼らの足をよく見ていた。
止まっては跳び、着地し
また助走して止まっては跳び。
牛島はひときわ長く跳ぶことができた。
滞空姿勢も見とれるほどきれいだった。
高く舞う大きな体が
無事に地面に戻ってこれるように祈っていた。
けがで競技を奪われる人間の表情を
みんなにはさせたくなかった。
じじいへの反抗のつもりで始めた部活に
のめりこんだのは彼らの魅力によるものだったと
今になってもそう思う。
関東の短大を出た私は
体育館で働いている。
パソコンの画面を見ながら電話を受け
バスケやバレーやバトミントン
空手や剣道など様々なスポーツの利用の予約を受けた。
スポーツをしている人の顔はいい。
声にも元気がある。
ジュニアのバスケットチームに入ったころ
130くらいしか身長のなかった男の子が
どんどん背が伸びていく、
小学生男子らしく骨と皮のような体ながら
筋肉がついていく
いろんな人との関わりのある仕事は
決して単調ではなかった。
同時に関節にサポーターをはめた人や
テーピングをまいた人を見かけると
みんなは今頃どうしているだろうか、
怪我なく元気にやっているだろうかと
心配になるものだった。
週末に男子バレーのリーグの試合がある。
その日は出勤日の予定ではなかったし
特に気に留めていなかった。
スーパースターがプロのチームに入ったことは
特別でなく自然に感じられたので
すっかり意識の隅に収まってしまっていた。
苗字さん、と呼んだ
牛島の声は昔と変わりなく。
当時貫禄がありすぎたせいか
風貌も変わらないように思えた。
電話をするといっていたくせに
昼ごはんを食べていると事務所に巨人が現れた。
ぎょっとする同僚のおじさまたちをよそに
牛島は私を名指しした。
「苗字さん、お仕事は何時までですか」
「夕方5じ。牛島は?」
「6時までです」
「じゃあ待ってていい?近所のご飯やさんならここから歩いていけるよ」
「わかりました、では後ほど」
「てゆうか、練習いいの?」
「今は昼食時間です」
「電話でよかったのに」
「……苗字さんに、電話をかけたことがなかったので」
「あら、確かにそうかもね」
では、と
ドアが閉まる。
そういえばあいつはいつも
近くにいて話してたっけ。
洗い物や洗濯物を当然のように手伝ってくれたっけ。
「名前ちゃん、今の、バレーの、」
「私、高校で白鳥沢のバレー部のマネージャーしてたんです。祖父が監督で。牛島は一個下の後輩です」
「なんだ、どんな関係かと思っちゃったよ」
「やだ糸井さんったら」
ただの先輩後輩ですよ、と笑う。
田舎のスポーツ強豪校、上下関係は絶対だ。
定時の5時を迎えても
体育館に練習を見に行く気にはなれなかった。
見に行かなくてもわかると思った。
牛島の映像が浮かんでくる。
崩れたレシーブ、オープントス。
そういうときに際立つ強さだった。
浮かんでくるから、と塗り固めた。
牛島が変わっていないことを
心のどこかで祈っていることは、見ないふりをして。
****
「え?」
「いや…あの…すみません」
夕方の事務所に顔を出したのは
牛島と、あと、4人。
「ワカの先輩なんだって?」
「はい、そうです」
「いつ振りにあったん?」
「え?私が卒業して以来だから…5年ですかね」
「いやいや、こいつほんと女っ気ないからさ、俺らも心配してたんすよ。それが急に先輩と飯に行くって、しかも女の子って言うからビックリして野次馬しにきたんです」
「え!別に私はそんなんじゃ!」
「わかってるわかってる、運動部じゃ良くあることだしね。じゃああとはお二人でごゆっくり」
「あ、どうも」
「お疲れ様でした」
先輩たちを見送ると
牛島はこちらに向き直って
律儀に、お待たせしてすみませんと
小さく頭を下げた。
「牛島、また、背が伸びた」
「4センチほど」
「わたしは1ミリも伸びないのに。不平等だ」
****
近くに大学があるらしく
日替わり定食はバランスもボリュームも十分なものだった。
苗字さんは食べ始める前に
自分の皿から揚げ物や野菜を
少しずつ俺のほうに移した。
「これくらいは食べれるでしょ」
「はい、ありがとうございます」
「ごはんはお変わり自由だから」
「はい」
手を合わせる。
噛む、飲む。
「牛島、変わらないね」
「そうですか」
「食事でも、なんて言われたときは、都会に出てスマートな男になっちゃったのかと思ったけど」
「すみません、その…久しぶりにお会いできたので、なんというか…」
「なんというか?」
「……話をする口実を急いで見つけました」
「あんたほんと正直よね」
「すみません」
「ううん、嬉しい」
牛島は、久しぶりに
たくさん話をしてくれた。
今のチームのこと、
神奈川に住んでいること、
時々天童から突然電話があること、
大平が試合を見に来てくれたこと、
瀬見がよっぱらうと泣くこと、
今も元気で毎日バレーをしていること。
私が尋ねることひとつひとつに
丁寧に答えて
苗字さんはいかがですか、と
律儀に私に聞き返して。
私は何も変わってない。
「…明日体育館で試合があるので、良かったら見に来ていただけませんか」
「…牛島は、あのころと変わった?」
「え?」
「牛島のまっすぐなところに救われてた。あれだけ喧嘩してたのに、じじいより牛島に頼ってる気がするの。」
「……最後の春高に出られなかったんです」
「烏野に負けたのよね」
「あの時俺は…自分のほうが強いと言いたかったんだと気付いたんです。幼稚だといわれようと、確かにそう思ったんです」
「…人の欲求なんて、辿っていけば大概幼稚なんじゃないの」
「天童にも言われました。あれ以来自分がより一層のめりこんでいく感覚はありました」
「……土曜、見に行っても良いかな」
「お待ちしてます」
***